flier編集部
<挫折や苦境を乗り越えて前進する力「レジリエンス」の重要性は認識されつつあるが、現代の職場においては組織全体の「チームレジリエンス」が不可欠に>
理不尽なクレーム、業績不安、SNSの炎上、ギスギスした人間関係──。これらに無関係でいられるチームは少ないでしょう。多くのチームは、次々に困難に直面し、疲弊しています。
チームに降りかかる困難に対処し、困難から学び、次なる困難の被害を最小化する。その力やプロセスが「チームレジリエンス」です。チームレジリエンスがなぜ大事なのか? どうすれば高められるのか? これらを解説したのが、筑波大学ビジネスサイエンス系助教の池田めぐみさんと、株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEOの安斎勇樹さんの共著『チームレジリエンス』(日本能率協会マネジメントセンター)です。変化にしなやかなチームになるための方法をお聞きします。
(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)
悩める新人マネジャーのチーム運営に役立ててほしい
──まずは、お二人が『チームレジリエンス』を執筆された背景を教えていただけますか。
池田めぐみさん(以下、池田) 私はもともと学習環境デザインを専門とする研究室で、キャリア開発の研究をしていました。キャリア開発では、「目標を決めて、そこに向けたプランを考える」ことが主流な実践でした。私も、「研究者になりたい」という目標を持っていたのですが、当時は教官から「このままだと進学できるかわからない」といわれ、進路に悩みました。「いくら目標を決めても、夢が叶うとは限らないのでは」と疑問を持ったのです。
そんな折に知ったのが「レジリエンス」という概念。レジリエンスとは、挫折を乗り越えたり、苦境に陥っても前向きに進んだりする力のこと。レジリエンスを高める方法の研究をすれば、私のように困難な状況で苦しんでいる人の力になれるのではないか? そう思い、個人のレジリエンスに関する研究を始めました。
著書でチームのレジリエンスに焦点を当てたのは、社会人として活躍する同期がチーム運営で壁にぶつかっていたからです。チームレジリエンスとは、チームが困難から回復したり、成長したりするための能力やプロセスのこと。これをどう発揮するかを本にまとめることで、周囲の悩める新人マネジャーたちのチーム運営に役立ててほしいと思いました。
『チームレジリエンス』
著者:池田めぐみ、安斎勇樹
出版社:日本能率協会マネジメントセンター
要約を読む
安斎勇樹さん(以下、安斎) これまで多くの経営層やミドルマネジャー向けに組織開発や研修を担当させていただきましたが、リーダー職に就く人は、レジリエンスが強く、そう簡単には心が折れない方が多い。しかし、責任の重さと孤独さゆえに、事業が低迷すると、どんなに人格者でも思考がダークサイドに落ちていって、うまくいかない理由をメンバーや顧客など「他人」のせいにしてしまうことがある。これって実は、リーダーが極度のストレスから自己防衛するための「個人のレジリエンス」の裏返しなんですよ。
そこで気づいたのは、リーダーの心が折れないことと同じくらい、組織が崩壊しないことも大事ということです。レジリエンスの概念を、個人からチームや組織に拡張する必要性を感じていたところ、海外ではチームのレジリエンスに関する研究論文が少しずつ出てきていました。ところが、論文の数は50本程度とまだまだ少なく、日本語の情報はほとんどない。そこでまずは、チームレジリエンスの概念を日本語の書籍で提示しようと、池田さんと共著を書くに至りました。
──チームレジリエンスが現代の職場において必須である背景について教えてください。
池田 いまは不確実性の時代といわれますが、その本質は「未来のわからなさ」と「現在のわからなさ」にあります。解決すべき問題の輪郭がつかめず、焦りや閉塞感が募っていく。
人間には、「仕事量が多い」といった明確なストレスよりも、「これからどうなるかわからない」という予測不可能なストレスのほうを強く感じる特性があります。現在の職場では、いきなり顧客から理不尽なクレームがくる、エースが離脱するといった、後者のストレスが急増しているのです。もはやリーダー一人で抱えこめるレベルではなく、チームとして困難を乗り越える力がますます重要になっていると捉えています。
途方もない「モグラ叩き」に、チームとしてどう対処するか?
