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ゼレンスキーの「大博打」は成功するか クルスク侵攻作戦の行方

ニューズウィーク日本版 2024年8月24日 18時48分

木村正人
<ロシアへの越境攻撃に踏み切ったウクライナ軍はジリジリ前進を続け、プーチンは状況に機敏に対応できない弱点を再びさらした>

[ロンドン発]8月6日早朝に始まったウクライナ軍のロシア西部クルスク州への侵攻は「28〜35キロメートルの深度まで進み、93集落を含む1263平方キロメートルを占領」(20日、オレクサンドル・シルスキー総司令官の説明)し、ジリジリと前進を続けている。

西側の対ロシア制裁にもかかわらず、ロシア産エネルギーの輸入を続けるインドのナレンドラ・モディ首相は23日、キーウを訪れ、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談した。インド側は「この紛争が終結することを強く、強く望んでいる」と訪問の狙いを説明した。

モディ氏はウクライナ軍によるクルスク州侵攻後にウクライナを訪問した最初の国際的指導者となった。

クルスク州侵攻は追い込まれたゼレンスキー氏が和平交渉に備えてカードをつくるための窮余の一策との見方が強い。米国防総省のサブリナ・シン副報道官は22日、「ゼレンスキー氏が緩衝地帯を作りたいと言っていることは理解している」に述べるにとどめた。

ウクライナと米国の間に生じた溝

「クルスク州侵攻が戦場におけるウクライナの戦略目標にどのように合致するかについて彼らと協議を続けている。ウクライナの戦場における戦略目標にどのように組み合わされるのか、私たちがより良く理解できたと確信が持てれば詳細を発表する」

シン副報道官はウクライナと最大の支援国・米国の間に生じる溝を感じさせた。英誌エコノミストによると、11月の米大統領選を控え、カマラ・ハリス米副大統領(民主党)はドナルド・トランプ前米大統領(共和党)を3%ポイントリードする。

ジョー・バイデン米大統領も、ハリス氏もウクライナ戦争が拡大する不測の事態は望んでいない。ゼレンスキー氏のギャンブルを専門家はどうみているのか。

米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のロシア・ユーラシアに関するポッドキャスト(23日)で元オーストラリア陸軍少将のミック・ライアン研究員はこんな見方を示している。

「戦争とは究極的に政治的なものだ」

ライアン研究員は新著『ウクライナ戦争 戦火の戦略と適応』を出版したばかり。「戦争とは究極的に政治的なものだ。ゼレンスキー氏は現状のままでは戦争に勝てる可能性がかなり低くなるため、このままではいけないと判断した」と分析する。

「北大西洋条約機構(NATO)がウクライナの防衛からウクライナがロシアを打ち負かすのを支援する方向へと戦略を転換するとは思えない。米国の政策が変わる見込みもなかった。プーチンはウクライナを完全に征服するという戦略を変えていない」(ライアン氏)

米国議会の混乱で支援が停滞したため、ウクライナ軍は深刻な弾薬不足に陥り、その隙にロシア軍は攻勢に転じた。

戦争の軌道を変えることができるのは結局のところウクライナだけであることをゼレンスキー氏は痛感していた。「ウクライナが冒すリスクについて、西側諸国のほとんどは良い感覚を持っているとは思えない。しかし戦争とは結局のところ意志の戦いなのだ」

プーチンはまたも弱点をさらけ出した

ウクライナ東部ドンバスでプーチンは攻め、ゼレンスキー氏は守る。露西部クルスク州では逆にゼレンスキー氏は攻め、プーチンは守る。プーチンの侵攻で全面戦争に突入したウクライナ戦争は2つの大規模な地上作戦に同時並行で対処するという新局面に入った。

祖国を守る「ストロングマン」の装いをまとってきたプーチンはまたも不意をつかれ、状況に機敏に対応できない弱点をさらけ出した。

英国の戦略研究の第一人者、キングス・カレッジ・ロンドンのローレンス・フリードマン名誉教授は自身のブログ(21日)に「ウクライナのこれまでの消耗戦略が功を奏しているとの見方もある」と指摘している。

ウクライナ軍の陣地に無理な肉弾戦を仕掛けるロシア軍が多くの兵員と火力を使い果たし、今回のウクライナの電撃作戦に対応する蓄えを失っていたというものだ。

「大きな『もし』だが、ウクライナ軍の攻勢が数週間、数カ月にわたって継続され、ロシア軍がウクライナ軍をクルスク州から追い出すために一層の努力を払わざるを得なくなれば、ロシアの戦略的計算と戦争を巡るナラティブに変化が見られるかもしれない」(フリードマン名誉教授)

米欧からの支援頼みのウクライナが兵員、武器弾薬の量で不利に立たされている状況は変わらない。果たしてゼレンスキー氏のギャンブルは奏功するのだろうか。


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