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「それが中国流のやり方だ」北極圏でひそかに進む「軍民両用」研究の実態...ロシアとの接近、核持ち込みの懸念も

ニューズウィーク日本版 2024年9月5日 17時17分

ディディ・キルステン・タトロウ(本誌国際問題・調査報道担当)
<世界各国に開かれたノルウェーの研究拠点では軍事目的の研究は禁止のはずだが──北極圏パワーゲームに割り込んだ中国の「真の目的」とは?>

北極圏に夏が訪れ、スピッツベルゲン島周辺の海氷が溶け出すと、この島にある石造りの獅子像に守られた建物がにわかに活気づく。北極海に浮かぶスバールバル諸島の最大の島・スピッツベルゲン島北部の旧炭鉱町のニーオルスンは、今では世界中の科学者が利用する極地の研究拠点になっている。

雌雄の獅子が入り口を守る中国の「黄河基地」は今年、新型コロナウイルスのパンデミック以降では最多の50人ほどの研究者を迎える。その一部はここで越冬するとみられる。

中国本土と北極圏は最短距離でも約1500キロ離れている。だが、アメリカとその同盟国に対抗する超大国となった今、中国は北極圏に並々ならぬ関心を寄せているようだ。

スバールバル諸島はNATO加盟国のノルウェーの領土だが、中国の戦略的パートナーであるロシアにも近い。各国の研究者に開かれた国際的な研究拠点であるスバールバルは、北極圏における西側陣営と中ロのせめぎ合いを映し出している。

本誌の調査で、この島で運用されている中国の研究施設は、中国の防衛関連機関の一部であることが分かった。この島では国際的な取り決めで「戦争のような目的」の研究を行うことは禁止されている。

中国の施設が「デュアルユース(軍民両用)」研究に使われているのなら、ルール違反の疑いがある。

中国の防衛関連の航空宇宙企業がスバールバルにある衛星データ受信基地を利用していることも調査で分かった。これも違反の疑いがある。ノルウェーはこの受信基地を「もっぱら、または主として」軍事目的に利用することを禁止しているからだ。

本誌は中国がひそかに進める影響力拡大の試みを追って南太平洋の島々やカリブ諸島、さらにはアメリカの中心部でも調査を行ってきた。

アメリカとNATOの同盟国に近い北極圏は戦略的に極めて重要な新しいフロンティアだ。地球温暖化に伴い新たな海上輸送路が開かれるとともに、氷の下に眠っていた海洋資源の開発が可能になり、経済的な重要性も高まっている。

研究拠点としては、民生用だけでなく、深海から宇宙空間までカバーする防衛体制構築のための研究・技術開発にとっても唯一無二の重要性を持つ。「極地安全保障」は国家安全保障の一部を成すと、中国政府は明言している。

ニーオルスンにある中国の北極観測センター「黄河基地」には、年内にさらに50人の研究者が赴任する予定 XINHUA/AFLO

「私たちは中国の参入を全く予想していなかった」と、米コーネル大学のグレゴリー・ファルコ教授(航空宇宙技術)は言う。「新参プレーヤーの登場で北極圏の緊張は一段と高まりつつある」

中国政府は北極圏での自国の活動は平和的なものだと主張している。ノルウェーの首都オスロの中国大使館広報部は本誌のメール取材にこう回答した。「軍民両用研究を行っていると関係国が騒いでいるが、根拠はゼロだ。『自分にやましいところがあるから他者を疑う』式の言いがかりではないか」

中国の北極観測センター「黄河基地」内部 XINHUA/AFLO

だが、米政府は北極圏における中ロ両国の動きを警戒している。米国務省が1994年に閉鎖したノルウェー領北極圏の出先機関を昨年再開したのも対抗措置の一環だろう。今年3月には米国土安全保障省の科学担当の高官がスバールバルを訪れた。

ノルウェー政府は5月に文書を発表し、スバールバルにおける主権を改めて主張。軍民両用研究のリスクを指摘し、一部の国の活動に懸念を示したが、国名は挙げなかった。

ノルウェーのアイビン・バード・ペーテルソン外務副大臣は本誌に対し、「スバールバルでは外国の軍事活動は一切禁止されている。そのような活動をすれば、わが国の主権を侵害したと見なされる」と語った。

