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自動車とジェネリック医薬品、両業界に共通する「成功を手助けする黒子」の存在

ニューズウィーク日本版 2024年10月11日 15時10分

ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
<事業の成功に必要なのは、リバース・エンジニアリング(隠れた仕組みを見出して逆設計を行うこと)。それを手助けする独立した企業が存在する業界もある>

成功している実業家というと、斬新な発想を持つ天才だというイメージがあるかもしれない。だが、それは間違いだ。

大学教授で社会心理学者のロン・フリードマン氏は、「新しいものにばかり目を向けるのは新米実業家だ。鋭い実業家は他企業の成功したビジネスモデルを応用している」という。

実際、全米トップ10に入る大手ファストフードチェーンのチポトレとスターバックスは「すでに人気の商品を別の場所で展開する」という共通する手法で成功した。ジェネリック医薬品業界と自動車業界にも、意外な共通点があり、それは「ヒット商品を分解してコピーする」というものだ。

フリードマン氏は全米ベストセラーとなった著書『リバース思考 超一流に学ぶ「成功を逆算」する方法』(邦訳・かんき出版)で、そうした豊富な事例をもとに成功の秘訣を解説。同書から、一部を抜粋・再編集して紹介する(本記事は第2回)。

※『リバース思考』からの抜粋・第1回:起業家や芸術家ら超一流から「成功の秘訣」を聞き出すための、12の「正しい質問」

◇ ◇ ◇

10億ドルのフランチャイズを逆設計する

大実業家のジェフ・ベゾスやマーク・キューバン、リチャード・ブランソンと、それ以外の人たちとの違いは何だろうか?

調査によると、それは単に創造性や知性、やる気だけではないという。

成功している実業家は、それ以外にも長(た)けていることがある。それがパターン認識力だ。

彼らは、過去の成功事例と現在の市場で起こっている変化を結びつけて、利益になる機会を見極める能力がずば抜けている。

実業家というと、クリエイティブなソリューションや斬新なアイデア、そして何よりも独創性を思い浮かべがちである。ところが実際には、この発想は間違っている。

新しいものにばかり目を向けるのは、新米実業家だという。長年企業を率いて成功へと導き、数年おきに大胆な新戦略で利益をはじき出すような経験を重ねた実業家は、目のつけどころがまったく異なる。実現可能性だ。

お酒でも飲みながら、自分の新しいビジネスアイデアを何人かの友だちに話してみるといい。アイデアが独創的であれば、おそらく友人たちは熱心に聞いてくれるだろう。

今度はその同じアイデアを経験豊富な会社経営者が実行するとしよう。その場合、彼らは独創性よりも、顧客のニーズや生産物流、流通手段、予測されるキャッシュフローにより重点を置く。

長年の経験で彼らは、成功するビジネスにはパターンがあることを学んでいるのだ。いくつかの重要な事柄から、そのビジネス企画の成否が大体予測できるらしい。

そして、成功するビジネスのパターンが最もよく読み取れるのが、大きな利益を上げている他企業のビジネスモデルなのである。

鋭い実業家は、どういった類(たぐい)のパターンで成功を見通すのだろうか?

1ついえるのは、成功するビジネス戦略は業界を問わず適用できるということだ。

すでに人気の商品を別の場所で展開する

サンフランシスコの料理人スティーブ・エルズは、1970年代にメキシコ料理専門店をオープンしようと考えていたが、大繁盛する可能性はかなり低そうだと思った。

ベイエリアにはメキシコ料理店がひしめいていて、恐ろしく競争が激しい。そこで彼は、メキシコ料理のファストフード店を、タコスが比較的珍しい場所にオープンすることを思いついた。デンバーだ。店は「チポトレ」と名づけた。

エルズは、最初からフランチャイズ・チェーンを築こうとしたわけではなかった。ただ単に賃料が払えて、黒字になるレストランをつくろうとしただけだった。しかし、1号店に行列ができたとなれば、いやでもその可能性の大きさがわかる。

エルズのエピソードで注目すべき点は、その成功がある1つの決断から始まったということ。つまり、ある地域で人気を獲得している商品を見つけて、それをまったく別の場所に紹介した、という決断だ。

