村上尚己
<円高・株安の「石破ショック」が市場に起こったが、石破政権で予想される経済政策は何か。2%インフレ目標についての政府と日銀のコミットメントを変える可能性は低いが>
決選投票でのまさかの逆転劇を経て、石破茂氏が新たな自民党総裁となり、10月1日から石破政権が発足した。そして、10月27日には衆院選挙が行われる見通しになった。
これまで判明している、内閣や党要職の人事、石破新首相の発言などから、石破政権において日本経済・株式市場がどうなるかを本稿では議論したい。
「高市政権」への期待から一時、円安・株高となった金融市場では、僅差での石破政権となり9月30日にかけて大幅な円高・株安に転じた。経済成長を重視して拡張的な金融財政政策を掲げる「高市政権」に対する期待が剥落したことになる。この「石破ショック」は今後も続くのだろうか。
石破政権で予想される経済政策は何か。周知のように石破氏は、安倍政権に批判的な姿勢を示して、金融緩和強化などの経済政策に対しても批判的であった。
新著『保守政治家』(講談社)では、「異次元の金融緩和では日本経済は治らない」とする一方、「金融緩和については一定の効果があった」と評価する。そして、「金融緩和によってもともと抱えている病気が治るわけではない」「金利のつかないお金が大量に市場に出回ったことで、企業が金利負担という資本主義における付加価値創造能力を失い、安きに流れた面があった」と述べている。
「安きに流れた」というのは筆者は理解できないのだが、実際には、2013年以降安倍政権下で実現した金融緩和強化によって、デフレは和らぎ、雇用は大きく増えた。アベノミクスのレガシーのおかげで、岸田政権において、インフレ率が高まり名目GDPが600兆円の大台に増えるなど、ようやく他の先進国と同様の経済状況に近づいた。
そして、金融緩和を徹底したことによって2022年以降円安が進み、輸出企業の価格競争力が高まり、国内サービス業ではインバウンドブームが起きて、日本が久ぶりに世界から見直される変化が起きつつある。
また、金融緩和が続いたことで市場機能が活性化して、企業のイノベーションが促進され、そして日本経済の問題も少しずつ治癒しつつある。財政赤字はGDP比3%前後まで減っており、来年度には財政黒字実現すらみえている(現状の2%インフレが実現していない経済状況では、財政黒字になることは望ましくなく、財政政策は緊縮的過ぎだが)。
こうした日本経済の改善が、2013年以降の日本銀行の金融緩和が続いた事によってもたらされた事実を、石破氏は十分理解していないようである。
消費増税、相続税率引き上げ、法人税率引き上げに対する考えは?
もっとも、石破氏勝利で9月27日に起きた日本株先物市場の急落を目の当たりにしたのか、金融政策についてテレビ番組で「今の金融緩和の方向性は維持していかなければならない」、「まだデフレが脱却できたとは断言できない状況の中で、金利をうんぬんかんぬんと言ってはいけないと思う」と述べた。
また、石破氏の「政策集」には「経済あっての財政との考え方に立ち、デフレ脱却最優先の政策運営を行う」とある。アベノミクスと同じである「デフレ脱却最優先の政策運営」の基本方針は、総裁選挙出馬にあたり推薦人を確保する過程で、石破氏は政治的に妥協したのだろう。
これらを踏まえると、デフレ脱却最優先という基本方針を掲げているのだから、現在の2%インフレ目標についての、政府と日銀のコミットメントを変える可能性は低い。
また、石破政権成立の立役者である菅義偉氏が副総裁となり、菅政権で官房長官だった加藤勝信氏が財務大臣に就任した。両氏はアベノミクスを実務的に支えていたので、「利上げに前のめり」な日本銀行に対して、岸田政権よりも厳しい態度をとるだろう。
経済、金融市場が安定しているならば、石破政権は日銀の政策判断を尊重するとみられる。植田和男総裁率いる日銀は、従来の政策姿勢を変えることなく、1%と日銀がみなしている「最低限の中立金利」を目指して、利上げを継続するだろう。次の利上げは、早ければ、衆議院選挙が行われる直後の、次回10月末の会合と筆者は予想している。
財政政策については、石破氏は先述の新著において、財政規律が重要であるとしながら、「消費税には逆進性がある」と述べている。消費増税に向けた政策転換は予想し難い。