軍事研究に特化した実態隠す

中国はこうした規制に異議を唱えたことがある。中華民国時代の1925年に加盟したスバールバル条約を盾に、この諸島における「研究調査の自由」を認めよとノルウェー政府に迫ったのだ。

ノルウェーは気候など自然科学と一部の文化遺産の研究に限り、外国人研究者の活動を認めるという立場を崩していない。

白夜の季節が終わり、4月末に中国人の先発組3人が黄河基地に到着した。基地を率いる胡正毅(フー・チョンイー)は国営英字紙チャイナ・デイリーに、自分たちの任務は「雪氷学、地上と海洋の生態学、宇宙空間物理学分野の研究と運用調査」だと語った。

宇宙空間物理学は中国電波伝播研究所(CRIRP)が力を入れる分野だ。ノルウェー政府スバールバル研究管理部門(RiS)の公式サイトは、CRIRPが2030年までスバールバルで取り組む2つの研究を紹介しているが、CRIRPの名称だけでは組織の実態は分からない。

本誌はCRIRPが中国最大の国有の軍用エレクトロニクス複合企業・中国電子科技集団(CETC)傘下の研究所であることを突き止めた。この研究所はCETC内では第22研究所と呼ばれているが、公式サイトに掲載された写真などからCRIRPであることが確認できた。

それによれば、第22研究所(すなわちCRIRP)は1963年に軍事目的で設立され、水平線の向こうの物体を捕捉できる「超水平線(OTH)」レーダーの国産化に向けた技術開発をリードしてきたという。

昨年、創立60周年の記念式典で陳欣宇(チェン・シンユィ)所長は「軍事力の強化」を主要な研究目標の1つに挙げた。陳は研究所の党組織を率いる党書記も兼務している。

CETCのウェブサイトによれば、習近平(シー・チンピン)国家主席がトップを兼務する党中央軍事委員会も他の軍事機関と共にこんな祝賀メッセージを送って称賛した。「(CRIRPは)軍需産業における主要な責任を堅持し、中国の国防近代化と総合的な国力向上に重要な貢献を果たした」

黄河基地の付近でオーロラを撮影する中国人研究者 XINHUA/AFLO

安全保障関連の公開情報の収集・分析サイト「データアビス」(米オハイオ州)や本誌の調査によると、CRIRPは人民解放軍の13の部隊と協力している。

例えば海軍92941部隊とは「海洋環境における死角領域でのレーダー探知」について、中央軍事委員会連合参謀部61191部隊とは「宇宙目標監視レーダー」について協力した。

RiSのサイトに掲載された研究内容によると、CRIRPは宇宙天気、オーロラ、電子を含む大気圏と電離圏の観測を行っている。いずれも攻撃目標の捕捉・追尾・特定に重要なデータだと、専門家は言う。

ある中国人研究者が匿名を条件に本誌に語ったところでは、黄河基地に設置した機器を使って中国国内の研究チームが分析を行う「リモート研究」も行われているという。

「気象観測から原油や天然ガスのボーリング調査、レーダーの秘密研究まで、あらゆることをやっているというのが私の評価だ」と、データアビス(米国防総省の資金援助を受けている)の創設者LJ・イーズは言う。

「中国人民解放軍に貢献していない環境・大気研究もあるが、問題は軍民両用研究だ」

「それが中国流のやり方だ」

スバールバル諸島での研究が軍事利用される可能性を示唆する状況証拠は既にある。CRIRPのもう1つの共同研究パートナーである解放軍理工大学の楊昇高(ヤン・ションカオ)は、スバールバルと南極基地のデータを使ってミサイル誘導技術の研究を行っている。

「電離圏の電場に変動が生じてもICBM(大陸間弾道ミサイル)が意図した弾道を確実に保持できる正確な誘導」を行うために、レーダー信号に対する「電離圏の擾乱の影響をよりよく予測し、軽減することは可能だ」と、楊は論文で述べている。

本誌の取材に回答したノルウェーの専門家は、現状をあまり懸念していないようだ。

「CRIRPがCETC傘下の研究機関であるという調査結果を疑う理由はないが、スバールバル諸島の研究主体としてRiSに登録されているのはあくまでCRIRPだ」と、ノルウェー極地研究所のガイド・ゴトスは言う。

