レイチェル・オング・ビフォージュ(豪カーティン大学経済・金融学教授)
<オーストラリアの歴代政権は、低・中所得層でも手の届く賃貸住宅の供給をおろそかにしてきた>
オーストラリアでは低所得層が前代未聞の住宅危機に見舞われている。安く借りられる住宅が足りないからだ。
理由はいろいろ考えられる。新型コロナウイルスの感染爆発を経験して広い家を欲しがる人が増えた、海外からの移民がまた増えてきた、住宅ローンの金利が上がった、等々。
だが安い賃貸住宅の不足は今に始まった話ではない。そもそもオーストラリアの歴代政権は、低・中所得層でも手の届く賃貸住宅の提供をおろそかにしてきた。
まず底辺を見れば、安価な公共賃貸住宅の供給数の増加率は人口増加率の3分の1に満たず、どう見ても需要に追い付いていない。だから低所得層も民間アパートに頼らざるを得ないのだが、あいにく家賃は高騰している。
上を見ると、それなりの所得はあっても住宅購入に二の足を踏む人が増えている。14万豪ドル(約1400万円)以上の年収があっても賃貸住宅に暮らす世帯は、1996年時点で8%にすぎなかったが、2021年には3倍の24%に増えていた。こうなると家賃の相場は上がるから、低所得層には手が出なくなる。
これは住宅政策が破綻していることの証しだ。今の政策は住宅の供給数ばかり重視しているが、大事なのはコストの抑制と、供給する住宅の多様化だ。現状では、若い人たちがアパート暮らしを卒業して家を買おうと思っても、彼らの年収で買える家はない。
一方で政府は、複数の不動産を所有する人に対する手厚い優遇税制を廃止しようとしない。アパート暮らしの低所得層に対する家賃補助制度にも欠陥がある。本当に困っている人の5人に1人近くが補助を受けられない一方で、困ってもいない人の4人に1人が補助金をもらっている。
空論に惑わされるな
市場の論理に任せればいいという考え方もある。家賃が高めの物件を増やせば、所得が高めの層はそこへ移り住むから賃料の安い住宅に空きが生じ、そこへ低所得層が入居できるという理屈だ。
高級住宅の供給を増やせば住み替えが増え、その結果として増える空き家の価格は下がるから、低所得層でも手が届くようになるということ。夢みたいな話だが、現実は異なる。家賃は上がり続け、ホームレスの人も増えている。
いま必要なのは、低所得層の人たちが働いて子育てもできるような地域に、質がよくて家賃も手頃なアパートを増やしていく政策だ。政府は今後5年間で公共住宅120万戸を建設するという目標を掲げているが、大事なのは「どこに建てるか」だ。まともな家がなく、貧しい地域に暮らしていれば、子供たちの精神衛生にも悪影響が及ぶ。
現政権が家賃補助の上限を引き上げたのは喜ばしいことだ。しかし、それだけで家賃の高騰に苦しむ人たちを救済することはできない。2軒目の住宅購入を検討する人たちへの優遇税制を縮小し、初めて住宅を買おうとする人たちにもっと有利な仕組みをつくるべきだろう。
しかるべき地域に、しかるべき家賃で入れる十分な数の公共住宅を整備する。この理想に向けて、従来の政策を真摯に見直すこと。政治にはそれが求められている。
Rachel Ong ViforJ, ARC Future Fellow & Professor of Economics, Curtin University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
<オーストラリアの歴代政権は、低・中所得層でも手の届く賃貸住宅の供給をおろそかにしてきた>
オーストラリアでは低所得層が前代未聞の住宅危機に見舞われている。安く借りられる住宅が足りないからだ。
理由はいろいろ考えられる。新型コロナウイルスの感染爆発を経験して広い家を欲しがる人が増えた、海外からの移民がまた増えてきた、住宅ローンの金利が上がった、等々。
だが安い賃貸住宅の不足は今に始まった話ではない。そもそもオーストラリアの歴代政権は、低・中所得層でも手の届く賃貸住宅の提供をおろそかにしてきた。
まず底辺を見れば、安価な公共賃貸住宅の供給数の増加率は人口増加率の3分の1に満たず、どう見ても需要に追い付いていない。だから低所得層も民間アパートに頼らざるを得ないのだが、あいにく家賃は高騰している。
上を見ると、それなりの所得はあっても住宅購入に二の足を踏む人が増えている。14万豪ドル(約1400万円)以上の年収があっても賃貸住宅に暮らす世帯は、1996年時点で8%にすぎなかったが、2021年には3倍の24%に増えていた。こうなると家賃の相場は上がるから、低所得層には手が出なくなる。
これは住宅政策が破綻していることの証しだ。今の政策は住宅の供給数ばかり重視しているが、大事なのはコストの抑制と、供給する住宅の多様化だ。現状では、若い人たちがアパート暮らしを卒業して家を買おうと思っても、彼らの年収で買える家はない。
一方で政府は、複数の不動産を所有する人に対する手厚い優遇税制を廃止しようとしない。アパート暮らしの低所得層に対する家賃補助制度にも欠陥がある。本当に困っている人の5人に1人近くが補助を受けられない一方で、困ってもいない人の4人に1人が補助金をもらっている。
空論に惑わされるな
市場の論理に任せればいいという考え方もある。家賃が高めの物件を増やせば、所得が高めの層はそこへ移り住むから賃料の安い住宅に空きが生じ、そこへ低所得層が入居できるという理屈だ。
高級住宅の供給を増やせば住み替えが増え、その結果として増える空き家の価格は下がるから、低所得層でも手が届くようになるということ。夢みたいな話だが、現実は異なる。家賃は上がり続け、ホームレスの人も増えている。
いま必要なのは、低所得層の人たちが働いて子育てもできるような地域に、質がよくて家賃も手頃なアパートを増やしていく政策だ。政府は今後5年間で公共住宅120万戸を建設するという目標を掲げているが、大事なのは「どこに建てるか」だ。まともな家がなく、貧しい地域に暮らしていれば、子供たちの精神衛生にも悪影響が及ぶ。
現政権が家賃補助の上限を引き上げたのは喜ばしいことだ。しかし、それだけで家賃の高騰に苦しむ人たちを救済することはできない。2軒目の住宅購入を検討する人たちへの優遇税制を縮小し、初めて住宅を買おうとする人たちにもっと有利な仕組みをつくるべきだろう。
しかるべき地域に、しかるべき家賃で入れる十分な数の公共住宅を整備する。この理想に向けて、従来の政策を真摯に見直すこと。政治にはそれが求められている。
Rachel Ong ViforJ, ARC Future Fellow & Professor of Economics, Curtin University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.