ジェス・トムソン(科学担当) for WOMAN
<最新研究で女性ホルモンが睡眠に及ぼす影響が明らかになった──>
夜更かしした翌日は一日中あくびばかりで頭がぼうっとしがち。こうした睡眠不足には、女性のほうが男性よりうまく対処できる可能性がある。
ホルモンの影響で、メスのマウスはオスより睡眠不足から回復しやすいらしい──そんな研究論文2本が2023年11月の米神経科学学会の年次総会で発表された。
1つ目の研究では、ホルモンの変化がメスの回復力に影響していることが判明。もう1つの研究では、睡眠に対するエストロゲン(女性ホルモン)の影響を脳内細胞アストロサイトが調整することが明らかになった。
以前から女性ホルモンは睡眠と睡眠不足に影響していると考えられてきた。女性は男性の2倍睡眠不足になりやすく、思春期や初潮、更年期の前後は特にその傾向が強い。
「アメリカで不眠に悩む人の割合は全体では約15%だが、閉経前後や更年期の女性では推定35~50%に上る」と、アストロサイトに関する研究論文の共著者である米メリーランド大学医学大学院のジェシカ・モング教授(神経薬理学)は本誌に語った。
モングらは睡眠の調節に関係する視索前野にあるアストロサイトの働きについて新たな知見を得た。
「アストロサイトはグリア細胞(膠〔こう〕細胞)の一種。グリアはグルー(糊)に由来し、その名のとおりニューロン同士の隙間を埋めているだけだと考えられていたが、実はそうではないことが過去30年の研究で明らかになってきた。アストロサイトの睡眠を調整する働きが分かったのは比較的最近で、エストロゲンの作用に影響するというのは全くの新発見だ」とモングは言う。
モングらはマウスのアストロサイトを抑制すると、睡眠に対するエストロゲンの影響が妨げられることを突き止めた。「この結果は(エストロゲンが)アストロサイトを刺激もしくは活性化し、アストロサイトが(視索前野の)睡眠を制御するニューロンにシグナルを送る可能性を示唆している」
的を絞った対策が可能に
「これは大発見で、(エストロゲンが)睡眠を制御する仕組みをいち早く証明し、今後、女性向け睡眠薬・睡眠補助サプリ開発のターゲットを提供する可能性がある。睡眠回路におけるエストロゲンの作用が分かれば、さまざまな睡眠障害にエストロゲンがどんな役割を果たしているかを理解し、更年期女性の不眠に対するより良い介入を行う上で非常に重要な第一歩になる」
睡眠と睡眠不足にエストロゲンがどう影響するかは人間もマウスも同じようなものだろうとモングは考えている。
「この働きは人間にも置き換えられる。(健康と生存における睡眠の重要性を思えば予想できるとおり)哺乳類の睡眠・覚醒回路は高度に保たれているからだ」
「エストロゲンが人間の睡眠に影響する理由も、進化の過程で受け継がれてきた生殖関連の特徴かもしれない。哺乳類は、繁殖期には活動的になりがちだ。とはいえ、今回の研究には含まれないが、私たちが突き止めた強みの1つはエストロゲンは覚醒状態を強化する傾向があること。つまり女性、特に更年期の女性は途中で目覚めることが減り、睡眠の質が向上する可能性がある」
もう1つの研究では、メスのマウスはオスよりも睡眠不足から回復しやすいことが分かった。睡眠不足になった後、遺伝子発現の変化がメスはオスに比べてはるかに少なく、影響を受けた遺伝子はオスが1100個を超えたのに対し、メスでは99個だった。
研究チームはマウスを1週間にわたって仲間から隔離するなどした後、睡眠不足の状態に陥らせた。それから脳の一部を切除・凍結。概日リズム(24時間周期の体内時計のリズム)の違いによる遺伝子発現と混同しないよう睡眠不足でないマウスの脳も同時に切除した。
「無作為のRNAシークエンス解析の結果、メスは同年代のオスに比べて、深刻な睡眠不足になった後の海馬の遺伝子発現の変化から早く立ち直った。変化が見られた遺伝子もかなり少ない。さらに発情期前のメスでは、睡眠不足の個体とそうでない個体に海馬の遺伝子発現の差は見られなかった」と、論文にはある。
「大いなる謎」の解明へ
この結果はホルモンの変化とも関連する可能性があり、モングらの研究結果を裏付けるものだ。
「遺伝子発現の回復力が細胞レベル・行動レベルでどう影響するかは不明だが、これらの結果は睡眠不足が性別による差異を誘発し、メスのマウスの場合はホルモンの変化が深刻な睡眠不足からの回復力をもたらすことを明示している」と、論文の執筆陣は指摘している。
総会ではマウスとコウイカの場合、睡眠不足が記憶にどう影響するか、踏み込んだ研究結果も報告された。
「なぜ眠るのかは神経科学の大いなる謎の1つだ」と、テキサス大学サウスウエスタン医療センターのロバート・グリーン教授(精神医学・神経科学)は総会に先立つ声明で述べている。
「睡眠不足が脳の機能に及ぼす代償など、謎の一部が最近の神経科学の研究で解明され始めている。今回のより掘り下げた研究は、メス特有の入眠プロセスと睡眠不足からの回復力を明らかにする」
さらに、夢に関する先駆的な研究がコウイカなど頭足類で進む可能性もある。「頭足類も(人間が夢を見るとされる)レム睡眠のような状態になり、そのときに体色が変化する。今後は、彼らの夢についても理解が深まるかもしれない」