──レジリエンスは成長も内包すると書かれていました。なぜ、困難に立ち向かう過程が成長の糧になるのでしょうか。
池田 レジリエンスの発揮では、3つのステップを経ていきます。ステップ1は「課題を定めて対処する」、ステップ2は「困難から学ぶ」、そしてステップ3は「被害を最小化する」。これらをくり返すことで、困難を避ける対策を打てる。さらには、メンバー同士の対話を通じて、互いの価値観や最適な業務アサインがわかり、チームとして成長していけるのです。
安斎 経営の不確実性が高まる中、経営層は孤独で疲弊し、現場のメンバーも疲弊しています。その間に挟まれ、多くの矛盾にさらされているのが中間管理職です。対処すべき課題が増大して、個々人がバラバラにモグラ叩き(課題に対応したそばから別の課題が発生する)に明け暮れてしまっています。
大事なのは、「ゲームのルールを見直すほうがいいんじゃないか?」などと、チームで立ち止まって考えられるかどうか。すると、チームの役割分担や情報共有の仕組みを見直さないといけない、などとチームの学習が進んでいく。レジリエンスの高いチームは、このように振り返りをして再現可能な教訓を言語化するので、必然的に成長を経験していくのです。
池田めぐみさんと安斎勇樹さん(flier提供)
オリエンタルラジオは、なぜ、何度叩かれても這い上がれるのか?
──チームレジリエンスを発揮した事例としてお二人が注目しているものは何ですか。
池田 2024年1月2日に起きた日本航空516便衝突炎上事故で、炎上する機体から乗員乗客379人がわずか18分で全員脱出しました。この奇跡の救出劇を支えたCA(客室乗務員)たちの避難誘導は、まさにチームレジリエンスを発揮した好事例だと考えています。
この脱出を支えた一因が「90秒ルール」です。旅客機の乗員は年に一度、90秒以内の避難誘導を訓練します。つまり、「被害を最小化する」ステップとして事故が起きたときの動き方をしっかりトレーニングしていた。このことが、CAたちの迅速かつ冷静な判断を支え、乗客の安全確保につながったのではないでしょうか。
このように、困難を完全に避けられなくても、充分な備えによって困難に対処しやすくなるのです。
安斎 企業以外の事例で注目しているのが、お笑いコンビの「オリエンタルラジオ(以下オリラジ)」です(笑)。
芸人やインフルエンサーは、一躍有名になったかと思えば、その波が一気に引いていってしまうもの。オリラジの場合、藤森さんと中田さんは「武勇伝」ネタで一世を風靡するものの、冠番組の終了とともに人気が低迷してしまいます。ところが、藤森さんの「チャラ男」で再ブレイクしつつ、中田さんは自分たちの失敗談を「しくじり先生」でオープンにした。プレゼンテーション芸がウケた中田さんは、YouTube開始半年でチャンネル登録者数100万人を突破しました。そしてオリラジの楽曲「PERFECT HUMAN」が大ヒットへ。これは、オリラジ本来の強みといえる「武勇伝」を刷新して活かしたもの。
彼らは低迷しても大炎上しても、現状を分析し、そのたびに盛り返してきた。まさにチームレジリエンスを体現した事例といえるでしょう。
旅客機のチームのように失敗が致命的な場合は、事前の備えが欠かせない。一方で、炎上のように予測ができず後でカバーすべき場合は、いかに視点を転換してピボットするか、あるいは過去に積み上げてきた資産を活かすかが重要になります。
著書では「レジリエンスの4つの戦略」というマトリクスを紹介しています。困難を「活かす―あしらう」の観点と、困難に「すばやく―ゆっくり」対処するという観点によって、「スーパーボール/バネ型」「風船型」「起き上がりこぼし型」「柳型」というふうにレジリエンス戦略を4種類に分類しています。
その中で、オリラジは、困難を活かしすばやく対処する「スーパーボール/バネ型」のレジリエンス戦略を体現しているのです。
『チームレジリエンス』より「レジリエンスの4つの戦略」
属性も価値観もバラバラ。メンバーのコミットメントを高めるためには?
