冷泉彰彦
<農林中金改革や補助金漬け農業からの転換を主張したが、結局は実現できなかった>
今回の自民党総裁選では小泉進次郎氏の動向が話題になっています。そんな中で、同氏が過去に「気候変動問題はセクシーに」という発言をしたとして「言葉が軽い」などと改めて批判されています。この発言は、5年前の2019年の9月に環境大臣として国連温暖化サミット出席のためにニューヨークに出張した際のものです。
そもそも、この「セクシー」という言い方は、クリスティーナ・フィゲレス氏というコスタリカの外交官の発言を引用しただけです。このフィゲレス氏というのは、パリ協定を主導した国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の事務局長だった人物です。また、この2019年の国連気候変動サミットの中心人物の1人でした。
責められるのは、そうした文脈を理解しないで表層的な報道をした当時のメディアです。小泉氏の立場としては、国連サミットに参加する際に最も大事な人物と意見交換した際に、キーワードを共有しただけです。それを知らずに誤解と偏見が今でも拡散しているというのは、実に見苦しい現象だと思います。
小泉氏の政策能力を評価する上で、もっと大事なのは環境大臣になる前の2015年から約2年間、自民党の農林部会長として農業改革に挑戦した経験です。この時の小泉氏は、日本の農業が「このままでは持続ができない」という危機感から抜本的な改革の議論を提起して、かなり激しく論戦を行っていました。多くの論点があったわけですが、具体的に小泉氏が戦った課題として「農林中金」と「補助金漬け」の問題があります。
「農林中金は農業融資をせよ」
まず、農林中金というのは、農協系の金融機関です。規模としては、預金残高60兆円、総資産100兆円というメガバンクに準ずる巨大金融機関です。2015年の時点で小泉氏は何を問題にしたのかというと、この巨大な金融機関が、農業融資をほとんどしていないという点でした。現在の日本の農業では、大規模化、機械化など、資金を投入して改革をしないと持続可能性が確保できないわけです。
にもかかわらず、潤沢な資金があるのに農林中金は貸出残高の中で農業融資が0.1%しかない、当時の小泉氏は、そんなことでは農林中金は存在意義がないと迫りました。これに対して全農サイドは「貴重な農家の資産は大切に運用しなくてはならない」と言って、農業融資の拡大を拒否したのでした。
その後、農林中金は、世界中で資金を運用するヘッジファンドとしての性格を強めていきました。その結果、今回の米金利高止まりによる債券価格の下落を受けた運用失敗で、単年度「1兆5000億の赤字」が見込まれ、一気に経営危機に陥っています。そう考えると、9年前の小泉氏の指摘、農協系の金融機関なら農業融資をせよ、そうでないなら存在意義はない、という指摘は改めて重たいものがあるわけです。
もう一つ、小泉氏は「補助金漬け農業」への批判を展開、こちらも全農など既得権益代表から激しい抵抗を受けました。ですが、それから9年、現在の日本の農業はコメ不足という深刻な危機に陥っています。原因は猛暑とインバウンド消費だとされていますが、それ以上に高齢化による耕作放棄の拡大が背景にあります。農業が持続不可能になっているのです。
そう考えると、農業の大規模化、機械化、世代交代などの抜本改革を迫りつつ、現状の延命をするためだけの補助金行政を批判した、9年前の小泉氏の提言は、こちらも改めて重たいものがあると思います。
では、小泉氏が日本の農業の持続可能性を確保するための改革の希望なのかというと、こちらは評価が分かれるところだと思います。まず、この農業改革に関しては、9年前の時点で結局は論戦に負けたのです。改革を唱えたけれども敗北して実現はできませんでした。この敗北した責任ということは、小泉氏として背負わねばなりません。
農林中金が危機に陥り、深刻なコメ不足が起きたことは、小泉氏の主張が正しかったことを示しているとは思います。ですが、そんなことを言っても、農林中金が外債で溶かしたキャッシュは戻ってきません。また増え続ける耕作放棄地を緑の水田に戻すことはできません。円安の中で食料自給率が上がらないのであれば、国民の生活は成立しなくなります。
そう考えると、小泉氏もまた、当事者として改革の実現に失敗した責任からは逃れられません。少なくとも、今回の総裁選ではこの点について小泉氏の評価が正当になされるべきです。改革者なのか、それとも改革を試みたが敗者に過ぎないのかということです。少なくとも「セクシー発言」を切り取って、言葉が軽いのどうのという表面的な評価をするのは、公平ではないと思います。
