小川さやか+トイアンナ+鷲田清一+田所昌幸(構成:伊藤頌文) アステイオン
<クローズドな言論空間である「サロン」がたくさん誕生し、かつてないほどに言論の自由が花開いた時代とも言えるが...>
『アステイオン』100号の特集「「言論のアリーナ」としての試み」をテーマに行われた、小川さやか・立命館大学教授、ライターのトイアンナ氏、鷲田清一・大阪大学名誉教授、田所昌幸・国際大学特任教授による座談会より。
◇ ◇ ◇
アカデミズムとジャーナリズムの乖離
田所 1986年に創刊された『アステイオン』は、100号を迎えました。
そこで『アステイオン』の存在意義と、創刊からの38年という、この時代について改めて議論したいと思い、世代の異なる3名の執筆者にご登壇いただきました。
まずはどのようなことを考えながら執筆されたかについてお話しいただけますでしょうか。創刊時から『アステイオン』に関わられてきた鷲田さんは、いかがでしょうか。
鷲田 今号のテーマが「『言論のアリーナ』としての試み」ということで、『アステイオン』の創刊者たちが抱いていた思いに注目し、この雑誌が何を目指してきたのかを考えました。
山崎正和さんの論考を読み返すと、学問と評論、そしてジャーナリズムの乖離に対して強い危機感をお持ちだったことが感じ取れます。
評論は「日付のある思想」、学問は「日付のない思想」。その両者をダイナミックに往還できることが知性であると山崎さんは考えておられました。
そこで執筆者同士は当然ながら、また執筆者自身もこの「日付のある思想」と「日付のない思想」の中で格闘する「言論のアリーナ」を『アステイオン』は目指してきました。
しかし、今やアカデミズムもジャーナリズムも状況がさらに悪くなってしまった...という厳しさも感じます。
田所 物心ついた頃にはすでに『アステイオン』があり、その後、執筆者としてご参加いただいた世代の小川さんは、いかがでしょうか?
小川 私は95号の「アカデミック・ジャーナリズム」特集の鼎談に参加したので、今回はそれを振り返りながら執筆しました。
アカデミズムとジャーナリズムは、しばしば水と油のように扱われています。しかし、レヴィ・ストロースの著作など、文化人類学の古典はノンフィクションやルポルタージュとみなされることもあります。ですから、両者は本当に違うものなのかということを95号では考えました。とくにフィールドワークなどの「臨床知」と書物から得られる「専門知」のせめぎ合いから、両者の共通点を見出す可能性を議論しました。
しかし、その後、生成AIやSNSに私たちの「臨床知」が乗っ取られるという全く別の軸が出てきました。ですから今回は、95号の鼎談の続編として「臨床知でテクノロジーを飼いならす」を書き、テクノロジーを活用した執筆や調査(取材)において、臨床知で専門知を乗り越える有効性を今一度考え直すことで、その接点を改めて浮かび上がらせることを試みました。
田所 『アステイオン』が創刊された1986年には、まだ生まれていない世代も増えています。その代表としてトイアンナさんには、この38年を逆投射して、創刊時期の数号を読んでもらった読後感を執筆いただきました。今回、改めてどのような印象を持ちましたでしょうか。
トイアンナ 普通の会社員から物書きになったライターの立場から言うと、一般人にとってはアカデミズムもジャーナリズムも同類で、どちらも「敵扱い」です。たとえるなら、それは僧侶と貴族の対立を見ていた、中世ヨーロッパ時代における農民と同じです。
現在では修士号を持つジャーナリストも増えているので、ジャーナリストとアカデミアは非常に近い存在に見えます。ですから、アカデミズムとジャーナリズムの対立軸を前提とする『アステイオン』の立ち位置には、逆に驚かされました。
田所 なるほど、さながら僧侶と貴族の対立を見る農民といったところでしょうかね(笑)。それはアカデミアとジャーナリズム側では見落とされがちな視点ですね。では、トイアンナさんの読者が多くいるSNSの世界はいかがでしょうか?
