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日本人の知らないレンガ建築の底知れない魅力

ニューズウィーク日本版 2024年9月21日 19時30分

コリン・ジョイス
<歴史あるレンガ建築に恵まれたイギリスの街からその奥深い世界を紹介>

僕は「レンガのファン」。レンガ造りの建物はイギリスの至る所にあり、素材の一部にすぎず、特に希少価値もないから、僕のこの趣味は少々奇妙だ。

だから、自分の奇抜趣味は日本に住んでいたせいだということにしている。日本で暮らすまで、自分がどれだけレンガが好きなのか気付かなかった。日本ではレンガ造りの建物をほとんど見かけず、次第に恋しくなったのだ。

レンガは華やかなものとは思われていない。例えば、イギリスでは誰それが「レンガだ」という言い方をするが、それはその人が並外れているというよりは信頼性がある、という意味だ。また、何かを「レンガの壁」に例えることもあるが、それは「堅固で突破できない」の意味。だから良い意味に使われることもあるし(サッカーチームのディフェンスとか)、悪い意味の場合もある(官僚主義について言う時など)。

僕はレンガ造りに関しては平均以上に興味深い土地に住んでいる。僕の街、英南東部エセックスのコルチェスターはローマ人の入植地で、イギリスで最初にレンガを作ったのはローマ人だった。街の周囲にはローマ時代のレンガを使ったローマ時代の壁が残っている。
ローマ人の撤退でレンガ作りも衰退

ローマ人がイギリスから撤退した後、失われてしまった技術の1つにレンガ作りの技術も含まれる(床下暖房設備とか、そのほか数多くの便利なものも)。ローマ帝国滅亡からルネッサンスまでの間の数世紀が「暗黒時代」と呼ばれたのにも一理ある。偉大な文明の崩壊には、たくさんの科学、技術、文化の忘却が伴ったからだ。

とにかく、イギリス人はレンガの価値を理解していたが、もはや自分たちで作ることはできなかった。それで彼らは、古いローマ建築からレンガを略奪した。

例えば、11世紀にノルマン人がコルチェスターに城を建てたとき、彼らはローマのレンガを使い、さらには同じ場所にあったローマ寺院の基礎の上に建設さえした。僕は11歳の時に学校遠足でコルチェスターを訪れて(当時は別の場所に住んでいた)、この事実を教わり、すっかり誤解した。両親には、「ローマの城」に行ってきたよと報告したのだ。

街の中心部で存在感を示している教会をはじめ、この町のあちこちにはローマ時代のレンガで作られた建物がいくつかある。近くにある別の教会はハイブリッド型だ。

ローマ時代のレンガで建てられたが、後に大規模な再建が施された。そのため、ローマ時代のレンガを(ほとんどで)使っている塔の部分と比べて、塔を取り囲む建物はかなりタイプが異なるずっと後の時代のレンガでできている。それに何より強烈なのは、後の時代のレンガ造りで塔にもう1階分が後から増築されたことだ。

ローマ時代のレンガが略奪された場所では、「逆」の現象が時々起こった。つまり、ローマ時代の壁の一部が欠けた箇所は、現代のレンガで補修されたのだ。街中で聞かれるジョークにこんなものがある。「私はローマ時代の壁よりも年がいっているよ」

レンガ造りのもう1つの偉大な時代は、ビクトリア朝時代で、当時コルチェスター(およびイギリスの他の都市部)は建築ブームに沸いた。 そのため、街の「頂上」を占める巨大な給水塔など、その時代の壮大なレンガ造り建築がいくつか残っている。

ビクトリア朝時代の壮大な給水塔 COLIN JOYCE

ニュータウン地区を含むレンガ造りの住宅街全体も、この時代に建設された。150年近くたっているのに「ニュー」タウンなんて皮肉だと思われている。住宅、パブ、その他の建物は全て計画に基づき、同時期に建てられて統一感があるので、歩き回るのが楽しい地区だ。とはいえ、ここ数十年で建てられている没個性住宅みたいに「退屈」ではない。

通りに並ぶバラバラなタイプの家

僕の家がある通りは、ニュータウンと同じ時期に建てられたのにもかかわらず、ニュータウンとはずいぶん違っている。種類が多様だからだ。

僕の通りの土地は、分割して競売にかけられた。そこで、ある開発業者が3~4軒分の広さの土地を購入し、好きなように住宅を建てた。また別の業者が隣の分譲地を購入し、異なるタイプの家を3軒建てた。

そのため例えば、あの時代に標準的だった2階建てで各階2部屋ずつの小さなテラスハウスのような家が5軒並んでいる。その隣には、もっと裕福な人々が住むために建てられた、より大きな3つの「タウンハウス」が建っていたりする。

僕の家は不調和なことに、その2つのタイプの中間的な存在だ。大邸宅ほどの広さはないが、テラスハウスよりはずっと快適な「1軒限定」もの。明らかに、かつて家族で暮らしていた誰かのための特別仕様で建てられている(家に付いていた名前から、僕はその一家の姓を推測することもできる)。だから「しゃれた」ポーチのような、個性的な作りも随所に見られる。

つまり、この通りにはさまざまなレンガ造りをしたいろいろと異なる種類の家々があるということだ。赤レンガが一般的だが、その中には非常に装飾的なレンガ細工や、むしろ機能的なものもある。

白い色のレンガもあるが、明らかにこちらのほうが高価だろう。よく見るとクリーミーで、ピンク色がかっている。赤レンガは鉄鉱石から色付けられているのに対し、この色はゴールト粘土で色づいている。

僕の家は、ところどころに趣向が凝らされた赤レンガ造りだ。家の側面には小さな飾りがあるから、遠くから初めてこの家を訪ねてくる人には「ホワイトダイヤモンドが付いた家だよ」と言えば目印になったことだろう(各住宅の番地がまだちゃんと付いていなかった時代の建物なのだ)。

その時代の家々には煙突もあるが、今ではほとんどの場合、不要になっている。今ではどの家もセントラルヒーティングを備えているのだ。でも煙突は(家の中の暖炉と同じように)その家の特徴の一部といえる。

不要な煙突を取り外す気にはなれず

ある時、僕は屋根にソーラーパネルを設置しようと考えていたのだが、建築業者は煙突のせいで影ができて発電量が減ってしまうから煙突を取り外しましょうか、と提案した。僕は、まるで彼が僕の鼻を切り落としましょうかと言ったかのように「気分を害された」。

この感情は奇妙だった。先ほど述べたように煙突は今や不要だし、ある意味厄介とすら言えるのだから――煙突のせいで少し雨が入ってくるし、常に穴が開いているから熱が逃げるし、時には鳥が中に巣を作ることもあってそのせいで汚れたりする。

そこで、雨と鳥を防止するために煙突に「ふた」をしてもらった。高い家のさらにてっぺんまで上って、かなり手を伸ばして作業しなければならなかったので、この仕事を頼んだ屋根職人が肩を少し痛めてしまったことを思い出す。

また、熱が逃げるのを防ぐために、下から「ブロック」もした(特殊なバルーンを使うのが一般的な方法だ)。そのため、煙突のメンテナンスに手間と費用がかかった。

なんにしろ、今日レンガについて書こうと思ったのは、昨日家に帰る途中、これまで何度も前を通っていた教会の前を通りかかったのだが、この時には秋の夕陽が、まるで建物に(文字通り)新たな光が差すかのように当たっていたからだ。そして、珍しい「まだら模様」のレンガ造りにはまさに心を奪われた。おかげでその日の忘れられない出来事になった。

まだら模様のレンガ造りに思わず見入ってしまった近所の教会 COLIN JOYCE

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