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革命防衛隊の「大失態」...ハマス指導者の暗殺という赤っ恥で、イランは本気で「中東大戦」に突き進む?

ニューズウィーク日本版 2024年8月23日 18時15分

カスラ・アーラビ、ジェイソン・ブロツキー(いずれも米NPO「反核イラン連合」理事)
<首都テヘランの真ん中で「客人」ハマス最高指導者が暗殺された衝撃。露呈した革命防衛隊のもろさを克服し、ハメネイはどの方法で反撃するのか>

私が就任してからの3年間で最大の成果は「モサド(イスラエルの諜報機関)の潜入スパイ網を解体」したことだ──イランのエスマイル・ハティブ情報相がそう豪語したのは7月下旬のこと。

だが6日後の7月31日未明、イランの首都テヘラン市内にある革命防衛隊のゲストハウスで、パレスチナのイスラム組織ハマスの政治部門を率いるイスマイル・ハニヤが暗殺された。当然、首都に潜入していたモサド工作員の犯行と考えていい。

ここで注意したいのは、イランの指導部が政府の情報省よりも革命防衛隊の諜報・防諜能力に信頼を置いているという事実だ。実際、革命防衛隊の組織構造において治安・情報部門は最強・最大であり、宗教国家イランを守る治安機関の頂点に立つ存在とされている。

繰り返すが、革命防衛隊の守るテヘラン市内の施設で外国の要人が暗殺されるなどという事態は、あってはならないことだ。それは革命防衛隊の諜報能力に重大な脆弱性があることの証しであり、組織の最上層部にまで外国のスパイが入り込んでいた可能性も排除できない。

今回の事件で最悪なのはハニヤの死ではない。問題はそれを防げなかったことだ。最も信頼していた革命防衛隊の諜報部門にさえ外国のスパイがいたとすれば、いったい誰を信じればいいのか。しかも今は、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師(85)が後継者選びを進めている時期。宗教国家である同国の体制を揺るがせかねない微妙な時期だ。

もちろん、諜報部門の失態は今回が初めてではない。今年4月には革命防衛隊の対外工作部門「コッズ部隊」司令官でレバノンの親イランのシーア派武装組織ヒズボラの作戦を調整していたモハンマド・レザ・ザヘディが、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館の関連施設で殺害された。2020年11月には、革命防衛隊所属の科学者で「核兵器開発計画の父」とされるモフセン・ファクリザデも暗殺されている。

しかし今回の暗殺現場は外国ではなく、首都テヘラン市内にある革命防衛隊の施設だった。普段はカタールにいるハニヤは、イランの新大統領マスード・ペゼシュキアンの宣誓式に出席するために訪れていた。

「イランなら安全」ではない

日頃から用心深いテロ組織の指導者たちもたいていは、イランなら安心と考えている。例えば2008年にシリアで暗殺されたヒズボラ幹部イマド・ムグニアの娘の回顧録によると、父親はイランの領土内にいれば安全と信じていたという。国際テロ組織アルカイダの幹部サイフ・アル・アデルも、今はイランに住んでいる。伝えられるところでは、アイルランドを拠点とする国際犯罪組織キナハンなど、ヨーロッパ系の暴力団体の幹部らもイランに身を寄せているらしい。

DIMITRIOS KARAMITROSーISTOCK (MAP)

イランの革命防衛隊は、テロリストに居場所を提供することを通じて彼らと親密になり、自らの共闘部隊として利用してきた。イランに滞在する面々は優雅な暮らしを満喫しつつ、戦闘員の訓練やテロ計画の策定に従事している。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によれば、昨年10月7日にイスラエルとガザの境界線を突破したハマス戦闘員の一部は、イラン国内で革命防衛隊から訓練を受けていた。

だがイスラエルの工作員は厳戒態勢だったはずのテヘランで、革命防衛隊の守る施設内でハニヤを殺害できた。こうなると「イランなら安全」という認識は覆される。イランとその代理勢力との関係も、今までどおりとはいかないだろう。

シリアでザヘディが殺害されたのも、20年にイラクで革命防衛隊のガセム・ソレイマニ司令官が暗殺されたのも、現地に潜む外国のスパイのせいだと言い訳できた。しかし今回のハニヤ暗殺は革命防衛隊のお膝元で起きた。

革命防衛隊がメンツを失うことを恐れているのは、ハニヤの滞在先に爆発物が持ち込まれたという西側の報道を即座に否定したことからもうかがえる。非難をそらすために当局は近くから飛翔体が発射されたと述べたが、その一方でゲストハウスの関係者20人以上を逮捕し、警備手順の見直しに着手してもいる。

潜入スパイを一掃せよ

首都で賓客が殺害されたとなれば、ただでさえ疑心暗鬼のハメネイが動揺しているのは間違いない。外国からのスパイ潜入を警戒する彼は、事あるごとに情報機関の幹部を粛清してきた。09年に大統領選の結果について市民の抵抗運動(いわゆる「緑の革命」)が起きたときも、革命防衛隊関連の人事刷新を断行した。