一方で、社会保障に関する国民会議を立ち上げて、社会保障の財源を確保する必要がある、と述べている。財源として、「使わなかった年金(死亡した人の金融資産)」を例示しているが、実務的には相続税率の引き上げだろう。そして、円安によって法人税が増えた分を防衛費や少子化対策にあてるべき、と述べており法人税率引き上げを目指す可能性が高い。
金融財政政策は、岸田政権と大きくは変わらないだろう
実際には、先に述べたように、現行の税体系のもとで税収が大きく伸びており、岸田政権下で財政収支は大きく改善している。民間への課税強化となる増税は言うまでもなく、防衛増税や復興増税など既に決まった増税措置についても妥当性が議論されるべきである。
増税撤回が実現すれば家計の所得が底上げされて、個人消費の持続的な回復をもたらし、そうなれば石破政権は世論の支持を得ることができるだろう。
ただ、一方で石破氏は、「地方創生」を重視しており、地方や農業などへの分配政策を強化するとみられ、最終的には増税政策が志向されるだろう。このため、財政政策は経済成長を抑制する方向に作用する、と筆者は現時点で予想している。
以上を踏まえると、石破新政権による金融財政政策は、岸田政権と大きくは変わらないだろう。同様に、規制緩和など長期的な経済成長を底上げする政策に踏み込む可能性は極めて低い。2025年度にかけての日本経済は、1%未満の「ねっとりした」成長に止まるだろう。
このため、株式市場が石破政権を好感することも期待しづらい。既に7月に行われた通貨当局による円高誘導策、日銀による断続利上げが始まったことで、春先まで好調だった日本株のリターンは米国よりも下回っている。
石破ショックは長続きしないにしても、日銀の利上げによって円高が続くとみられ、日本株の動向は、大統領選挙を控える米国株次第の状況が続くと予想される。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
<円高・株安の「石破ショック」が市場に起こったが、石破政権で予想される経済政策は何か。2%インフレ目標についての政府と日銀のコミットメントを変える可能性は低いが>
決選投票でのまさかの逆転劇を経て、石破茂氏が新たな自民党総裁となり、10月1日から石破政権が発足した。そして、10月27日には衆院選挙が行われる見通しになった。
これまで判明している、内閣や党要職の人事、石破新首相の発言などから、石破政権において日本経済・株式市場がどうなるかを本稿では議論したい。
「高市政権」への期待から一時、円安・株高となった金融市場では、僅差での石破政権となり9月30日にかけて大幅な円高・株安に転じた。経済成長を重視して拡張的な金融財政政策を掲げる「高市政権」に対する期待が剥落したことになる。この「石破ショック」は今後も続くのだろうか。
石破政権で予想される経済政策は何か。周知のように石破氏は、安倍政権に批判的な姿勢を示して、金融緩和強化などの経済政策に対しても批判的であった。
新著『保守政治家』(講談社)では、「異次元の金融緩和では日本経済は治らない」とする一方、「金融緩和については一定の効果があった」と評価する。そして、「金融緩和によってもともと抱えている病気が治るわけではない」「金利のつかないお金が大量に市場に出回ったことで、企業が金利負担という資本主義における付加価値創造能力を失い、安きに流れた面があった」と述べている。
「安きに流れた」というのは筆者は理解できないのだが、実際には、2013年以降安倍政権下で実現した金融緩和強化によって、デフレは和らぎ、雇用は大きく増えた。アベノミクスのレガシーのおかげで、岸田政権において、インフレ率が高まり名目GDPが600兆円の大台に増えるなど、ようやく他の先進国と同様の経済状況に近づいた。
そして、金融緩和を徹底したことによって2022年以降円安が進み、輸出企業の価格競争力が高まり、国内サービス業ではインバウンドブームが起きて、日本が久ぶりに世界から見直される変化が起きつつある。
また、金融緩和が続いたことで市場機能が活性化して、企業のイノベーションが促進され、そして日本経済の問題も少しずつ治癒しつつある。財政赤字はGDP比3%前後まで減っており、来年度には財政黒字実現すらみえている(現状の2%インフレが実現していない経済状況では、財政黒字になることは望ましくなく、財政政策は緊縮的過ぎだが)。
こうした日本経済の改善が、2013年以降の日本銀行の金融緩和が続いた事によってもたらされた事実を、石破氏は十分理解していないようである。
消費増税、相続税率引き上げ、法人税率引き上げに対する考えは?
