茜 灯里
<仮説を発表した豪モナシュ大の研究チームは、何をもって「地球の環」の存在を確信するに至ったのか。この仮説によって説明できることとは?>
太陽系の惑星は、巨大な木星、赤い火星、自転軸が横倒しになっている天王星など、それぞれに特徴があります。中でも大きなリング(環[わ])のある土星は、子供の頃に図鑑で再現イラストを見て、その神秘的な姿に心惹かれた人も多いのではないでしょうか。「なぜ土星にはリングがあるのに、地球にはないの?」と不思議に思った人もいるかもしれません。
オーストラリア・モナシュ大の研究チームは、「約4億6600万年前の地球にはリングが存在していた」との仮説を発表しました。その発端は、大型小惑星の地球への接近だったと言います。検証や考察は、地球科学系の学術誌『Earth and Planetary Science Letters』に12日付けで掲載されました。
研究チームは、どのような証拠からリングの存在を確信したでしょうか。過去の地球は、リングがあることによって、どのような影響を受けていたのでしょうか。概観してみましょう。
「オルドビス紀の衝突急増期」の謎
4億6600万年前の地球は、地質年代では古生代の区分の一つであるオルドビス紀(約4億8830万年~4億4370万年前)に当たります。この時代は、オウムガイのような軟体動物や三葉虫のような節足動物が栄えていました。オルドビス紀末には、生物の大量絶滅が起こったことでも知られています。
加えて、この時期には、「オルドビス紀の衝突急増期(Ordovician impact spike)」として知られる謎があります。4億6600万年前頃を起点としたオルドビス紀の数千万年の間だけ、地球への隕石の衝突回数が激増しているのです。
その証拠として、世界各地に残る衝突クレーターの年代を調べると、オルドビス紀中期のものが多く見つかります。また、世界中の複数の場所で石灰岩の地層中に含まれている微小隕石を調べてみると、オルドビス紀の「L型コンドライト」と呼ばれる隕石は、他の時代の隕石よりも2~3桁、数が多く見つかることが報告されています。
これまでは、隕石増加の原因は、火星と木星の間にある小惑星帯の中でL型コンドライトの母天体がオルドビス紀に分裂し、破片が地球まで降り注いだため、などと説明されてきました。
今回、モナシュ大地球・大気・環境学部のアンドリュー・G・トムキンス教授らは、オルドビス紀中期のクレーターの位置に奇妙な法則性があることに気づきました。
隕石は、通常であればランダムな位置に落ちるはずなので、クレーターは地球上に偏りなく存在するはずです。けれど、オルドビス紀中期にできたクレーターは、当時の赤道付近に集中しているように見えました。トムキンス教授らはクレーターの位置を精査することにしました。
と言っても、海底のクレーターを探ることは困難です。さらに陸地についても、オルドビス紀には現在のアフリカ大陸、オーストラリア、南米大陸、南極大陸、インドを含むゴンドワナ大陸が存在していたなど、現在の大陸の形や分布とはまったく異なっていたと考えられています。
研究チームは、まず、オルドビス紀中期より前に作られた古い大陸(クラトン)に注目し、アメリカ地質調査所(USGS)の地理データや、地理データ分析ソフト(QGIS)を使って、大陸面積を計算しました。次に、プレート構造再構築モデルを使って当時の大陸位置を再現しました。
その結果、クラトンのうち、オルドビス紀中期に赤道付近にあったものは面積比で約3割しかなく、残り7割は中・高緯度にあったことが分かりました。ところが、現在見つかっている隕石衝突が急増していた時期の21個のクレーターが、衝突当時は地球上のどこにあったのかを調べてみると、すべて赤道から約30度以内の低緯度領域に集中していることが分かりました。
赤道への落下集中が偶発的に起きる可能性は2500万分の1と計算されました。つまり、「当時の地球には、赤道付近に隕石が落下する特別な仕組みがあった」ことが示唆されたのです。
「ロッシュ限界」を突破した小惑星
そこで、トムキンス教授らはこのような仮説を立てました。
オルドビス紀に、比較的大きい小惑星が地球に接近しました。この小惑星はそのまま一気に地球に落ちることはありませんでしたが、「ロッシュ限界」を超えて内側に入りました。
ロッシュ限界とは、小惑星や衛星などの天体が破壊されずに他の天体に接近できる限界の距離のことです。地球に近づいたこの小惑星は、この限界を突破したため、地球の潮汐力で壊されてしまいました。
その後、粉々になった小惑星の断片は地球の重力に捕獲され、赤道上空近辺にリングを作りました。リングを形成する物質は、数百万年から数千万年かけて、徐々に地球に落下しました。そのうち、大気圏で燃え尽きなかったものが、当時の赤道直下に残されたと言うのです。
