加谷珪一
<首都圏新築マンションの平均価格は8000万円を突破、日本だけでなく世界各国でも不動産市場は変化の時を迎えている>
日本国内でもいよいよインフレ(物価上昇)が本格化してきたことで、不動産価格の常識が変わろうとしている。都市部においては、マンション価格が平均的な所得層では手が出ない水準まで高騰していることに加え、日本銀行の政策転換の影響で金利上昇が本格化しており、簡単には住宅ローンも組めない時代が当たり前となりつつある。新時代における不動産価格の常識について考察する。
このところ不動産価格の高騰が著しい。不動産経済研究所の調査によると、2023年の首都圏新築マンションの平均販売価格は8101万円となり、前年との比較で29%もの上昇となった。今から20年前の03年の価格は4069万円だったことを考えると、20年で不動産価格は2倍になった計算だ。もっとも、価格が異常なまでに高騰したのは昨年以降のことであり、その理由は急激な円安をきっかけに日本でもインフレが本格化してきたからである。
過去20年間、マンション価格は上がり続けてきたが、要因の大半は資材価格の高騰であった。1990年代以降、日本を除く世界各国は順調に経済成長を続けており、新興国が次々と準先進国入りを果たしたことで世界的に建設需要が増大。各種資材の価格が値上がりし、デベロッパー各社は仕入れコストの増大に悩まされた。
コストが上昇している以上、販売価格を上げなければ利益を確保できないので、デベロッパーは渋々価格を上げる選択を行ってきたが、一方で日本経済は長く不況が続いていたため、消費者の購買力は拡大していない。過去20年間の平均給与は300万円台後半でほぼ横ばいの状態となっており、マンション価格の上昇に対して労働者の賃金は伸びていないことが分かる。
賃金が増えないなか、資材価格ばかりが高騰するので、デベロッパーはマンションのスペックを落とし、販売価格を抑える努力をせざるを得なかった。言葉は悪いが、過去20年間の新築マンション販売というのは、価格を抑えるために、いかに安普請で済ませるのかの歴史と言っても過言ではない。
では20年以降、なぜ6000万円台だったマンション価格が一気に8000万円台に跳ね上がるという現象が発生したのだろうか。それは日本でもいよいよインフレが本格化し、従来の手法ではもはやデベロッパーはビジネスを継続できなくなったからである。
インフレが進むと資材価格が高騰するだけでなく、地価も上昇するので、デベロッパーにとってはダブルパンチとなる。日本の場合、アベノミクスの中核的政策である大規模緩和策が現在も続いており、日銀はようやく正常化に舵を切ったものの、現時点でも大量のマネーが市場に供給され続けている。
マンションの価格と平均給与額の推移 ILLUSTRATION BY UGUISU/ISTOCK (BACKGROUND)
1億超えの高級物件にシフト
その結果、円の市場価値は急低下し、為替市場では円安が進展。2年間でドル円相場は1ドル=110円台から一時は160円台と一気に3分の2まで下落した。円安が進むと輸入価格が高騰するため物価上昇に拍車がかかる。22年から23年の間にマンション価格が急騰したのはこれが原因である。
ここまでコストが上昇すると、デベロッパーは中間層向けの物件を販売していては十分な利益を得られなくなってしまう。このため各社は、インフレ下でも相応の購買力を持つ富裕層に焦点を定め、1億円超えの高級物件にシフトするという販売戦略の転換を行った。
マンションを開発して販売する場合、高級物件であれば、より大きな利幅を設定できるため、1棟から得られる利益の絶対額が大きくなる。このため物価上昇ペース以上にマンション価格が高騰し、庶民が望むボリュームゾーンの価格帯には物件が存在しなくなるという現象が発生した。インフレを経験したことがない人からすると不思議に思えるかもしれないが、経済学的に見た場合、物価上昇が継続的に進む経済環境において、価格の二極化が進むのは、当然に予想された事態といえる。
一部の論者は、外国人投資家が日本の不動産を買いあさっており、これが価格高騰を招いていると主張しているが、こうした見方はかなり偏っており、価格上昇の本質を指摘しているとは言えない。確かに円安が進んだことで、日本の不動産は相対的な割安状態となっており、一部の外国人投資家が都心の高級物件に投資しているのは事実である。
