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大谷翔平をベーブ・ルースやテッド・ウィリアムズなどの過去の名選手たちと比べたら?

ニューズウィーク日本版 2024年10月2日 17時37分

グレン・カール(本誌コラムニスト、元CIA工作員)
<打撃専念で素晴らしいシーズンとなった大谷翔平、往年の名選手たちと通算成績の指標から比較して見えてきた違いとは?>

私と家族が暮らすボストンでは、5月初めでも野球をするにはまだ寒い。ボールを打つと、バットを握る手がジーンとする。

それでもレッドソックスは、憎きヤンキースをフェンウェイ・パークに迎えていた。打席には、ボストンのヒーローである強打者デービッド・オルティスが立っている。

その日も、病院のベッドで父が試合を見ていた。彼は1940〜50年代にニューイングランド・インダストリアル・ベースボールリーグというセミプロのタフなリーグで、投手をしていた(といっても試合そのものより、試合中の数々の乱闘騒ぎの話をして、そのときの傷痕を見せるのを楽しんでいたが)。

テレビがオルティスの打席を映していたから、すぐには父と話せなかった。しばらくして父は「おいおい」といつもの口調で言った。「オルティス。役立たず。スラッガーは三振ばかり。ボールを前に転がせ」

父はその夜、90歳で亡くなった。走者をコツコツ進め、ボールを「前に転がす」という「スモールボール」こそ野球の理想像であり、打者の優劣を判断する基準にもなり得ると、彼は信じていた。

父がプレーしていた75年前から、そして亡くなった15年前からでさえ、野球は変わった。打者はボールを「前に転がす」より、フェンス越えを狙って思い切りバットを振り回す。三振をしても誰もとがめない。「ロングボール」のドラマは観客を興奮させ、金をもたらす。

データを統計学的に分析して野球のありようを変えた「セイバーメトリクス」の専門家らも、走者を進めるスモールボールより本塁打を打ったほうが得点につながると言う。父も私も、この見方は信じていない。

大谷翔平は、スモールボールとロングボールの両方の要素を兼ね備えた選手だと思う。彼は高い打率で走者を進め、同時に長打も放つ。衝撃的な身体能力と、殿堂入りも確実な技術がそれを可能にしている。

大谷が偉大な選手であることは確かだ。だが過去の名選手と比べてどうなのか。それは野球ファンなら誰もが好む、正解のない楽しい話題だ。

大谷を1920年代から現在までに殿堂入りした主な選手たちと比較してみよう。まず、ベーブ・ルース。選ぶ理由は、ルースがそうではないと証明されるまでは史上最高の選手だから。2人目はテッド・ウィリアムズ。40〜50年代に活躍した選手で、しばしば史上最高の打者と言われる。

次にウィリー・メイズ。50〜70年代の選手で、史上最高のオールラウンドプレーヤーの1人だ。そしてカール・ヤストレムスキー。60〜80年代に活躍し、私の幼い頃のヒーローだ。最後にリッキー・ヘンダーソン。史上最強の盗塁王である。

これらの名選手と大谷を、5つの通算成績の指標から評価する。①打率、②出塁率、③1本塁打当たりの打数、④三振1個当たりの打数、⑤1盗塁当たりの試合数。もちろん、過去の名選手は大谷の3倍の約20年間、MLBで最高レベルのプレーを続けたことを忘れてはならない。

①打率

大谷の打率は、MLBでのキャリアの大半を投手と野手の二刀流でプレーしてきたことが影響しているのかもしれない。打者に専念している今季の打率は、キャリア平均を2〜3分上回る。それでも他の偉大な選手たちの数字は、アベレージヒッターとしての大谷よりかなり上だ。

テッド・ウィリアムズの生涯打率はレッドソックスの球団記録 BETTMANN/GETTY IMAGES

◇ ◇ ◇

②出塁率

メイズ、ヤストレムスキー、大谷の3人の数字はかなり近い。偉大な選手たちだが、この指標でもっと偉大な選手たちとの間には開きがある。大谷の出塁率がいまひとつなのは、打者がフェンス越えを狙ってバットを振り回し、三振が容認される時代にプレーしているからではないか。

