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愛らしく哀れみ誘う......そんなロバの印象を一変させた恐怖体験

ニューズウィーク日本版 2024年9月3日 17時46分

コリン・ジョイス
<イギリスでロバと言えば海辺で子供たちが乗馬体験する従順な動物だが、野原で遭遇した攻撃的ロバに足止めされてロバの本当の性質を知った>

ロバは愛らしくて従順な動物だというのがイギリス国民の圧倒的な意見だ。多くの人々のこうした見解は、子供の頃に海辺でロバの乗馬体験をした思い出から形作られている。

さらに言えば、これらの海辺のロバは昔は飼い主に搾取されていたこともよく知られている。一日中太った子供たちを背に乗せられ、ひどい小屋で飼育され、カネを稼げなくなると追い出される。そのため、多くのロバ保護の慈善団体があり、後悔の念に駆られた高齢のイギリス人がよく寄付をしている。

僕は子供の頃ロバに乗ったことは一度もないが、基本的には世間一般の見方とずっと同じだった。ロバは良い動物で、人間の良き友だ、と。

でも先日、僕は初めてロバに遭遇し、本当に目からうろこの体験をした。僕にとっては「恐怖体験」と言っていいのだろうが、他の人から見れば「滑稽」かもしれないことも分かっている。

大筋で言うと、僕は敵意に満ちたロバに20分間も野原で足止めされた。大声でいななきながら突進してくるロバは、海辺の絵葉書のロバや、寄付募集の広告で寂し気な目を向けて来るロバよりも、かなりかわいくない。

そのロバに出会ったのは公共の歩道だったので、野原を横切って歩くのは権利的に問題ないはずだった。牛の群れが草を食んでいるのに気づいたが、牛たちは穏やかで僕を邪魔だと感じている様子もなかった。でも、遠くから1頭の子牛が僕をじっと見つめているように見えた。するとその子牛は、安全な群れの中に引っ込む代わりに(普通なら子牛はそうするものだが)、僕のほうに向かって歩き出し、次いで走り寄ってきた。そのとき僕は、それが子牛と言うよりはあまりに「ロバっぽい形」であることに気付いた。

率直に言って、この展開には心の準備をしていなかった。けたたましいいななき声は、僕から理性的な思考を奪った。でもロバが僕に到達するまでの数秒の間に、ロバから逃げて200メートル後ろの踏み段にたどり着くのは無理だと計算した。そして、反撃するのは良い考えではないと直感した(「威嚇して有利に立て」方式だ)。

何度も腹を押し、地面を踏みつけ......

近くに柵があったので、またげるかもしれないと思ったが、近付くと有刺鉄線で覆われていた。そこで僕は、有刺鉄線で「確実に」けがするのよりも、ロバとの「不確実な」対面を選んだ(有刺鉄線に絡まった挙句にロバの容易な餌食になれば、両方のリスクを負う可能性もあった)。幸いなことに、ロバは僕に突っ込んでくるのではなく近付くにつれて減速し、立ち止まった。

それはにらみ合いだった。僕は行き場がなく、ロバは明らかに僕の存在をお気に召していなかった。ロバが何度も僕の腹を押し、地面を踏みつけ、「じろじろ見つめる」(頭を左右に振っては左目でにらみ、右目でにらむ)間に、僕はロバにどんなふうに痛めつけられるのだろうかと想像する時間がたっぷりあった。

ロバが「ただフレンドリー」ではなかったことは、言及しておく価値がある。けたたましい鳴き声は「縄張り意識」の表れで、彼が僕と仲良くするためだけに近付いてきたわけではないことを示している。だからなでたりしようとしなかったのは正解だったし、僕が優しい声で話しかけたのも役立ったかもしれない(無意味だったかもしれないが、悪意はないからね、と話しかけてみた)。

いつ噛まれてもおかしくないと思ったので、せめてTシャツではなく長袖を着ていればよかったと思った。ロバの歯が大きくてあごは強靭そうなのが見て取れた。ロバは後ろ脚で人を蹴るという話しか聞いたことがなかったから、蹴られることはないだろうと(間違って)考えた。