しかしながら、逆の立場になって考えれば分かることだが、為替が下落した国に投資を行う場合、その後、為替が反転して通貨高(この場合、円高)にならない限り、投資家の自国通貨ベースでの損益はマイナスになってしまう。外国から見た場合、日本への投資を行っても、今後、継続的に損失が発生する可能性も否定できないという状況であり、日本が本格的に景気回復のフェーズに入らない限り、大挙して海外マネーが日本の不動産に押し寄せる状況にはなりにくい。
実際、1億円以下の一般的なマンションを新たに購入している人の大半は自己居住目的である。今後さらに物件価格が上がれば、ますます持ち家の確保が難しくなる。もう買うチャンスがなくなると考えた一部の消費者は、夫婦共働きで長期のペアローンを組み、親から頭金などの援助を受け、かなり無理をして物件を購入している。比較的所得が高めの世帯が、ギリギリでローンを組んで買うというのが、新規購入者のリアルな姿と考えてよい。
米国の不動産価格と可処分所得の推移 ILLUSTRATION BY DROGATNEV/ISTOCK (BACKGROUND)
日銀は7月の金融政策決定会合において追加利上げを決定し、継続的な金利引き上げ姿勢を鮮明にした。これによって円安に一定の歯止めがかかる可能性が高まっており、そうなれば物件価格の高騰も多少は落ち着くかもしれない。だが、日銀が正常化に向けて本格的に舵を切ったということは、今後、金利が大幅に上昇することを意味しており、住宅ローンの利用者にとっては厳しい状況となる。
ローン返済にはどんな影響が
日本の場合、住宅ローン利用者の大半が変動金利となっており、金利が上昇すると支払額もそれに合わせて増えることになる。余裕のある世帯では大きな問題にならないだろうが、収入ギリギリでローンを組んでいる場合、ローンを返済できなくなるケースが出てくる可能性が否定できない。
変動金利の住宅ローンの場合、実際に金利が上がってから返済額が増えるまで5年間の猶予があり、1回の支払額増加は25%以内にするという救済措置が盛り込まれているので、すぐに金額が増えるわけではない。しかしながら、増加した支払額はローン終了までには一括返済しなければならず、最終的にローン利用者が負担することに変わりはない。
加えて言うと、一定期間(10年など)金利が固定されており、その後、変動金利に移行するような、いわゆる固定期間選択型商品の場合、救済措置が組み込まれていないケースがあるので注意が必要だ。こうしたローンを組んでいる場合、金利上昇分がそのまま支払額の増加につながるので、余裕のない世帯にとっては返済が滞るリスクがある。
いずれにせよ不動産価格の下落が続き、家賃も低い水準で抑えられていたバブル崩壊後の30年間とは状況が大きく変わっており、不動産に対する根本的な価値観の転換が迫られていることだけは間違いない。
もっとも戦後の日本において不動産に対する価値観が激変するのは2度目のことである。
戦前の日本政府は、太平洋戦争を遂行するため、国家予算の280倍という途方もない金額の財政支出を行った。ほぼ全額を日銀の直接引き受けで賄ったことから、戦後はハイパーインフレとなり、国民の預金はほぼ全額、価値を失ってしまった。その間、物価上昇分以上に価値が高まったのが不動産であった。戦争直後の日本で、一気に富裕層として台頭したのが土地所有者だったことは偶然ではない。日本経済が高度成長に入った後も不動産価格は上昇を続け、ちまたでは「土地神話」という言葉が飛び交うようになった。
バンコク中心部の高級コンドミニアムの内見に訪れた中国人の顧客(2023年4月) CHALINEE THIRASUPAーREUTERS
銀行の融資は土地を担保にすることが当然視され、土地は何よりも価値の高い資産として認識された。80年代のバブル時に異様なまでに土地価格が高騰したのも、不動産に対するある種の信仰があったからにほかならない。だが、バブル崩壊とともに日本の土地神話は完全に消滅。土地を担保とした不良債権の処理に10年以上もかかる状況となり、日本人の土地への認識は大きく変わった。
安倍政権下で再び上昇モード
土地の値段が上がらず、家賃も低迷していたこともあり、住宅は所有せず一生賃貸のほうがリーズナブルであるとの価値観も浸透してきた。こうした考え方がスタンダードになると思われた矢先に実施されたのが安倍政権による大規模緩和策である。