ウィリー・メイズは走攻守そろった「コンプリート・プレーヤー」 GRANGER.COM/AFLO

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③1本塁打当たりの打数

この指標で大谷を上回るのはルースだけだ。選手の偉大さを測る物差しは「第一線で活躍した期間の長さと通算成績」と言って差し支えないはずだが、対戦する投手にとってどれほど危険な打者であるかを正確に測るには、こちらの指標のほうが正確だろう。一発が怖い打者という意味で、大谷の右に出る選手はほとんどいない。

しかし長打が重視され、三振が許容される現代とは異なり、ルースが11.8打数に1本の本塁打を打っていた時代は、本塁打の数自体がはるかに少なかったことは覚えておいていいだろう。

ベーブ・ルースの本塁打王12回はいまだに破られていない BETTMANN/GETTY IMAGES

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④三振1個当たりの打数

「ホームラン狙いでバットを大振りすることがチームの勝率アップにつながる」という考えに同意できないのは、私も父と同じだ。

大振りした挙げ句に三振したら、得点につながらない。ベンチに戻るついでにヘルメットを地面に投げ付け、いら立ちをマッチョに表現したところで意味はない。こういうとき、父は「かっこつけてんじゃないぞ。ボールを前に転がせ!」と言っていた。

さて三振1個当たりの打数、つまり何打数に1回、三振を取られたかという指標で見ると、ウィリアムズの記録は「史上最も偉大な打者」の名にふさわしいものだ。彼は無駄振りをしない選手で、三振で打席を終わることはさらに少なかった。この点、ホームラン狙いの大振りが求められる現代に生きる大谷は分が悪いかもしれない。

でも私が思うに、昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝で日本がアメリカに勝利したのは、スモールボールに秀でていたおかげではなかったか。

豪快なスイングで知られたカール・ヤストレムスキー MARVIN E. NEWMANーSPORTS ILLUSTRATED/GETTY IMAGES

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⑤1盗塁当たりの試合数

出塁率に長打率を足したOPSという指標と同じく、1盗塁当たりの試合数からは、打率だけでは見えない打者の「付加価値」が分かる。

大谷は多芸な選手で、対戦チームにとってはさまざまな場面で脅威となる嫌な相手だ。盗塁を決めてシングルヒットを事実上の二塁打や三塁打にしてしまう能力で、大谷は他の偉大な打者たちより優れている。

リッキー・ヘンダーソンの通算盗塁数1406はMLB歴代1位 RONALD C. MODRAーSPORTS ILLUSTRATED/GETTY IMAGES

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以上の5つの指標から大谷のMLBでの7年間の活躍を見ると、彼は一流の打者ではあるが、史上最も偉大な打者たちの仲間入りをするにはまだ至っていないと言えるだろう。

しかし8月28日に本拠地ドジャースタジアムで行われた試合は、大谷の面目躍如だった。大谷と愛犬デコピンの首振り人形が観客に配られ、デコピンが始球式をしたこの試合に、大谷は「1番・指名打者」で出場。第1打席で今季42本目となる本塁打を打ったかと思えば、第2、第3打席も出塁し、それぞれ盗塁を決めて今季の盗塁数を42にした。

大谷はこんな偉業を何度もやってのけている。

大谷は「偉大な打者」という言葉では表現し切れない存在なのだ。彼ほど多芸で才能にあふれ、野球のさまざまな場面で優れたプレーができる選手はいない。

多芸ぶりが抜きん出た選手という意味で、大谷と肩を並べられるのはルースだけ。そしてルースにしても、そんなプレーをしていたのはレッドソックス時代の数年間だけで、それも100年以上前の話だ。

つまり大谷と往年の名選手たちの違いは、打撃よりも第一線で活躍し続けた年数ということになる。そういう意味で大谷がルースやウィリアムズと肩を並べるには、あと5〜10年は恐ろしく高いレベルで投打で活躍し、盗塁を決め続けなければならないだろう。

父が見ていたら言うだろう。大谷みたいな選手にはめったにお目にかかれないと。

※記事中の記録は日本時間9月28日正午現在

■今永昇太 対 大谷翔平(9月10日対戦、全打席)



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