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日本初の「女性首相」は生まれる?...「高く硬いガラスの天井」を破るための「条件」とは

ニューズウィーク日本版 2024年9月4日 16時5分

北島 純(社会構想大学院大学教授) for WOMAN
<3人の女性が立候補に意欲を示している自民党総裁選。世界各国の女性首相誕生の経緯から見えた「勝ちパターン」に乗ることはできるのか>

岸田文雄首相の電撃的不出馬表明を受け、自民党総裁選がスタートを切った。パーティー券裏金問題による派閥解消の動きを背景に候補者が乱立するなか、高市早苗経済安保相、上川陽子外相、野田聖子元総務相という3人の女性政治家が候補として取り沙汰されている。

高市氏は総務相や自民党政調会長を歴任し、米中新冷戦下での経済安全保障政策を牽引して保守層の支持を得ている。法相や外相を歴任した上川氏はコンサル出身で手堅い実務能力を誇り、WPS(女性・平和・安全保障)など新分野における政策理解も深い。野田氏は選択的夫婦別姓制度や女性の政治参画政策などに奔走してきたパイオニア的存在だ。

それぞれ特色と実績のある政治家だが、実際には推薦人20人確保の壁は高い。全員が出馬できるとは限らないが、高市氏と野田氏が立候補した前回の総裁選(2021年)に続き、多くの女性候補が総裁選の下馬評に挙がるのは、かつての自民党では考えられなかった傾向と言える。

アメリカでは大統領選から撤退したジョー・バイデン大統領が、ジャマイカ出身とインド出身の移民を両親に持つ女性副大統領カマラ・ハリスを後継に指名。

8月19日に開かれた民主党全国大会でヒラリー・クリントン元国務長官は「私たちは力を合わせて、あの最も高く硬いガラスの天井に、たくさんのヒビを入れてきた。そして今夜、ついにその天井を突き破る日が近づいてきた。ヒビの向こうに見えるのは自由だ」と演説した。

日本政治の寒すぎる状況

「ガラスの天井(glass ceiling)」とは、企業内の昇進昇給において男性と同等の実力を持つにもかかわらず、女性が女性というだけで困難に直面すること、すなわち「目に見えない障壁」があることの比喩をいうが、政治の世界で語られる場合、女性が高位公職に就く困難性を指す。

その中で「最も高く硬いガラスの天井」とは、ジェンダー(社会的性差)平等が社会の中で「主流化」しているアメリカでさえ、いまだに女性大統領が誕生していない現状を痛烈に批判する表現だ。

民主党全国大会でハリスはその最難度の「ガラスの天井」を打ち破る強い意志を示し、アメリカ史上初の女性大統領になろうとする勢いを見せつけた。

では、日本ではどうか。日本政治に特有の「ガラスの天井」はあるのか。日本の「最も高く硬いガラスの天井」を打ち破る女性首相が誕生する日は来るのか。

こうした問題を議論する際に参照されるのが、女性国会議員が占める比率に関する列国議会同盟(IPU)の調査である(対象は下院)。

日本の女性議員(衆議院)の比率は10.8%で、183カ国中160位に甘んじている。世界経済フォーラムが公表する「ジェンダー・ギャップ指数2024(政治分野)」でも、日本は146カ国中113位にとどまっている。

21年に「政治分野における男女共同参画推進法」が施行され、各政党の女性候補者擁立が進むなどの改善が見られるとはいえ、日本における女性の政治参画の実態はお寒い状況と言うしかない。

しかし、だからと言って、女性国会議員の数を増やせば女性首相が誕生するとは限らない(女性首相が誕生すれば政治におけるジェンダーギャップが解消するわけでもないが)。

例えばスペインは現在、下院350人中、女性議員は155人(44.3%、18位)に達するが、女性首相はこれまで生まれていない。これに対して韓国は国会議員300人中、女性議員は60人(20%、114位)にすぎないが、13年に朴槿恵(パク・クネ)大統領を生んでいる。

議院内閣制を採用する日本では、首相は「国会議員であること」だけが憲法上の要件だ。しかし、解散が衆議院にのみ認められることから、首相は衆議院議員でなければならないという政治慣行(不文律)がある。

つまり首相になるには与党の衆議院議員であることが実際には必要であり、1996年の小選挙区比例代表並立制導入以降は、比例復活ではなく小選挙区で当選を果たすことも実質的要件に加わった。

その小選挙区で当選し続けることは並大抵のことではない。地元選挙区での地盤培養活動として冠婚葬祭、盆踊り、運動会などの行事に顔を出し、住居の斡旋、就職の世話、紛争解決などの細々とした陳情処理をこなし続けるのは普通の光景だ。

女性議員はそれに加えて、「婦人部・婦人後援会」との間合い・関係性、男性が多い地方政治家(県議や市議)との付き合い、支持を餌とした男性支援者によるセクハラやパワハラ(票ハラ)といった問題にも直面する。

固定的なジェンダー役割分担を前提とするような保守的風土の選挙区では、ストレスはより顕著になる。

いざ当選しても永田町には体育会系男社会の政治文化が色濃く残り、女性議員は「女性」議員として振る舞うことが暗に、あるいは当然のごとく要求される。ブレーンとなるような霞が関官僚に女性幹部は少ない。