トイアンナ 現在、第3の軸としてnoteのような有料・クローズドなブログサービスの影響力が増しています。殺伐としていると言われるSNSですが、実は有料会員はとてもマナーがよく、そこでは生産的な議論が行われています。
田所 そうなると『アステイオン』のような紙の論壇誌の意義について、どう思われますか?
トイアンナ 僧侶と貴族の対立を見ている一般人からすれば、論壇誌の執筆陣は「石を投げたくなる相手」かもしれません。しかし、オープンな議論の場として生き残ってきた『アステイオン』の存在意義は今でも大きいと思っています。
田所 専門家ではないけれど「専門知」に触れたい、知的関心を持つ中間層は必ずいます。そういった読者層を意識して私たちは『アステイオン』を作ってきました。マスマーケットを最初から意識していないという側面ですね。いずれにせよ、論壇誌をめぐる状況は厳しさを増しているのは事実です。
『アステイオン』が歩んできた38年
田所 1986年に『アステイオン』が創刊されて38年経ちました。38年とは、明治維新(1868年)から日露戦争(1904年)まで、日露戦争から太平洋戦争(1941年)まで、あるいは戦後の高度経済成長(1950年代後半)から冷戦の時代(~1989年)とほぼ同じ期間です。『アステイオン』は、その次の「ポスト冷戦時代」の38年という区切り方もできると思います。
これは世代によって見方も異なり、いろいろな切り口もあると思いますが、鷲田さんはこの38年間をどのように、とらえていらっしゃいますか?
鷲田 日本の言論界はその論点の設定において、しばしば欧米発の論考をフォローしてきましたが、今やそうした視線・視座そのものが疑われるようになりました。したがって「世界がどのような状況にあるか」という論点そのものが成立しづらくなっています。
そして『アステイオン』創刊時、日本は高度消費社会のただ中にあったため、21世紀に貧困が思想の問題になるとは、当時の私には思いもよらないことでした。
1989年にベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わり、これからはイデオロギーで何かを語る時代ではなくなると予想していました。しかし現在、イデオロギーですらない、むき出しの陰謀論が跋扈する世界になってしまいました。
インターネットのようなきわめて水平(フラット)な言論空間だけになると、その上には思想を監視する単一の機関があるだけで、それでは一種の独裁になってしまいます。複数の目利き、あるいは批評するメディア空間が必要で、垂直的な意味でも「中間」の存在が重要になってくるのではないでしょうか。
田所 時代を特徴づけるアプローチ自体が難しくなっているということですね。すべてがフラットになって、個人生活の隅々まで匿名の権力が支配する社会は、政治学では「大衆社会論」の文脈で議論されてきました。
アレクシ・ド・トクヴィルらが予見していた、顔のない多数派によって自由が脅かされる危険が、今現実のものとなっているのかもしれません。
都内で開催された「アステイオン・トーク」左より田所昌幸氏、トイアンナ氏、小川さやか氏、鷲田清一氏
小川 私はバブル崩壊後のいわゆる氷河期世代ですが、鷲田さんやトイアンナさんの世界観も何となく理解できます。
インターネット普及の初期には、世界がフラットになっていくようなイメージがありましたが、実情はより複雑で、多様ですよね。
私の専門であるタンザニアは、かつては現地に行かないとインタビュー調査ができませんでしたが、今ではスマートフォンで簡単に話を聞くことができるなど、この20年で大きく変わりました。
しかし、それぞれの地域のコミュニケーションの在り方の延長線上にデジタル・コミュニケーションが形作られており、日常的な「対話の遊戯」がSNSにも引き継がれていることを見ると、世界で暮らす人びとが完全にフラットにつながっているわけではありません。いまなお、世界と日本の人々は、まったく異なる技法のなかでコミュニケーションを取り続けているのだと思います。
田所 インターネットで世界は思われていたようにはフラットにならなかったというご指摘は興味深いですね。
かつて新聞や論壇誌といった媒体で大学知識人やジャーナリストが発言や発表をしてきましたが、今やSNSでは誰でも発言できます。そして、そこに生成AIが登場し、YouTubeのように映像表現も台頭し、きわめて大衆化した形で言論活動が繰り広げられています。この点についてはどうでしょうか?
