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中東欧が「プーチン支持」に傾くのはなぜか?...世界秩序を揺るがす空想の「ソ連圏への郷愁」と「国民の不安」

ニューズウィーク日本版 2024年9月10日 14時31分

ステファン・ウルフ(英バーミンガム大学教授〔国際安全保障〕)
<ドイツ東部からスロバキア、ハンガリー、アゼルバイジャン、ロシアと戦火を交えたジョージアまで──なぜ、「ロシア寄り」の極右や極左が躍進しているのか>

ロシアがウクライナで都市部への空爆を続け、東部ドンバス地方の前線で進軍するなか、9月1日にドイツの東部2州で州議会選挙が行われ、極右と極左の政党が躍進した。

とりわけ憂慮されるのは、両党がウクライナ支援に反対し、ロシア寄りの立場を取っていることだ。

極右「ドイツのための選択肢(AfD)」も左派の新党「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)」も、ロシアを挑発したとして西側諸国に責任を転嫁し、ロシアとの全面的な軍事衝突を恐れる国民感情に付け込んでいる。

こうした見解や極右・極左政党の躍進はドイツ東部に限った話ではない。1989年までソ連の支配下にあった他の中東欧諸国でも同様の機運が高まり、特に顕著なのがEUとNATOの加盟国であるスロバキアとハンガリーだ。

アゼルバイジャンやジョージアなどの旧ソ連構成国でも、状況は同じ。不安と鬱憤と郷愁が入り交じった独特の国民感情を背景とするこの流れはソ連圏の復活を意味するものではないが、少なくとも中東欧の一部でイデオロギー的な結束が強まっていることを示唆する。

ハンガリーのオルバン首相は親プーチン派の代表格。今年7月にはモスクワを訪れ握手を交わした VALERIY SHARIFULINーSPUTNIKーPOOLーREUTERS

ハンガリーで親ロ派の代表格といえばポピュリストのオルバン・ビクトル首相だ。オルバンは80年代後半〜90年代初頭にかけて自由民主主義の理想に燃えていたが、2010年に首相に就任し、自身と国家の右傾化を進めてきた。

民主主義と法の支配を損なっているとして、欧州委員会と欧州議会はオルバンを非難。今年6月には難民の受け入れと保護を定めた取り決めに意図的に反したとの理由で、欧州司法裁判所はハンガリーに2億ユーロの制裁金を科した。

だが勢いは止まらない。オルバンは22年に連続4期目の当選を果たし、ロシア寄りの姿勢を強化。

ウクライナ侵攻開始以来、EUおよびNATO加盟国の首脳として初めて23年10月にロシアのウラジーミル・プーチン大統領と北京で握手を交わした。今年7月にハンガリーがEUの輪番議長国になった数日後にも、モスクワで握手した。

プーチンに擦り寄る国

23年に首相の座に返り咲いたスロバキアのロベルト・フィツォも、親ロシア・反ウクライナの立場を取る。

フィツォは左派のポピュリストで、今年1月のキーウ訪問以来ウクライナへの強硬姿勢を和らげた。だが4月の大統領選ではロシア寄りのペテル・ペレグリニが当選し、国民に親ロ感情が広がっていることを浮き彫りにした。

EUやNATOの外にもプーチンに擦り寄る指導者はいる。03年からアゼルバイジャンに君臨するイルハム・アリエフ大統領は今年4月にモスクワを訪問し、8月には首都バクーにプーチンを迎えた。

22年2月のウクライナ侵攻以来、アゼルバイジャンはロシアにとって重要な役割を果たし、西側の制裁を迂回する形で貿易回廊へのアクセスを提供してきた。アゼルバイジャンを経由しロシアとイランをつなぐ国際南北輸送回廊(INSTC)もその1つだ。

8月のプーチン訪問の翌日には、BRICSへの加盟を申請した。また7月には中国が主導しロシアも加盟する国家連合、上海協力機構(SCO)にオブザーバー国としての参加を申請し、正式加盟に一歩近づいた。

6月、ベルリンでウクライナ復興会議に出席したジョージアのイラクリ・コバヒゼ首相も、ロシア寄りの姿勢を鮮明に  ANNEGRET HILSEーREUTERS

そしてジョージア。かつて民主主義再生の象徴とされたこの国も、徐々にロシア寄りの独裁国家へと後戻りしている。08年にロシアと戦火を交えたにもかかわらず、与党「ジョージアの夢」の下で10年以上ロシアとの関係を修復してきた。

表向き、EU加盟は今もジョージアの悲願だ。23年12月には欧州理事会が、ジョージアに加盟候補国の地位を付与した。だが政府が国民とEUの抗議を無視して「外国エージェント法」の成立を強行した今年5月以来、EUとの関係は著しく冷え込んでいる。

「外国エージェント法」はロシアの法律を手本に、外国から20%以上の資金援助を受けるメディアやNGOに登録を義務付ける。EU寄りの団体の活動を抑圧する道具として、政府は重宝するだろう。

「空想のソ連圏」への郷愁

残酷な侵略戦争が2年半以上も続く状況で、侵略者のロシアがいま再び共感を呼ぶのはウクライナにも同盟国にとっても由々しき事態だ。

ドイツ東部、スロバキア、ハンガリー、アゼルバイジャン、ジョージアにおける権威主義の高まりはウクライナ侵攻が発端ではないが、ウクライナ侵攻の結果としてエスカレートしたのは間違いない。

これを推し進める指導者は国民感情に付け込み、世論を慎重に誘導する。そうした感情の1つは、ロシアとの戦争に引きずり込まれるのではないかという根強い不安だ。コロナ禍の影響やウクライナ侵攻が引き金となった物価高への対応をしくじった政府への恨みもある。

今年7月、ロシアが攻勢を強める東部の要衝チャシブヤールで訓練を行うウクライナ軍 ETHAN SWOPEーANADOLU/GETTY IMAGES

またソ連時代の保守的で強い指導者たちが強要した「秩序」とその後のリベラルな「混乱」を比べ、空想のソ連圏に郷愁を覚える人もいる。

一方、昨年チェコではNATO出身のペトル・パベルが大統領に就任し、ポーランド総選挙では反EU政権が敗北。旧ソ連圏で起きている民主主義の退行に歯止めをかけ、逆転させられる可能性を示した。

同様に、ロシア主導の軍事同盟である集団安全保障条約機構から今年6月にアルメニアが脱退を明言したことは、地政学的同盟関係が不動でないことを教えてくれる。

こうした変化は全て世界において安全保障の秩序が揺らいでいることを示唆する。ウクライナでの戦争がいつどのような形で終わるかが、新秩序の在り方を決めるだろう。

しかしながら左右両方のポピュリスト政党が同時に台頭し、独裁政権がロシアとイデオロギーで連帯する現状は強い警告を発している。この戦争に勝者がいるかどうかは分からない。だが誰が勝利するにせよ、自由主義的な秩序の再構築は決して保証されていないのだ。

Stefan Wolff, Professor of International Security, University of Birmingham

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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