村上尚己
<経済状況を楽観して、金融財政政策を引締め過ぎたことが1990年代半ばからの長期デフレをもたらしてきたのだが、仮にこの歴史の教訓が生かされてないとすれば、日本経済にとって深刻な事態だ......>
8月6日コラムでは、7月末の日本銀行による追加利上げと植田総裁の発言などをうけて、日銀が「デフレの番人」としての失政を繰り返しつつある可能性を指摘した。この後、内田副総裁の金融市場に配慮する発言が好感され金融市場は落ち着き、8月初旬に歴史的な急落となった日経平均株価は反発している。
ただ、内田副総裁の発言を素直に読めば、植田総裁が示した「(とても曖昧な)中立金利の下限を目指して淡々と利上げしていく」という執行部の考えはほとんど変わっていないとみられる。23日に行われた衆議院財務金融委員会における、植田総裁の発言でも同様の考えが繰り返し述べられた。
実際には、2023年半ばから日本経済がほとんど成長していない状況を踏まえれば、インフレ圧力は強まっていない。こうした経済環境で追加利上げを行う必要性は低いと筆者は考えるが、植田総裁らの姿勢はかなり前のめりである。就任当初は「ハト派」を演じていたかにみえた植田総裁は、性急な利上げと酷評された2000年時と同様の政策判断を下しつつあるようにみえる。
長期デフレをもたらした歴史の教訓が生かされてない
米国ではFRB(連邦準備理事会)による9月会合から利下げ開始が濃厚となり、争点は利下げペースがどうなるかという状況である。FRBの利下げが続くとの見方が強まりドル安への思惑が強まり易いのだから、仮に日本では政策金利を現行のまま維持しても、金融環境は引締め的に動くことになる。
更に、肝心の日本経済の成長にブレーキがかかり、既にコアベースのインフレ率は2%を下回るまで低下しているのだから、利上げについては相当慎重に行うべきだし、そもそも現行の政策金利が「緩和的」なのか。中立金利の推計には誤差が存在するのだから、中立金利だけを意識して利上げを続ければ、かつての日銀のように「拙速な判断」になってしまう。
「7月初旬まで円安が行き過ぎており日銀の利上げは慎重過ぎる」などの偏った見方ばかり経済メディアは報じていた。実際には、8月の日本株市場の急落を踏まえれば、そうした認識が間違えであったことは明らかであろう。同様に、7月初旬の通貨当局の円高誘導政策も妥当な政策ではなかったということである。経済状況を楽観して、金融財政政策を引締め過ぎたことが1990年代半ばからの長期デフレをもたらしてきたのだが、仮にこの歴史の教訓が生かされてないとすれば、日本経済にとって深刻な事態である。
「初歩的な経済学から逸脱している」
こうした中で、物価研究の第一人者で、日銀総裁候補の一人とみなされていた渡辺努東大教授は、「日銀が説明する利上げのロジックは、経済学の初歩的な観点から全く理解できない」と批判している。同氏は、「物価上昇率の足元の数字または見通しがインフレターゲットを上回ったときに利上げをする」のが妥当として、「日銀の見通しは2%の物価上昇率に落ち着いていく」という前提なら何もしなくてよい、との考えを述べている。
同氏のように「初歩的な経済学から逸脱している」と断言するほど筆者に自信はないが、渡辺教授の意見に概ね賛同できる。日銀OBである同氏は、これまでの日銀の失敗をアカデミックと現場の立場双方の経験を持つ、大御所と言えるだろう。こうした批判が植田総裁らに届けば、筆者が警戒している、日本経済が脱デフレに失敗する「最悪のリスク」は低下する。
次期首相の判断が、今後の日本株市場の方向を左右する
事実上の次期首相を決める自民党総裁選挙に世間の注目が集まっているが、執筆時点(8月23日)で候補者が多く報じられており、情勢はかなり流動的である。通貨当局が円高誘導政策に踏み出し、日銀の前のめりな政策姿勢が強まったことには、岸田政権が機能不全に陥っていたことが影響していたと筆者は考えている。
適切な金融財政政策によって、経済成長率を持続的に高めて脱デフレを完遂することは言うまでもなく重要である。過去の経緯を含めてこの点を深く理解する政治家が次期首相になるかどうかが、今後の日本株市場の方向を左右することになろう。
仮に、「自民党の再生のために首相になる」などの永田町の都合・理屈しか持ち合わせていない政治家が次の首相になればどうなるか。この場合、日銀による時期尚早な利上げを促し、そして岸田政権で息を吹き返した日本株市場は再び停滞するだろう。こうした警戒感を持って、自民党総裁選挙における論戦や選挙情勢を筆者は注視している
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