トイアンナ 言論活動は個人と権力の間で、反発と和解が繰り返されてきた歴史という捉え方もできると思います。かつての権力は国家でした。しかし、今はXやGoogleなど巨大テック企業が権力となり、個人の思想や表現の自由と衝突しています。
運営ポリシーに違反すれば即「BAN」(アカウント凍結)されますし、絶対に話せないテーマもあります。ですから、フラットで大衆化したように見えて、言論をめぐる闘争は現在も続いています。
他方、38年前よりも人々が個人主義的になったことは確かだと思います。オープンな言論空間は殺伐としていますが、クローズドな言論空間である「サロン」が多く存在し、翻訳機能の向上によって言語を超えた人々のつながりも容易になりました。
そこでは異なる意見を聞きながら、自分の意見も言える場所ができました。その意味では、今はかつてないほどに言論の自由が花開いた時代と言えるかもしれません。
田所 私がほぼ最後の世代になると思いますが、マルクス主義を肌で理解できた時代がかつてありました。そういう呪縛や常識がなくなって、さまざまな言論空間が成立できるようになったことは望ましいということですね。我々の世代とは、まったく異なる世界が現在、展開しているように感じています。
トイアンナさんが先ほどご指摘された多くのサロンと、そのグループ内部で豊かなコミュニケーションが生まれていることはいいことだと思います。一方で、そのサロンやグループ同士をつなぐ装置はあるのでしょうか?
トイアンナ サロン同士がつながることは残念ながら、なかなかありません。異なる思想や思考を持つグループ同士が喧嘩せずに、同じ皿に載る装置は『アステイオン』をはじめとする論壇誌なのだと思います。そういう意味では紙の論壇誌の重要性は今後、ますます大きくなっていくと思います。
※後編:インターネット上の「黒歴史」は削除できる...デジタル時代に紙で文字を残し続ける意味とは? に続く
小川さやか(Sayaka Ogawa)
立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。1978年愛知県生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程指導認定退学。博士(地域研究)。専門は文化人類学、アフリカ研究。著書に『都市を生きぬくための狡知――タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(世界思想社)、『チョンキンマンションのボスは知っている─―アングラ経済の人類学』(春秋社)、『「その日暮らし」の人類学―─もう一つの資本主義経済』(光文社新書)など。
トイアンナ(Anna Toi)
恋愛・キャリア支援ライター。1987年生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資系企業にてマーケティングに携わり、フリーライターに転身。専門は就活対策、キャリア、婚活、マーケティングなど。著書に『改訂版 確実内定』(KADOKAWA)、『モテたいわけではないのだが』(イースト・プレス)、『ハピネスエンディング株式会社』(小学館)、『弱者男性1500万人時代』(扶桑社新書)など多数。
鷲田清一(Kiyokazu Washida)
大阪大学名誉教授、サントリー文化財団副理事長。1949年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。哲学・倫理学専攻。関西大学教授、大阪大学教授、大阪大学総長、京都市立芸術大学理事長・学長などを歴任。著書に『分散する理性』、『モードの迷宮』(ともにサントリー学芸賞)、『人称と行為』、『だれのための仕事』、『〈ひと〉の現象学』、『メルロ=ポンティ』、『「聴く」ことの力』(桑原武夫学芸賞)、『「ぐずぐず」の理由』(読売文学賞)、『所有論』など。
田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
国際大学特任教授、アステイオン編集委員長。1956年生まれ。京都大学法学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授、慶應義塾大学法学部教授を経て、現職。慶應義塾大学名誉教授。専門は国際政治学。主な著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『越境の国際政治』(有斐閣)、『社会のなかのコモンズ』(共著、白水社)、『新しい地政学』(共著、東洋経済新報社)など。