景気回復を目的に日銀が大量の国債を買い入れ、市場には大量のマネーがあふれ出たが、銀行は良い融資先を見つけることができず、余剰マネーの大半は不動産開発に向かった。その結果、30年にわたって低迷が続いた日本の不動産市場は一転、本格的な上昇モードに入った。
整理すると、戦後日本における不動産価格は、終戦後のハイパーインフレを起点に継続的な上昇フェーズが続き、バブル崩壊をきっかけに長期の上昇相場が終了。そして大規模緩和策の結果、30年の時を経て、再び長期上昇フェーズに入ろうとしていると解釈できる。
大規模緩和策の影響が大きいという点では、日本は先進各国の中で突出した状況にあるものの、余剰マネーが不動産に向かうという現象は日本だけのものではない。世界各地で不動産価格は上昇を続けており、庶民の生活水準と乖離する問題は各国で指摘されている。
アメリカの不動産価格は約10年で2倍近い水準まで高騰しており、特にコロナ後には価格が急上昇した。これまでは所得の伸びが不動産価格の伸びに追い付いており、国民は何とか不動産を購入することができたが、コロナ後は所得の伸びを不動産価格の伸びが上回っており、日本と同様、住宅が手に入りにくい状態が慢性化しつつある。
アメリカ最大の都市であるニューヨークではかつて、マンハッタンと呼ばれる都心区域の不動産価格が極めて高く、ブルックリンやクイーンズなど(東京では江東区や大田区のイメージに近い)周辺地域の価格は安いという、明確なすみ分けができていた。マンハッタンの中でも北部のハーレムなど治安が悪かった地域では、やはり価格は抑えられていた。
アジア各国の不動産価格の推移 ILLUSTRATION BY PAVEL VINNIK/ISTOCK (BACKGROUND)
だが近年は、新規物件の開発があらゆる地域に及んでおり、一昔前では人気がなかった地域にも次々とマンションが建設されている。ブルックリンにある、築3年、床面積115平方メートルの中古マンションは、190万ドル(2億8500万円)で販売されていた。現在のニューヨークでは、住所にかかわらず裕福な層しかマンションを購入できないのが現実といえるだろう。
イギリスのロンドンも似たような状況であり、不動産価格の高騰はたびたび政治問題化している。ロンドンはもともとシティと呼ばれる金融街が発達しており、世界各国から多くの投資マネーを集めることでビジネスを成り立たせてきた経緯がある。海外投資家にとってロンドンの不動産は、最も安全で確実に投資できる優良資産の1つであり、こうした海外マネーの流入が物件価格の高騰に拍車をかけている状況だ。
海外マネーの影響は東南アジア各国でも顕著となっている。フィリピンやタイは比較的所得の高い外国人の移住を積極的に受け入れる政策を続けており、外国人向けの投資優遇策を打ち出している。両国では、もともと外国人による不動産取得には制限が加えられているが、集合住宅は自由に購入できるので、外国人投資家にとって魅力的な投資対象となっている。
タイの首都バンコクでは、外国人が多く住むスクンビットと呼ばれるエリア(東京では港区に相当する)を中心に高層コンドミニアムが多数建設されており、日本人購入者も多い。フィリピンの首都マニラではマカティと呼ばれるエリアがこれに相当する。バンコクのスクンビットにある好立地のマンション(築13年、床面積67平方メートル)は約6400万円と日本に近い水準だ。
両国の平均所得は先進国ほど高くないため、これまで自国民が買う物件と外国人が買う物件には大きな隔たりがあった。
各国と事情が違う中国の状況
だが、近年の目覚ましい経済成長によって、その差が縮まりつつあり、外国人が購入する物件の一部は、自国民のアッパーミドル層が買うようになっている。近い将来、多くの新興国でこうした二重価格解消の動きが進む可能性が高い。
各国と少々異なる動きをしているのが、不動産バブルが崩壊した中国である。中国は海外マネーではなく、自国のバブル的な投資熱によって不動産価格の高騰が続いていた。だが21年に不動産バブルが崩壊し、価格の下落が今も続いている。中国の不動産バブルは80年代の日本における不動産バブルとよく似ている。経常黒字と金融緩和が過剰流動性を生み出し、これが不動産に集中する形で価格が高騰。崩壊後の不良債権処理についても、日本と同様しばらく時間がかかるとの見方が多い。
中国では21年に大手の恒大集団が経営危機に陥った ANDREA VERDELLIーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
