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ゼレンスキーのクルスク侵攻は「プーチンの思うつぼ」だったのか?...「時間が経つにつれて、損失は大きくなる」

ニューズウィーク日本版 2024年9月2日 17時0分

ブレンダン・コール
<この夏、ウクライナは予想外のロシア越境攻撃とクルスク侵攻という賭けに出た。しかし、プーチン大統領が反応しない背景について>

ウクライナのゼレンスキー大統領によるロシア西部クルスク州への侵攻は、第二次世界大戦後初めて、ロシアの国土が外国に占領されたことを意味する。

しかし、プーチン大統領の反応は鈍い。それはプーチンが今回の侵攻が他の前線にもたらす可能性に注目していることを示唆している。

ウクライナによる8月6日の同地域への越境侵攻は、プーチンにとっても、ウクライナの同盟国にとっても、不意打ちに等しい出来事だった。

■【最新映像】第225分離突撃大隊「ブラックスワン」がクルスク州でロシア軍の建物をドローン攻撃する瞬間 を見る

 

ウクライナ軍のオレクサンドル・シルスキー総司令官によれば、同軍は約1300平方キロを制圧し、100の集落、594人の捕虜が支配下にあるという。

だがウクライナは、ロシア軍によるドネツク州の都市ポクロフスクへの激しい攻撃で、厄介な問題に直面している。

ワシントンのシンクタンク戦争研究所(ISW)は8月28日、ウクライナにとって重要な道路と鉄道のハブであるボクロフスクの南東で、ロシア軍が「重要な戦術的前進」を続けていると発表した。

親ウクライナの独立調査機関のコンフリクト・インテリジェンス・チームは同日、ポクロフスク方面の状況はウクライナ軍にとって「ますます危険」になっていると述べた。

プーチンは東部戦線を温存

プーチンはウクライナの進軍を阻止するためにウクライナの東部戦線の部隊ではなく、ほとんど軍事訓練を受けていない若い徴集兵の部隊をクルスクに送ったようだが、ロシア政府はこれを否定している。一方、ウクライナ東部のロシア軍部隊は無傷のまま温存されている。

2022年までドイツ国防省のアドバイザーを務めたニコ・ランゲ欧州政策分析センター(CEPA)非常駐上級研究員は、ゼレンスキーのクルスク攻撃が成功したかどうかを判断するには数カ月かかるかもしれないと見ている。

ウクライナ軍の作戦はよく練られているように見えるが、越境攻撃がプーチンの軍隊をポクロフスクからそらすためだったとすれば、「それはまだうまくいっていない」と言う。

クルスクの住民は、侵攻に対するロシア当局の対応に怒りを覚えているが、ロシア政府が支配するメディアは、この攻撃をウクライナが攻撃的な意図をいだいている証拠と決めつけている。

これは、プーチンのウクライナ侵攻をさらに正当化し、政府の対応に対する期待をコントロールし、政治指導者に対する支持が高まる旗下結集効果を生みだす可能性がある。

 

『ロシアの戦略文化を再解釈する(Reinterpreting Russia's Strategic Culture: The Russian Way of War)』の著者でボローニャ大学の研究員ニコロ・ファソラは、ウクライナの侵攻はすでにプーチンに一定の利益をもたらしていると言う。

ウクライナによるロシアの領土獲得が戦争の流れを変えることは「ありそうもない」し、ロシアがポクロフスクへの進撃を継続することは、国内の関心をクルスクからそらし、ドンバス地方の作戦に関するロシア政府の言い分を補強する可能性がある。

ファソラは、クルスク侵攻によって新たな戦場が生まれたかもしれないが、ゼレンスキーが最も有能な部隊の一部をそちらに向けたことは、戦線の過剰拡大の危険をはらんでいると考えている。

「ウクライナはクルスクに限られた予備兵力を投入し、さまざまな部隊を作戦参加のために戦線から離脱させるという賭けに出た」と、保守系シンクタンク民主主義防衛財団(FDD)のロシアプログラムのジョン・ハーディ副所長は語った。「この作戦が成功したかどうかは、時が経てばわかるだろう」。

これまでのところ、クルスクでのウクライナ軍の装備の損失はそれほど大きくないが、「時間が経つにつれて、損失は大きくなるだろう」と、ハーディは言う。

「ウクライナにとってのリスクは、地域の安定化のために部隊が必要となり、他の地域を防衛するために利用できないということだけではない。部隊は消耗する可能性があり、兵員の不足の問題が悪化しかねない」

ウクライナ政府は明言していないが、今回の越境侵攻の目的は、ロシア領内に緩衝地帯を作ることと同様に、和平交渉における潜在的な影響力に関連しているようだ。

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