『アステイオン』100号
特集:「言論のアリーナ」としての試み──創刊100号を迎えて
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
アステイオンvol.100トーク「言論のアリーナ」としての試み
アステイオンvol.100トーク「言論のアリーナ」としての試み/サントリー文化財団
<クローズドな言論空間である「サロン」がたくさん誕生し、かつてないほどに言論の自由が花開いた時代とも言えるが...>
『アステイオン』100号の特集「「言論のアリーナ」としての試み」をテーマに行われた、小川さやか・立命館大学教授、ライターのトイアンナ氏、鷲田清一・大阪大学名誉教授、田所昌幸・国際大学特任教授による座談会より。
◇ ◇ ◇
アカデミズムとジャーナリズムの乖離
田所 1986年に創刊された『アステイオン』は、100号を迎えました。
そこで『アステイオン』の存在意義と、創刊からの38年という、この時代について改めて議論したいと思い、世代の異なる3名の執筆者にご登壇いただきました。
まずはどのようなことを考えながら執筆されたかについてお話しいただけますでしょうか。創刊時から『アステイオン』に関わられてきた鷲田さんは、いかがでしょうか。
鷲田 今号のテーマが「『言論のアリーナ』としての試み」ということで、『アステイオン』の創刊者たちが抱いていた思いに注目し、この雑誌が何を目指してきたのかを考えました。
山崎正和さんの論考を読み返すと、学問と評論、そしてジャーナリズムの乖離に対して強い危機感をお持ちだったことが感じ取れます。
評論は「日付のある思想」、学問は「日付のない思想」。その両者をダイナミックに往還できることが知性であると山崎さんは考えておられました。
そこで執筆者同士は当然ながら、また執筆者自身もこの「日付のある思想」と「日付のない思想」の中で格闘する「言論のアリーナ」を『アステイオン』は目指してきました。
しかし、今やアカデミズムもジャーナリズムも状況がさらに悪くなってしまった...という厳しさも感じます。
田所 物心ついた頃にはすでに『アステイオン』があり、その後、執筆者としてご参加いただいた世代の小川さんは、いかがでしょうか?
小川 私は95号の「アカデミック・ジャーナリズム」特集の鼎談に参加したので、今回はそれを振り返りながら執筆しました。
アカデミズムとジャーナリズムは、しばしば水と油のように扱われています。しかし、レヴィ・ストロースの著作など、文化人類学の古典はノンフィクションやルポルタージュとみなされることもあります。ですから、両者は本当に違うものなのかということを95号では考えました。とくにフィールドワークなどの「臨床知」と書物から得られる「専門知」のせめぎ合いから、両者の共通点を見出す可能性を議論しました。
しかし、その後、生成AIやSNSに私たちの「臨床知」が乗っ取られるという全く別の軸が出てきました。ですから今回は、95号の鼎談の続編として「臨床知でテクノロジーを飼いならす」を書き、テクノロジーを活用した執筆や調査(取材)において、臨床知で専門知を乗り越える有効性を今一度考え直すことで、その接点を改めて浮かび上がらせることを試みました。
田所 『アステイオン』が創刊された1986年には、まだ生まれていない世代も増えています。その代表としてトイアンナさんには、この38年を逆投射して、創刊時期の数号を読んでもらった読後感を執筆いただきました。今回、改めてどのような印象を持ちましたでしょうか。
トイアンナ 普通の会社員から物書きになったライターの立場から言うと、一般人にとってはアカデミズムもジャーナリズムも同類で、どちらも「敵扱い」です。たとえるなら、それは僧侶と貴族の対立を見ていた、中世ヨーロッパ時代における農民と同じです。
現在では修士号を持つジャーナリストも増えているので、ジャーナリストとアカデミアは非常に近い存在に見えます。ですから、アカデミズムとジャーナリズムの対立軸を前提とする『アステイオン』の立ち位置には、逆に驚かされました。
田所 なるほど、さながら僧侶と貴族の対立を見る農民といったところでしょうかね(笑)。それはアカデミアとジャーナリズム側では見落とされがちな視点ですね。では、トイアンナさんの読者が多くいるSNSの世界はいかがでしょうか?
