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荒川河川敷ホームレスの「アパート」と「別荘」を、中国人ジャーナリストが訪ねた

ニューズウィーク日本版 2024年9月4日 10時25分

文・写真:趙海成
<東京某所に住む中国人ジャーナリストの趙海成氏は、荒川の岸辺にある「小さな森」にいるホームレスたちと交流を続けている。彼らは放浪者であり、住所を持たないが、テントの小屋に暮らしている。新連載ルポ第1話>

今朝7時、荒川の河川敷にジョギングに行った。3キロ走った後、すぐには家に帰らず、新荒川大橋近くの「小さな森」にもぐり込み、親友であるホームレスの桂さんと斉藤さん(共に仮名)の家を訪ねた。

先に桂さんに会ったが、彼は昔、サーフィン、スケートボード、マウンテンバイクが大好きだったという。

その時はちょうど、桂さんは自転車でコンビニにタバコを買いに行こうとしていたが、私の姿を見て、帰ってきたらエビの捕り方を見せに連れて行ってくれると言った。好奇心旺盛な私は、それを楽しみに待つことにした。

桂さんの帰りを待つ間、彼の家からわずか数歩離れた斉藤家に向かった。彼ら二人とも自分が住んでいるテントの小屋を「家」と見なしている。違うのは、斉藤さんが自分の家を「アパート」と呼んでいること、桂さんは自分の家を「別荘」と呼んでいること。このような比喩は適切と思う。

桂家にはテント小屋が3軒あり、ほかに小さな倉庫が2軒ある。斉藤さんはテント小屋と小さな倉庫しかなく、しかも全て桂さんが建てたものだ。

桂さんによると、斉藤さんは彼のところに移る前は家がなく、大きな段ボールの中で寝ていただけだという。斉藤さんも、桂さんのおかげで今の家が出来たと認めている。

日本ではホームレス(homeless)とは、家を持たず、放浪している人を指す。中国では、「遊民」「野宿族」「街友」「流浪漢」など、ほかにもたくさんの呼び名がある。

彼らの中には確かに居場所がなく、各地を転々としている人もいるが、私が知っているホームレスのほとんどは荒川の岸辺の小さな森に長く住んでいる。ただ彼らが住む、自分で建てた粗末な家は、政府に認められていないだけだ。

左:自分の高級自転車で買い物に行く桂さん/右:自分のテントの中でコーヒーを飲む斉藤さん

ラジオでニュースを聞くのが好きな斎藤さん

斉藤さんの「アパート」の前に着くと、ドアが開いていて、床に座ってコーヒーを味わっていた。斉藤さんに「今日は何をするつもりか」と聞いたら、あとで川口の碁会所に碁を打ちに行く、と言った。

指導教官レベルであるアマチュア囲碁6段を持つ彼は、時々、碁会所に向かう。彼の目的は、人と勝負に行くことでも、賭けに行くことでもない。頭を働かせることで、認知症の進行を遅らせることができる、と言うのだ。

斉藤さんは囲碁だけでなく、競馬、競艇なども好きだ。私は彼のベッドの上に競馬の情報が載ったスポーツ新聞が何枚も置いてあるのを見て、彼は「ギャンブル」への関心が高いのだと分かった。

彼がホームレスになったことが、ギャンブル好きであることと関係があるとは断言できないが、その可能性は否定できないだろう。

斉藤さんと雑談していたとき、彼が持つ小さなラジオでは、日本の参議院議員選挙に関するニュースが流れていたことに気づいた。斉藤さんに聞いた、「あなたは総選挙の投票に参加できますか」と。彼は「できない」と言った。なぜなら、彼のようなホームレスには「住民票」(戸籍証明書)がなく、選挙権を失っているも同然だからだ。

道理は簡単で、選挙の前には各自治体が選挙権のある人に「投票所入場整理券」を郵送する。斉藤さんたちは家を持っているが、正規の住所がないので、自治体から荷物が届くことはない。

「なぜ選挙のニュースを聞くのか」という質問に斉藤さんは、「国民として国家の大事に関心を持ち、また時事ニュースをよく聞くことは、頭を働かせるのにも役立つ」と答えた。

「もし投票に行くことができたら、あなたはどの政党の候補者に投票しますか?」と質問すると、ほとんど躊躇せず、こう答えた。「もちろん自民党ですよ!」

私はまた、ある問題に頭を巡らせた。コロナ禍で、日本政府は住民全員に補助金10万円を支給した。外国人である私も受け取ったが、彼らホームレスも受け取ったのだろうか。

斉藤さんによると、このような良いことにも彼らの分はない。なぜなら、投票権の問題と同じく、住所や「住民票」が固定されていないからだという。

斉藤さんと話をしていると、桂さんがタバコを買って帰ってきた。私は、斉藤さんとの会話を終え、桂さんのエビ漁の見学のためついて行った。

アライグマの家族が餌を探しに姿を現す

少し歩いて、川の水辺に着いた。そこには多くの「人工遮水石」(私が勝手につけた名前)が置いてあり、エビ捕りの網はこれらの石の隙間に設置されている。

昨日の夕方に設置された網を引き上げてみると、やはり魚やエビが入っていた。桂さんは小さな魚とエビを川に戻し、少し大きいサイズのものを別の網に入れたのち、その網を水に戻した。理由は、食卓に上がるギリギリまで鮮度を保つためだという。

左:桂さんはこの籠網でエビを捕る/右:アライグマが餌を求めてきた時の様子を私と斉藤さんに再現する桂さん

水辺では、2匹の蛇が脱皮したあとの枯れた皮も見た。桂さんによると、この近くにはよくアオダイショウが出没する。ある時は、1匹の蛇がテント小屋に潜り込んだが、桂さんはそれを発見し、追い出した。

森の中では、蛇のほかにアライグマにも会うことがある。桂さんによると、昨日、5匹のアライグマが「別荘」の前まで餌を探しに来たのを見た。

アライグマのお父さんは子どもたちを連れて食べ物を探しに出てくるが、お母さんは一匹で来るのが好きだという。昨日、桂さんが見たのは、アライグマのお父さんと4匹の子供たちだった。

私はふと、こんなことを思いついた。桂さんの「別荘」のそばにテントを張って、暇があれば中に入って待ち伏せ、アライグマがまた顔を出す時にカメラで撮ってみよう。もし実現したら、私はアライグマ一家の写真をみなさんに披露したい。

※ルポ第2話:「自由に生きたかった」アルミ缶を売り、生計を立てる荒川のホームレスたち に続く

(編集協力:中川弘子)

[筆者]
趙海成(チャオ・ハイチェン)
1982年に北京対外貿易学院(現在の対外経済貿易大学)日本語学科を卒業。1985年に来日し、日本大学芸術学部でテレビ理論を専攻。1988年には日本初の在日中国人向け中国語新聞「留学生新聞」の創刊に携わり、初代編集長を10年間務めた。現在はフリーのライター/カメラマンとして活躍している。著書に『在日中国人33人の それでも私たちが日本を好きな理由』(CCCメディアハウス)、『私たちはこうしてゼロから挑戦した――在日中国人14人の成功物語』(アルファベータブックス)などがある。



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