研究チームは、リング仮説は当時の気候変動を解明するカギにもなり得ると考えています。
オルドビス紀は、7つの時代に細分されています。そのうち、もっとも新しい時代は「ヒルナント期(Hirnantian、約4億4520万年〜4億4380万年前)」と呼ばれており、過去5億年間の中で最も寒かった時期の1つだったことが知られています。けれど、これまでの研究では、ヒルナント期がなぜそれほどまでに寒冷になったのかについては解明されていませんでした。
研究チームは、「リングができたことによって地表に影を落とし、太陽光が遮られ、地球の寒冷化が起こった可能性がある」と指摘します。
赤道にリングが存在した場合、地軸の傾きの影響で冬半球(冬が訪れている側)が影になり、冬の寒冷化が促進されます。衝突によって生成された大気中の塵も、寒冷化に寄与すると言います。この地球規模の寒冷化メカニズムによって、当時は大気中のCO2濃度が高かったにもかかわらず、なぜ激しい寒冷化が起こったのかという謎が解明されるかもしれません。
加えて、リングが消散すると、冷却効果がなくなり、温室効果ガスによる地球温暖化によって通常の地球温度に戻ると考えられます。ヒルナント期の気候変動は、4億6300万年~4億4400万年前頃に急激に寒冷化が起きて、4億4400万年~4億3700万年前頃に急速に温暖になったとされています。地球のリングは、この現象を上手く説明できる可能性があります。また、逆に、リングの存続期間 (最大で約2200万年) を推定できる可能性もあります。
「オルドビス紀には、生物が多様化しました。急速な気候変動は、生命にとっての課題と進化の必要性を生み出します。したがって、リングが気候変動を引き起こしたのであれば、急速な進化も引き起こした可能性があります」とトムキンス教授は語っています。
リングの構造と形状を明らかにし、本当に大きな影を落とすことができるのかなどを調べるためには、今後は数値モデルの専門家らとの協働が必要になりそうです。気候変動への影響については、さらに慎重に検討しなければならないでしょう。
もし、宇宙から飛来した小惑星が作った地球のリングが、その後の生物の進化にまで影響を及ぼしていたとしたら、とてもロマンがありますね。そうでなくても、リングをまとった地球の姿は、一目でいいから見てみたかったですね。
<仮説を発表した豪モナシュ大の研究チームは、何をもって「地球の環」の存在を確信するに至ったのか。この仮説によって説明できることとは?>
太陽系の惑星は、巨大な木星、赤い火星、自転軸が横倒しになっている天王星など、それぞれに特徴があります。中でも大きなリング(環[わ])のある土星は、子供の頃に図鑑で再現イラストを見て、その神秘的な姿に心惹かれた人も多いのではないでしょうか。「なぜ土星にはリングがあるのに、地球にはないの?」と不思議に思った人もいるかもしれません。
オーストラリア・モナシュ大の研究チームは、「約4億6600万年前の地球にはリングが存在していた」との仮説を発表しました。その発端は、大型小惑星の地球への接近だったと言います。検証や考察は、地球科学系の学術誌『Earth and Planetary Science Letters』に12日付けで掲載されました。
研究チームは、どのような証拠からリングの存在を確信したでしょうか。過去の地球は、リングがあることによって、どのような影響を受けていたのでしょうか。概観してみましょう。
「オルドビス紀の衝突急増期」の謎
4億6600万年前の地球は、地質年代では古生代の区分の一つであるオルドビス紀(約4億8830万年~4億4370万年前)に当たります。この時代は、オウムガイのような軟体動物や三葉虫のような節足動物が栄えていました。オルドビス紀末には、生物の大量絶滅が起こったことでも知られています。
加えて、この時期には、「オルドビス紀の衝突急増期(Ordovician impact spike)」として知られる謎があります。4億6600万年前頃を起点としたオルドビス紀の数千万年の間だけ、地球への隕石の衝突回数が激増しているのです。
その証拠として、世界各地に残る衝突クレーターの年代を調べると、オルドビス紀中期のものが多く見つかります。また、世界中の複数の場所で石灰岩の地層中に含まれている微小隕石を調べてみると、オルドビス紀の「L型コンドライト」と呼ばれる隕石は、他の時代の隕石よりも2~3桁、数が多く見つかることが報告されています。
これまでは、隕石増加の原因は、火星と木星の間にある小惑星帯の中でL型コンドライトの母天体がオルドビス紀に分裂し、破片が地球まで降り注いだため、などと説明されてきました。