<経済状況を楽観して、金融財政政策を引締め過ぎたことが1990年代半ばからの長期デフレをもたらしてきたのだが、仮にこの歴史の教訓が生かされてないとすれば、日本経済にとって深刻な事態だ......>
8月6日コラムでは、7月末の日本銀行による追加利上げと植田総裁の発言などをうけて、日銀が「デフレの番人」としての失政を繰り返しつつある可能性を指摘した。この後、内田副総裁の金融市場に配慮する発言が好感され金融市場は落ち着き、8月初旬に歴史的な急落となった日経平均株価は反発している。
ただ、内田副総裁の発言を素直に読めば、植田総裁が示した「(とても曖昧な)中立金利の下限を目指して淡々と利上げしていく」という執行部の考えはほとんど変わっていないとみられる。23日に行われた衆議院財務金融委員会における、植田総裁の発言でも同様の考えが繰り返し述べられた。
実際には、2023年半ばから日本経済がほとんど成長していない状況を踏まえれば、インフレ圧力は強まっていない。こうした経済環境で追加利上げを行う必要性は低いと筆者は考えるが、植田総裁らの姿勢はかなり前のめりである。就任当初は「ハト派」を演じていたかにみえた植田総裁は、性急な利上げと酷評された2000年時と同様の政策判断を下しつつあるようにみえる。
長期デフレをもたらした歴史の教訓が生かされてない
米国ではFRB(連邦準備理事会)による9月会合から利下げ開始が濃厚となり、争点は利下げペースがどうなるかという状況である。FRBの利下げが続くとの見方が強まりドル安への思惑が強まり易いのだから、仮に日本では政策金利を現行のまま維持しても、金融環境は引締め的に動くことになる。
更に、肝心の日本経済の成長にブレーキがかかり、既にコアベースのインフレ率は2%を下回るまで低下しているのだから、利上げについては相当慎重に行うべきだし、そもそも現行の政策金利が「緩和的」なのか。中立金利の推計には誤差が存在するのだから、中立金利だけを意識して利上げを続ければ、かつての日銀のように「拙速な判断」になってしまう。
「7月初旬まで円安が行き過ぎており日銀の利上げは慎重過ぎる」などの偏った見方ばかり経済メディアは報じていた。実際には、8月の日本株市場の急落を踏まえれば、そうした認識が間違えであったことは明らかであろう。同様に、7月初旬の通貨当局の円高誘導政策も妥当な政策ではなかったということである。経済状況を楽観して、金融財政政策を引締め過ぎたことが1990年代半ばからの長期デフレをもたらしてきたのだが、仮にこの歴史の教訓が生かされてないとすれば、日本経済にとって深刻な事態である。
「初歩的な経済学から逸脱している」
こうした中で、物価研究の第一人者で、日銀総裁候補の一人とみなされていた渡辺努東大教授は、「日銀が説明する利上げのロジックは、経済学の初歩的な観点から全く理解できない」と批判している。同氏は、「物価上昇率の足元の数字または見通しがインフレターゲットを上回ったときに利上げをする」のが妥当として、「日銀の見通しは2%の物価上昇率に落ち着いていく」という前提なら何もしなくてよい、との考えを述べている。
同氏のように「初歩的な経済学から逸脱している」と断言するほど筆者に自信はないが、渡辺教授の意見に概ね賛同できる。日銀OBである同氏は、これまでの日銀の失敗をアカデミックと現場の立場双方の経験を持つ、大御所と言えるだろう。こうした批判が植田総裁らに届けば、筆者が警戒している、日本経済が脱デフレに失敗する「最悪のリスク」は低下する。
次期首相の判断が、今後の日本株市場の方向を左右する
事実上の次期首相を決める自民党総裁選挙に世間の注目が集まっているが、執筆時点(8月23日)で候補者が多く報じられており、情勢はかなり流動的である。通貨当局が円高誘導政策に踏み出し、日銀の前のめりな政策姿勢が強まったことには、岸田政権が機能不全に陥っていたことが影響していたと筆者は考えている。
適切な金融財政政策によって、経済成長率を持続的に高めて脱デフレを完遂することは言うまでもなく重要である。過去の経緯を含めてこの点を深く理解する政治家が次期首相になるかどうかが、今後の日本株市場の方向を左右することになろう。
仮に、「自民党の再生のために首相になる」などの永田町の都合・理屈しか持ち合わせていない政治家が次の首相になればどうなるか。この場合、日銀による時期尚早な利上げを促し、そして岸田政権で息を吹き返した日本株市場は再び停滞するだろう。こうした警戒感を持って、自民党総裁選挙における論戦や選挙情勢を筆者は注視している
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)