この手法は、タコス以外にもたくさんのものに応用できるアプローチといえる。

経験豊富な実業家は、チポトレなどのケーススタディからビジネス戦略を学ぶことで、成功事例のブループリント(計画図)のデータベースを頭の中に構築している。

このブループリントのデータベースによって、優れた実業家は機が熟したときにそれを捉えて、現在あるリソース以上に利益を生み出すアイデアの捻出に力を注げる。

チポトレのケーススタディから、野心ある実業家に役立ちそうな、さまざまなヒントを考えてみよう(下の図表参照)。

『リバース思考 超一流に学ぶ「成功を逆算」する方法』P.56より

大反対された「スターバックス」

チポトレは、このブループリントを利用して出現した数多くの成長著しいチェーンの1つだが、実は「スターバックス」もそうだ。

1980年代、スターバックスはコーヒー通に豆を販売するだけの小売業者で、店舗数もほんの数店しかなかった。スターバックスにマーケティング・ディレクターとして新たに採用された元ゼロックス営業マンのハワード・シュルツは、あるときミラノを訪れていくつものエスプレッソ・バーを目にした。シュルツはすっかり気に入った。

アメリカにこんな店はない。アメリカでは、味のしないスーパーマーケットのコーヒーや、コーヒーショップとは名ばかりの多少こぎれいな食堂と大差ない店が当たり前だった。

シアトルでなら、コーヒーハウス文化が花開きはしないだろうか?

しかし、スターバックスの経営陣はこのアイデアに興味を示さなかった。彼らはホスピタリティ事業には手を出さないと言って譲らなかったが、シュルツは粘って最終的に同社CEOに試験的に1店舗だけ出すことを認めさせた。そして、これが驚くほどの成功を収めた。

だが、それほどの人気を獲得しても、同社の創業者たちは店舗数を増やすシュルツの計画に断固反対した。

シュルツは仕方なくスターバックスを辞め、自分でエスプレッソ・バーを開いた。

シュルツが開いた店のビジネスモデルは、彼のイタリアでの体験をシアトルにそのまま再現した(移し替えた)ようなものだった。

シュルツの店の名は「イル・ジョルナーレ」。ミラノで発行されているイタリアの新聞名から取ったものだった。バリスタは白いシャツを着てボウタイを結び、店内のスピーカーからはオペラ音楽が流れており、メニューにはイタリア語でも書かれていた。

数年後、シュルツの元雇用主がいよいよコーヒー豆販売の事業を売却することになったとき、シュルツには買い取るだけの十分な資金ができていた。

そして、オリジナルの「スターバックス」の名の下、シュルツは2つの事業を合併した。

外から見ていると、起業家は天才のように見えるかもしれない。彼らはアイデアの泉で、必要に応じてビジネスアイデアを生み出す尋常ではない能力を有しているように思える。

とはいえ公式に従って考えるようになれば、起業の機会はどこにでも転がっていることが自分でもわかってくるだろう。

ヒット商品を分解してコピーする

今日、私たちが使う医薬品の90パーセント以上がジェネリック医薬品(後発医薬品)だ。すなわち大企業が特許を保有する製造方法に倣って製造された調合薬である。

ジェネリック医薬品には、計り知れない利点がある。これらがなければ、世界中の多くの人にとって、命が助かる医薬品が手の届かないものとなってしまう。

医薬品は、特許が切れればその製法が公開され、他の製薬会社がジェネリック医薬品としてその医薬品を製造できると、たいていの人は考えている。だが、それは稀なケースだ。

多くの場合、製薬会社は自社の製法の公開を避けるため、さまざまな法律や規制を持ち出して抵抗する。オリジナルの製法が公開されて、ジェネリック医薬品が製造されるのは、ごく稀なことである。

それよりもむしろ、ジェネリック医薬品は「デフォーミュレーション」と呼ばれる一連の複雑な実験・分析によって開発されることのほうが多い。デフォーミュレーションと呼ばれるのは、1つの錠剤や丸薬を、最終のフォーミュラから個々の配合成分にまで分解する、通常とは逆手順の作業を行うためだ。

デフォーミュレーションには、長年の教育も莫大な費用のかかるラボも必要ない。世界中には分解・分析で長年の経験を誇る専門ラボが多数あるので、インターネット環境とクレジットカードがあれば誰にでも行える。しかも、分析対象は医薬品に限らない。

