マーク・ランク(ワシントン大学セントルイス校教授〔社会福祉〕)
<政府が定める貧困の定義に該当する人は11.1%で、22年の11.5%から微減となった。ところが、別の貧困指標は正反対の結果を示す>
米国勢調査局が9月に発表した所得と貧困に関する報告書によると、2023年にアメリカで貧困状態にあった人は約3680万人で、前年よりもわずかに減った。貧困率も微減になった。ところが別の貧困指標では、生活が苦しく、貧困下にある人は増えている。
これは一体どういうことなのか。最新の貧困統計とアメリカの貧困について、ワシントン大学セントルイス校のマーク・ランク教授(社会福祉)に話を聞いた。
◇ ◇ ◇
──今回の報告書で一番の驚きは?
最も興味深いのは、2つの貧困指標が正反対の方向性を示したことだと思う。まず、政府が定める貧困の定義に該当する人は11.1%で、22年の11.5%と比べると微減した。つまりアメリカの貧困はわずかに縮小したことになる。
ところが、政府の支援策などの影響を調整した補助的貧困率(SPM)は12.9%で、22年の12.4%と比べると上昇した。つまり、わずかだが貧困は拡大したことになる。
伝統的な貧困率が下がったのは、世帯所得が穏やかな増加を示したこと(物価上昇分を差し引いてもそうだった)が大きかった。
ただ、多くの貧困専門家と同じように私も、補助的貧困率のほうが実態を正確に示していると思う。これは11年に導入された指標で、消費支出だけでなく、税額控除や政府の貧困削減策の影響を調整した上での貧困レベルを示している。
23年に補助的貧困率が上昇した大きな理由の1つは、社会保障給付とフードスタンプ(政府発行の食料クーポン)のおかげで、貧困の定義に該当しなくなった人が、前年よりも減ったためだ。また、医療費の自己負担が増えたことも影響した。
苦しい生活を支える、フードスタンプが使える店(ニューヨーク州) SCOTT HEINS/GETTY IMAGES
──アメリカの貧困をもっとうまく測定する方法はあるのか。
国勢調査局の報告書は、ある年の貧困状態を明らかにするにすぎない。それよりも、典型的なアメリカ人が一生の間で貧困に陥るリスクを推測するほうが有意義だと思う。
そこで私は、ミシガン大学の研究チームの協力を得て、全米各地の典型的な世帯の経済状態を1968年からずっと追跡してきた大規模データセットを使って研究をした。その結果、アメリカ人の過半数が、成人後に少なくとも1年は貧困を経験することが分かった。
具体的に言うと、アメリカ人の58.5%が、20歳から75歳になるまでの間の少なくとも1年間は、政府が定める貧困ラインを下回る生活を経験する。
この範囲を、貧困または貧困に近い状態、つまり「所得が貧困ラインの150%以下」に広げると、一生の間に1年は貧しい暮らしを経験するアメリカ人の割合は76%まで跳ね上がる。
国勢調査局の報告書では、現在、貧困に直面している人は11.1%、つまり9人に1人だが、私の研究では、アメリカ人の4人に3人が、人生のどこかの段階で貧困または貧困に近い状態を経験する。
従って貧困の問題は、「誰かの問題」ではなく、「自分の問題」として認識されるべきだ。
──アメリカの貧困は、他の先進国の貧困とどう違うのか。
西側先進国の中で、アメリカは最も貧困率が高い国の1つだ。労働力人口、子供、65歳以上、全人口などのカテゴリー別に見ても、貧困の範囲と深さという意味ではアメリカはトップに近い。
その大きな理由の1つとして、アメリカの連邦政府は、よその国と比べて、人々が貧困に陥らないようにするための施策が大幅に少ないことが挙げられる。アメリカのセーフティーネット(安全網)は、国民が生活苦に陥るのを防ぐという点では比較的弱いのだ。
だから貧困の定義に該当する人の割合が、先進国の中でトップレベルになっている。所得格差や富の格差のレベルも、よその国と比べて極端に大きい傾向がある。
──アメリカの貧困率の長期的パターンは何を意味するのか。