──プロジェクトベースの業務が増え、メンバーの属性や価値観が多様化しています。そんな中、「チームレジリエンス発揮の3ステップ」の「課題を定めて対処する」というステップは、難しいのではと感じました。成長意欲もチームへの帰属意識も異なる中で、リーダーはこうした状況をどう乗り越えたらいいのでしょうか。
池田 業務形態も価値観もさまざまで、チームとして一体感を持ちにくい状況はたしかに増えていますね。そんなときは、チームの目標は何か、それが自身のキャリアとどうつながっているか、共通認識を確かめる機会を設けることをおすすめします。ミーティングの一部でもかまいません。すると、チームへの関わり方が小さいメンバーも、「この業務は自分のためにもなる」と思えて、チームに尽くそうという意欲が湧くと思います。
安斎 どんなチームでも、コアメンバーとその周辺のアクティブメンバー、そしてさらにその周りに関わりがゆるやかなメンバーがいます。課題を定める際に必ずしも全員がフル参加する必要はなくて、リーダーとサブリーダーで設定した課題に対し、他のメンバーから意見を募る、という形でもいいかもしれない。大事なのはリーダー一人で独裁的に決めずに、他者の視点を取り入れること。
また、周辺的なメンバーにもコミットしてもらうためには、自分のフィードバックが何かしらチーム運営に影響を与えた成功体験が必要になります。「あのときの意見が反映されている」といった状況をつくることが、個々のコミットメントを高めることにつながると思います。
「リセットするか、頑なに遂行するか?」、二択から脱却する「訂正の力」
──チームレジリエンスを高めるためにおすすめの書籍は何ですか。
池田 チームレジリエンスを発揮するためには、リーダーがファシリテーションの力を身につけ、多様なメンバーの意見を引き出す必要があります。そこでおすすめなのが、安斎さんの著書『問いかけの作法』。困難を乗り越えた後にうまく振り返るための「問いかけ」や「ファシリテーション」を学べる一冊です。
またメンバーのエンパワーメントに困っている方には、全員でリーダーシップを発揮していく「シェアド・リーダーシップ」の重要性と、その実現方法を解説した『リーダーシップ・シフト』がおすすめです。
安斎 東浩紀さんの『訂正する力』は、チームレジリエンスを発揮するうえで、困難をどう再解釈するかが学べるおすすめの本です。日本人は一般的に、戦略がうまくいかなくなると、全部リセットするか、頑なに遂行するかの二択に陥りがち。そこでこの本は、蓄積されてきた過去を「再解釈」し、その良さを現在に活かすための哲学が必要だと説きます。
この考え方は、僕が大企業の商品開発やイノベーションのプロジェクトに携わる際に大事にしている点とも共通しています、参加者のアイスブレイクでは、「まずはこれまでのボツネタを出そう」と呼びかけるんです。「これは通らないだろうな」というボツネタを、壁に大量に貼っておく。すると、プロジェクトが進むにつれ、議論の文脈を共有したうえで、そのボツネタが活きる場面が出てきます。
本当はやりたかったけれど我慢していた案を、「熱量の資源」として共有し、保存しておく。すると過去のボツネタも、いつでも訂正して、再解釈できると思えるようになるのです。
また、自著ですが『パラドックス思考』は、『チームレジリエンス』とセットで読んでいただきたい一冊です。リーダーは数多くの矛盾に直面しますが、白黒はっきりつけようとせず、柔軟に対処することが必要になってくる。そうした矛盾から新しい道を探るプロセスを学ぶうえで役立てていただけたら嬉しいです。
最後に、二人からのおすすめが、中原翔さんの『組織不正はいつも正しい』です。組織不正を行わない方が得策なのに、組織不正に手を染めてしまう企業が少なくないのはなぜなのか。経営学者の著者は、燃費不正、不正会計などの事例をもとに、組織をめぐる「正しさ」について考察しています。
興味深いのは、ある人が小さな正義感を振りかざしたことが組織としてのエラーにつながり、まさにサブタイトルの「ソーシャルアバランチ(社会的雪崩)」を生むという点です。こうした組織のメカニズムを知り、正論をいったん留保して話し合おう、という本なので、ぜひ読んでいただきたいですね。
『問いかけの作法』