トイアンナ 現在、第3の軸としてnoteのような有料・クローズドなブログサービスの影響力が増しています。殺伐としていると言われるSNSですが、実は有料会員はとてもマナーがよく、そこでは生産的な議論が行われています。
田所 そうなると『アステイオン』のような紙の論壇誌の意義について、どう思われますか?
トイアンナ 僧侶と貴族の対立を見ている一般人からすれば、論壇誌の執筆陣は「石を投げたくなる相手」かもしれません。しかし、オープンな議論の場として生き残ってきた『アステイオン』の存在意義は今でも大きいと思っています。
田所 専門家ではないけれど「専門知」に触れたい、知的関心を持つ中間層は必ずいます。そういった読者層を意識して私たちは『アステイオン』を作ってきました。マスマーケットを最初から意識していないという側面ですね。いずれにせよ、論壇誌をめぐる状況は厳しさを増しているのは事実です。
『アステイオン』が歩んできた38年
田所 1986年に『アステイオン』が創刊されて38年経ちました。38年とは、明治維新(1868年)から日露戦争(1904年)まで、日露戦争から太平洋戦争(1941年)まで、あるいは戦後の高度経済成長(1950年代後半)から冷戦の時代(~1989年)とほぼ同じ期間です。『アステイオン』は、その次の「ポスト冷戦時代」の38年という区切り方もできると思います。
これは世代によって見方も異なり、いろいろな切り口もあると思いますが、鷲田さんはこの38年間をどのように、とらえていらっしゃいますか?
鷲田 日本の言論界はその論点の設定において、しばしば欧米発の論考をフォローしてきましたが、今やそうした視線・視座そのものが疑われるようになりました。したがって「世界がどのような状況にあるか」という論点そのものが成立しづらくなっています。
そして『アステイオン』創刊時、日本は高度消費社会のただ中にあったため、21世紀に貧困が思想の問題になるとは、当時の私には思いもよらないことでした。
1989年にベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わり、これからはイデオロギーで何かを語る時代ではなくなると予想していました。しかし現在、イデオロギーですらない、むき出しの陰謀論が跋扈する世界になってしまいました。
インターネットのようなきわめて水平(フラット)な言論空間だけになると、その上には思想を監視する単一の機関があるだけで、それでは一種の独裁になってしまいます。複数の目利き、あるいは批評するメディア空間が必要で、垂直的な意味でも「中間」の存在が重要になってくるのではないでしょうか。
田所 時代を特徴づけるアプローチ自体が難しくなっているということですね。すべてがフラットになって、個人生活の隅々まで匿名の権力が支配する社会は、政治学では「大衆社会論」の文脈で議論されてきました。
アレクシ・ド・トクヴィルらが予見していた、顔のない多数派によって自由が脅かされる危険が、今現実のものとなっているのかもしれません。
都内で開催された「アステイオン・トーク」左より田所昌幸氏、トイアンナ氏、小川さやか氏、鷲田清一氏
小川 私はバブル崩壊後のいわゆる氷河期世代ですが、鷲田さんやトイアンナさんの世界観も何となく理解できます。
インターネット普及の初期には、世界がフラットになっていくようなイメージがありましたが、実情はより複雑で、多様ですよね。
私の専門であるタンザニアは、かつては現地に行かないとインタビュー調査ができませんでしたが、今ではスマートフォンで簡単に話を聞くことができるなど、この20年で大きく変わりました。
しかし、それぞれの地域のコミュニケーションの在り方の延長線上にデジタル・コミュニケーションが形作られており、日常的な「対話の遊戯」がSNSにも引き継がれていることを見ると、世界で暮らす人びとが完全にフラットにつながっているわけではありません。いまなお、世界と日本の人々は、まったく異なる技法のなかでコミュニケーションを取り続けているのだと思います。
田所 インターネットで世界は思われていたようにはフラットにならなかったというご指摘は興味深いですね。
かつて新聞や論壇誌といった媒体で大学知識人やジャーナリストが発言や発表をしてきましたが、今やSNSでは誰でも発言できます。そして、そこに生成AIが登場し、YouTubeのように映像表現も台頭し、きわめて大衆化した形で言論活動が繰り広げられています。この点についてはどうでしょうか?
