冷泉彰彦
<急激な円安によって外国企業による日本企業の買収は容易になっている>
コンビニチェーンの「セブンイレブン」と総合スーパー「イトーヨーカドー」を展開する「セブン&アイ・ホールディングス」は、カナダのケベック州に本拠があるコンビニエンスストア大手「アリマンタシォン・クシュタール」から買収提案を受けていました。
この動きですが、最新の状況ではアメリカの公取が、買収に異議を唱える可能性が高いという報道が出ました。日本の「セブン&アイ」は、アメリカの「セブンイレブン」も保有していることから、両社の経営統合によって統合後の新会社が必要以上に強い力を持つのは違法だという見方です。つまり統合により、商品やサービスの価格が上昇し、消費者に悪影響を及ぼす恐れがある、そうした観点からアメリカの公取が介入するというストーリーです。
ということで、実際に買収が成立するかは不透明となっています。ですが、今回の買収提案というニュースは、日本社会に少なからずショックを与えました。日本を代表するコンビニチェーンの「セブンイレブン」(創業はアメリカ)は、日本の消費文化そのものであり、それが外資の手に落ちるというのは、心理的に大きな違和感をもたらしたわけです。
これは、ちょうど35年前の1989年にソニーが、アメリカのコロンビア映画を買収した際に、アメリカで大きな反発が起きたのと現象としては似ています。当時のアメリカでは、アメリカを代表するエンタメ産業、その中の大きな部分が外国の手に落ちるということへの強い違和感が語られていました。
今の日本企業はお買い得?
ソニーは、ビデオカセットや、ビデオディスクなど媒体や再生機器など「モノ」のビジネスだけでなく、内容に当たる「ソフト」もビジネスの全体構想の中に組み込もうとしていました。また、コロンビア映画が優良企業だということにも、またリスクのある映画製作について日本には全くないノウハウがあることに目をつけていたのでした。
一方で、今回の「セブン買収提案」については、構図が全く違います。1つには、「セブン&アイ」の場合は既に過去形になった総合スーパーという「お荷物」を抱えていることから、株価が低迷しており、全体的に「北米のセブンがついてくるのならお得」という評価がされた可能性があります。また、為替についても1989年当時は円高パワーで日本が米国企業を買うことが可能になっていたわけですが、反対に今回は、円安のために北米の企業が日本企業を買うのが容易になっているという問題もあります。
では、このような買収提案というのは、「セブン&アイ」に特別な脆弱性があっただけなのかというと、違うと思います。日本の大企業はたとえ上場していても、欧米やアジアの上場企業と比べて薄利、つまり低い利益率に甘んじています。特に小売の場合はデフレ傾向のある消費の中で、なかなか利幅が取れないのです。
最近でも日本の「セブンイレブン」は、消費者の節約志向から来店数が減少していることに危機感を抱いて「399円弁当」を投入しています。これは、いくら岸田政権が賃上げを実現したといっても、それは日本経済のグローバル経済にリンクしている部分だけで、そこからのトリクルダウンは限定的だからです。
利益が薄ければ株価は低迷し、外資からの買収は容易になります。仮に外資に買われてしまうと、高い利益率が要求されて廉価販売のビジネスモデルは壊される可能性が高いと思います。勿論、そうならなかったケースもあります。スーパーの西友はアメリカの巨大資本「ウォルマート」に買収されて経営改革を迫られましたが、多品種を揃えないと集客ができないとか、問屋を含めた複雑な流通構造を一刀両断にはできなかったなどの理由から、外資の側が「この市場に居続けてもメリットはない」という判断をして売却してしまいました。
では、要求度の強い消費者が頑張っている限りは、薄利多売の日本型ビジネスモデルは守れるのかというと、現在はかなり状況が異なってきていると思います。円安が過度になれば、日本企業はより安く買われていきます。安く買った外資は、高利益モデルの実現のために、より大胆なリストラやビジネスの変更をしてくるでしょう。
そうなると、日本型の多品種、薄利多売の小売チェーンを守るためには、買収の危険を避けて上場廃止をすることになります。ですが、賃料と人件費という固定投資に加えて巨額の運転資金を必要とする小売ビジネスの場合に、非上場で大規模化というのは難しい話です。
今回の「セブン買収提案」というニュースは、そのように日本経済が縮小しながら外資に買い叩かれていく流れの序章のように思われます。この流れを断ち切るには、DXと準英語圏入りを加速して、国内の知的付加価値生産性を高めること、それも格差社会にするのではなく、全体の底上げをすることで35年になろうとする経済低迷の歴史に終止符を打つことが必要です。
自民党、立憲民主党、日本維新の会は、それぞれが近日中に代表選挙を迎えます。また、10月には総選挙があるとも言われています。今後も「セブン買収提案」のような事件が続いて日本経済の衰退が加速するのを許すのか、それとも長い低迷の真因を理解して徹底的な改革を主導するのか、日本経済は岐路に立っています。そのようなタイミングにおいて、日本はどのようなリーダーシップを選択するのか、極めてクリティカルな局面が来ています。「セブン買収提案」は、そのような重たい意味を突きつけていると思います。
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この動きですが、最新の状況ではアメリカの公取が、買収に異議を唱える可能性が高いという報道が出ました。日本の「セブン&アイ」は、アメリカの「セブンイレブン」も保有していることから、両社の経営統合によって統合後の新会社が必要以上に強い力を持つのは違法だという見方です。つまり統合により、商品やサービスの価格が上昇し、消費者に悪影響を及ぼす恐れがある、そうした観点からアメリカの公取が介入するというストーリーです。
ということで、実際に買収が成立するかは不透明となっています。ですが、今回の買収提案というニュースは、日本社会に少なからずショックを与えました。日本を代表するコンビニチェーンの「セブンイレブン」(創業はアメリカ)は、日本の消費文化そのものであり、それが外資の手に落ちるというのは、心理的に大きな違和感をもたらしたわけです。
これは、ちょうど35年前の1989年にソニーが、アメリカのコロンビア映画を買収した際に、アメリカで大きな反発が起きたのと現象としては似ています。当時のアメリカでは、アメリカを代表するエンタメ産業、その中の大きな部分が外国の手に落ちるということへの強い違和感が語られていました。
今の日本企業はお買い得?
