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SNSで燃え上がる【偽・誤情報の拡散】...カギとなる対抗する力とは?

ニューズウィーク日本版 2024年9月18日 18時17分

一田和樹
<偽・誤情報対策におけるアプローチは、社会を構成する各アクターの参加と相互の信用の再構築。見過ごされてきた市民の自発的な活動が重要になってくる>

欧米の研究者の間で進んでいる偽・誤情報対策の見直しについては以前の記事(見直しが始まった誤・偽情報対策 ほとんどの対策は逆効果だった?)でご紹介した。

多様なアプローチがあるが、共通しているのは偽・誤情報だけに注目せず全体像をとらえることと、社会を構成する各アクターの参加と相互の信用の再構築である。

 

こうした議論の中で、これまで偽・誤情報対策において、見過ごされてきた市民の自発的な活動が重要になってくる可能性が高い。過去に起きた偽・誤情報問題の阻止や抑止に市民の自発的な活動は有効に機能してきたが、これまであまりとりあげられることがなかった。

見過ごされてきた市民の対抗力

今年の7月29日に発生した英国での暴動は当初偽・誤情報の拡散があったことから、偽・誤情報を拡散していた人々が逮捕され、拡散に対処できなかったSNSプラットフォームが責められている。

以前の記事でご紹介したように、偽・誤情報が関係する事件が起きた際、偽・誤情報の拡散主体、SNSプラットフォームそしてFIMI(ロシアなど海外からの干渉)を政府とメディアが非難するがパターンになっている。

暴動は各地に飛び火したものの短期間に収まったが、極右グループの結束を強めた可能性が高いとISD(戦略対話研究所)は指摘している。政府とメディアの対応が効果をあげておらず、逆効果になっている可能性があるのもいつものパターンだ。

今回の暴動が短期間に収まったのは英政府が毅然とした厳しい対応を行ったこともあるが、英国内の市民らの活躍も重要な役割を果たした。

暴動が各地に飛び火した際、市民グループは暴徒が現れる地域をいち早く特定し、ネット上で共有、事前に警戒していた。ある地区では人数で圧倒された現地の警察は、攻撃対象の移民の施設に押し入ろうする暴徒を止めることができなかった。

その時、暴徒の前に多数の市民が立ちはだかって建物への侵入を食い止めた。他の地区では多数の市民が警戒をしているのを見て、なにもせずに引き返した暴徒も多かったと伝えられている。

当時、複数のメディアや研究者が「HOPE not hate」などの市民グループの情報を参照していたことからも市民が迅速に情報収集と共有を行っていたことがうかがえる。

しかし、なぜか英政府はこうした市民の活動が対抗力として重要であり、連携、支援してゆくということを前面に打ち出していない。偽・誤情報の拡散主体とSNSプラットフォームへの厳しい姿勢が表に出ている。

攻撃側であるロシアや中国は戦略的に「市民」の力を利用してきた

市民の力はプラスにもマイナスにも作用する。多種多様な市民がおり、一定の方向に向けて集まれば、それは大きな力となる。

攻撃側であるロシアや中国などは戦略的に市民の力を利用してきた。

 

たとえば欧米の極右の多くはロシアに共感を持っている他、QAnonなどの陰謀論グループも中露と相互に情報拡散を行っている。直接の関係はわずかだが、ネット上で発信した内容を相互に増幅し合うなどしている。

ターゲットの国にいる市民の利用には正体を隠して実行できるというメリットの他に、相手国政府の対処が難しいというメリットもある。

たとえは、多くの偽・誤情報やデジタル影響工作の専門家は、「ロシアなどが狙ってくるのは、もともと相手国の中にあった問題ですよね?」と訊ねると、「その通り」と答える。

「それでは、根本的な対策は国内問題の解決ですね」というと答えられない。

皮肉なことに多くの民主主義国は漏れなく深刻な国内問題を抱えており、その問題の解決は難しいうえ、下手な解決策を提案しようものなら多くの市民の反発を招きかねないのだ。

移民問題、経済格差、人種差別など国内の火種は山ほどある。相手国の中にいるこうした不満分子の市民を焚きつけて火種を燃え上がらせる方法に対して、相手国ができるのは対症療法までに留まる。