中国の場合、不動産バブルが崩壊したとはいえ、実体経済はまだ成長を続けている。バブル崩壊で資金繰りに窮する企業が出てくる一方、余剰マネーが行き場を失った状況にあり、上海など都市部の高級物件は再び上昇に転じているとの情報もある。経済の先行きに対する不透明性が高いことが、逆に不動産という安全資産獲得のインセンティブになっている図式であり、不動産にマネーが集中しやすい状況はあまり変わっていない。
総合的に世界の不動産市況について考えた場合、日本はもちろんのこと、全世界的に不動産にマネーが集まっており、当分の間、不動産価格の上昇が続く可能性が高い。世界経済の機関車となってきたアメリカ経済には鈍化の兆しが出てきているものの、中東情勢が悪化していることから原油価格は再び上昇に転じるとの予想もある。今後もインフレ傾向が続くということであれば、仮に不動産市況が悪化しても、中国のように一旦は下落に転じるものの、それなりの価格で市場が推移する可能性も十分にある。
「持ち家」「賃貸」論争に変化
日本国内においては、物件価格の上昇が急ピッチであるという現実を考えると、今年の後半から来年にかけては賃貸物件の賃料上昇が顕著になると予想される。物件価格が20年で1.5~2倍に上がったことを考えると、賃料が従来と同じでは投資家の採算が合わなくなってしまう。
これまで「持ち家」か「賃貸」かという議論は、永遠の神学論争のように扱われてきた。実際、持ち家を購入する行為と賃料を払って物件を借りる行為は、経済学的には全く別の範疇(はんちゅう)に入るものであり、どちらが得かということを同じ次元で比較することはできない。
しかしながらインフレが継続することを大前提にするならば、物件価格のみならず家賃も確実に上がっていく。以前と比較して、持ち家取得のメリットが大きくなっているのは間違いないだろう。
日本の場合、人口減少によって不動産市場が二極化しているという現象も見られる。都市部の利便性の高い物件に人気が集中し、郊外や地方の物件は、価格を下げても売れないといった状況があちこちで散見されるようになってきた。
不動産の取得については、日本の人口動態や自身のライフプラン、さらにはマクロ経済の動向などを総合的に考えた上で検討していく必要があるだろう。
<首都圏新築マンションの平均価格は8000万円を突破、日本だけでなく世界各国でも不動産市場は変化の時を迎えている>
日本国内でもいよいよインフレ(物価上昇)が本格化してきたことで、不動産価格の常識が変わろうとしている。都市部においては、マンション価格が平均的な所得層では手が出ない水準まで高騰していることに加え、日本銀行の政策転換の影響で金利上昇が本格化しており、簡単には住宅ローンも組めない時代が当たり前となりつつある。新時代における不動産価格の常識について考察する。
このところ不動産価格の高騰が著しい。不動産経済研究所の調査によると、2023年の首都圏新築マンションの平均販売価格は8101万円となり、前年との比較で29%もの上昇となった。今から20年前の03年の価格は4069万円だったことを考えると、20年で不動産価格は2倍になった計算だ。もっとも、価格が異常なまでに高騰したのは昨年以降のことであり、その理由は急激な円安をきっかけに日本でもインフレが本格化してきたからである。
過去20年間、マンション価格は上がり続けてきたが、要因の大半は資材価格の高騰であった。1990年代以降、日本を除く世界各国は順調に経済成長を続けており、新興国が次々と準先進国入りを果たしたことで世界的に建設需要が増大。各種資材の価格が値上がりし、デベロッパー各社は仕入れコストの増大に悩まされた。
コストが上昇している以上、販売価格を上げなければ利益を確保できないので、デベロッパーは渋々価格を上げる選択を行ってきたが、一方で日本経済は長く不況が続いていたため、消費者の購買力は拡大していない。過去20年間の平均給与は300万円台後半でほぼ横ばいの状態となっており、マンション価格の上昇に対して労働者の賃金は伸びていないことが分かる。
賃金が増えないなか、資材価格ばかりが高騰するので、デベロッパーはマンションのスペックを落とし、販売価格を抑える努力をせざるを得なかった。言葉は悪いが、過去20年間の新築マンション販売というのは、価格を抑えるために、いかに安普請で済ませるのかの歴史と言っても過言ではない。