もっとも、石破氏勝利で9月27日に起きた日本株先物市場の急落を目の当たりにしたのか、金融政策についてテレビ番組で「今の金融緩和の方向性は維持していかなければならない」、「まだデフレが脱却できたとは断言できない状況の中で、金利をうんぬんかんぬんと言ってはいけないと思う」と述べた。
また、石破氏の「政策集」には「経済あっての財政との考え方に立ち、デフレ脱却最優先の政策運営を行う」とある。アベノミクスと同じである「デフレ脱却最優先の政策運営」の基本方針は、総裁選挙出馬にあたり推薦人を確保する過程で、石破氏は政治的に妥協したのだろう。
これらを踏まえると、デフレ脱却最優先という基本方針を掲げているのだから、現在の2%インフレ目標についての、政府と日銀のコミットメントを変える可能性は低い。
また、石破政権成立の立役者である菅義偉氏が副総裁となり、菅政権で官房長官だった加藤勝信氏が財務大臣に就任した。両氏はアベノミクスを実務的に支えていたので、「利上げに前のめり」な日本銀行に対して、岸田政権よりも厳しい態度をとるだろう。
経済、金融市場が安定しているならば、石破政権は日銀の政策判断を尊重するとみられる。植田和男総裁率いる日銀は、従来の政策姿勢を変えることなく、1%と日銀がみなしている「最低限の中立金利」を目指して、利上げを継続するだろう。次の利上げは、早ければ、衆議院選挙が行われる直後の、次回10月末の会合と筆者は予想している。
財政政策については、石破氏は先述の新著において、財政規律が重要であるとしながら、「消費税には逆進性がある」と述べている。消費増税に向けた政策転換は予想し難い。
一方で、社会保障に関する国民会議を立ち上げて、社会保障の財源を確保する必要がある、と述べている。財源として、「使わなかった年金(死亡した人の金融資産)」を例示しているが、実務的には相続税率の引き上げだろう。そして、円安によって法人税が増えた分を防衛費や少子化対策にあてるべき、と述べており法人税率引き上げを目指す可能性が高い。
金融財政政策は、岸田政権と大きくは変わらないだろう
実際には、先に述べたように、現行の税体系のもとで税収が大きく伸びており、岸田政権下で財政収支は大きく改善している。民間への課税強化となる増税は言うまでもなく、防衛増税や復興増税など既に決まった増税措置についても妥当性が議論されるべきである。
増税撤回が実現すれば家計の所得が底上げされて、個人消費の持続的な回復をもたらし、そうなれば石破政権は世論の支持を得ることができるだろう。
ただ、一方で石破氏は、「地方創生」を重視しており、地方や農業などへの分配政策を強化するとみられ、最終的には増税政策が志向されるだろう。このため、財政政策は経済成長を抑制する方向に作用する、と筆者は現時点で予想している。
以上を踏まえると、石破新政権による金融財政政策は、岸田政権と大きくは変わらないだろう。同様に、規制緩和など長期的な経済成長を底上げする政策に踏み込む可能性は極めて低い。2025年度にかけての日本経済は、1%未満の「ねっとりした」成長に止まるだろう。
このため、株式市場が石破政権を好感することも期待しづらい。既に7月に行われた通貨当局による円高誘導策、日銀による断続利上げが始まったことで、春先まで好調だった日本株のリターンは米国よりも下回っている。
石破ショックは長続きしないにしても、日銀の利上げによって円高が続くとみられ、日本株の動向は、大統領選挙を控える米国株次第の状況が続くと予想される。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)