ヘスス・メサニ
<トランプ前大統領の命を狙ったとされる2人の容疑者、ラウスとクルックス。その動機と背景には何があったのか>
この夏、ドナルド・トランプ前大統領の暗殺を試みたとされる2人の男性は、異なる世代であり、動機は不明確で、政治的な支持も異なるように見える。
彼らに共通していたのは、トランプを殺そうとする明らかな意図以外にはほとんどなかった。唯一と言ってもいい共通点は、2人とも民主党系の資金調達団体である「アクトブルー」を通じて小額の寄付をしていたことだ。「アクトブルー」は2004年の設立以来、進歩的な事業や政治家のために150億ドル以上を集めてきた民主党寄りの資金調達の大手である。
ライアン・ラウス容疑者について分かっていること
ライアン・ウェズリー・ラウス容疑者 via REUTERS
ライアン・ウェズリー・ラウス容疑者(58)は9月15日、ドナルド・トランプ前大統領の暗殺をはかったとして逮捕された。過去にマスコミ数社の取材に応じたことがあり、その内容にラウスの性格や動機の一端が表れている。
ネット上ではハワイのホームレスのための住宅を建設し、ウクライナを支援するため義勇兵の採用を試みたと自己紹介していた。トランプに対しては、当初は支持を表明しながら次第に苛立ちを募らせるようになり、トランプ殺害をイランに促したことさえあった。
住所はハワイとされているが、大人になってからはほとんどノースカロライナ州グリーンズボロに住んでいたらしく、同地で何度も警察沙汰を引き起こしていた。2002年には「完全自動小銃」所持の重罪で有罪を言い渡され、2010年にも窃盗で重罪に問われている。武器を隠しての携帯、スピード違反、免許を取り消された状態での運転といった軽罪などの前歴もある。
16日に裁判所に出廷したラウスは、約3000ドルの月収はあるが蓄えはなく、ホノルルで所持しているのはトラック2台のみで、25歳の息子を養うこともあると打ち明けた。
動機については当局が捜査を続けているが、ネットの投稿には政治観の変化や苛立ちが表れている。2023年に自費出版した著書「Ukraine Unwinnable War」ではロシアと戦うウクライナに強い支持を表明し、イランにトランプの暗殺を促し、トランプを「馬鹿」「道化」と呼び、1月6日の議会襲撃やイラン核合意離脱に関してトランプを批判していた。
政治的には自身を無党派と位置付けていた。有権者登録記録によると、2012年にノースカロライナ州で「無党派」として登録され、今年は同州の民主党予備選で投票していた。
言葉を越える行動もあった。ウクライナへは戦争が始まって以来、数回にわたって渡航し、ウクライナ多国籍軍団の義勇兵を採用していると主張。これがマスコミに注目されてアメリカの新聞社などから取材を受けた。
だが、多国籍軍団の元義勇兵は本誌の取材に対し、ラウスは「妄想家」で「嘘つき」だったと話している。
ラウスは2016年の大統領選でトランプに投票したことを激しく後悔していた様子で、後にトランプを「無能な子供」と形容した。トランプに対する見方を変えてからは民主党のみに寄付するようになり、民主党の資金集め団体「アクトブルー」を通じて計19回、総額140ドルを寄付していた。1回当たりの額は1ドル~25ドルだった。
考え方を変えるまでは共和党を支持しており、2015年はジョン・ケーシック、2007年にはジョン・マケインに寄付。それ以前にもケーシックやギャリー・バウアーに寄付していた。
トーマス・クルックス容疑者について分かっていること
トーマス・クルックス容疑者を追悼する男性 REUTERS
ペンシルベニア州のトーマス・クルックス(20)は7月13日、同州バトラーの集会で演説していたトランプを銃撃し、シークレットサービス(大統領警護隊)に射殺された。政治的背景はあまり一貫性がなく、まだ捜査で解明できていないことも多い。
ラウスがXでウクライナ支持を鮮明にし、トランプに対して募る反感を示すなどSNSで存在感を放っていたのとは対照的に、クルックスがSNSで活動していた形跡はほとんどなかった。右派のSNS「Gab」によれば、「バイデン大統領支持」の投稿に使われていたアカウントの持ち主はクルックスだった可能性がある。