女性政治家を取り巻く環境は過酷であり、「ガラスの天井」は日本の女性政治家が政治キャリアを積み重ねていく困難性そのものの中にある。

その上で、自民党総裁選に出馬するには推薦人20人の確保が要求される。自力で推薦人を集めるにせよ、重鎮(キングメーカー)の手札を演じるにせよ、政治的人間関係を構築し維持していくには途方もないエネルギーが必要となる。

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン元首相 HAGEN HOPKINSーAAP IMAGEーREUTERS

それ相応の資金力が必要となることもある。女性であることは有利にも不利にも働くが、前例のない女性首相が誕生するには、「最も高く硬いガラスの天井」を突き破るような格別の「強い意志の力」と、客観的な時流にかなった「モメンタム(勢い)」を自らに引き寄せることが必要となる。

マーガレット・サッチャーが79年に英国史上初の女性首相に就任した当時、英国議会(下院)における女性議員は635人中19人(3%)にすぎなかった。

しかし野党保守党の党首だったサッチャーは労働党政権を倒す「強い意志の力」で総選挙に臨み、高インフレにあえぐ国民が政権交代を求める「モメンタム」を取り込むことに成功し選挙に圧勝、首相の座をつかんでいる。

女性首相の代名詞とも言えるサッチャー以外に、首相あるいは大統領に就任した女性はスリランカのシリマボ・バンダラナイケ首相(60年)から、イタリアのジョルジャ・メローニ首相(22年)、タイのペートンタン・シナワット首相(24年)に至るまで、その数は100人近くに達している。

その内実はさまざまだ。

例えばインディラ・ガンジーは、父親であるインド初代首相ジャワハルラル・ネールの病死後、その政治的威信を受け継いで66年に首相に就任。強権政治の批判を浴びながらも国民会議派を率いて通算16年近く首相を務めた。

彼女の暗殺後に政権を引き継いだのは息子ラジブ・ガンジーであり、親子3代にわたる「ネール・ガンジー王朝」と呼ばれた名望家支配を築き上げる政治的パワーを持っていた。

女性首相の実態を数で見ると

これに対してニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相は17歳で労働党に入党、28歳で国会議員に初当選、37歳で首相に就任、42歳の昨年「もう力が残っていない」として辞職し引退するという、早馬で駆け抜けるような政治家人生を送った。

女性のエンパワメント(本来の力を開花させること)に関する一つのモデルケースとして、世界の女性政治家に強い影響を与え、いまだに「ジャシンダマニア」と呼ばれる熱狂的な崇拝者が多い。

デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は24歳で国会議員に初当選。33歳でデンマーク初の女性首相ヘレ・トーニングシュミットに雇用相として抜擢され、法相を経て、37歳で野党に転落した当時の社会民主党の党首に就任。19年に41歳で首相に就任し、今に至っている。

「ガラスの天井」が頭上を覆いかぶさるより早く階段を駆け上がり、その勢いで「最も高く硬いガラスの天井」を突き破るというパターンが2人に共通している。

デンマークのメッテ・フレデリクセン首相 ALEX SOCHACKIーSIPA USAーREUTERS

「意志の力」と「モメンタム」

ここで、スウェーデン・イエーテボリ大学を拠点とするV-Dem研究所(デモクラシー多様性研究所)が公表している年次報告書(24年版)を見てみよう。

この報告書はさまざまな指標を用いて、世界179カ国をリベラルデモクラシー国家(G7各国、北欧諸国など)、選挙デモクラシー国家(マレーシアやインドネシア、スリランカなど)、選挙権威主義国家(ロシアやインドやタイなど)、閉鎖権威主義国家(中国や北朝鮮やイランなど)という4つのカテゴリーに分類している。

このうち日本が分類されている「リベラルデモクラシー国家」は32カ国ある。首相を16年以上務めたドイツのアンゲラ・メルケルのように、歴史に名を刻む女性首相がきら星のごとくそろっているように思われるかもしれない。

ところが32カ国における女性首相の実態を検討すると、そうとも言えないことが分かる。

32カ国中、最高権力者としての女性首相をこれまでに複数人出しているのは、わずか7カ国にすぎない。

3人の女性首相を輩出した国は、マーガレット・サッチャー首相(79年)とテリーザ・メイ首相(16年)とリズ・トラス首相(22年)のイギリス、ジェニー・シップリー首相(97年)とヘレン・クラーク首相(99年)とジャシンダ・アーダーン首相(17年)のニュージーランド、そしてアンネリ・ヤーテンマキ首相(03年)、マリ・キビニエミ首相(10年)、サンナ・マリン首相(19年)のフィンランドという3カ国だけだ。

2人の女性首相を出した国はやや増えて、前述のヘレ・トーニングシュミット首相(11年)とメッテ・フレデリクセン首相(19年)のデンマークと、ノルウェー、アイスランド、ラトビアの4カ国になる。

