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トランプを再び米大統領にするのは選挙戦を撤退したはずのケネディ?

ニューズウィーク日本版 2024年9月19日 19時47分

パックン(パトリック・ハーラン)
<ロバート・ケネディJr.の大統領選撤退は、トランプ当選を後押しする可能性がある。そしてトランプは見返りとして陰謀論者ケネディにアメリカの公衆衛生をゆだねるかも...とパックンは解説します>

ロバート・ケネディJr.が心配だ。大統領選の無所属候補として昨年名乗りを上げ、一時20%近くの支持率を誇った。これは心配ではない。ほとんどのアメリカ人は彼のことをよく知らず、名家出身の彼の名字に惹かれていただけだと思う。

それから彼が長年ワクチン関連の陰謀論者である過去、そして「新型コロナウィルスはヨーロッパ系のユダヤ人と中国人が感染しないように作られている」などと話す陰謀論者としての「現在」が知られるとともにどんどん支持率は低下。先月の世論調査では約5%まで落ち込んだ。

彼の素顔を知ってもなお、5%の人がついていく?! という驚きはあっても、本来そこまで心配することではないはず。

だが先月、ケネディは選挙活動を停止するとともにトランプ前大統領への支持を表明した。さらに、激戦州の投票用紙に残ったままの自身の名前を削除するよう、裁判所に請求した。つまり選挙結果に大きく影響する激戦州の自分への支持票がトランプに入るよう、動いているのだ。やばい!

「本気のケネディ支持者」が大統領を決める

6月までケネディはバイデンとトランプの両方から票を奪っているとみられていたが、バイデンが選挙戦から撤退し、カマラ・ハリス副大統領が立候補した直後、10%近くあったケネディの支持率は急に4%も減った。

ここで離れたのは「トランプとバイデン以外なら誰でもいい」と思う、いわゆる「ダブル・ヘイター」の人たちだろう。彼らはハリスでも我慢できるようだ。

しかし、そうすると残っている5%は「ケネディでいい」のではなく「ケネディがいい」という本気の支持者だ。彼らはケネディが演説で呼び掛けたとおり、トランプに票を投じる可能性が大。接戦のなか、陰謀論者の票が陰謀王者の当選につながり得るのだ!

そもそも、過去に民主党の大黒柱だった伝説の家族に生まれ育ったケネディはなぜ共和党のトランプ派に回ったのか? 演説ではその説明として、立候補した背景に3つの「大義」があるとケネディは話す。

1つ目は表現の自由だ。まず、ケネディは「公平な制度」であれば、自分が大統領選に勝つはずだが、そんな当然の公正な結果を阻止したのが民主党とメディアだと指摘。

テレビ局からあまり注目されず取材も受けられなかったことや、(ワクチン関連の誤報が多いため)SNSの投稿規制に引っかかり、自由に発信できなかったことに不満を訴えた。「個人的な文句ではない」といいながら、個人的な文句をけっこう羅列している。

2つ目の大義はウクライナ戦争だ。ケネディによると、tiny Ukraine(小さなウクライナ)は大国間の覇権争いの代理戦争として利用されている。そしてアメリカは2つの弾道ミサイル制限条約から離脱して、ポーランドやルーマニアに核ミサイルを配備している、という。

またケネディいわく、アメリカ政府はウクライナの政権を転覆させ、ウクライナ東部のロシア系住民との内戦を起こした。ロシア包囲網を張ろうとするNATOに対し、プーチンは「予想できた反応」をした。戦争で60万ものウクライナ兵と10万ものロシア兵が犠牲になっている上、ヨーロッパの産業基盤は崩壊した。

禁酒するため飲み屋をすすめる?