米連邦捜査局(FBI)によると、クルックスにつながる別のSNSアカウントも見つかった。ここでは「反ユダヤ」のトピックが共有されていたといい、ネット上の限られたクルックスの足取りは「思想が入り混じった」状態だったとFBIは指摘する。
動機の解明は難航した。クルックスは共和党として有権者登録する一方で、アクトブルーにも寄付していた。クルックスの住所と一致するFECの記録によると、寄付はバイデン大統領の就任式当日の1回のみで、金額は15ドル。この寄付は、Progressive Turnout Project(本拠地シカゴ)の投票促進活動に充てられた。
クルックスは地元の介護施設で働いていて、採用の際の身元調査は問題なく通過した。ペンシルベニア州アレゲニーのコミュニティカレッジでエンジニアリングサイエンスの準学士号を取得して今年卒業したばかりだった。FBIによると、クルックスはトランプとバイデンの両方の集会をネットで検索しており、いずれかの候補に対する明らかな政治的動機というよりは、「偶発的な標的」として自宅近くで予定されていた集会に目を付けた可能性がある。
銃撃に至るまでの数日の間に、クルックスはバトラーの集会の場所のほか、民主党全国大会の日程と場所や、別の政治家に関する情報をネットで検索していた。銃撃の当日には集会場所の写真を検索し、襲撃に使った銃弾を購入した。
クルックスの車からは、簡易爆弾と防弾チョッキ、弾倉、ドローンが見つかった。2カ月たった今も正確な動機は不明だが、FBIは暗殺を狙った銃撃が失敗に終わったと見ている。米当局はクルックス単独の犯行だったと断定し、外国の介入や共謀の痕跡はなかったとしている。
捜査当局は9月16日、再びトランプの命が狙われた事件についても、これまでに調べた限りではラウス単独の犯行だったようだとメディアに語った。
(翻訳:鈴木聖子)
<トランプ前大統領の命を狙ったとされる2人の容疑者、ラウスとクルックス。その動機と背景には何があったのか>
この夏、ドナルド・トランプ前大統領の暗殺を試みたとされる2人の男性は、異なる世代であり、動機は不明確で、政治的な支持も異なるように見える。
彼らに共通していたのは、トランプを殺そうとする明らかな意図以外にはほとんどなかった。唯一と言ってもいい共通点は、2人とも民主党系の資金調達団体である「アクトブルー」を通じて小額の寄付をしていたことだ。「アクトブルー」は2004年の設立以来、進歩的な事業や政治家のために150億ドル以上を集めてきた民主党寄りの資金調達の大手である。
ライアン・ラウス容疑者について分かっていること
ライアン・ウェズリー・ラウス容疑者 via REUTERS
ライアン・ウェズリー・ラウス容疑者(58)は9月15日、ドナルド・トランプ前大統領の暗殺をはかったとして逮捕された。過去にマスコミ数社の取材に応じたことがあり、その内容にラウスの性格や動機の一端が表れている。
ネット上ではハワイのホームレスのための住宅を建設し、ウクライナを支援するため義勇兵の採用を試みたと自己紹介していた。トランプに対しては、当初は支持を表明しながら次第に苛立ちを募らせるようになり、トランプ殺害をイランに促したことさえあった。
住所はハワイとされているが、大人になってからはほとんどノースカロライナ州グリーンズボロに住んでいたらしく、同地で何度も警察沙汰を引き起こしていた。2002年には「完全自動小銃」所持の重罪で有罪を言い渡され、2010年にも窃盗で重罪に問われている。武器を隠しての携帯、スピード違反、免許を取り消された状態での運転といった軽罪などの前歴もある。
16日に裁判所に出廷したラウスは、約3000ドルの月収はあるが蓄えはなく、ホノルルで所持しているのはトラック2台のみで、25歳の息子を養うこともあると打ち明けた。