著者:安斎勇樹
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
要約を読む
『訂正する力』
著者:東浩紀
出版社:朝日新聞出版
要約を読む
『パラドックス思考』
著者:舘野泰一、安斎勇樹
出版社:ダイヤモンド社
要約を読む
『チームレジリエンス』
著者:池田めぐみ、安斎勇樹
出版社:日本能率協会マネジメントセンター
要約を読む
池田めぐみ(いけだ めぐみ)
筑波大学 ビジネスサイエンス系 助教
株式会社MIMIGURIリサーチャー
東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。東京大学大学院情報学環 特任研究員、東京大学 社会科学研究所附属 社会調査・データアーカイブ研究センター 助教を経て2024年4月より現職。主な研究テーマは、職場のレジリエンス、若手従業員の育成。分担執筆として関わった書籍に『活躍する若手社員をどう育てるか』(慶應義塾大学出版会)、『ジョブ・クラフティング:仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』(白桃書房) など。
安斎勇樹(あんざい ゆうき)
株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO
東京大学大学院 情報学環 客員研究員
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論について探究している。主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『パラドックス思考』(共著・ダイヤモンド社)など。
◇ ◇ ◇
flier編集部
本の要約サービス「flier(フライヤー)」は、「書店に並ぶ本の数が多すぎて、何を読めば良いか分からない」「立ち読みをしたり、書評を読んだりしただけでは、どんな内容の本なのか十分につかめない」というビジネスパーソンの悩みに答え、ビジネス書の新刊や話題のベストセラー、名著の要約を1冊10分で読める形で提供しているサービスです。
通勤時や休憩時間といったスキマ時間を有効活用し、効率良くビジネスのヒントやスキル、教養を身につけたいビジネスパーソンに利用されており、社員教育の一環として法人契約する企業も増えています。
このほか、オンライン読書コミュニティ「flier book labo」の運営など、フライヤーはビジネスパーソンの学びを応援しています。
『チームレジリエンス』より「レジリエンスの4つの戦略」
<挫折や苦境を乗り越えて前進する力「レジリエンス」の重要性は認識されつつあるが、現代の職場においては組織全体の「チームレジリエンス」が不可欠に>
理不尽なクレーム、業績不安、SNSの炎上、ギスギスした人間関係──。これらに無関係でいられるチームは少ないでしょう。多くのチームは、次々に困難に直面し、疲弊しています。
チームに降りかかる困難に対処し、困難から学び、次なる困難の被害を最小化する。その力やプロセスが「チームレジリエンス」です。チームレジリエンスがなぜ大事なのか? どうすれば高められるのか? これらを解説したのが、筑波大学ビジネスサイエンス系助教の池田めぐみさんと、株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEOの安斎勇樹さんの共著『チームレジリエンス』(日本能率協会マネジメントセンター)です。変化にしなやかなチームになるための方法をお聞きします。
(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)
悩める新人マネジャーのチーム運営に役立ててほしい
──まずは、お二人が『チームレジリエンス』を執筆された背景を教えていただけますか。
池田めぐみさん(以下、池田) 私はもともと学習環境デザインを専門とする研究室で、キャリア開発の研究をしていました。キャリア開発では、「目標を決めて、そこに向けたプランを考える」ことが主流な実践でした。私も、「研究者になりたい」という目標を持っていたのですが、当時は教官から「このままだと進学できるかわからない」といわれ、進路に悩みました。「いくら目標を決めても、夢が叶うとは限らないのでは」と疑問を持ったのです。