20世紀半ば、アメリカは貧困削減の面で大きな進歩を遂げた。1959年の貧困率は22.4%だったが、73年には11.1%へと半減したのだ。その背景には、60年代の好況と、政府が推進した貧困撲滅政策がある。
だが、73年以降、アメリカの貧困率は11〜15%のレンジにとどまっている。総じて景気がいいときはやや低下するが、景気低迷期は上昇する傾向がある。実際、2023年の貧困率は1973年と同じ(11.1%)だ。補助的貧困率も12.9%で、アメリカの貧困が過去50年間改善していないことを示している。
ただ、貧困が改善した領域も2つある。まず、高齢者が貧困に陥る可能性が低下した。1959年は65歳以上の貧困率が35.2%と、どの年齢層よりも高い水準にあった。それが2023年は9.7%となり、どの年齢層よりも低くなった。
これは社会保障給付の拡大と、1965年に導入されたメディケア(高齢者医療保険制度)とメディケイド(低所得者医療保険制度)によるところが大きい。それがなければ、今ごろ高齢者の貧困率は40%に達していただろう。
もう1つの大きな成功は、2021年に子供の貧困率が大幅に低下したことだ。これはコロナ禍で経済が大混乱に陥った20年以降、連邦政府が児童税額控除の対象を大幅に拡大するとともに、全国民に現金給付を行った結果だ。
その結果、2021年の子供の補助的貧困率は5.2%と、20年の9.7%と比べるとほぼ半減した。
だが、こうした給付金も今は打ち切りとなり、子供の貧困率もコロナ禍前と同じ水準に戻った。補助的貧困率は23年には13.7%まで上昇し、18年以降で最悪となっている。
Mark Robert Rank,Professor of Social Welfare,Arts & Sciences at Washington University in St. Louis
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
<政府が定める貧困の定義に該当する人は11.1%で、22年の11.5%から微減となった。ところが、別の貧困指標は正反対の結果を示す>
米国勢調査局が9月に発表した所得と貧困に関する報告書によると、2023年にアメリカで貧困状態にあった人は約3680万人で、前年よりもわずかに減った。貧困率も微減になった。ところが別の貧困指標では、生活が苦しく、貧困下にある人は増えている。
これは一体どういうことなのか。最新の貧困統計とアメリカの貧困について、ワシントン大学セントルイス校のマーク・ランク教授(社会福祉)に話を聞いた。
◇ ◇ ◇
──今回の報告書で一番の驚きは?
最も興味深いのは、2つの貧困指標が正反対の方向性を示したことだと思う。まず、政府が定める貧困の定義に該当する人は11.1%で、22年の11.5%と比べると微減した。つまりアメリカの貧困はわずかに縮小したことになる。
ところが、政府の支援策などの影響を調整した補助的貧困率(SPM)は12.9%で、22年の12.4%と比べると上昇した。つまり、わずかだが貧困は拡大したことになる。
伝統的な貧困率が下がったのは、世帯所得が穏やかな増加を示したこと(物価上昇分を差し引いてもそうだった)が大きかった。
ただ、多くの貧困専門家と同じように私も、補助的貧困率のほうが実態を正確に示していると思う。これは11年に導入された指標で、消費支出だけでなく、税額控除や政府の貧困削減策の影響を調整した上での貧困レベルを示している。
23年に補助的貧困率が上昇した大きな理由の1つは、社会保障給付とフードスタンプ(政府発行の食料クーポン)のおかげで、貧困の定義に該当しなくなった人が、前年よりも減ったためだ。また、医療費の自己負担が増えたことも影響した。
苦しい生活を支える、フードスタンプが使える店(ニューヨーク州) SCOTT HEINS/GETTY IMAGES
──アメリカの貧困をもっとうまく測定する方法はあるのか。
