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小惑星衝突の脅威は「核兵器」で軽減できる? 「第2の月」出現中のいま知りたい「地球防衛研究」の最前線

ニューズウィーク日本版 2024年10月9日 17時50分

茜 灯里
<米サンディア国立研究所(SNL)の研究チームが小惑星対策として新たな可能性を示した。ネイサン・W・ムーア博士は「直径最大4キロの小惑星の進路を核爆発で変え、地球との衝突コースから遠ざけられる可能性がある」と説明。実験で小惑星に見立てた物質は、なぜ進路変更できたのか>

自然災害は、発生を食い止めることが困難です。とくに、地震、火山噴火、豪雨、津波などの人命を脅かす可能性がある自然災害については、世界各国で観測網を整備したり、防災計画を講じたりすることで、できる限り被害を抑えられるように対策が進められています。

なかでも特殊な災害と言えるのが、小天体の地球への衝突です。サイズや落下場所によっては、地球の広域で甚大な被害を起こしかねません。実際、地球史で何度も生物の大量絶滅を引き起こしたと考えられており、たとえば恐竜絶滅の原因になったとされるチクシュルーブ衝突体は、地球に接近した直径10~15キロの小惑星でした。

そのため、地球に接近するおそれのある小惑星や彗星をいち早く見つけたり、いざというときに軌道を地球から逸(そ)らせたりする「地球防衛研究」は、国際協力をしながら様々な方法で執り行われています。

米サンディア国立研究所(SNL)のネイサン・W・ムーア博士らの研究チームは、小惑星対策の新たな可能性を実験で示しました。研究者らは「小惑星は核爆発によって進路変更し、地球を救うことができる」と言います。詳細は、世界有数の総合学術誌「Nature」の姉妹誌である「Nature Physics」に9月23日付で掲載されました。

実験では、どのような方法で「核爆発」を再現したのでしょうか。小惑星に見立てた物質は、なぜ進路変更ができたのでしょうか。概観してみましょう。

衝突リスクがゼロではない地球近傍天体はいくつある?

小天体の地球接近は、古くから人々に「最悪の場合、地球滅亡級の大災厄をもたらすかもしれない」と恐怖を抱かせてきました。

もちろん現代は、NASA(米航空宇宙局)や各国の宇宙機関、大学が全天を常時観測し、地球近傍天体(NEO)の早期発見や軌道のシミュレーションを精力的に行っています。たとえば、リンカーン地球近傍小惑星探査(LINEAR)はNASA、アメリカ空軍、マサチューセッツ工科大リンカーン研究所の共同プロジェクトで、これまでに20万個以上の新天体を見つけました。実際に、21世紀に発見された小惑星のほとんどが、LINEARによって発見されています。

地球近傍天体のうち、衝突リスクがゼロではないと計算されたものは危険度リストにまとめられています。10月9日現在、その数は1671個です。もっとも「地球に衝突する確率」と「衝突した場合の予測被害状況」から危険度を0から10までに分類した「トリノスケール」では、今のところ1671個すべてが「危険性なし(0)」です。

とは言っても、2013年にはロシア・チェリャビンスク州付近に隕石が落下し、割れたガラスなどで約1500人が負傷しました。この隕石は、地球大気圏に突入する前は直径約17メートルの小惑星でした。数百メートル、数キロの大きさの小惑星衝突の脅威は、計り知れません。

地球を救うために衝突前に小惑星の軌道を変更する方法には、宇宙船をぶつける、小惑星にロケットエンジンを取り付ける、爆薬や核兵器で破壊する、などが考えられています。NASAは2022年、DART(Double Asteroid Redirection Test) ミッションで、宇宙船を小惑星ディディモスの衛星ディモルフォス(直径170メートル)にぶつけ、公転周期を変えることに成功しました。

けれど、宇宙船をぶつける方法には、十分な開発期間と巨大な費用が必要です。小惑星が大型になれば、宇宙船も大きくしなければ効果は期待できません。

そこで、より大型の小惑星対策として、核兵器の利用が注目されています。利用方法には、①爆発によって小惑星を破壊し、落下しても地球大気圏で燃え尽きる程度に細かく砕く、②核爆発で放出される高エネルギーX線で小惑星表面の物質を蒸発させ、そのガスの急速膨張をロケットの推力のように使って小惑星の方向を変える、の2つが考案されています。

ただし、「核爆発の衝撃波は、小惑星の集積が密でない場合は吸収されるだけで、粉々にしたり、方向を変えたりする効果は薄い」という説も有力です。もっとも、これまでに実際の宇宙空間で試した人はいないので、はっきりしたことは分かっていません。