「彼らはどこをどう見ても、合法的な研究機関だ」と語るゴトスは、スバールバルにレーダーを設置している別の研究機関、欧州非干渉散乱(EISCAT)科学協会にもCRIRPが関与していると指摘した。

このレーダーはノルウェー、スウェーデン、フィンランドの観測所ネットワークに接続し、CETC傘下の別の研究機関がEISCAT_3Dという巨大な新型レーダーのために3万個のアンテナを供給している。

スウェーデン当局は安全保障上の理由から、EISCAT科学協会を北欧諸国だけの組織に再編成する作業に着手した。この新組織にCRIRPは加わらない見込みだ。

スバールバル諸島の氷河調査に向かう途中で機器をチェックする調査隊 XINHUA/AFLO

教育研究省が所轄するスウェーデン研究会議のマリア・タベソン事務局長は、EISCAT_3Dのアンテナは中国製だが、他の重要部品は北欧諸国の製品だと、本誌にメールで回答した。

衛星も軍民共用研究への懸念が大きい分野だ。ノルウェー通信庁(Nkom)によれば、防衛関連企業の深圳航天東方紅衛星を含む少なくとも中国企業9社の衛星が地上局のスバールバル衛星ステーションで運用されている。

深圳航天東方紅衛星など3つの中国系機関が運用する超小型衛星には、軍事目的のデータ伝送を禁じる規則への違反は認められなかったと、Nkomのカイ・ステファン・オステンセンは語る。

目的は「北極圏の地球観測と北極航路の船舶へのサービス」であり、「軍民両用の運用」に関与するオーナー企業が含まれていても、使用禁止にはならないという。

ノルウェー外務省のマリケ・ブルースガールド・ハービッツ報道官は、中国が北極圏の船舶で衛星を利用している可能性についての質問に対し、「ノルウェー当局は北極圏での活動を注視している」と答えた。

北極圏で中国の動きが目立つ場所はスバールバル諸島だけではない。米ロが国境を接するベーリング海峡のすぐ北のチュクチ海では、軍との関係が強いハルビン工程大学の科学者が潜水艦の安全航行に不可欠な水中音響の研究を行っている。

中国はアイスランドでも研究活動を行っている。中国極地研究センター(PRIC)は18年、現地のパートナーと共に中国・アイスランド北極科学観測基地を開設。レーザーで目標との距離を測定する技術などを使い、上層大気や宇宙空間を監視・研究している。

「なぜ中国が北極圏に興味を持ってはいけないのか」と、フリチョフ・ナンセン研究所(オスロ)のゲルン・へッゲルントは言う。「彼らは北極圏の変化が中国自身にどんな影響を与えるかに強い関心がある」

一方、トロムソにあるノルウェー北極大学のマーク・ランテイン准教授(政治学)は、中国の軍民両用研究を北極圏の「主要な懸念」と呼んだ。

「中国の科学的関心やプロジェクトは戦略的・軍事的発展のために利用される可能性が高い。もちろん、ここの情報は中国軍に送られるだろう。それが中国流のやり方だ」

中国の科学研究にとっての北極圏の重要性は、政府系研究機関の出版物に明記されている。「北極圏には、北米と北ヨーロッパと北アジアを直線で結ぶ最短ルートがある。

従って、北極圏における戦略的な位置付けが重要になってきた」と、PRICの機関誌「極地研究」に掲載されたある論文は指摘している。

アラスカの極寒の地で訓練を行う米兵たち ARMY PFC. BRANDON VASQUEZ/U.S. DEPARTMENT OF DEFENSE

「近北極圏国家」は詭弁か

19年、マイク・ポンペオ米国務長官(当時)は、中国が北極圏進出をもくろんでいることを指摘し、21年には、北極圏にない中国が「近北極圏国家」だと主張するのは「共産主義者の作り話だ」だとツイッター(現X)に投稿した。

「中国は北極圏に強力な軍事的利益を見いだしている」と、カンタベリー大学(ニュージーランド)のアンマリー・ブレイディ教授(政治学)は語る。

「核兵器を搭載した原子力潜水艦を送り込むことも考えている。それが実現すれば、中国は(核攻撃を受けても、核によって反撃できる)第二撃能力を獲得することになり、核抑止の構図を一変するだろう」