トイアンナ 言論活動は個人と権力の間で、反発と和解が繰り返されてきた歴史という捉え方もできると思います。かつての権力は国家でした。しかし、今はXやGoogleなど巨大テック企業が権力となり、個人の思想や表現の自由と衝突しています。
運営ポリシーに違反すれば即「BAN」(アカウント凍結)されますし、絶対に話せないテーマもあります。ですから、フラットで大衆化したように見えて、言論をめぐる闘争は現在も続いています。
他方、38年前よりも人々が個人主義的になったことは確かだと思います。オープンな言論空間は殺伐としていますが、クローズドな言論空間である「サロン」が多く存在し、翻訳機能の向上によって言語を超えた人々のつながりも容易になりました。
そこでは異なる意見を聞きながら、自分の意見も言える場所ができました。その意味では、今はかつてないほどに言論の自由が花開いた時代と言えるかもしれません。
田所 私がほぼ最後の世代になると思いますが、マルクス主義を肌で理解できた時代がかつてありました。そういう呪縛や常識がなくなって、さまざまな言論空間が成立できるようになったことは望ましいということですね。我々の世代とは、まったく異なる世界が現在、展開しているように感じています。
トイアンナさんが先ほどご指摘された多くのサロンと、そのグループ内部で豊かなコミュニケーションが生まれていることはいいことだと思います。一方で、そのサロンやグループ同士をつなぐ装置はあるのでしょうか?
トイアンナ サロン同士がつながることは残念ながら、なかなかありません。異なる思想や思考を持つグループ同士が喧嘩せずに、同じ皿に載る装置は『アステイオン』をはじめとする論壇誌なのだと思います。そういう意味では紙の論壇誌の重要性は今後、ますます大きくなっていくと思います。
※後編:インターネット上の「黒歴史」は削除できる...デジタル時代に紙で文字を残し続ける意味とは? に続く
小川さやか(Sayaka Ogawa)
立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。1978年愛知県生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程指導認定退学。博士(地域研究)。専門は文化人類学、アフリカ研究。著書に『都市を生きぬくための狡知――タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(世界思想社)、『チョンキンマンションのボスは知っている─―アングラ経済の人類学』(春秋社)、『「その日暮らし」の人類学―─もう一つの資本主義経済』(光文社新書)など。
トイアンナ(Anna Toi)
恋愛・キャリア支援ライター。1987年生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資系企業にてマーケティングに携わり、フリーライターに転身。専門は就活対策、キャリア、婚活、マーケティングなど。著書に『改訂版 確実内定』(KADOKAWA)、『モテたいわけではないのだが』(イースト・プレス)、『ハピネスエンディング株式会社』(小学館)、『弱者男性1500万人時代』(扶桑社新書)など多数。
鷲田清一(Kiyokazu Washida)
大阪大学名誉教授、サントリー文化財団副理事長。1949年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。哲学・倫理学専攻。関西大学教授、大阪大学教授、大阪大学総長、京都市立芸術大学理事長・学長などを歴任。著書に『分散する理性』、『モードの迷宮』(ともにサントリー学芸賞)、『人称と行為』、『だれのための仕事』、『〈ひと〉の現象学』、『メルロ=ポンティ』、『「聴く」ことの力』(桑原武夫学芸賞)、『「ぐずぐず」の理由』(読売文学賞)、『所有論』など。
田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
国際大学特任教授、アステイオン編集委員長。1956年生まれ。京都大学法学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授、慶應義塾大学法学部教授を経て、現職。慶應義塾大学名誉教授。専門は国際政治学。主な著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『越境の国際政治』(有斐閣)、『社会のなかのコモンズ』(共著、白水社)、『新しい地政学』(共著、東洋経済新報社)など。
『アステイオン』100号
特集:「言論のアリーナ」としての試み──創刊100号を迎えて
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
アステイオンvol.100トーク「言論のアリーナ」としての試み
アステイオンvol.100トーク「言論のアリーナ」としての試み/サントリー文化財団