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日本にキレるロシアには大人の対応を

ニューズウィーク日本版 2024年8月24日 15時0分

河東哲夫
<北朝鮮のミサイルや台湾有事に備える日本の動きを見て、警戒心を高めるロシアの勘違い>

自国領土であるクルスク州の一部をウクライナ軍に制圧されて、ロシアは対応に窮している。クルスクと言えば2000年8月、乗員118人と共に沈んだ大型原潜の名も「クルスク」だった。プーチン政権の始まりと終わりは「クルスク」の名でくくられるのかもしれない。

そんな中、プーチンの腹心、ニコライ・パトルシェフ大統領補佐官は7月末に政府系の「ロシア新聞」で、アメリカは日本の自衛隊との兵力統合運用を強化し、NATOの欧州諸国も艦船を日本に派遣するなど日本の防衛力を強化しようとしており、ロシアはこれに対抗して海軍を増強するなど、適切な措置を取らざるを得ない、と書いた。

そして元国家安全保障会議書記のアンドレイ・ココーシンは、日本と仲良くしようとする時代は終わった、日本を極東の脅威として認識するべき時が来た、と書いた。

日本はロシアと違って、領土問題を軍事力で解決しようとすることはない。近年自衛隊を増強し、例えば2500トン以上の海上艦艇数ではロシアの太平洋艦隊を約5対1と圧倒しているが、これはロシアに向けられたものではない。それなのに、なぜロシアは急に騒ぎ出したのか。

と思って、つらつら考えると、日本が北朝鮮のミサイルや台湾有事に備えて取った措置を、ロシアは自分に向けられたもの、アメリカが日本を使って自分に向けたもの、とみているのだろうと思い当たる。

まず、日本はアメリカから中距離巡航ミサイル「トマホーク」を数百発購入、イージス艦に配備するための準備を始めた。アメリカはドイツにも中距離ミサイルを配備しようとしている。ロシアは欧州では中距離核ミサイル「イスカンデル」でドイツ、極東では中距離巡航ミサイル「キンジャール」などで日本を狙える態勢にあるが、自分が狙われると危ないことをするなと騒ぐ。

西の脅威はドイツ、東の脅威は日本

次に、最近日米が兵力の統合運用体制を強化していることも、アメリカがロシアを東から脅すのに自衛隊を使おうとしているように見えるようだ。

さらに安倍政権以来、日本はNATO本部との関係を緊密化し、英独仏などNATO諸国の軍艦、軍用機が日本に来航するケースが増えていることも、ロシアの神経を逆なでする。こうしてロシアにとっては、「西の脅威はドイツ、東の脅威は日本」という、戦前の構図がよみがえってきた。

かくして極東ロシアは軍拡の構えだ。日本は北朝鮮、中国への構えを強化して、ロシアの脅威をみすみす復活させてしまったのか? いや、慌てる必要はないだろう。ロシアの極東兵力は急には増えない。

もともとソ連海軍の空母は全部、ウクライナの造船所で建造されていたし、その他の軍艦用のタービン・エンジンも全てウクライナの工場で組み立てられていた。

2014年、クリミア「併合」でウクライナとの協力関係が破壊されて以来、ロシアは自前の軍需生産能力を増強してきたものの、造船所は設備の老朽化、労働力不足、幹部の腐敗など問題だらけで、建艦計画は半分ほどしか達成できていない上、西側の制裁で電子・通信機器は不備なまま納品するありさまで、軍用機の生産も同様だ。

ただしロシアは、核ミサイルをいつでも極東に配備できるので、これに対する備えは必要だ。

「岸田後」の日本の対ロ外交はしばらくお休みになる。ことさら敵対する必要はなく、ウクライナ戦争が一区切りしたところで、関係を順次改善していけばいい。ロシアも大人。「日本は脅威」と言いつつ、片方の手では握手を求めてくるだろう。

ロシアも日本も互いを「正しく恐れる」ことだ。

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