中国は既に、北極圏への軍事的な圧力を強めている。今年7月には、中国海軍の艦艇4隻がアラスカ沖のアメリカの領海に接近。さらにその後、ロシアと中国の戦略爆撃機がアラスカ沖のアメリカのADIZ(防空識別圏)内を飛行した(ただし領空侵犯はなかったとされる)。

もちろん経済的利益も視野に入っている。中国は、50年までに北極海の海氷が、商業船の航行が可能なレベルまで溶けるとみている。そうなれば現在の3分の2程度の航行距離でヨーロッパに到達できる。

中国国有海運大手の中国遠洋運輸は、既にロシアの砕氷船と北極圏航路を航行し始めている。今年6月には、ロシア国営原子力企業のロスアトムと中国の洋浦良恩海運有限公司が、北極海航路を利用した通年のコンテナ輸送契約を結んだ。

中国はノルウェーなどと同じように、北極圏の海底資源にも大きな魅力を感じている。いずれの国の管轄権も及ばない深海底の資源開発を管理する国際海底機関(ISA)は、早ければ25年にも北極圏の深海底資源の採掘許可を出し始める可能性がある。

中国は北極圏での長期的な情報収集活動にも意欲を見せていると、スバールバルの知事特別顧問を務めるヨン・フィッチェ・ホフマンは言う。「中国は長期的なスパンで活動しており、今後どのように影響力を拡大するつもりか分からない。ただ、とてつもない情報収集能力がある」

ホフマンによると、中国関係者(国と直接結び付いているとは言い切れないことが多い)は、スバールバル諸島で最大の町であるロングイェールビーンで、不動産を購入したり住宅建設を提案したりして、中国の存在感を高めようとしている。

だが、ノルウェー政府がスバールバル諸島の重要インフラの管理を強化し、外国人への売却を制限する政策を取ったため、この領域での中国の試みは失敗に終わっている。

アラスカ沖では米沿岸警備隊が領海侵犯に目を光らせる U.S. COAST GUARD PACIFIC AREA

米政府はこうした状況を、指をくわえて眺めているわけではない。ホワイトハウスは22年にまとめた「北極圏国家戦略」で、中国進出への懸念を明記している。23年には米国務省が、10年近く閉鎖されていたトロムソの外交拠点を復活させた。

今年1月には米国土安全保障省が4600万ドルを投じて、アラスカ大学アンカレジ校に北極圏イダルゴセンター(ADAC)を設置。3月には、同省のディミトリ・クスネゾフ科学技術担当次官がカナダ政府の科学顧問と共にスバールパルを訪問し、最新情報を交換した。

警戒されるロシアとの協力

それでもアメリカはこの領域で後れを取っている。砕氷船は3隻しか保有しておらず、そのうち1隻は修繕中だ。これに対して中国は、6月に3隻目となる砕氷船「極地」の進水を発表し、来年には4隻目が完成するという。ロシアは数十隻の砕氷船を保有し、一部は原子力船だ。

ロシアのウクライナ侵攻以降、ロシアと中国の接近が目につくようになったが、それが北極圏にも及ぶようになることを、アメリカや同盟国は懸念している。

アラスカ大学フェアバンクス校北極圏安全保障・レジリエンスセンター(CASR)のトロイ・ブファード所長は、中国は圧力を強めており、緊急に対策を講じる必要があると語る。「今秋の米大統領選後も変わらない長期的なビジョンを持って、包括的で大規模な国家戦略を緊急に立案するべきだ」

米国防総省は7月、最新の北極圏戦略を発表し、中国に対抗して北極圏での軍事的プレゼンスと情報収集能力、同盟国との協力を強化する必要性を訴えた。

これについて中国外務省の毛寧(マオ・ニン)副報道局長は、米国防総省は中国の役割(毛に言わせれば「ウィンウィンと持続可能性」に基づく)をゆがめていると批判した。

中国とロシアはスバールバルでも協力する可能性がある。ロシア政府高官は昨年、かつて炭鉱の町として栄えたが現在はゴーストタウンとなっているピラミーデンに、BRICS5カ国の共同研究センターを設置することを提案した。

ニーオルスンから100キロほど北にあるこの町は、かつてソ連領だったことがある。

中国はこの計画に参加するのか。PRICは本誌の質問に回答していない。「自分たちの手の内を見せるつもりはないのだろう」と、ノルウェー北極大学のランテインは苦々しげに語った。



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