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ハリスが抱える深刻なイメージギャップ「中身は中道、イメージは左派」

ニューズウィーク日本版 2024年8月14日 11時40分

冷泉彰彦
<このギャップを放置したままでは選挙戦は難しくなるし、当選しても政権運営は難航する>

バイデン米大統領は7月21日に大統領選への出馬断念を表明。直後に後継候補としてハリス副大統領を支持する考えを明らかにしました。そこから3週間あまりのうちに、ハリスは党内を掌握したばかりか、巨額の選挙資金を集めています。また副大統領候補として、ミネソタ州知事のティム・ウォルズを指名した人選も好評でした。

こうした流れを受けて、世論調査では全国レベルでも、また勝敗を左右するといわれる「接戦州(スイング・ステート)」での支持も、バイデンより一気に改善しており、数字としてはトランプと全く互角の戦いになったと言われています。ハリス陣営としては、8月19日からシカゴで行われる民主党大会で更に勢いをつけ、9月10日にABCテレビで行われるトランプとのテレビ討論に臨む考えです。

ですが、長年ハリスの経歴を追いかけてきた経験からすると、ハリスには1つの大きな欠点があると思います。それはイメージのギャップを抱えているという問題です。具体的には、本人は中道なのに、必要以上にリベラル派に見られているというギャップです。

このギャップを利用しようとしているのがトランプ陣営です。彼女が上院議員の時代からそうですが、保守派の人々は、ハリスのことを「危険なほどリベラルだ」と嫌っていました。検事出身というイメージに、眼光鋭く畳み掛ける論戦のスタイルが重なり、そこに人権派、アフリカ系という属性が乗ることで、確立したイメージです。

つまり、彼女は「保守派の天敵である攻撃的なリベラルなんだ」という印象が濃く、保守の人々はハリスの主張を良く吟味もしないで、「危険なリベラル」という断定を下しています。これはもう、変えようのないレベルに達しています。現在、接戦州では、猛烈な勢いでハリスへのネガティブ・キャンペーン広告がテレビに投入されていますが「カマラ・ハリスは危険なリベラル」というのが定番のキャッチフレーズになっています。

本来のハリスは、バイデン政権の忠実な後継者

なかには、どこからか「切り取った」と思われるハリスが「私はリベラルです」と豪快に笑いながら言い放っている発言動画を埋め込んだものもあります。また、ハリスのことを「不法移民の味方」であるとか「危険な犯罪者の人権を尊重する悪人」などと断定して罵倒するCMも多く投入されています。

本来のハリスは、バイデン路線の忠実な継承者ですし、民主党内では中道に属しますから、この種の罵倒はほとんどデマと言って過言ではないと思います。共和党は大金を投入して、この「ハリスは危険なリベラル」という思い込みのフレーズを浸透させようとしています。ただ、ネガティブ・キャンペーンとしてのコスパは良くないと思います。ネガティブ・キャンペーンというのは、敵の消極的支持層を棄権に追い込むときに一番効果を発揮しますが、その効果は余り期待できないからです。

一方で、このハリスの「実際よりリベラルに見える」というイメージギャップは、民主党の側でかなり問題を起こしており、こちらは深刻だと思います。ハリスは、とにかく雄弁で人権派ですから、左派の若者に人気があります。特に彼女こそ、ジェンダーギャップを解消する闘いを先導してくれると思って、彼女を支持し、憧れる若者が数多く陣営にボランティアとして来るわけです。

ですが、そこでハリスとその側近の掲げている政策が「人権派だが経済は現実派」だと知ると、左派の人々は落胆するし、彼女の周辺はそうした左派と摩擦を起こすしという具合で、イザコザになってしまいます。昨年の予備選でもそうでしたが、自分の陣営の中でトラブルが絶えないのは、ハリスに人望がないとか、マネジメント力がないからではなく、「必要以上にリベラルだと思われている」イメージギャップのためです。

例えば、今回ハリスが統一候補になると、ネット上では「ココナツ」や「ヤシの木」の絵文字を配した「brat ハリス」というミームが一気に拡散しました。ちなみに、ココナツやヤシが出てくるのは、ジャマイカ系でもあるハリスへの敬意から出たものです。ここにおける「brat」というのは挑戦者とか改革者という意味ですが、ここにもハリスを「リベラルの闘士」に見立てるイメージが濃厚にあります。

ただ、少々複雑なのは今回のミームの場合は、絵文字を伴っていることから「尖ったイメージ」は緩和されています。ですから、ハリス氏の周囲もこのミームを歓迎しているようで、昔からのハリス氏の支持派である「Kハイブ」を名乗るグループもネット上では同調しています。

実はこの「Kハイブ」というハリスの古参の支持グループが、サンダースやオカシオコルテスの支持派、つまり党内左派と仲が悪いのです。特にハリスは、経済政策については左派とは一線を画しており、医療保険の全面国営化にも反対ですし、ウォール街の金融機関に対して必要以上に懲罰を行う考え方にも反対です。そんなハリスに対して、一部の党内左派はまだ100%の支持をしていません。

このイメージは左派であり改革者だが、政策、特に経済と外交については常識的な中道派という「ギャップ」は、2008年の、そして2012年の選挙においてオバマが直面した問題と全く同様です。オバマは、このギャップをある意味では曖昧にすることで、イメージ選挙だけで乗り切りました。その結果として、「占拠デモ」など若者たちからの批判を浴びたし、それが結果的に2016年には左派との怨念を解消できなかったヒラリー・クリントンの落選の遠因を作ったとも言えます。

これからのハリスの1つの可能性は、自分の立ち位置を改めて検証して、「中道スタイル」を掲げて胸を張ることです。例えばガザ情勢に関しては「自分はイスラエルの生存の権利は認める。けれどもガザにおける民間人犠牲については強く懸念をしている」と何度も明確に述べています。その上で右派からは「ハマスの味方」だと罵倒され、左派からは「イスラエルへの援助を否定しない悪人」だと非難されています。ですが、ハリスはまったく「ひるむ」気配はなく、少しずつではありますが、その中道的な、そして現実を踏まえた姿勢は世論に浸透しつつあります。

同じことを経済や広範な外交問題においても主張できるか、ハリスに問われているのはこの点です。2008年のオバマの選挙からは、既に16年の年月が流れました。若者世代は完全に入れ替わり、ネットの伝播力は比較になりません。「中身は中道だがイメージは左派」というギャップを放置したままでは、選挙戦も難しくなるし、当選しても政権運営に難航するのは明らかです。

ハリスがどこかで覚醒して「自分は中道の闘士」だと自認し、強くこの点をアピールできれば、選挙戦も、当選後の政権運営も有利になると思います。ですが、現在抱えているイメージギャップを無視し続けるのであれば、思わぬ落とし穴に入り込む危険性は否定できないと思います。

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