動機については当局が捜査を続けているが、ネットの投稿には政治観の変化や苛立ちが表れている。2023年に自費出版した著書「Ukraine Unwinnable War」ではロシアと戦うウクライナに強い支持を表明し、イランにトランプの暗殺を促し、トランプを「馬鹿」「道化」と呼び、1月6日の議会襲撃やイラン核合意離脱に関してトランプを批判していた。
政治的には自身を無党派と位置付けていた。有権者登録記録によると、2012年にノースカロライナ州で「無党派」として登録され、今年は同州の民主党予備選で投票していた。
言葉を越える行動もあった。ウクライナへは戦争が始まって以来、数回にわたって渡航し、ウクライナ多国籍軍団の義勇兵を採用していると主張。これがマスコミに注目されてアメリカの新聞社などから取材を受けた。
だが、多国籍軍団の元義勇兵は本誌の取材に対し、ラウスは「妄想家」で「嘘つき」だったと話している。
ラウスは2016年の大統領選でトランプに投票したことを激しく後悔していた様子で、後にトランプを「無能な子供」と形容した。トランプに対する見方を変えてからは民主党のみに寄付するようになり、民主党の資金集め団体「アクトブルー」を通じて計19回、総額140ドルを寄付していた。1回当たりの額は1ドル~25ドルだった。
考え方を変えるまでは共和党を支持しており、2015年はジョン・ケーシック、2007年にはジョン・マケインに寄付。それ以前にもケーシックやギャリー・バウアーに寄付していた。
トーマス・クルックス容疑者について分かっていること
トーマス・クルックス容疑者を追悼する男性 REUTERS
ペンシルベニア州のトーマス・クルックス(20)は7月13日、同州バトラーの集会で演説していたトランプを銃撃し、シークレットサービス(大統領警護隊)に射殺された。政治的背景はあまり一貫性がなく、まだ捜査で解明できていないことも多い。
ラウスがXでウクライナ支持を鮮明にし、トランプに対して募る反感を示すなどSNSで存在感を放っていたのとは対照的に、クルックスがSNSで活動していた形跡はほとんどなかった。右派のSNS「Gab」によれば、「バイデン大統領支持」の投稿に使われていたアカウントの持ち主はクルックスだった可能性がある。
米連邦捜査局(FBI)によると、クルックスにつながる別のSNSアカウントも見つかった。ここでは「反ユダヤ」のトピックが共有されていたといい、ネット上の限られたクルックスの足取りは「思想が入り混じった」状態だったとFBIは指摘する。
動機の解明は難航した。クルックスは共和党として有権者登録する一方で、アクトブルーにも寄付していた。クルックスの住所と一致するFECの記録によると、寄付はバイデン大統領の就任式当日の1回のみで、金額は15ドル。この寄付は、Progressive Turnout Project(本拠地シカゴ)の投票促進活動に充てられた。
クルックスは地元の介護施設で働いていて、採用の際の身元調査は問題なく通過した。ペンシルベニア州アレゲニーのコミュニティカレッジでエンジニアリングサイエンスの準学士号を取得して今年卒業したばかりだった。FBIによると、クルックスはトランプとバイデンの両方の集会をネットで検索しており、いずれかの候補に対する明らかな政治的動機というよりは、「偶発的な標的」として自宅近くで予定されていた集会に目を付けた可能性がある。
銃撃に至るまでの数日の間に、クルックスはバトラーの集会の場所のほか、民主党全国大会の日程と場所や、別の政治家に関する情報をネットで検索していた。銃撃の当日には集会場所の写真を検索し、襲撃に使った銃弾を購入した。
クルックスの車からは、簡易爆弾と防弾チョッキ、弾倉、ドローンが見つかった。2カ月たった今も正確な動機は不明だが、FBIは暗殺を狙った銃撃が失敗に終わったと見ている。米当局はクルックス単独の犯行だったと断定し、外国の介入や共謀の痕跡はなかったとしている。
捜査当局は9月16日、再びトランプの命が狙われた事件についても、これまでに調べた限りではラウス単独の犯行だったようだとメディアに語った。
(翻訳:鈴木聖子)