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パリ五輪は日本人選手が活躍して楽しかった、で済ませてはいけない...「本来のオリンピック精神」を取り戻せるか?

ニューズウィーク日本版 2024年9月2日 12時27分

石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
<メディアは五輪を大きく扱うが、難民選手の史上初のメダル獲得、戦争中のパレスチナとイスラエルの同時参加など、考える契機となる事柄への関心は薄い>

パリオリンピックが閉幕した。日本選手団が獲得した金メダル数も総メダル数も海外で開かれたオリンピックとしては過去最多となり、テレビで観戦した多くの日本人もとても盛り上がったことだろう。

毎回オリンピックが始まると、日本のマスコミはオリンピック一色になってしまい、その他のニュースの扱いが小さくなる。10人が重軽傷を負い、75棟余りの住宅が損壊した宮崎県の震度6の地震でさえ、ニュースは少なかったと思う。中東やウクライナなど、世界各地で進行中の戦争や紛争の扱いも言うまでもない。では他の国ではどうだろう。

私の出身国イランではオリンピックがどのくらい話題になっているのか、何人かに尋ねてみた。答えは一様で、テレビで熱心に観戦している人は少なく、自国選手がメダルを取った競技はニュースになるが、それ以外の話題は少ない。働くのに必死でその日を生きている人が大半だ、という。

イランは欧米諸国との対話や軋轢のニュースがあるたび、通貨リアルの対ドル為替レートが日々大きく動く。貿易など商売をする人に影響が大きいのはもちろん、会社員も給与が支払われるかヤキモキすることとなる。だから当然、最近のイスラエルとのいざこざにはみな神経をとがらせているし、オリンピック観戦の気分にもなれない。

スポーツでアイデンティティーを再構築

こうして比較すると、個人消費の回復が弱い、賃上げよりも物価の上昇率が大きい、暮らしは苦しくなっている、という論調が目立つ日本も、まだまだ幸せな国だと実感する。だが疑問も湧く。本来のオリンピック精神やオリンピックを開催する意義を考えながら選手を応援している日本人が、果たしてどのくらいいるのだろうか。

オリンピック憲章は、「すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない」とうたっている。この原則は、難民の権利保障とも深く関連している。皆さんも開会式で入場する難民選手団を見たことだろう。

今大会では史上初めて難民選手がメダルも獲得した。難民にとってスポーツは、新たな生活への希望や、自身のアイデンティティーを再構築する重要な手段となる可能性がある。

近年、IOC(国際オリンピック委員会)は、難民選手をオリンピックに派遣する取り組みを強化していて、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは史上初の難民選手団が結成され、注目を集めた。この取り組みは、スポーツの力によって難民問題に対する意識を高め、国際社会の連帯を深めることを目的としている。

しかし難民選手の参加には課題もある。難民の生活環境は安定しておらず、十分なトレーニング環境が整っているとは限らない。また、ビザ取得や渡航手続きなど多くの困難が伴う。

さらにオリンピック出場は、難民選手にとって祖国との軋轢という意味で大きなプレッシャーとなる可能性もある。IOCはこれらの課題を克服するため、各国政府や国際機関と協力して、トレーニング施設の提供やコーチの派遣、心理的サポートなど難民選手に対する支援体制を強化している。

日本人は、難民受け入れに反対する極右政党が総選挙で躍進したフランスでの難民選手団の戦いをどう見ただろうか。私は、オリンピックを通じて難民が抱える困難や彼らが持つ可能性について考える機会がもっとあってほしいと思う。

紛争がやまない世界での開催意義、紛争中のイスラエルとパレスチナの選手が同じ大会に参加することの意義、そうしたことに考えを巡らす時間があってほしい。社会にとってのオリンピックの意義は、メダルの色や数だけではないはずである。

石野シャハラン
SHAHRAN ISHINO
1980年イラン・テヘラン生まれ。2002年に留学のため来日。2015年日本国籍取得。異文化コミュニケーションアドバイザー。YouTube:「イラン出身シャハランの『言いたい放題』」
Twitter:@IshinoShahran


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