そんな折に知ったのが「レジリエンス」という概念。レジリエンスとは、挫折を乗り越えたり、苦境に陥っても前向きに進んだりする力のこと。レジリエンスを高める方法の研究をすれば、私のように困難な状況で苦しんでいる人の力になれるのではないか? そう思い、個人のレジリエンスに関する研究を始めました。
著書でチームのレジリエンスに焦点を当てたのは、社会人として活躍する同期がチーム運営で壁にぶつかっていたからです。チームレジリエンスとは、チームが困難から回復したり、成長したりするための能力やプロセスのこと。これをどう発揮するかを本にまとめることで、周囲の悩める新人マネジャーたちのチーム運営に役立ててほしいと思いました。
『チームレジリエンス』
著者:池田めぐみ、安斎勇樹
出版社:日本能率協会マネジメントセンター
要約を読む
安斎勇樹さん(以下、安斎) これまで多くの経営層やミドルマネジャー向けに組織開発や研修を担当させていただきましたが、リーダー職に就く人は、レジリエンスが強く、そう簡単には心が折れない方が多い。しかし、責任の重さと孤独さゆえに、事業が低迷すると、どんなに人格者でも思考がダークサイドに落ちていって、うまくいかない理由をメンバーや顧客など「他人」のせいにしてしまうことがある。これって実は、リーダーが極度のストレスから自己防衛するための「個人のレジリエンス」の裏返しなんですよ。
そこで気づいたのは、リーダーの心が折れないことと同じくらい、組織が崩壊しないことも大事ということです。レジリエンスの概念を、個人からチームや組織に拡張する必要性を感じていたところ、海外ではチームのレジリエンスに関する研究論文が少しずつ出てきていました。ところが、論文の数は50本程度とまだまだ少なく、日本語の情報はほとんどない。そこでまずは、チームレジリエンスの概念を日本語の書籍で提示しようと、池田さんと共著を書くに至りました。
──チームレジリエンスが現代の職場において必須である背景について教えてください。
池田 いまは不確実性の時代といわれますが、その本質は「未来のわからなさ」と「現在のわからなさ」にあります。解決すべき問題の輪郭がつかめず、焦りや閉塞感が募っていく。
人間には、「仕事量が多い」といった明確なストレスよりも、「これからどうなるかわからない」という予測不可能なストレスのほうを強く感じる特性があります。現在の職場では、いきなり顧客から理不尽なクレームがくる、エースが離脱するといった、後者のストレスが急増しているのです。もはやリーダー一人で抱えこめるレベルではなく、チームとして困難を乗り越える力がますます重要になっていると捉えています。
途方もない「モグラ叩き」に、チームとしてどう対処するか?
──レジリエンスは成長も内包すると書かれていました。なぜ、困難に立ち向かう過程が成長の糧になるのでしょうか。
池田 レジリエンスの発揮では、3つのステップを経ていきます。ステップ1は「課題を定めて対処する」、ステップ2は「困難から学ぶ」、そしてステップ3は「被害を最小化する」。これらをくり返すことで、困難を避ける対策を打てる。さらには、メンバー同士の対話を通じて、互いの価値観や最適な業務アサインがわかり、チームとして成長していけるのです。
安斎 経営の不確実性が高まる中、経営層は孤独で疲弊し、現場のメンバーも疲弊しています。その間に挟まれ、多くの矛盾にさらされているのが中間管理職です。対処すべき課題が増大して、個々人がバラバラにモグラ叩き(課題に対応したそばから別の課題が発生する)に明け暮れてしまっています。
大事なのは、「ゲームのルールを見直すほうがいいんじゃないか?」などと、チームで立ち止まって考えられるかどうか。すると、チームの役割分担や情報共有の仕組みを見直さないといけない、などとチームの学習が進んでいく。レジリエンスの高いチームは、このように振り返りをして再現可能な教訓を言語化するので、必然的に成長を経験していくのです。
池田めぐみさんと安斎勇樹さん(flier提供)
オリエンタルラジオは、なぜ、何度叩かれても這い上がれるのか?