さらに、多くの国では海外からの干渉に対応する省庁と、国内の問題に対処する省庁が異なっており、連携して動きにくいという事情もある。

相手国の市民の利用は攻撃側からみるといいことずくめのため、これからも今後も積極的に利用してくることは間違いない。

欧米は意図的に市民の力の利用を避けてきた

しかし、ロシアなどの攻撃側に比べると、欧米は市民の力を戦略的に活用できていなかった。

ひとつには民主主義国家において市民の活動を国家が誘導するようなことは避けるべきであると考え方があるのだろう。

 

しかし、現状のように実態を無視して過剰に偽・誤情報の脅威を煽って世論誘導するよりは、正しい実態を伝え、市民に協力を呼びかける方がはるかに民主主義的だろう。

冒頭で英暴動での市民の力が有効に機能した実例をご紹介した。日本でもこういった事例はある。たとえば、2021年の福島県沖地震においてはメディアはデマが桁違いに拡散したと報じたが、実際にはそうではなく、もっとも多かったのは有益な情報やデマの抑止だった。

このことは以前、記事(福島県沖地震後にもっとも拡散した外国人関連ツイートは、ヘイトではなく安全情報だった)でご紹介している。

残念なことに、市民によるこうした活動はほとんど報じられることはなく、政府やメディアが偽・誤情報対抗策の一環としてこうした市民と連携したり、支援することも多くはない。そのため活動していた市民の中には無力感を味わう者もいただろう。

市民は民主主義の主役のはずだが、少なくとも偽・誤情報対策において市民の活動は常に無視されてきた。せいぜいファクトチェック団体がとりあげられるくらいだ。

市民が自発的に暴走する偽・誤情報を止めたり、プレバンキングするのは、過去の偽・誤情報対策がリテラシー向上などによって目指していたことでもある。

いまだにそう言っている政府は存在するが(悲しいことに日本もそうだ)、実際には一部の市民はとっくにそうなっていたのである。その一部の市民の活動の実態を把握し、適切な形で連携、支援することこそ今必要とされている。

ただし、民主主義国の中でも極右や陰謀論あるいは権威主義的な政党や政治家などは市民との連携がうまい。極右グループやQAnonがトランプを支持しているのは有名だ。

日本の厚労省もコロナ禍では公に出せないような形で医療系インフルエンサーを利用した世論誘導を行っていたことが情報開示請求でわかっている。その内容の多くは黒塗りになっており、開示されなかった。

ロシアなどに比べると、露骨で否認可能性の低い(実際ばれている)作戦であり、短期的な効果はあったようだが、偽・誤情報問題に関心を持つ市民に厚労省への不信感を抱かせるというマイナスの効果もあった。

偽・誤情報対策の鍵となる市民の力

見直しの議論では、偽・誤情報の脅威およびその対策は根拠が乏しいことが指摘されることが多い。裏付けのない脅威を煽ってきたと言っているわけで、偽・誤情報対策そのものが陰謀論やナラティブだったと言うに等しい。こんなことになってしまったのには理由がある。

 

以前に記事(英暴動は他人事ではない......偽・誤情報の「不都合な真実」)に書いたように、メディアにとって偽・誤情報問題は読者に受けがよく、クレームが少ない貴重なテーマなのだ。

とりあえずSNSプラットフォーム企業を批判しておけば記事が成立する。そのせいで2015年から2023年の米主要紙の調査では偽・誤情報は3番目に多くより上げられていた(中でもSNSプラットフォームへの批判記事がもっとも多かった)。

政府にとっては、やっかいな国内問題に市民の目が向くのを避けて、ロシアの脅威を持ち出して、安全保障問題にすり替えることができる。調査研究機関や専門家にとっても、偽・誤情報問題が大きくなれば新しい資金を得られる可能性が増える。

「偽・誤情報の脅威」という陰謀論は、情報への不信を広げ、政府への不満を増大させ、分断を広げている。その解決には真偽判定や偽・誤情報拡散アカウントのテイクダウンのような対症療法だけでは逆効果になる。

基礎的な対策として、政府、メディア、研究者によって誇張された偽・誤情報問題を実態に即した形で把握し直し、信頼関係を再構築する必要があるのだ。

信頼関係が確立されていれば、偽・誤情報がばらまかれても信じる人や拡散する人は少なく、それによって破壊的な行動を起こす人はほとんどいなくなる。

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