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人間の皮膚細胞からできた卵子と精子が「親子の家族観」を変える3つの衝撃的可能性

ニューズウィーク日本版 2024年9月19日 18時2分

ジュリアン・コプリン(豪モナーシュ大学講師)、ニーラ・バティア(豪ディーキン大学准教授)
<幹細胞を活用した革新的技術である体外配偶子形成(IVG)により広がる、不妊治療と家族形成の新たな選択肢と生命倫理への深刻な課題>

人間の皮膚細胞から卵子や精子を作ることが近い将来、可能になるかもしれない。

これは「体外配偶子形成(IVG)」と呼ばれる技術で、体を構成するさまざまな組織に成長できる「多能性」を持つ幹細胞を使って、体外で卵子や精子(配偶子)の発生を再現する。理論的には男性の皮膚細胞から卵子を、女性の皮膚細胞から精子を作製することもできる。

IVG has been hailed as revolutionary technology that will be life-changing for those with infertility. But it's not ready for prime time. https://t.co/4ZYEIjqWOG— STAT (@statnews) October 2, 2023

一般には初期胚から採取した胚性幹細胞(ES細胞)を使うが、成熟した細胞を多能性を持つ状態に初期化する研究も進んでいる。これにより、生存している人間に「属する」卵子や精子を作製することも考えられる。

動物実験は期待が持てそうだ。2012年にはメスのマウスの尻尾の皮膚細胞から作ったiPS細胞(人工多能性幹細胞)を培養して卵子を作り、通常の精子と体外受精させてマウスの赤ちゃんを誕生させることに成功した。

近年は、特に同性間の生殖においてIVGが注目されている。18年には2匹の遺伝的母親を持つマウスが誕生。23年には、オスのマウスの尻尾の皮膚細胞から卵子を作り、別のオスのマウスの精子と受精させて、2匹の遺伝的父親を持つマウスが誕生した。

IVGによるヒトの配偶子の作製は、まだ成功していない。初期段階の技術でもあり、実用化するべきかどうか、どのように使うべきかについて、具体的に言及している法律や規制はない。

例えば、オーストラリアの国立保健医療研究評議会は23年に生殖補助医療のガイドラインを更新したが、体外で作製され培養された配偶子に関する具体的なガイダンスは含まれていない。

伝統的な家族観への挑戦

IVGの臨床応用には3つの可能性がある。1つ目は体外受精の効率化だ。現在は採卵のためにホルモン注射を繰り返し、外科手術を行うため、卵巣を過剰に刺激するリスクがある。IVGはこうした問題の解消につながるだろう。

2つ目は、医学的な不妊の一部を回避できることだ。例えば、生まれつき卵巣が機能していない女性や早期閉経後の女性が卵子を作るために利用できるだろう。

3つ目は、同性カップルが2人のどちらとも血縁関係がある子供を持てることだ。

IVGの技術が実用化されれば、私たちが家族をつくるダイナミクスが前例のない方法で変わることになる。従って法的、規制的、倫理的に慎重な検討が必要だ。

まず、安全性の問題がある。体外受精など他の生殖技術の実用化と同じように、慎重な治験や厳密なモニタリング、生まれた子供の追跡調査が不可欠になる。

アクセスの公平性も重要だ。富裕層しか利用できない技術なら、不公平に思えるかもしれない。公的資金による支援が適切かどうかは、国家が生殖を支援するべきかどうかという問題でもある。

アクセスの制限についても考えなければならない。

例えば、女性は年齢とともに卵子の数や質が低下し、妊娠の可能性が低くなるが、IVGによる体外受精は理論上、年齢に関係なく「新鮮な」卵子を提供できる。

しかし、より年齢の高い女性が親になることを医学的に手助けするということは、人生の後半に赤ちゃんを持つことに関連する身体的、心理的、その他の要因を踏まえて議論の余地がある。

また、男性同士のパートナー2人から皮膚細胞を採取して胚を作製したとしても、妊娠を担う代理出産が必要になる。国際的な代理出産は法的や倫理的な問題を伴う。国内での代理出産の環境が整わない限り、男性カップルへの恩恵は限定的になるだろう。

最後に、子供の法律上の親は誰かという問題がある。既に、代理出産や卵子提供、精子提供によって形成される非伝統的な家族をめぐって法的議論がなされている。

IVGは理論上、3人以上の遺伝的な親を持つ子供や、親が1人だけの子供をつくることもできる。つまり、親になるということに関する理解の更新を私たちに迫るのだ。

KATE_SEPT2004/ISTOCK

優生学や道徳的な議論も

IVGがもたらす新たな可能性のうち、最も議論を呼んでいるのは同性間の生殖だ。同性カップルであるために生殖ができないことは「社会的」不妊であって、医療で支援する義務はないという考え方もある。

しかしIVGに関する道徳上の問題は、同性カップルでも異性カップルでも事実上、同じだ。いずれの場合も、2人の親の両方と血のつながった子供を持ちたいという、同じ目的をかなえるものだ。従って、どちらか一方のカップルだけアクセスを否定するのは不当と言える。

さらにIVGは理論上、卵子と精子の両方を同じ個体の細胞から得る「単独の生殖」を可能にする。もっとも配偶子を作製する過程で親の遺伝物質がシャッフルされ、遺伝的に異なる個体が作られるため、この方法で生まれる子供は親のクローンではない。

3人以上の遺伝子を組み合わせた「多重の親子関係」もあり得る。例えば、2組のカップルが体外受精で胚を作る。これら2つの胚のそれぞれからIVGを使って卵子と精子を作り、4人の大人全員と遺伝的関係がある1人の子供をつくることもできるだろう。

さらに、IVGは出生前の遺伝子の選択に革命をもたらし得る。通常の体外受精より多くの胚が得られ、遺伝的疾患や形質をスクリーニングすることができるからだ。「デザイナーベビー」や優生学について、さらには良い人生を送る可能性が最も高い子供を妊娠させるという道徳的な意義について、議論が急がれる。

新しい技術、特にIVGのように深遠な影響が広範囲に及ぶ技術については、法律も倫理も後れを取りがちだ。科学の急速な発展を考えれば、今すぐ議論を始めなければならない。



Julian Koplin,Lecturer in Bioethics, Monash University

Neera Bhatia, Associate Professor in Law,Deakin University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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