今回、モナシュ大地球・大気・環境学部のアンドリュー・G・トムキンス教授らは、オルドビス紀中期のクレーターの位置に奇妙な法則性があることに気づきました。
隕石は、通常であればランダムな位置に落ちるはずなので、クレーターは地球上に偏りなく存在するはずです。けれど、オルドビス紀中期にできたクレーターは、当時の赤道付近に集中しているように見えました。トムキンス教授らはクレーターの位置を精査することにしました。
と言っても、海底のクレーターを探ることは困難です。さらに陸地についても、オルドビス紀には現在のアフリカ大陸、オーストラリア、南米大陸、南極大陸、インドを含むゴンドワナ大陸が存在していたなど、現在の大陸の形や分布とはまったく異なっていたと考えられています。
研究チームは、まず、オルドビス紀中期より前に作られた古い大陸(クラトン)に注目し、アメリカ地質調査所(USGS)の地理データや、地理データ分析ソフト(QGIS)を使って、大陸面積を計算しました。次に、プレート構造再構築モデルを使って当時の大陸位置を再現しました。
その結果、クラトンのうち、オルドビス紀中期に赤道付近にあったものは面積比で約3割しかなく、残り7割は中・高緯度にあったことが分かりました。ところが、現在見つかっている隕石衝突が急増していた時期の21個のクレーターが、衝突当時は地球上のどこにあったのかを調べてみると、すべて赤道から約30度以内の低緯度領域に集中していることが分かりました。
赤道への落下集中が偶発的に起きる可能性は2500万分の1と計算されました。つまり、「当時の地球には、赤道付近に隕石が落下する特別な仕組みがあった」ことが示唆されたのです。
「ロッシュ限界」を突破した小惑星
そこで、トムキンス教授らはこのような仮説を立てました。
オルドビス紀に、比較的大きい小惑星が地球に接近しました。この小惑星はそのまま一気に地球に落ちることはありませんでしたが、「ロッシュ限界」を超えて内側に入りました。
ロッシュ限界とは、小惑星や衛星などの天体が破壊されずに他の天体に接近できる限界の距離のことです。地球に近づいたこの小惑星は、この限界を突破したため、地球の潮汐力で壊されてしまいました。
その後、粉々になった小惑星の断片は地球の重力に捕獲され、赤道上空近辺にリングを作りました。リングを形成する物質は、数百万年から数千万年かけて、徐々に地球に落下しました。そのうち、大気圏で燃え尽きなかったものが、当時の赤道直下に残されたと言うのです。
研究チームは、リング仮説は当時の気候変動を解明するカギにもなり得ると考えています。
オルドビス紀は、7つの時代に細分されています。そのうち、もっとも新しい時代は「ヒルナント期(Hirnantian、約4億4520万年〜4億4380万年前)」と呼ばれており、過去5億年間の中で最も寒かった時期の1つだったことが知られています。けれど、これまでの研究では、ヒルナント期がなぜそれほどまでに寒冷になったのかについては解明されていませんでした。
研究チームは、「リングができたことによって地表に影を落とし、太陽光が遮られ、地球の寒冷化が起こった可能性がある」と指摘します。
赤道にリングが存在した場合、地軸の傾きの影響で冬半球(冬が訪れている側)が影になり、冬の寒冷化が促進されます。衝突によって生成された大気中の塵も、寒冷化に寄与すると言います。この地球規模の寒冷化メカニズムによって、当時は大気中のCO2濃度が高かったにもかかわらず、なぜ激しい寒冷化が起こったのかという謎が解明されるかもしれません。
加えて、リングが消散すると、冷却効果がなくなり、温室効果ガスによる地球温暖化によって通常の地球温度に戻ると考えられます。ヒルナント期の気候変動は、4億6300万年~4億4400万年前頃に急激に寒冷化が起きて、4億4400万年~4億3700万年前頃に急速に温暖になったとされています。地球のリングは、この現象を上手く説明できる可能性があります。また、逆に、リングの存続期間 (最大で約2200万年) を推定できる可能性もあります。
「オルドビス紀には、生物が多様化しました。急速な気候変動は、生命にとっての課題と進化の必要性を生み出します。したがって、リングが気候変動を引き起こしたのであれば、急速な進化も引き起こした可能性があります」とトムキンス教授は語っています。
リングの構造と形状を明らかにし、本当に大きな影を落とすことができるのかなどを調べるためには、今後は数値モデルの専門家らとの協働が必要になりそうです。気候変動への影響については、さらに慎重に検討しなければならないでしょう。
もし、宇宙から飛来した小惑星が作った地球のリングが、その後の生物の進化にまで影響を及ぼしていたとしたら、とてもロマンがありますね。そうでなくても、リングをまとった地球の姿は、一目でいいから見てみたかったですね。