<最新研究で女性ホルモンが睡眠に及ぼす影響が明らかになった──>
夜更かしした翌日は一日中あくびばかりで頭がぼうっとしがち。こうした睡眠不足には、女性のほうが男性よりうまく対処できる可能性がある。
ホルモンの影響で、メスのマウスはオスより睡眠不足から回復しやすいらしい──そんな研究論文2本が2023年11月の米神経科学学会の年次総会で発表された。
1つ目の研究では、ホルモンの変化がメスの回復力に影響していることが判明。もう1つの研究では、睡眠に対するエストロゲン(女性ホルモン)の影響を脳内細胞アストロサイトが調整することが明らかになった。
以前から女性ホルモンは睡眠と睡眠不足に影響していると考えられてきた。女性は男性の2倍睡眠不足になりやすく、思春期や初潮、更年期の前後は特にその傾向が強い。
「アメリカで不眠に悩む人の割合は全体では約15%だが、閉経前後や更年期の女性では推定35~50%に上る」と、アストロサイトに関する研究論文の共著者である米メリーランド大学医学大学院のジェシカ・モング教授(神経薬理学)は本誌に語った。
モングらは睡眠の調節に関係する視索前野にあるアストロサイトの働きについて新たな知見を得た。
「アストロサイトはグリア細胞(膠〔こう〕細胞)の一種。グリアはグルー(糊)に由来し、その名のとおりニューロン同士の隙間を埋めているだけだと考えられていたが、実はそうではないことが過去30年の研究で明らかになってきた。アストロサイトの睡眠を調整する働きが分かったのは比較的最近で、エストロゲンの作用に影響するというのは全くの新発見だ」とモングは言う。
モングらはマウスのアストロサイトを抑制すると、睡眠に対するエストロゲンの影響が妨げられることを突き止めた。「この結果は(エストロゲンが)アストロサイトを刺激もしくは活性化し、アストロサイトが(視索前野の)睡眠を制御するニューロンにシグナルを送る可能性を示唆している」
的を絞った対策が可能に
「これは大発見で、(エストロゲンが)睡眠を制御する仕組みをいち早く証明し、今後、女性向け睡眠薬・睡眠補助サプリ開発のターゲットを提供する可能性がある。睡眠回路におけるエストロゲンの作用が分かれば、さまざまな睡眠障害にエストロゲンがどんな役割を果たしているかを理解し、更年期女性の不眠に対するより良い介入を行う上で非常に重要な第一歩になる」
睡眠と睡眠不足にエストロゲンがどう影響するかは人間もマウスも同じようなものだろうとモングは考えている。
「この働きは人間にも置き換えられる。(健康と生存における睡眠の重要性を思えば予想できるとおり)哺乳類の睡眠・覚醒回路は高度に保たれているからだ」
「エストロゲンが人間の睡眠に影響する理由も、進化の過程で受け継がれてきた生殖関連の特徴かもしれない。哺乳類は、繁殖期には活動的になりがちだ。とはいえ、今回の研究には含まれないが、私たちが突き止めた強みの1つはエストロゲンは覚醒状態を強化する傾向があること。つまり女性、特に更年期の女性は途中で目覚めることが減り、睡眠の質が向上する可能性がある」
もう1つの研究では、メスのマウスはオスよりも睡眠不足から回復しやすいことが分かった。睡眠不足になった後、遺伝子発現の変化がメスはオスに比べてはるかに少なく、影響を受けた遺伝子はオスが1100個を超えたのに対し、メスでは99個だった。
研究チームはマウスを1週間にわたって仲間から隔離するなどした後、睡眠不足の状態に陥らせた。それから脳の一部を切除・凍結。概日リズム(24時間周期の体内時計のリズム)の違いによる遺伝子発現と混同しないよう睡眠不足でないマウスの脳も同時に切除した。
「無作為のRNAシークエンス解析の結果、メスは同年代のオスに比べて、深刻な睡眠不足になった後の海馬の遺伝子発現の変化から早く立ち直った。変化が見られた遺伝子もかなり少ない。さらに発情期前のメスでは、睡眠不足の個体とそうでない個体に海馬の遺伝子発現の差は見られなかった」と、論文にはある。
「大いなる謎」の解明へ
この結果はホルモンの変化とも関連する可能性があり、モングらの研究結果を裏付けるものだ。
「遺伝子発現の回復力が細胞レベル・行動レベルでどう影響するかは不明だが、これらの結果は睡眠不足が性別による差異を誘発し、メスのマウスの場合はホルモンの変化が深刻な睡眠不足からの回復力をもたらすことを明示している」と、論文の執筆陣は指摘している。
総会ではマウスとコウイカの場合、睡眠不足が記憶にどう影響するか、踏み込んだ研究結果も報告された。
「なぜ眠るのかは神経科学の大いなる謎の1つだ」と、テキサス大学サウスウエスタン医療センターのロバート・グリーン教授(精神医学・神経科学)は総会に先立つ声明で述べている。
「睡眠不足が脳の機能に及ぼす代償など、謎の一部が最近の神経科学の研究で解明され始めている。今回のより掘り下げた研究は、メス特有の入眠プロセスと睡眠不足からの回復力を明らかにする」
さらに、夢に関する先駆的な研究がコウイカなど頭足類で進む可能性もある。「頭足類も(人間が夢を見るとされる)レム睡眠のような状態になり、そのときに体色が変化する。今後は、彼らの夢についても理解が深まるかもしれない」