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サプライズはゼロだった米副大統領候補の討論会

ニューズウィーク日本版 2024年10月3日 23時0分

冷泉彰彦
<予想されていたような罵倒合戦も、選挙をひっくり返すようなとんでもない暴露もなかった>

9月10日に行われたトランプ氏対ハリス氏のテレビ討論では、ハリス氏の優勢という評価が大勢を占めていました。討論終了後にトランプ氏は、残り2回が予定されていたテレビ討論には今後は参加しないと表明しました。理由としては「もう郵送投票が始まっている中では、時期を逸した」というのですが、一部には1回目の「失敗」を繰り返したくないという陣営の計算があるという解説もされていました。

そこで注目されたのが、今回米東部時間10月1日(火)午後9時から行われた副大統領候補同士のテレビ討論です。バンス氏とウォルズ氏の初対決ということと同時に、両陣営が衝突する討論としては、投票日前ではこれが最後になる可能性が濃厚ということで注目されていました。

下馬評として、トランプ氏のことを「奇妙な政治家」だと言い続けているウォルズ氏と、トランプ氏に忠誠を見せているヴァンス氏の間では激しい罵倒合戦になるだろうという予想がありました。さらに、とんでもない暴露があって、それが大統領選の結果を左右する「オクトーバー・サプライズ」になるという説もあったのでした。

ですが、結果は全く違いました。討論は僅かな例外を除いては、最初から最後まで紳士的に行われ、内容面でもサプライズは全くありませんでした。討論の最初に2人が歩み寄って握手をしただけでなく、終了後にも握手があり、それどころかそれぞれの夫人を交えた4人が数分にわたって懇談するというシーンが見られました。さらに両夫婦は、司会者(ノラ・オドネルとマーガレット・ブレナンという、なかなか肝の座った2人のCBS女性政治記者)にも握手を求めるなど、極めて礼儀正しい光景が繰り広げられたのです。

トランプ陣営の主張をはぐらかしたバンス

CNNのベテラン政治記者であるダナ・バッシュなどは「リハビリになった」と嘆息していました。罵倒と中傷に満ちた「トランプ劇場」や、対話を不可能にする「分断」を見慣れ、またそれに疲れていた政治記者にとっては、この光景を見て記者自身が救われたような気持ちになったのかもしれません。

肝心の討論の内容ですが、確かに移民問題や妊娠中絶の問題では、舌戦もありましたがほぼ想定内でした。その一方で、この2つの争点に関してもそうですが、まずバンス候補は、これまでのトランプ陣営の主張を「ぼかす」努力をしていたのでした。

例えば「不法移民の2000万人規模の強制送還(トランプ氏が再三主張)に際しては、米国市民の子どもと不法移民の親を引き裂くのか?」「妊娠中絶禁止の全国法を依然として推進する立場なのか?」といった質問に対しては、以前とは異なり、バンス氏は明確な回答を避けていました。

かなり意外だったのが、2020年の選挙への評価です。「2020年の選挙結果を今でも認めないのか?」という質問は、これまではトランプ派としての一種の「踏み絵」でした。「2020年はトランプが勝っており、バイデンは選挙を盗んだ」と発言して初めてトランプの同志だと認められる、そんな状態が続いていたのです。ところが今回の討論では、この質問に対してバンス氏は「未来のことを語ろうじゃないか」と答えて、直接回答するのは避けていました。

さらに驚いたのは、バンス氏によれば「2021年1月6日の議会暴動」などは実際にはないようなものであり、この時も「政権交代は平和のうちに行われた」というのです。トランプ氏への批判のセリフを思い切り用意していたであろう、ウォルズ候補は、このバンス候補の言い方を見て、丸い目を余計に丸くしていたのでした。その他にも意外だったのは、農業振興であるとか、有給の育休を全国法で義務化するなどという話題では、両候補は意気投合すらしていたのでした。

そんなわけで、分断と罵倒合戦という2016年以来の「選挙のパターン」がまるで消えてしまったかのような、不思議なテレビ討論でした。もちろん、こうしたトーンで進んだというのは、両陣営の計算が重なったからに他なりません。では、どういった思惑があったのかというと、ズバリ「未決定無党派層」の取り込みが狙いだったということです。

まずバンス氏としては、トランプ候補本人が延々と続けてきた「暴言パフォーマンス」でコア支持層を固める作戦は既に限界に来ているという判断があったのだと思います。そこで、今回は無党派層にターゲットを定めたと考えられます。CNNで政治アナリストのヴァン・ジョーンズ氏(オバマの元ブレーンの一人)によれば「トランプ政治のあらゆるクレイジーな点を洗い流して女性票と、無党派票に媚びただけ。全ては虚偽」と手厳しいのですが、とにかくバンス氏はこの方法論を徹底していました。

ウォルズ氏の方も、ほぼ同じような作戦であり、「未決定無党派層」への浸透をかなり意識していたようです。例えば自分の趣味は狩猟で銃を保持しており、以前は熱心なNRA(全米ライフル協会)の会員だったなどと述べて、銃保有派をかなり意識していました。2人がこうした姿勢を徹底したのには、決戦州と言われるペンシルベニア、ミネソタ、ウィスコンシンの3州での情勢が極めて僅差で推移している点もあると思われます。

このように、今回の副大統領候補のテレビ討論ではサプライズもなければ、過激な中傷合戦もありませんでした。これで、全体としては僅差のまま、約1カ月後の投票日まで推移する可能性が高くなってきました。その一方で、「オクトーバー・サプライズ」があるとしたら、中東情勢の悪化、株式市場の暴落といった軍事外交や経済に関わる激変が選挙の構図を変えるというシナリオになるのではないでしょうか。

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