22年6月にも大規模な粛清があった。革命防衛隊の諜報部門を率いる聖職者のホセイン・タエブが解任され、後任に職業軍人のモハマド・カゼミ准将が起用された。カゼミは政権内に潜む敵のスパイを摘発する防諜部隊を率いていた人物だ。聖職者に代えて実務型の職業軍人を据えた背景には、革命防衛隊の国外での活動を活性化する狙いもあったとされる。だが、それでも首都でのハニヤ暗殺を阻止することはできなかった。

カゼミの後任として革命防衛隊防諜部の司令官に就任したマジッド・ハデミもまた、厳しい目で見られることになるだろう。革命防衛隊に潜むスパイを根絶するという任務は、まだ達成されていない。

テヘラン郊外でイラク・イラン戦争開戦記念日を記念する軍事パレードで行進するイラン革命防衛隊 AP/AFLO

また、イラン政府高官や訪問中の外国要人を警護する革命防衛隊アンサール・アル・マフディ保護部隊の将来も問題となっている。この部隊にも外国のスパイが潜入している疑いがあり、何度も首のすげ替えが行われている。19年には司令官のアリ・ナシリが忠誠心を疑われて解任された。後任にはファソラ・ジョメイリ准将が就いたが、その後もハニヤ暗殺などの失態が繰り返されている。

このような欠陥が露呈した今、革命防衛隊としては何とかして失地を回復し、面目を保ちたいところだ。しかしハニヤ暗殺という衝撃の事態を受け、ハメネイはますます治安・諜報部門の幹部刷新に力を入れることだろう。なにしろ今は、自分の後継者を決めなければならない大事な時期だ。

過去5年間、ハメネイはエネルギーの大半を、円滑で秩序ある世代交代の準備につぎ込んできた。最高指導者の死は政権を不安定にさせる可能性があるから、その前に革命防衛隊をしっかり鍛え直したい。それがハメネイの願いだ。

去る5月にイブラヒム・ライシ大統領(当時)が不慮の事故で死亡したことは、ハメネイにとって大きな痛手だった。2人しかいない後継候補の1人がライシだったからだ。しかもそこへ、国の治安・諜報機関が穴だらけであることを示す事態が起きた。こうなると、高齢のハメネイにとっては残る1人の後継候補(自分の息子のモジタバ師)の安全確保が最優先の課題となる。彼が殺されたら後継選びは振り出しに戻ることになり、イスラム共和国体制の存続も危ぶまれる事態となる。

メンツをつぶされたイランは黙っていないはずだ。国際社会には、どうせ型どおりの報復攻撃だろうとの見方が多いが、そうとは限らない。ハメネイや革命防衛隊には別の懸念がある。とりわけ革命防衛隊は、何としても外国からの潜入工作員を一掃し、イラン国内での破壊工作を放棄させるに足るダメージをイスラエルに与えたいと思っている。

ミサイルやドローンによる攻撃という在来型の報復にとどまらず、在外イスラエル人やユダヤ人に対する無差別テロの可能性も排除できない。在来型の報復攻撃でイスラエルの防空網を突破できないことはイラン側も承知している。しかし非武装の在外イスラエル人やユダヤ人に対するテロ攻撃を強化すれば、さすがにイスラエルもイラン国内での破壊工作を自重するのではないか。

そうは言っても、このところ革命防衛隊によるイスラエル要人暗殺計画は失敗続きだ。諜報部門を率いるカゼミとしては、ここで何としても点数を稼ぎたいところだろう。

一気に核武装へ突き進むか

イスラエル側の軍事的優位、とりわけ防空能力の高さは明らかなので、通常の軍事的報復でイスラエルに有意な損害を与えることはできない。そうであれば、国外にいる非武装のイスラエル国民やユダヤ人を殺してイスラエル政府に圧力をかけるしかない──革命防衛隊がそう考える可能性は十分にある。

もう1つの可能性は、核兵器の開発を一段と加速することだ。例えばウラン濃縮度を、核爆弾への転用が可能な90%まで高める。それだけでも、首都テヘランでのハニヤ暗殺は「一線を越えた」行為だとイスラエル側に警告する効果はありそうだ。国際社会は何年も前から、イランの核開発を止める真剣な努力をしてこなかった。ならばここで一歩踏み出しても大した反発はあるまい。そういう計算も成り立つ。

いずれにせよ、現時点でイランの最高指導部が最も関心を寄せているのは自国の治安・諜報部門の再建だ。これだけの失態を繰り返してきた以上、ただでは済まされない。イスラエルに対する当座の報復攻撃が済んでからも、国軍や治安部隊に対する最高指導部の不信感は消えず、幹部の粛清が続くことだろう。

From Foreign Policy Magazine

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