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シシ政権下で初の外相人事、エジプトの外交政策は変わるのか?

ニューズウィーク日本版 2024年8月21日 17時20分

アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)
<今月24日・25日に東京で開催されるTICAD閣僚会合に出席するアブデルアーティ新外相とはどんな人物か>

先月、エジプトで3期目を迎えたシシ大統領が内閣改造を行った。首相は変わらずマドブリ氏で、組閣を指示。約30人の閣僚のうち半数以上が交代したが、2014年から外相を務めていたシュクリ外相の後任には、奇想天外とも言える人事で、アブデルアーティ駐欧州連合(EU)大使が任命された。これまでのエジプトの歴代外相は、暗黙の了解と言ってもいいほどに米国大使を経験した人でなければならなかったのだ。アブデルアーティ氏は米国で参事官を経験しているが、大使の経験はない。駐日エジプト大使館で勤務し、外務省報道官や駐ドイツ大使などを歴任した。

この内閣改造に伴った新外相の抜擢や、エジプトの外交政策への影響について疑問の声が上がっている。今回の交代について、エジプトの政治評論家は「これまでとは違う新たな目線での登用」と考える一方で、「エジプト外交の方針に影響を与えるものではない」とも強調した。

これまでもこれからも「地域の安定の柱」と強調

アブデルアーティ新外相の起用について、元エジプト外務次官補のアリ・アル・ハフニ氏は、「アブデルアーティ氏は外務省で育った人材であり、外務省が扱うこれまでの諸問題や長年にわたるエジプトの外交政策を熟知している」と述べ、「エジプトと欧州のパートナーシップの立役者の一人だ」と評した。「彼の抜擢はエジプトと欧州のパートナーシップの成長を強化するものだ」とも語った。

シュクリ前外相が外務省に10年間在任したことについて、「長いスパンで変化が見られる外務省という組織の特色の一つで自然なこと。国家は時として、大臣が他国のカウンターパートと築き上げた利点やネットワークを活用する必要があり、その結果、より長い任期が長く継続することになる」と現地の政治評論家は見ている。

中東には「あらゆる方向から紛争と危機が押し寄せており、EUと西側のパートナーは、エジプトのように安全と安定を維持するために頼れる国を見つけることができなかった」と、アブデルアーティは就任宣誓後の記者発表で述べた。

アブデルアーティ新外相は、「これは世界の他の国々にとっても同様であり、エジプトが重要かつ積極的な役割を果たすことで、この地域にすでに存在する以上の危機を生み出さないことを強く望んでいる」との考えを示した上で、エジプトがこれまでも、そしてこれからも「この地域の安定の柱」であることを強調した。

しかし、筆者は「アブデルアーティ氏に変わってもエジプト外交の路線は変わらない」と考えており、「エジプトには長年にわたる外交政策があり、人が変わっても変わらない不変のものがある」と考える。

これに関連し、現在、アトランティック・カウンシル・インスティテュートの上級研究員である元クネセット(イスラエル議会)のクセニア・スヴェトロワ氏は、イスラエルの新聞『マーリブ』に「 新大臣は欧州連合(EU)の大使を務めた経験もあり、10年以上前には在イスラエル・エジプト大使館にも勤務していた」とした上で、「時間はものをいうというが、新大臣の流儀がエジプトの外交政策に変化をもたらすかどうかは今後の動向を注視したい。ただ、一般的に外相は大統領が決めた方針を実行するものだ」と語った。

しかし、どの閣僚にも流儀というものがあるはずだ。アブデルアーティ新外相は経済的視点のある外交政策に重きを置きそうな傾向も強い。

2025年8月20日から22日まで横浜で第9回アフリカ開発会議(TICAD9)が開催される予定である。日本にとってアフリカ諸国と関係を深めるための肝入りの取り組みで、1993年にアフリカ開発会議(TICAD)を立ち上げて以降、約30年間にわたって、アフリカ自らが主導する開発を後押ししていくとの精神で取り組んできている。この準備のためのTICAD閣僚会合が、今年8月24日・25日に東京において開催される。

アブデルアーティ新外相も日本閣僚と接触する初の公式な機会として出席する予定だ。欧州との経済関係強化の豊富な経験のあるアブデルアーティ新外相とこの経済的視点のある外交手法が日本のアフリカ諸国との関係強化の後押しにつながれば、エジプトと日本の協力に新たな可能性が生まれるだろう。

アラブの外交の重鎮であるエジプト。そのエジプトの外交の実行役のトップとなったアブデルアーティ新外相にとって、エジプトの外交課題は山積しているが、やはり何といっても一番注目されるのはガザ地区での停戦問題、昨年10月から続いている戦争を止めるための交渉になるだろう。この他、「エチオピアのルネッサンス・ダムによる水資源への影響やスーダン内戦、リビア、イエメン、シリアの紛争といった現在進行中の問題だけでなく、欧州連合(EU)、そして、勤務経験のある日本との関係にももちろん注目が集まるだろう。

【執筆者】アルモーメン・アブドーラ
エジプト・カイロ生まれ。東海大学国際学部教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

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