こうしたラボに依頼すれば、高級化粧品やシャンプー、フレグランスから塗料や接着剤、洗濯用洗剤に至るまで、驚くほど広範な製品の配合を解明してくれる。

費用は、ほんの2000ドルほどだ。

何十年か前であれば、ヒット商品を分解してその構造を明らかにし、正確な設計図を作成するには、膨大な時間と費用が必要だっただろう。だが、もうそんな必要はない。

企業としては、自分たちの発明がいともたやすくコピーされてしまうのは悔しいだろうが、この事実を受け入れて、もっと賢く対処してきた企業もある。

他メーカーを徹底的に分解したトヨタ

たとえば、自動車業界では、何十年も前からリバース・エンジニアリング(隠れた仕組みを見出して逆設計を行うこと)が重要な役割を果たしてきた。1933年、豊田喜一郎は新型シボレーを分解した結果から、織機製造から手を広げて自動車開発部門を設立すべきだと一族を説得した。

3年後、喜一郎一族の会社「豊田自動織機製作所」は第一号の車を発売し、自動車開発部門をトヨタと改名して独立させた。一族の姓「豊田」を8画(日本におけるラッキーナンバー)で書けるように、カタカナで表記した名前だ。

それから1世紀近くたつ頃には、豊田喜一郎のかつての型破りなアプローチが、自動車メーカーの標準的な開発手順の一部になっていた。今日、自動車メーカーは日常的にライバル社の車すべてを分解している。ただ、彼らはこのプロセスをリバース・エンジニアリングとは呼ばず、「競合ベンチマーキング」と呼んでいる。

エンジニアたちが競合他社の車に飛びつき、手際よく部品を1つずつバラバラにしていく。そして技術的な進歩、想定されるコスト削減幅、他の自動車メーカーの戦略的方向性に関してわかったことを記録していく。

自動車業界について特に注目したいのは、主要メーカーがすべて競合他社の製品をリバース・エンジニアリングしているということでもなければ、そのことを公言してはばからないということでもない。

同業界の特筆すべき点は、近年、自動車メーカーが集団で競合他社の知的財産を共有しはじめたということだ。時には、その情報の中に自社の製品に関する機密情報が含まれる場合もある。

この動きには「A2MAC1」という明敏なフランス企業の取り組みが貢献している。熱烈なカーマニア兄弟によって1997年に設立されたA2MAC1は、専門的に車を分解し、そのレポートをサブスクリプション・サービスで販売している。

ネットフリックスのような彼らのデータベースには、600を超える車の「分解結果」と、各部品の重量から形状、ボルト1本1本のメーカーに至るまで、全部品の詳細な分析結果が収められている。

A2MAC1のサブスクリプション・サービスでは、分解した部品を現物検査のために借り出すことも可能で、最近は「VRグラス」を用いて顧客が遠隔で部品を見られるように、部品のスキャニングまで行っている。

この20年のあいだに、なぜ自動車の信頼性がこれほど高まったのか、あなたも疑問に思ったことがあるだろう。その一部には、A2MAC1が貢献しているかもしれない。

『リバース思考 超一流に学ぶ「成功を逆算」する方法』
 ロン・フリードマン 著
 南沢篤花 翻訳

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Ron Friedman(ロン・フリードマン)
受賞歴のある社会心理学者。ロチェスター大学、ナザレス大学、ホバート・アンド・ウィリアムス・スミス・カレッジの教授を歴任し、政治指導者や非営利団体、世界的に有名なブランドの多くにコンサルティングを行ってきた実績を持つ。研究に関する人気記事は、NPRやニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ボストン・グローブ、ガーディアンなど有力紙のほか、ハーバード・ビジネス・レビュー、サイコロジー・トゥディなどの雑誌でも紹介されている。専門家がより健康で幸せで生産的に働くために、神経科学や人体生理学、行動経済学の研究を実践的な戦略に活用する学習開発会社「イグナイト80」の創設者でもある。デビュー作『最高の仕事ができる幸せな職場』(日経BP)は、Inc.誌の年間ベスト・ビジネス書に選出された。



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