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年収600万円、消費者金融の仕事は悪くなかったが、債務者が「衝撃の結末」を迎えることも...

ニューズウィーク日本版 2024年9月30日 11時45分

印南敦史(作家、書評家)
<消費者金融の中の人たちは、何を考え、金を貸し、返済を迫っているのか。1990年代半ばから20年間、業界にいた人物が内情を明かす>

『消費者金融ずるずる日記』(加原井末路・著、三五館シンシャ)の著者は1990年代の半ば、30歳のとき消費者金融の世界に足を踏み入れ、50歳で退職するまで「お金にまつわる悲喜こもごも」を目撃してきたという人物だ。

私はこの仕事で家族3人を養ってきた。それにこの仕事の条件は悪くない。土日祝日は基本的に休みだし、残業手当もしっかりと出る。たまに休日出勤をすれば、割のいい休日出勤手当もきちんと出る。ボーナスを含めて年収600万円ちょい。無事に住宅ローンも組むことができた。 プラス面の一方、それと同様、いやそれ以上のマイナス面も覚悟しなければならない。そもそも世の中のイメージは「消費者金融=悪」だ。ドラマや映画では、貧乏人を食い物にする高利貸しとして描かれる。(「まえがき――「旦那さんのお仕事は?」より)

実際のところ職場は、日常的にあちこちから男性社員たちの怒号が聞こえてくるような環境であったようだ。なんとなく想像がつくが、それもある意味では仕方がないのかもしれない。貸した相手がきちんと返してくれるならまだしも、のらりくらりと話を逸らしてごまかすような人のほうが圧倒的に多いからだ。

だいいち本書を読む限り、著者は根っからの悪人ではなく、数々の戸惑いや良心の呵責を経てきた人物である。そういう人でさえ、必要に応じて「悪人」を演じなくてはならないということだ。

 30代の落合さんは50万円を借りて半年、最初の数カ月は返済していたが、もう2カ月間、返済が滞っている。前回の電話では「明後日払う」と言ったが、実行されていない。電話すると、「すんません。明後日払いますから」と言う。「明後日払うったってさ、この前も同じこと言ったよね。あんた、給料日25日でしょ。明後日って給料前の20日でしょ。どうやって払うの?」(52ページより)

こんな調子なので、お金を貸して、返済してもらう側の口調も厳しくなってしまう。もちろんそれはいいことではないだろうけれども、なにしろ相手が相手なのだ。

借金慣れした年配の債務者が「無敵の人」に

最初の貸付業務の際は「お客さま」として接し、滞納についても初月の遅れまでは敬語で話すのが基本だという。

ところが、「来月には払う」と約束したにもかかわらず、そののち連絡もないまま反故にされたり、電話のたびに延々と言い訳を聞かされたりしているうちにタメグチになってしまうということである。

また、嘘をつかれたり、大声でわめいたりされれば、堪忍袋の緒が切れて罵倒に進化したりもするだろう。そんなことが日々繰り返されるのであれば、無理もないと思わされる。

「とんでも債務者」は年配者に多い。人は歳を重ねるごとに図々しくなっていくらしく、借金慣れした年配債務者の中には「借金が周りにバレようが、集金に来られようがどうってことない」という"無敵の人"に仕上がっている人がいる。(115ページより)

一方、若い債務者にはまじめに返済し、約束を守る人が多いようだ。しかしそんななか、社会人2年目で24歳の伊東さんは2カ月の滞納者だったという。他社も含めて総額150万円の借金を抱えていたため、あるとき著者は本気で追い込みをかけようと電話することになる。

ちなみに何年も電話で催促をしていると、口先だけか、心からの言葉なのかのニュアンスは分かってくるようになるそうだ。そして、「すみません、なんとかします」と懸命に謝り続ける伊東さんの口ぶりは、明らかに後者だったという。

どうしてもお金が必要だったため、最初はアコムから借り、最初に入社した会社でがんばろうと思っていたものの、労働環境が厳しく体調を崩すことに。仕事が続けられなくなり、やむなく退職した。電話口で伊東さんはそんな事情を明かした。

 時折、グスッグスッと鼻水をすする音が聞こえてくる。泣いているようだ。「生活していくだけなら、アルバイトでなんとか切り詰めてやっていけたんですが、大学のときに借りた奨学金の返済があったもので......。それでまずアコムさんに借りに行ったんです」(116〜117ページより)

「必ずきっちりと返済します」...その1カ月後

銀行で借りようにも審査は通りにくく時間がかかる。奨学金と家賃の支払いが迫っていたため、まずはアコムから借りて糊口をしのぐも、正社員の仕事が見つからず、著者の会社をはじめとする別の消費者金融からも借りてしまうことに......。

多重債務に陥る人の典型的なパターンだそうだが、気の毒なのはその原因が奨学金だったということだ。

そのため著者も心を動かされるが、しかし債務者の個人的な理由に振り回されるわけにはいかない。ドライさが求められる立場なので、「今回だけは特別に待つけど、ちゃんと返してもらわなければいけないんだから、そのことは覚えておいてね」と告げる。

「はい、もちろんです。ご迷惑をかけないように、必ずきっちりと返済します。それはお約束します」 これ以上、追及はできないと悟った私は電話を切った。伊東さんの境遇に思いを馳せ、ため息をつく。(118ページより)

ところがこの話は、悲しい結末を迎える。あるとき部署に届いた1通の封筒を開けたとき、著者は衝撃を受けることになった。

それは死亡診断書だった。

氏名:伊東孝則(男) 昭和×年2月26日死亡したとき:平成×年8月10日 午後11時死亡したところ:××市××町1-2-5 ××公園死亡の原因:縊死(いし)......。 血の気が引いて、息が詰まった。つい1カ月ほど前に電話でやりとりをした、あの伊東さんだ。奨学金が多重債務の原因という境遇に同情心を抱いたが、電話を切って数分後にはもう忘れてしまっていた。 私は伊東さんに直接会ったことはなく、一度だけ電話で催促したにすぎない。ただ、あのときには間違いなく電話の向こう側に存在していた人だ。その人が自殺した。(123〜124ページより)

直接やりとりをした債務者の自殺を知ったのはそのときが初めてだったそうだが、なんとも身につまされる話である。だが、奨学金の返済が社会問題化している現代においては、もしかしたら珍しい話ではないのかもしれない。

さて、こうしたエピソードはありつつも、基本的には債務者とのやりとりがコミカルに描写されていくのが本書の特徴だ。最終的に意外な、そして悲しい結末につながっていくことにもなる。

その詳細については、ここでは触れないでおこう。

『消費者金融ずるずる日記』
 加原井末路 著
 三五館シンシャ

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『書評の仕事』(ワニブックス)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。



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