──チームレジリエンスを発揮した事例としてお二人が注目しているものは何ですか。
池田 2024年1月2日に起きた日本航空516便衝突炎上事故で、炎上する機体から乗員乗客379人がわずか18分で全員脱出しました。この奇跡の救出劇を支えたCA(客室乗務員)たちの避難誘導は、まさにチームレジリエンスを発揮した好事例だと考えています。
この脱出を支えた一因が「90秒ルール」です。旅客機の乗員は年に一度、90秒以内の避難誘導を訓練します。つまり、「被害を最小化する」ステップとして事故が起きたときの動き方をしっかりトレーニングしていた。このことが、CAたちの迅速かつ冷静な判断を支え、乗客の安全確保につながったのではないでしょうか。
このように、困難を完全に避けられなくても、充分な備えによって困難に対処しやすくなるのです。
安斎 企業以外の事例で注目しているのが、お笑いコンビの「オリエンタルラジオ(以下オリラジ)」です(笑)。
芸人やインフルエンサーは、一躍有名になったかと思えば、その波が一気に引いていってしまうもの。オリラジの場合、藤森さんと中田さんは「武勇伝」ネタで一世を風靡するものの、冠番組の終了とともに人気が低迷してしまいます。ところが、藤森さんの「チャラ男」で再ブレイクしつつ、中田さんは自分たちの失敗談を「しくじり先生」でオープンにした。プレゼンテーション芸がウケた中田さんは、YouTube開始半年でチャンネル登録者数100万人を突破しました。そしてオリラジの楽曲「PERFECT HUMAN」が大ヒットへ。これは、オリラジ本来の強みといえる「武勇伝」を刷新して活かしたもの。
彼らは低迷しても大炎上しても、現状を分析し、そのたびに盛り返してきた。まさにチームレジリエンスを体現した事例といえるでしょう。
旅客機のチームのように失敗が致命的な場合は、事前の備えが欠かせない。一方で、炎上のように予測ができず後でカバーすべき場合は、いかに視点を転換してピボットするか、あるいは過去に積み上げてきた資産を活かすかが重要になります。
著書では「レジリエンスの4つの戦略」というマトリクスを紹介しています。困難を「活かす―あしらう」の観点と、困難に「すばやく―ゆっくり」対処するという観点によって、「スーパーボール/バネ型」「風船型」「起き上がりこぼし型」「柳型」というふうにレジリエンス戦略を4種類に分類しています。
その中で、オリラジは、困難を活かしすばやく対処する「スーパーボール/バネ型」のレジリエンス戦略を体現しているのです。
『チームレジリエンス』より「レジリエンスの4つの戦略」
属性も価値観もバラバラ。メンバーのコミットメントを高めるためには?
──プロジェクトベースの業務が増え、メンバーの属性や価値観が多様化しています。そんな中、「チームレジリエンス発揮の3ステップ」の「課題を定めて対処する」というステップは、難しいのではと感じました。成長意欲もチームへの帰属意識も異なる中で、リーダーはこうした状況をどう乗り越えたらいいのでしょうか。
池田 業務形態も価値観もさまざまで、チームとして一体感を持ちにくい状況はたしかに増えていますね。そんなときは、チームの目標は何か、それが自身のキャリアとどうつながっているか、共通認識を確かめる機会を設けることをおすすめします。ミーティングの一部でもかまいません。すると、チームへの関わり方が小さいメンバーも、「この業務は自分のためにもなる」と思えて、チームに尽くそうという意欲が湧くと思います。
安斎 どんなチームでも、コアメンバーとその周辺のアクティブメンバー、そしてさらにその周りに関わりがゆるやかなメンバーがいます。課題を定める際に必ずしも全員がフル参加する必要はなくて、リーダーとサブリーダーで設定した課題に対し、他のメンバーから意見を募る、という形でもいいかもしれない。大事なのはリーダー一人で独裁的に決めずに、他者の視点を取り入れること。
また、周辺的なメンバーにもコミットしてもらうためには、自分のフィードバックが何かしらチーム運営に影響を与えた成功体験が必要になります。「あのときの意見が反映されている」といった状況をつくることが、個々のコミットメントを高めることにつながると思います。
「リセットするか、頑なに遂行するか?」、二択から脱却する「訂正の力」
──チームレジリエンスを高めるためにおすすめの書籍は何ですか。
池田 チームレジリエンスを発揮するためには、リーダーがファシリテーションの力を身につけ、多様なメンバーの意見を引き出す必要があります。そこでおすすめなのが、安斎さんの著書『問いかけの作法』。困難を乗り越えた後にうまく振り返るための「問いかけ」や「ファシリテーション」を学べる一冊です。
またメンバーのエンパワーメントに困っている方には、全員でリーダーシップを発揮していく「シェアド・リーダーシップ」の重要性と、その実現方法を解説した『リーダーシップ・シフト』がおすすめです。