これら女性首相を複数人出した7カ国はいずれも英連邦または北欧の国家だ。二大政党制が定着し政権交代可能な政治状況下で、野党時代に党首になって選挙で勝利して首相になるか、ジェンダー平等な政治文化の下で是々非々で首相に選出されるのが典型的なパターンだ。

複数の女性首相が誕生しているということは、デンマークのフレデリクセンがトーニングシュミット首相に引き立てられたように、「女性首相という経験」が継承され蓄積され得ることを意味するが、その経験はわずか7カ国でしか享受されていないのである。

しかもイギリスですら、サッチャー退陣後、次の女性首相メイが生まれるまでに四半世紀の歳月を要している。

小池百合子東京都知事 KAZUKI OISHIーSIPA USAーREUTERS

これに対して、女性首相(大統領)が1人しか誕生していない国は、ドイツ、オーストラリア、韓国、台湾(総統)、ベルギー、スウェーデン、イタリアなどの14カ国に達し、1人の女性首相(大統領)も生まれていない「ゼロ国家」は、日本、アメリカ、フランス、スペイン、オランダなど11カ国に上る(フランスには2人の女性首相がいたが、上司は男性大統領)。

最高権力者としての女性首相・大統領の輩出と継続が容易ではないことが分かるであろう。

「最も高く硬いガラスの天井」を打ち破るには、何が必要だろうか。女性首相を生む政治メカニズムと政治文化は国によってさまざまだが、共通する要素は、前述のように「強い意志の力」と、チャレンジを後押しする客観的な政治状況が「モメンタム」として存在していることだ。

強い意志の力があってもモメンタムがなければ成就しない。あるいはモメンタムをつかみ損ねたら「最も高く硬いガラスの天井」を打ち破ることはできない。

ヒラリー・クリントンが16年の米大統領選でドナルド・トランプ前大統領に敗北した際に「ガラスの天井」に言及したのはまさにそうした文脈であり、ヒラリーはトランプという異形の千両役者に勢いを阻まれたとも言えよう。

日本ではこれまで、土井たか子衆議院議長、扇千景参議院議長、山東昭子参議院議長という3人の女性が衆参の議長に就いている。

特に野党社会党の党首であった土井たか子は、89年の参議院選挙で自民党を過半数割れに追い込んで「山は動いた」と快哉を叫び、選挙後の参議院で女性初となる内閣首班指名を受けた。

しかし衆議院の優越によって海部俊樹自民党総裁が首相に選出され、土井はその後、93年に衆参を通じて初となる女性衆議院議長に就任して政治キャリアを終える。

「女性副首相」という第一歩

「意志の力」と「モメンタム」という点では、小池百合子東京都知事あるいは田中真紀子元外相を想起するかもしれない。共に世論の動向、時代の要請、時流を見極める天才的な目を持っており、人並み外れた「意志の力」を有する女性政治家だ。

田中氏は父親の田中角栄元首相譲りの圧倒的な突破力、そしてモメンタムを形成する力を有していた。小池氏は7月の都知事選挙で蓮舫候補や石丸伸二候補を退ける圧勝を果たしたが、選挙戦で小池氏や蓮舫氏が「女性だから」という点は争点にならなかった。

それはひとえに小池氏が08年の自民党総裁選に史上初の女性候補として出馬を果たし、16年には初の女性都知事に就任、2期8年を務めていた実績が背景にあったからに違いない。

小池氏は現在までに首相の座をつかむには至っていない。それは本人の意向と計算もあるかもしれないが、何よりも社会の側に女性首相を待望する機運すなわちモメンタムがなかった、あるいはタイミングがそろわなかったということだろう。

9月12日告示、27日投開票の自民党総裁選と並んで、野党第1党である立憲民主党の代表選も9月7日告示、9月23日投開票の日程で行われる。推薦人20人確保のハードルは自民党以上に高いが、西村智奈美代表代行と当選1回の吉田晴美衆議院議員が立候補の意欲を示している。

他国の事例を見るに、野党党首になってからの政権奪取、即首相就任というパターンは典型でもある。野党が女性党首を擁立することは、日本に女性首相を誕生させる戦略的観点からはことさらに重要と言える。

問題は日本社会、つまりわれわれの側に、女性首相を待望するモメンタムがあるかどうかだ。検事総長も連合会長も女性が就任し、地ならしは済みつつあるようにも思える。女性首相候補を育てるのは有権者だ。

米連邦最高裁判事を27年間にわたって務め、20年9月に87歳で死去したルース・ベーダー・ギンズバーグ(RBG)は生涯を通じて「ガラスの天井」と戦い続けたが、同時に「自国を成功させたければ、女性に投資するべきだ」と言っている。

モメンタムは造ることができる。女性閣僚を首相臨時代理第1順位指定の副首相に起用することも一案だ。

女性首相の登場が日本にどのような影響を与えるかは未知数なところがあるが、少なく見積もっても、政治的決定プロセスの頂点に多様性が組み込まれることがもたらす政治・経済・社会的効果は計り知れない。

その端緒として、今回の自民党総裁選・立民代表選で正面から「ガラスの天井」をめぐる論戦が戦わされることを期待したい。

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