では20年以降、なぜ6000万円台だったマンション価格が一気に8000万円台に跳ね上がるという現象が発生したのだろうか。それは日本でもいよいよインフレが本格化し、従来の手法ではもはやデベロッパーはビジネスを継続できなくなったからである。
インフレが進むと資材価格が高騰するだけでなく、地価も上昇するので、デベロッパーにとってはダブルパンチとなる。日本の場合、アベノミクスの中核的政策である大規模緩和策が現在も続いており、日銀はようやく正常化に舵を切ったものの、現時点でも大量のマネーが市場に供給され続けている。
マンションの価格と平均給与額の推移 ILLUSTRATION BY UGUISU/ISTOCK (BACKGROUND)
1億超えの高級物件にシフト
その結果、円の市場価値は急低下し、為替市場では円安が進展。2年間でドル円相場は1ドル=110円台から一時は160円台と一気に3分の2まで下落した。円安が進むと輸入価格が高騰するため物価上昇に拍車がかかる。22年から23年の間にマンション価格が急騰したのはこれが原因である。
ここまでコストが上昇すると、デベロッパーは中間層向けの物件を販売していては十分な利益を得られなくなってしまう。このため各社は、インフレ下でも相応の購買力を持つ富裕層に焦点を定め、1億円超えの高級物件にシフトするという販売戦略の転換を行った。
マンションを開発して販売する場合、高級物件であれば、より大きな利幅を設定できるため、1棟から得られる利益の絶対額が大きくなる。このため物価上昇ペース以上にマンション価格が高騰し、庶民が望むボリュームゾーンの価格帯には物件が存在しなくなるという現象が発生した。インフレを経験したことがない人からすると不思議に思えるかもしれないが、経済学的に見た場合、物価上昇が継続的に進む経済環境において、価格の二極化が進むのは、当然に予想された事態といえる。
一部の論者は、外国人投資家が日本の不動産を買いあさっており、これが価格高騰を招いていると主張しているが、こうした見方はかなり偏っており、価格上昇の本質を指摘しているとは言えない。確かに円安が進んだことで、日本の不動産は相対的な割安状態となっており、一部の外国人投資家が都心の高級物件に投資しているのは事実である。
しかしながら、逆の立場になって考えれば分かることだが、為替が下落した国に投資を行う場合、その後、為替が反転して通貨高(この場合、円高)にならない限り、投資家の自国通貨ベースでの損益はマイナスになってしまう。外国から見た場合、日本への投資を行っても、今後、継続的に損失が発生する可能性も否定できないという状況であり、日本が本格的に景気回復のフェーズに入らない限り、大挙して海外マネーが日本の不動産に押し寄せる状況にはなりにくい。
実際、1億円以下の一般的なマンションを新たに購入している人の大半は自己居住目的である。今後さらに物件価格が上がれば、ますます持ち家の確保が難しくなる。もう買うチャンスがなくなると考えた一部の消費者は、夫婦共働きで長期のペアローンを組み、親から頭金などの援助を受け、かなり無理をして物件を購入している。比較的所得が高めの世帯が、ギリギリでローンを組んで買うというのが、新規購入者のリアルな姿と考えてよい。
米国の不動産価格と可処分所得の推移 ILLUSTRATION BY DROGATNEV/ISTOCK (BACKGROUND)
日銀は7月の金融政策決定会合において追加利上げを決定し、継続的な金利引き上げ姿勢を鮮明にした。これによって円安に一定の歯止めがかかる可能性が高まっており、そうなれば物件価格の高騰も多少は落ち着くかもしれない。だが、日銀が正常化に向けて本格的に舵を切ったということは、今後、金利が大幅に上昇することを意味しており、住宅ローンの利用者にとっては厳しい状況となる。
ローン返済にはどんな影響が
日本の場合、住宅ローン利用者の大半が変動金利となっており、金利が上昇すると支払額もそれに合わせて増えることになる。余裕のある世帯では大きな問題にならないだろうが、収入ギリギリでローンを組んでいる場合、ローンを返済できなくなるケースが出てくる可能性が否定できない。
変動金利の住宅ローンの場合、実際に金利が上がってから返済額が増えるまで5年間の猶予があり、1回の支払額増加は25%以内にするという救済措置が盛り込まれているので、すぐに金額が増えるわけではない。しかしながら、増加した支払額はローン終了までには一括返済しなければならず、最終的にローン利用者が負担することに変わりはない。