ソニーは、ビデオカセットや、ビデオディスクなど媒体や再生機器など「モノ」のビジネスだけでなく、内容に当たる「ソフト」もビジネスの全体構想の中に組み込もうとしていました。また、コロンビア映画が優良企業だということにも、またリスクのある映画製作について日本には全くないノウハウがあることに目をつけていたのでした。
一方で、今回の「セブン買収提案」については、構図が全く違います。1つには、「セブン&アイ」の場合は既に過去形になった総合スーパーという「お荷物」を抱えていることから、株価が低迷しており、全体的に「北米のセブンがついてくるのならお得」という評価がされた可能性があります。また、為替についても1989年当時は円高パワーで日本が米国企業を買うことが可能になっていたわけですが、反対に今回は、円安のために北米の企業が日本企業を買うのが容易になっているという問題もあります。
では、このような買収提案というのは、「セブン&アイ」に特別な脆弱性があっただけなのかというと、違うと思います。日本の大企業はたとえ上場していても、欧米やアジアの上場企業と比べて薄利、つまり低い利益率に甘んじています。特に小売の場合はデフレ傾向のある消費の中で、なかなか利幅が取れないのです。
最近でも日本の「セブンイレブン」は、消費者の節約志向から来店数が減少していることに危機感を抱いて「399円弁当」を投入しています。これは、いくら岸田政権が賃上げを実現したといっても、それは日本経済のグローバル経済にリンクしている部分だけで、そこからのトリクルダウンは限定的だからです。
利益が薄ければ株価は低迷し、外資からの買収は容易になります。仮に外資に買われてしまうと、高い利益率が要求されて廉価販売のビジネスモデルは壊される可能性が高いと思います。勿論、そうならなかったケースもあります。スーパーの西友はアメリカの巨大資本「ウォルマート」に買収されて経営改革を迫られましたが、多品種を揃えないと集客ができないとか、問屋を含めた複雑な流通構造を一刀両断にはできなかったなどの理由から、外資の側が「この市場に居続けてもメリットはない」という判断をして売却してしまいました。
では、要求度の強い消費者が頑張っている限りは、薄利多売の日本型ビジネスモデルは守れるのかというと、現在はかなり状況が異なってきていると思います。円安が過度になれば、日本企業はより安く買われていきます。安く買った外資は、高利益モデルの実現のために、より大胆なリストラやビジネスの変更をしてくるでしょう。
そうなると、日本型の多品種、薄利多売の小売チェーンを守るためには、買収の危険を避けて上場廃止をすることになります。ですが、賃料と人件費という固定投資に加えて巨額の運転資金を必要とする小売ビジネスの場合に、非上場で大規模化というのは難しい話です。
今回の「セブン買収提案」というニュースは、そのように日本経済が縮小しながら外資に買い叩かれていく流れの序章のように思われます。この流れを断ち切るには、DXと準英語圏入りを加速して、国内の知的付加価値生産性を高めること、それも格差社会にするのではなく、全体の底上げをすることで35年になろうとする経済低迷の歴史に終止符を打つことが必要です。
自民党、立憲民主党、日本維新の会は、それぞれが近日中に代表選挙を迎えます。また、10月には総選挙があるとも言われています。今後も「セブン買収提案」のような事件が続いて日本経済の衰退が加速するのを許すのか、それとも長い低迷の真因を理解して徹底的な改革を主導するのか、日本経済は岐路に立っています。そのようなタイミングにおいて、日本はどのようなリーダーシップを選択するのか、極めてクリティカルな局面が来ています。「セブン買収提案」は、そのような重たい意味を突きつけていると思います。
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