小惑星の表面近くで核爆発が起こった状況を実験で再現

今回、研究チームは、サンディア研究所にある世界最強クラスのX線パルス発生装置「Zマシン」を使って、「小惑星の一部蒸発による進路変更」の模擬実験を行いました。この装置は、アルゴンを数百万℃に熱してプラズマ状態にし、強力なX線パルスを発生させることができます。

太陽系内の成分の異なる小惑星に見立てた、コーヒー豆くらいの大きさ(約12ミリ)の2種の小石(石英と非晶質シリカ)を真空容器内に金属薄片で吊るし、X線を6.6ナノ秒間、照射しました。

その結果、金属は瞬時に蒸発しました。試料は無重力のような状態になり、宇宙空間の小惑星の表面近くで核爆発が起こった状況を再現することができました。さらに、小石の照射を受けた部分は表面が瞬間的に蒸発し、その噴出ガスによってロケット噴射のような推力が生まれました。すると、蒸発せずに残った部分は、石英では秒速69.5メートル(時速250.2キロ)、非晶質シリカでは同70.3メートル(同253.08キロ)で飛んでいきました。

ムーア博士は、「この方法を使えば、直径が最大4キロの小惑星の進路を核爆発で変え、地球との衝突コースから遠ざけられる可能性がある」と説明し、DARTミッションのように宇宙空間で実際の小惑星を使った実験で検証したいと語っています。

地球近傍天体と言えば、24年10月現在、地球には「第2の月」が誕生していることも注目を集めています。

アルジェナ小惑星帯にあった小惑星2024 PT5が地球の重力によって捕獲され、9月29日から11月25日まで約2カ月間、地球周囲を衛星の月のように周回する見込みです。詳細は、軌道計算を行ったスペインのマドリード・コンプルテンセ大の研究チームによって、アメリカ天文学会のオープンアクセス誌「Research Notes of the AAS」に発表されました。

人工物でなく天然天体が、一時的にでも地球の周回軌道に入って衛星となり「第2の月」として観測されるのは、今回で3回目です。

2006年9月~07年6月までの間、地球を周回していた小惑星2006 RH120は、直径3~6メートルと見積もられています。この星は2028年に地球に再度接近するため、もう一度「第2の月」になるかもしれないと考えられています。

2020年2月末に見つかった小惑星2020 CD3は、その3年ほど前から地球周回軌道に入っていたと推測され、2020年5月頃に地球の重力影響圏から離れました。直径が約1~1.5メートルと小さかったため、詳細を観測するのは困難でした。この年は、秋にも、地球を周回する小天体2020 SOが見つかりました。けれど、軌道を詳細に調べた結果、1966年9月にNASAの月探査機「サーベイヤー2号」の打ち上げロケットの残骸であることが分かりました。

2024 PT5は24年8月7日に、小惑星地球衝突最終警報システム(ATLAS)によって発見されました。直径は約10 メートルで、これまでの「第2の月」よりも、やや大きいと見られています。

2024PT5が11月末に地球の周回軌道から外れると聞くと、地球に落下するのではないかと心配する人もいるかもしれません。けれど、これまでの「第2の月」と同様、太陽の重力に捕まって再び太陽の周りを周回すると考えられています。

小惑星が地球に近づく時期の予想をモデル化

地球近傍には、現在36000個以上の小惑星が見つかっています。それほど多く、しかも今後も見つかり続けるのであれば、監視の目をくぐり抜けて地球に衝突してしまう小惑星が現れかねないのでしょうか。

NASAは、万が一衝突した場合に甚大な被害が見込まれる直径1キロ以上の地球近傍小惑星約1000個のうち、95%以上について、すでにカタログ化しています。さらに21年に新しい小惑星衝突監視アルゴリズムを開発し、「新たに発見された小惑星でも、1時間もかからずに今後 100 年間の衝突確率を確実に得られる」と報告しました。

また、米コロラド大などによる研究チームは23年、独自の計算方法を用いて小惑星が地球に近づく時期の予想をモデル化し、予測期間を1000年先まで延長することに成功しました。この研究を主導した、コロラド大のオスカー・フエンテス・ムニョス博士は「私たちの知る限り、今後1000年間は地球に小惑星は衝突しないでしょう」と語っています。

日本では最近、25年の7月5日に小惑星が衝突するかもしれないという噂が広がっています。もちろん、災害の予想に絶対はありませんが、少なくともNASAをはじめとする小惑星の監視機関は、噂を肯定するような観測・分析結果を発表していません。

地球近傍小惑星は、地球に近く、重力が小さいことから、将来的には月や火星よりも気軽に資源の採掘に訪れたり、惑星探査の中継点として利用したりできるかもしれないと夢を膨らませる科学者も少なくありません。必要以上におそれず、小惑星がもっと身近になる時代を待ち望みたいですね。

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