加えて言うと、一定期間(10年など)金利が固定されており、その後、変動金利に移行するような、いわゆる固定期間選択型商品の場合、救済措置が組み込まれていないケースがあるので注意が必要だ。こうしたローンを組んでいる場合、金利上昇分がそのまま支払額の増加につながるので、余裕のない世帯にとっては返済が滞るリスクがある。
いずれにせよ不動産価格の下落が続き、家賃も低い水準で抑えられていたバブル崩壊後の30年間とは状況が大きく変わっており、不動産に対する根本的な価値観の転換が迫られていることだけは間違いない。
もっとも戦後の日本において不動産に対する価値観が激変するのは2度目のことである。
戦前の日本政府は、太平洋戦争を遂行するため、国家予算の280倍という途方もない金額の財政支出を行った。ほぼ全額を日銀の直接引き受けで賄ったことから、戦後はハイパーインフレとなり、国民の預金はほぼ全額、価値を失ってしまった。その間、物価上昇分以上に価値が高まったのが不動産であった。戦争直後の日本で、一気に富裕層として台頭したのが土地所有者だったことは偶然ではない。日本経済が高度成長に入った後も不動産価格は上昇を続け、ちまたでは「土地神話」という言葉が飛び交うようになった。
バンコク中心部の高級コンドミニアムの内見に訪れた中国人の顧客(2023年4月) CHALINEE THIRASUPAーREUTERS
銀行の融資は土地を担保にすることが当然視され、土地は何よりも価値の高い資産として認識された。80年代のバブル時に異様なまでに土地価格が高騰したのも、不動産に対するある種の信仰があったからにほかならない。だが、バブル崩壊とともに日本の土地神話は完全に消滅。土地を担保とした不良債権の処理に10年以上もかかる状況となり、日本人の土地への認識は大きく変わった。
安倍政権下で再び上昇モード
土地の値段が上がらず、家賃も低迷していたこともあり、住宅は所有せず一生賃貸のほうがリーズナブルであるとの価値観も浸透してきた。こうした考え方がスタンダードになると思われた矢先に実施されたのが安倍政権による大規模緩和策である。
景気回復を目的に日銀が大量の国債を買い入れ、市場には大量のマネーがあふれ出たが、銀行は良い融資先を見つけることができず、余剰マネーの大半は不動産開発に向かった。その結果、30年にわたって低迷が続いた日本の不動産市場は一転、本格的な上昇モードに入った。
整理すると、戦後日本における不動産価格は、終戦後のハイパーインフレを起点に継続的な上昇フェーズが続き、バブル崩壊をきっかけに長期の上昇相場が終了。そして大規模緩和策の結果、30年の時を経て、再び長期上昇フェーズに入ろうとしていると解釈できる。
大規模緩和策の影響が大きいという点では、日本は先進各国の中で突出した状況にあるものの、余剰マネーが不動産に向かうという現象は日本だけのものではない。世界各地で不動産価格は上昇を続けており、庶民の生活水準と乖離する問題は各国で指摘されている。
アメリカの不動産価格は約10年で2倍近い水準まで高騰しており、特にコロナ後には価格が急上昇した。これまでは所得の伸びが不動産価格の伸びに追い付いており、国民は何とか不動産を購入することができたが、コロナ後は所得の伸びを不動産価格の伸びが上回っており、日本と同様、住宅が手に入りにくい状態が慢性化しつつある。
アメリカ最大の都市であるニューヨークではかつて、マンハッタンと呼ばれる都心区域の不動産価格が極めて高く、ブルックリンやクイーンズなど(東京では江東区や大田区のイメージに近い)周辺地域の価格は安いという、明確なすみ分けができていた。マンハッタンの中でも北部のハーレムなど治安が悪かった地域では、やはり価格は抑えられていた。
アジア各国の不動産価格の推移 ILLUSTRATION BY PAVEL VINNIK/ISTOCK (BACKGROUND)
だが近年は、新規物件の開発があらゆる地域に及んでおり、一昔前では人気がなかった地域にも次々とマンションが建設されている。ブルックリンにある、築3年、床面積115平方メートルの中古マンションは、190万ドル(2億8500万円)で販売されていた。現在のニューヨークでは、住所にかかわらず裕福な層しかマンションを購入できないのが現実といえるだろう。