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今回の自民党総裁選では小泉進次郎氏の動向が話題になっています。そんな中で、同氏が過去に「気候変動問題はセクシーに」という発言をしたとして「言葉が軽い」などと改めて批判されています。この発言は、5年前の2019年の9月に環境大臣として国連温暖化サミット出席のためにニューヨークに出張した際のものです。
そもそも、この「セクシー」という言い方は、クリスティーナ・フィゲレス氏というコスタリカの外交官の発言を引用しただけです。このフィゲレス氏というのは、パリ協定を主導した国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の事務局長だった人物です。また、この2019年の国連気候変動サミットの中心人物の1人でした。
責められるのは、そうした文脈を理解しないで表層的な報道をした当時のメディアです。小泉氏の立場としては、国連サミットに参加する際に最も大事な人物と意見交換した際に、キーワードを共有しただけです。それを知らずに誤解と偏見が今でも拡散しているというのは、実に見苦しい現象だと思います。
小泉氏の政策能力を評価する上で、もっと大事なのは環境大臣になる前の2015年から約2年間、自民党の農林部会長として農業改革に挑戦した経験です。この時の小泉氏は、日本の農業が「このままでは持続ができない」という危機感から抜本的な改革の議論を提起して、かなり激しく論戦を行っていました。多くの論点があったわけですが、具体的に小泉氏が戦った課題として「農林中金」と「補助金漬け」の問題があります。
「農林中金は農業融資をせよ」
まず、農林中金というのは、農協系の金融機関です。規模としては、預金残高60兆円、総資産100兆円というメガバンクに準ずる巨大金融機関です。2015年の時点で小泉氏は何を問題にしたのかというと、この巨大な金融機関が、農業融資をほとんどしていないという点でした。現在の日本の農業では、大規模化、機械化など、資金を投入して改革をしないと持続可能性が確保できないわけです。
にもかかわらず、潤沢な資金があるのに農林中金は貸出残高の中で農業融資が0.1%しかない、当時の小泉氏は、そんなことでは農林中金は存在意義がないと迫りました。これに対して全農サイドは「貴重な農家の資産は大切に運用しなくてはならない」と言って、農業融資の拡大を拒否したのでした。
その後、農林中金は、世界中で資金を運用するヘッジファンドとしての性格を強めていきました。その結果、今回の米金利高止まりによる債券価格の下落を受けた運用失敗で、単年度「1兆5000億の赤字」が見込まれ、一気に経営危機に陥っています。そう考えると、9年前の小泉氏の指摘、農協系の金融機関なら農業融資をせよ、そうでないなら存在意義はない、という指摘は改めて重たいものがあるわけです。
もう一つ、小泉氏は「補助金漬け農業」への批判を展開、こちらも全農など既得権益代表から激しい抵抗を受けました。ですが、それから9年、現在の日本の農業はコメ不足という深刻な危機に陥っています。原因は猛暑とインバウンド消費だとされていますが、それ以上に高齢化による耕作放棄の拡大が背景にあります。農業が持続不可能になっているのです。
そう考えると、農業の大規模化、機械化、世代交代などの抜本改革を迫りつつ、現状の延命をするためだけの補助金行政を批判した、9年前の小泉氏の提言は、こちらも改めて重たいものがあると思います。
では、小泉氏が日本の農業の持続可能性を確保するための改革の希望なのかというと、こちらは評価が分かれるところだと思います。まず、この農業改革に関しては、9年前の時点で結局は論戦に負けたのです。改革を唱えたけれども敗北して実現はできませんでした。この敗北した責任ということは、小泉氏として背負わねばなりません。
農林中金が危機に陥り、深刻なコメ不足が起きたことは、小泉氏の主張が正しかったことを示しているとは思います。ですが、そんなことを言っても、農林中金が外債で溶かしたキャッシュは戻ってきません。また増え続ける耕作放棄地を緑の水田に戻すことはできません。円安の中で食料自給率が上がらないのであれば、国民の生活は成立しなくなります。
そう考えると、小泉氏もまた、当事者として改革の実現に失敗した責任からは逃れられません。少なくとも、今回の総裁選ではこの点について小泉氏の評価が正当になされるべきです。改革者なのか、それとも改革を試みたが敗者に過ぎないのかということです。少なくとも「セクシー発言」を切り取って、言葉が軽いのどうのという表面的な評価をするのは、公平ではないと思います。
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