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岸田から次期総裁への置き土産「憲法改正」は総選挙に向けた「裏金問題」隠しか

ニューズウィーク日本版 2024年9月11日 13時53分

藤崎剛人
<政治資金問題は何一つ解決していないにも関わらず、自民党総裁選への出馬ラッシュが始まってから、自民党の支持率は回復傾向にある。メディアで毎日主要候補のアピールが報道されるからだ。総選挙でも同じく裏金問題は「憲法改正」論議にかき消されるのではないか>

9月2日、自民党の憲法改正実現本部は、憲法改正に関して自衛隊の明記や「緊急政令」の制定などの論点整理を取りまとめた。既に退任が決まっている岸田総理は、同本部の会合で、次期総裁下での改正の実現に期待を寄せた。自民党総裁選レースが話題を集める中で、自民党はにわかに憲法改正に向けての動きを加速させている。自民党は、総裁選後に予定されている総選挙の争点を、憲法改正にしようとしている可能性が強まってきた。

8月7日、岸田首相は自民党の憲法改正実現本部に対して、憲法への自衛隊明記と緊急事態条項設立についての論点を取りまとめるように指示した。緊急事態条項については、自民党によれば、「大地震その他の異常かつ大規模な災害、武力攻撃、テロ・内乱、感染症まん延等」の「緊急事態」において、国会の立法を待つ余裕がないとき、内閣が法律と同等の「緊急政令」を制定することができるというものだ。



総選挙の大義名分化

このニュースは世間を驚かせた。というのも、この論点は、これまで改憲に積極的な各党と行なってきた議論の積み重ねを無視したものだったからだ。これまで自民党は、与党の公明党や、改憲に積極的な野党である日本維新の会や国民民主党などと憲法改正の話し合いを行ってきており、とりあえず緊急事態における衆議院議員の任期延長について取り組むことで一致していた。ここで新たに自衛隊明記と「緊急政令」の制定を改憲項目として提示するのは、この積み重ねを白紙にするものだ。

なぜ岸田首相は急に改憲に前向きになったのか。当初は、自身の総裁選勝利のため保守層を味方につけるためだと目されていた。しかし周知のように8月14日に岸田首相は次期総裁選への出馬を辞退することを宣言する。それにもかかわらず、同じ会見で、憲法改正についてはなお次期総裁への期待を示した。岸田首相は、来るべき総選挙を見据えて憲法改正に前向きになっているのではないか。

選挙には争点が必要だ。岸田首相は自身が辞める前に、新総裁のために、自身が争点化するはずだった憲法改正という置き土産を残していったのだ。

しかし来るべき総選挙の争点は、普通に考えれば自民党の裏金問題だろう。岸田首相が事実上の辞任に追い込まれた原因であるし、自民党の内部調査と処分、さらに政治資金をめぐる改革が、まったく不十分なまま今国会が終了してしまったことについて世論の不満が大きいことは、各種調査で明らかになっている。

自民党の総裁選候補者たちが、この政治資金改革についてどこまで徹底できるかは不透明だ。自民党は「THE MATCH」という総裁選を宣伝するポスターを作成した。「日本の未来と「マッチング」する新しいリーダーは誰なのか?」という意図でつくられているが、そのデザインでは安倍元首相を中心に据えるなど、これまでの自民党の刷新というより継続を印象付けようとしている。お笑い芸人のプチ鹿島氏も述べる通り、自民党は「刷新感」は出したいが「刷新」はしたくないようにみえる。



総裁選の候補者では、小林鷹之前経済安保相のように、安倍派議員の要職起用を主張している人物もいる。一方、これまで組織的な裏金形成はなかったとされてきた麻生派で裏金がつくられていたことが最近発覚したこともあり、小泉進次郎氏のように、政策活動費の廃止や旧文通費の透明化に言及する候補も出てきている。

総選挙の大義名分化

しかし、このタイミングで政治資金改革について述べ出した総裁候補たちを本当に信用できるのか。小泉進次郎元環境相は裏金議員の公認について「厳正に判断」すると述べたが、歯切れが悪い。そもそも自民党が裏金議員だと認めた人数は報道よりも少なく、処分相当だとみなされた人数は更にそれよりも少ない。この判断を覆して、100人近くの議員を非公認にすることは現実的ではない。

総選挙になれば、野党勢力は政治資金パーティーの禁止などより強い政策を掲げてこの問題を追及することになることは確実だ。もし裏金問題が主要争点化すれば、誰が総裁になっても守勢を強いられることは明らかだ。どう弁明したところで、裏金議員を公認しているじゃないか、ということになるからだ。自民党としては、それは避けたいはずだ。

事実上の総裁選が始まって以降、自民党の支持率は回復傾向にある。その理由はメディアで毎日主要候補の報道がなされることで「総裁選ジャック」が生じているからだという。

政治資金問題では歯切れの悪い言葉しか紡げない総裁選候補者たちが、生き生きと語っているのが、憲法改正への意欲だ。小泉氏は戦後初めての憲法改正の国民投票の実現を目指し、小林鷹之氏は憲法改正は亡き安倍氏の悲願の実現だと述べる。他の候補者も、石破茂元自民党幹事長や高市早苗総務相は元々改憲論者で知られていおり、茂木敏充・林芳正・河野太郎各氏も、任期中の発議を目指すという。つまり誰が総裁になろうと、これは変わらない。近いうちに行われる総選挙の争点に憲法改正を掲げる準備は既に出来ているのだ。

自民党の総裁選で主張される争点などあってないようなものだというのは、「分配なくして成長なし」を掲げて支持を集めた岸田首相が、その後まったく逆の「成長なくして分配なし」を唱えたことからも明らだ。しかし憲法改正については様相が異なる。自民党全体がそれを推しているからだ。



総選挙の争点は憲法改正だと新首相が宣言し、メディアがそれを報道する。そして政治資金改革など他の論点が後景化する「憲法改正ジャック」が行われる可能性について、警戒が必要なのではないか。

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