イギリスのロンドンも似たような状況であり、不動産価格の高騰はたびたび政治問題化している。ロンドンはもともとシティと呼ばれる金融街が発達しており、世界各国から多くの投資マネーを集めることでビジネスを成り立たせてきた経緯がある。海外投資家にとってロンドンの不動産は、最も安全で確実に投資できる優良資産の1つであり、こうした海外マネーの流入が物件価格の高騰に拍車をかけている状況だ。
海外マネーの影響は東南アジア各国でも顕著となっている。フィリピンやタイは比較的所得の高い外国人の移住を積極的に受け入れる政策を続けており、外国人向けの投資優遇策を打ち出している。両国では、もともと外国人による不動産取得には制限が加えられているが、集合住宅は自由に購入できるので、外国人投資家にとって魅力的な投資対象となっている。
タイの首都バンコクでは、外国人が多く住むスクンビットと呼ばれるエリア(東京では港区に相当する)を中心に高層コンドミニアムが多数建設されており、日本人購入者も多い。フィリピンの首都マニラではマカティと呼ばれるエリアがこれに相当する。バンコクのスクンビットにある好立地のマンション(築13年、床面積67平方メートル)は約6400万円と日本に近い水準だ。
両国の平均所得は先進国ほど高くないため、これまで自国民が買う物件と外国人が買う物件には大きな隔たりがあった。
各国と事情が違う中国の状況
だが、近年の目覚ましい経済成長によって、その差が縮まりつつあり、外国人が購入する物件の一部は、自国民のアッパーミドル層が買うようになっている。近い将来、多くの新興国でこうした二重価格解消の動きが進む可能性が高い。
各国と少々異なる動きをしているのが、不動産バブルが崩壊した中国である。中国は海外マネーではなく、自国のバブル的な投資熱によって不動産価格の高騰が続いていた。だが21年に不動産バブルが崩壊し、価格の下落が今も続いている。中国の不動産バブルは80年代の日本における不動産バブルとよく似ている。経常黒字と金融緩和が過剰流動性を生み出し、これが不動産に集中する形で価格が高騰。崩壊後の不良債権処理についても、日本と同様しばらく時間がかかるとの見方が多い。
中国では21年に大手の恒大集団が経営危機に陥った ANDREA VERDELLIーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
中国の場合、不動産バブルが崩壊したとはいえ、実体経済はまだ成長を続けている。バブル崩壊で資金繰りに窮する企業が出てくる一方、余剰マネーが行き場を失った状況にあり、上海など都市部の高級物件は再び上昇に転じているとの情報もある。経済の先行きに対する不透明性が高いことが、逆に不動産という安全資産獲得のインセンティブになっている図式であり、不動産にマネーが集中しやすい状況はあまり変わっていない。
総合的に世界の不動産市況について考えた場合、日本はもちろんのこと、全世界的に不動産にマネーが集まっており、当分の間、不動産価格の上昇が続く可能性が高い。世界経済の機関車となってきたアメリカ経済には鈍化の兆しが出てきているものの、中東情勢が悪化していることから原油価格は再び上昇に転じるとの予想もある。今後もインフレ傾向が続くということであれば、仮に不動産市況が悪化しても、中国のように一旦は下落に転じるものの、それなりの価格で市場が推移する可能性も十分にある。
「持ち家」「賃貸」論争に変化
日本国内においては、物件価格の上昇が急ピッチであるという現実を考えると、今年の後半から来年にかけては賃貸物件の賃料上昇が顕著になると予想される。物件価格が20年で1.5~2倍に上がったことを考えると、賃料が従来と同じでは投資家の採算が合わなくなってしまう。
これまで「持ち家」か「賃貸」かという議論は、永遠の神学論争のように扱われてきた。実際、持ち家を購入する行為と賃料を払って物件を借りる行為は、経済学的には全く別の範疇(はんちゅう)に入るものであり、どちらが得かということを同じ次元で比較することはできない。
しかしながらインフレが継続することを大前提にするならば、物件価格のみならず家賃も確実に上がっていく。以前と比較して、持ち家取得のメリットが大きくなっているのは間違いないだろう。
日本の場合、人口減少によって不動産市場が二極化しているという現象も見られる。都市部の利便性の高い物件に人気が集中し、郊外や地方の物件は、価格を下げても売れないといった状況があちこちで散見されるようになってきた。
不動産の取得については、日本の人口動態や自身のライフプラン、さらにはマクロ経済の動向などを総合的に考えた上で検討していく必要があるだろう。