国勢調査局の報告書は、ある年の貧困状態を明らかにするにすぎない。それよりも、典型的なアメリカ人が一生の間で貧困に陥るリスクを推測するほうが有意義だと思う。
そこで私は、ミシガン大学の研究チームの協力を得て、全米各地の典型的な世帯の経済状態を1968年からずっと追跡してきた大規模データセットを使って研究をした。その結果、アメリカ人の過半数が、成人後に少なくとも1年は貧困を経験することが分かった。
具体的に言うと、アメリカ人の58.5%が、20歳から75歳になるまでの間の少なくとも1年間は、政府が定める貧困ラインを下回る生活を経験する。
この範囲を、貧困または貧困に近い状態、つまり「所得が貧困ラインの150%以下」に広げると、一生の間に1年は貧しい暮らしを経験するアメリカ人の割合は76%まで跳ね上がる。
国勢調査局の報告書では、現在、貧困に直面している人は11.1%、つまり9人に1人だが、私の研究では、アメリカ人の4人に3人が、人生のどこかの段階で貧困または貧困に近い状態を経験する。
従って貧困の問題は、「誰かの問題」ではなく、「自分の問題」として認識されるべきだ。
──アメリカの貧困は、他の先進国の貧困とどう違うのか。
西側先進国の中で、アメリカは最も貧困率が高い国の1つだ。労働力人口、子供、65歳以上、全人口などのカテゴリー別に見ても、貧困の範囲と深さという意味ではアメリカはトップに近い。
その大きな理由の1つとして、アメリカの連邦政府は、よその国と比べて、人々が貧困に陥らないようにするための施策が大幅に少ないことが挙げられる。アメリカのセーフティーネット(安全網)は、国民が生活苦に陥るのを防ぐという点では比較的弱いのだ。
だから貧困の定義に該当する人の割合が、先進国の中でトップレベルになっている。所得格差や富の格差のレベルも、よその国と比べて極端に大きい傾向がある。
──アメリカの貧困率の長期的パターンは何を意味するのか。
20世紀半ば、アメリカは貧困削減の面で大きな進歩を遂げた。1959年の貧困率は22.4%だったが、73年には11.1%へと半減したのだ。その背景には、60年代の好況と、政府が推進した貧困撲滅政策がある。
だが、73年以降、アメリカの貧困率は11〜15%のレンジにとどまっている。総じて景気がいいときはやや低下するが、景気低迷期は上昇する傾向がある。実際、2023年の貧困率は1973年と同じ(11.1%)だ。補助的貧困率も12.9%で、アメリカの貧困が過去50年間改善していないことを示している。
ただ、貧困が改善した領域も2つある。まず、高齢者が貧困に陥る可能性が低下した。1959年は65歳以上の貧困率が35.2%と、どの年齢層よりも高い水準にあった。それが2023年は9.7%となり、どの年齢層よりも低くなった。
これは社会保障給付の拡大と、1965年に導入されたメディケア(高齢者医療保険制度)とメディケイド(低所得者医療保険制度)によるところが大きい。それがなければ、今ごろ高齢者の貧困率は40%に達していただろう。
もう1つの大きな成功は、2021年に子供の貧困率が大幅に低下したことだ。これはコロナ禍で経済が大混乱に陥った20年以降、連邦政府が児童税額控除の対象を大幅に拡大するとともに、全国民に現金給付を行った結果だ。
その結果、2021年の子供の補助的貧困率は5.2%と、20年の9.7%と比べるとほぼ半減した。
だが、こうした給付金も今は打ち切りとなり、子供の貧困率もコロナ禍前と同じ水準に戻った。補助的貧困率は23年には13.7%まで上昇し、18年以降で最悪となっている。
Mark Robert Rank,Professor of Social Welfare,Arts & Sciences at Washington University in St. Louis
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.