安斎 東浩紀さんの『訂正する力』は、チームレジリエンスを発揮するうえで、困難をどう再解釈するかが学べるおすすめの本です。日本人は一般的に、戦略がうまくいかなくなると、全部リセットするか、頑なに遂行するかの二択に陥りがち。そこでこの本は、蓄積されてきた過去を「再解釈」し、その良さを現在に活かすための哲学が必要だと説きます。
この考え方は、僕が大企業の商品開発やイノベーションのプロジェクトに携わる際に大事にしている点とも共通しています、参加者のアイスブレイクでは、「まずはこれまでのボツネタを出そう」と呼びかけるんです。「これは通らないだろうな」というボツネタを、壁に大量に貼っておく。すると、プロジェクトが進むにつれ、議論の文脈を共有したうえで、そのボツネタが活きる場面が出てきます。
本当はやりたかったけれど我慢していた案を、「熱量の資源」として共有し、保存しておく。すると過去のボツネタも、いつでも訂正して、再解釈できると思えるようになるのです。
また、自著ですが『パラドックス思考』は、『チームレジリエンス』とセットで読んでいただきたい一冊です。リーダーは数多くの矛盾に直面しますが、白黒はっきりつけようとせず、柔軟に対処することが必要になってくる。そうした矛盾から新しい道を探るプロセスを学ぶうえで役立てていただけたら嬉しいです。
最後に、二人からのおすすめが、中原翔さんの『組織不正はいつも正しい』です。組織不正を行わない方が得策なのに、組織不正に手を染めてしまう企業が少なくないのはなぜなのか。経営学者の著者は、燃費不正、不正会計などの事例をもとに、組織をめぐる「正しさ」について考察しています。
興味深いのは、ある人が小さな正義感を振りかざしたことが組織としてのエラーにつながり、まさにサブタイトルの「ソーシャルアバランチ(社会的雪崩)」を生むという点です。こうした組織のメカニズムを知り、正論をいったん留保して話し合おう、という本なので、ぜひ読んでいただきたいですね。
『問いかけの作法』
著者:安斎勇樹
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
要約を読む
『訂正する力』
著者:東浩紀
出版社:朝日新聞出版
要約を読む
『パラドックス思考』
著者:舘野泰一、安斎勇樹
出版社:ダイヤモンド社
要約を読む
『チームレジリエンス』
著者:池田めぐみ、安斎勇樹
出版社:日本能率協会マネジメントセンター
要約を読む
池田めぐみ(いけだ めぐみ)
筑波大学 ビジネスサイエンス系 助教
株式会社MIMIGURIリサーチャー
東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。東京大学大学院情報学環 特任研究員、東京大学 社会科学研究所附属 社会調査・データアーカイブ研究センター 助教を経て2024年4月より現職。主な研究テーマは、職場のレジリエンス、若手従業員の育成。分担執筆として関わった書籍に『活躍する若手社員をどう育てるか』(慶應義塾大学出版会)、『ジョブ・クラフティング:仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』(白桃書房) など。
安斎勇樹(あんざい ゆうき)
株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO
東京大学大学院 情報学環 客員研究員
1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論について探究している。主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)、『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『パラドックス思考』(共著・ダイヤモンド社)など。
◇ ◇ ◇
flier編集部
本の要約サービス「flier(フライヤー)」は、「書店に並ぶ本の数が多すぎて、何を読めば良いか分からない」「立ち読みをしたり、書評を読んだりしただけでは、どんな内容の本なのか十分につかめない」というビジネスパーソンの悩みに答え、ビジネス書の新刊や話題のベストセラー、名著の要約を1冊10分で読める形で提供しているサービスです。
通勤時や休憩時間といったスキマ時間を有効活用し、効率良くビジネスのヒントやスキル、教養を身につけたいビジネスパーソンに利用されており、社員教育の一環として法人契約する企業も増えています。
このほか、オンライン読書コミュニティ「flier book labo」の運営など、フライヤーはビジネスパーソンの学びを応援しています。
『チームレジリエンス』より「レジリエンスの4つの戦略」