こんな悲惨な状況だが、トランプが大統領となれば「一夜で戦争を終わらせると話しているので、それだけでも彼への支持が正当なものだと分かる」とのことだ。

あんなに表現の自由がないと話した直後によくこれだけ自由に誤報をばらまきまくるな~と、演説を聞いていて僕は思った。

権威ある報道機関や学者の分析でファクトチェックすると、ヨーロッパで2番目に領土が広いウクライナは「小さく」ない。アメリカはポーランドやルーマニアに核兵器を配備していない。ウクライナはロシア系住民を弾圧していないし、東部の内戦を起こしたのはロシア系の民兵組織だ。

さらに犠牲の数が逆で、ロシア兵の方がずっと多く死んでいるし、ヨーロッパのGDPはコロナ禍で下がったがコロナ前の水準にほとんど戻っている。どれも信ぴょう性の高い情報源ですぐ調べられることだ。ケネディの情報ソースはなんだろう? 僕は陰謀論が嫌いだが、ケネディはプーチンと同じスピーチライターを使っている気がする。

もちろん、全部が誤報というわけではない。例えばNATOが旧ソ連の国々を加盟国に迎え入れたのが刺激的で余計だったと、僕も思っている。

だがその拡大を始めたのが共和党のブッシュ・パパ政権時代だし、最も多くの国を加盟させたのは同じく共和党のブッシュ・ジュニア政権時代だ。

さらに弾道ミサイル制限条約からアメリカが離脱したのも事実だが、1つ目の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約(民主党の議員たちが裁判を起こしたほど必死に守ろうとした)はブッシュ・ジュニア政権下で、2つ目の中距離核戦力(INF)全廃条約はケネディの大好きなトランプ政権下で離脱したもの。

つまり、戦争を止めたいケネディは自ら戦争の原因として挙げた党や人物への支持を表明しているわけ。

禁酒したいなら、いい飲み屋知っているぞ......というようなわけのわからない理屈だ。

しかし、それよりも矛盾を感じたのは3つ目の大義「われらの子供に対する戦争」についての論理展開だ。医療費の高さ、慢性疾患の多さ、肥満率の高さ、糖尿病の多さ、発がん率の高さ、神経疾患の多さ......。ケネディは演説で国民の健康関連の課題を縷々と並べた。

その辺の心配は妥当だと、僕も思う。だが、この「もっとも重要なイシュー」は共和党やトランプが解決する、という結論は漫才でも使えそうなほど、おかしなオチだ。

ケネディは国民の食生活が問題の原因だというが、貧困層に健康的な食事を提供する法律や食の安全を保障する規制、おまけに健康な生活を勧めるガイドラインの発行にも共和党はとことん反対してきた。

さらに、国民が摂取する物の安全性を監視する食品医薬品局(FDA)の予算を削るのも共和党のお気に入り政策だし、健康保険の加入者の数を劇的に増やした医療制度改革(オバマケア)を繰り返し廃止しようとしている。

そんな「反健康的な」共和党の中でもトランプの悪行は目立つ。世界的な医学誌ランセットの研究チームは2021年、トランプ政権の公衆衛生面での実績を精査したが、その報告書は容赦なく厳しい結果を記している。

「陰謀論長官」誕生のシナリオ

トランプは食料や医療の補助を削減した。オバマケアの廃止に失敗したが弱体化には成功したため、健康保険の非加入者は200万~300万人増えた。試算では環境規制を緩和した影響で2019年だけで2万2000人も死亡者が増えた。反科学的な姿勢でWHOや国内の保健機関の予算を削減したことがコロナ対策を妨げ、数万人もの超過死亡につながった、などなどと酷評の嵐だ。

ランセット(Lancet)とは英語でメスという意味だが、その名のとおり、トランプの成績を滅多切りにしている。

では、なぜそんなトランプが次に政権を握ったら方向転換をすると、ケネディは信じているのか? それは、新政権で公衆衛生関連の仕切り役をケネディに任せてくれるからだ!

演説の中で、トランプが「約束を守ってくれれば」ケネディは「危機を解決する機会を最大化させる」と語っている。どんな約束なのか、はっきり言ってはいないがトランプが当選したらケネディは保健福祉省長官に指名されるという見方が強い。

ケネディの呼びかけに支持者が応じて投票すると、トランプが当選する。そして(その見返りとして?)陰謀論者の長官が生まれる。これが、僕が一番心配しているシナリオだ。

わぁ、すげえお酒が飲みたくなる。一般的な意味で飲み屋に行こう。

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