後ほど調べると、ロバは通常は背後の人を蹴るものだが、それはある種の「事故」だということが分かった。ロバの後ろから近づくとロバの死角になるので、たとえおとなしいロバであっても、悪意を持って忍び寄られていると感じて本能的に蹴るのだという。

でも僕の場合は、おとなしいロバを相手にしていたわけではない。わざわざ身を起こして前脚で僕を蹴ることだってやりかねなかったわけだ。

実は次の日、地元のロバ農場を運営しているウィルという気さくな男と話したところ、あのロバの前では思いつきもしなかったのだが、ロバは横にも蹴ることができるのだと教えてくれた。良かったのは、僕が1つだけ完璧に正しい対応を取ったと彼が言ってくれたこと――ロバに一度も背中を見せなかったことだ。僕はロバからのメッセージを受け止めたことを示すため、向きを変えて「静かに立ち去ろう」と考えた。でもどうやら、ロバはむしろこれをチャンスと見ていたはずだ。

僕は今、ロバの行動についてかなりのことを知っていて、しかもそれはかなり興味深い。ロバよりはるかに大きな親戚である馬だったらほとんどの場合、何かしら危険を察知すると逃げ出すものだが、ロバは本能的に「逃げる」より「戦う」ことが多い。ロバは一歩も引かない。ロバの鼻面を叩いてこちらがボスであることを思い知らせてやろう......などと試していたら、大変なことになっていただろう。

乗馬体験のロバはおとなしいメス

また、僕が遭遇したのは「番ロバ」であることも学んだ。番ロバだって? 番犬なら知ってるけど、よりによって番ロバ?

オーストラリアでは、羊の群れが柵もない広々とした場所を歩き回っているので、農場主は何らかの脅威 (キツネなど)から羊の群れを守るためにロバを数頭投入している。アメリカでは、ロバが時にコヨーテを殺すこともあると読んだこともある。イギリスの人々はロバの狂暴性を過小評価しているようだ。

僕がもう1つ学んだのは、「去勢されていない」オスのロバたち、言うなれば「ジャック」は、予測不可能で攻撃的になり得ることで知られているということ。これらは浜辺で子供を乗せるのには向かない。その役目は通常、「ジェニー」ことメスのロバが担う。去勢されたオスはしばしば荷役用として用いられる。それでも去勢が遅すぎると危険な可能性もある。まだ猛々しいホルモンを持っていた頃の「習性」が残っているからだ。

僕は遭遇したロバがジャックであることを確認できた。彼がまだかなり若いか、若くなければ普通よりも攻撃的なロバだったのではというのは推測でしかない。彼は自分とお仲間たちを放っておいてほしかっただけなのだろう。そして、かなりの時間を費やしてフェンスに沿って僕を右に左に押した後、僕がそれほど危険ではないと判断したのか、牛たちのところに戻って行った。僕は野原から出る最短ルートを取り、踏み段まで引き返して、外側を遠回りした。

この一件で僕はロバを嫌いになっただろうと思われるかもしれないが、実を言うとロバという種に新たな尊敬と興味を持つようになった。彼らがいかに強く、いかに遊び心に満ちているか、そしてよく言われる「頑固さ」は彼らの知性を反映しているからこそだ(良くないことだとロバが知っていることをロバに無理矢理やらせることは不可能だ)ということについても、読んだ。

ロバは非常に社交的な動物だ。このロバはたまたま、牛たちを自分の仲間と見ていて、僕のことは部外者と判断した。僕がロバを擬人化してしまっているのは承知の上だが、それでもこちらにやって来て僕に対処した彼は「勇敢」だと感じずにはいられない。

そして、彼は状況を実際の暴力にエスカレートさせることなく自らの主張を通したので、僕たちはなんとか「理解」に達したと思わざるを得ない。つまり、あそこは彼の縄張りであり、僕は彼らに迷惑をかけてはいけなかったのだ。

公共の歩道のある野原にロバを放っている農家には問題がある。でも、ウィルが僕に説明したように、僕は「ロバらしく振る舞っている」ことを理由にロバを恨むことはできない。

もちろん、ロバの写真を間近で撮る時間はたっぷりあった。あなたも彼を好きになるはず......。

行く手を阻んだロバの表情はこちら COLIN JOYCE

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