ポール・ホッケノス(ベルリン在住ジャーナリスト)
<欧州を席巻する極右勢力は今や「体制側」の存在だ。最近もドイツ東部やオランダで極右が躍進しており、オーストリアもその流れに加わった形。欧州の右傾化が新たな次元に>
欧州を席巻する右傾化の波が9月29日、さらに加速した。オーストリアの総選挙で極右政党「自由党」が初めて第1党に躍り出たのだ。
イタリアやスロバキア、クロアチア、ハンガリーなど多くのEU加盟国で反自由主義かつ権威主義的な主張を掲げる極右政党が既存の政治体制を揺さぶっている。最近もドイツ東部やオランダで極右が躍進しており、オーストリアもその流れに加わった形だ。
自らをナチスの表現である「人民宰相」と呼ぶヘルベルト・キクル党首率いる自由党は29%の票を獲得。一方、中道右派の与党・国民党は26.5%に下落し、野党・社会民主党も21%にとどまった。
ただし、自由党も単独政権を樹立できるほどの議席数には届いていない。複数の中道政党が手を組み、小政党とも連携すれば、政権に必要な過半数を取れる可能性もある。
それでも、自由党は今や同国政界の中心的な存在だ。キクルは選挙期間中に「オーストリアの要塞化」を約束。移民の流入を阻止し、外国ルーツの市民の「再移住」(つまり国外追放)を推進し、教育制度を一新し、公共メディアを中立化させると訴えた。
自由党の躍進はコロナ禍のおかげでもある。自由党は当時、政府の規制より個人の自由を擁護する唯一の存在だった。コロナ関連の陰謀論も、非合理的な主張を展開する自由党の追い風となった。さらに政府自身も、4度の全土ロックダウンや違反者への厳罰を強行して不興を買った。
自由党は欧州極右の歴史の中でも特異な立場にある。2000年に国民党との連立政権に加わると、冷戦時代から続く保守と社会民主主義の二大政党制が崩壊。欧州で極右が普通の存在として受け入れられる契機となった。
当時、同党のカリスマ党首イェルク・ハイダーが首相に就任する可能性もあった。この前代未聞の事態を受け、EU諸国は同国に制裁を科した。民主主義を脅かす政党を容認すれば、各国で類似勢力が台頭すると懸念したのだ。
平均的な人が極右に投票
実際、その懸念は現実のものとなった。自由党が17年に再び政権に返り咲いたときには、もはやEUからの反発は起きなかった。
ただし、この国民党との連立政権は2年足らずで崩壊した。自由党党首のハインツクリスティアン・シュトラッヘ副首相がイビサ島(スペイン)の貸別荘の一室で、ロシア人女性に利益供与を約束する姿が隠し撮りされたためだ。
過激さを増した自由党が政権を担う可能性が欧州で容認されている現状は、新たな時代の兆候だ。大規模な抗議運動も制裁を求める声もない。
加えて、自由党の躍進は「無能な陰謀論者のポピュリストは、いざ政権に加われば、斬新な公約を政策に落とし込めずに信用を失う」という言説も打ち砕いた。シュトラッヘの醜聞でもつぶれなかった自由党は、今や無敵の存在だ。
オーストリアの右傾化と欧州全体への影響は表層的ではない。この選挙結果を「抗議票」や漠然とした政治批判と見なすべきではない。キクルは極右の中の極右であり、人々の醜悪な本能を刺激する。彼の勝利は、欧州の極右勢力が1990年代から描き続けてきたシナリオに新たな1ページを書き加えた。
ウィーンの研究機関、オーストリア・レジスタンス資料センターのアンドレアス・クラネビッター所長は、「この数十年で、今ほど国民の間で人種差別主義や反ユダヤ主義が高まり、外国人を嫌悪し、移民に敵意を抱く人が増えている時はない」と述べる。
クラネビッターによれば、自由党はこの傾向に拍車をかけ、「人民宰相」や「民族共同体」といったナチス的な用語を党綱領に再び採用している。「これらは右派の過激派の間で通じている隠語で、新しい支持者にも容認する人や無関心な人が増えている。そこには女性や専門職、大卒者、若者も含まれる」
ドイツのレーゲンスブルク大学のオーストリア歴史学者であるウルフ・ブルンバウアーも、自由党支持者は抗議票を投じたわけではないと考えている。
「今日、自由党はエスタブリッシュメントの政党だ。オーストリア国民は、自由党が人種差別主義的で権威主義的であり、キクルが憎悪に満ちた親ロシアで反移民であることを十分理解している。彼らに投票する人の大半はイデオロギー的な信念からだ。オーストリア社会の平均的な人をほぼ反映している」
コロナの制限がきっかけ
自由党の台頭は、オーストリアの伝統的な保守政党である国民党を変貌させた。社会世論の変化の結果にせよ、自由党がそれを利用することに成功した結果にせよ、国民党は自由党に対抗していないどころか、移民に関する同党の姿勢を受け入れている。
国民党党首のカール・ネーハマー首相は今年に入り、難民申請者に対して国内居住の最初の5年間は社会給付の支給を拒否するなど、保守派の有権者に向けたポピュリスト的政策を相次ぎ打ち出した。
「われわれが望むのは、働けない人のための社会福祉制度であり、働きたくない人のための制度ではない」とネーハマーは移民を批判して述べた。
同国の保守系日刊紙プレッセは、移民問題に関する国民党の政策は「自由党とほぼ区別がつかない」とし、「そうした政策の支持者は皆、以前から自由党に投票している」と指摘した。国民党が今回失った得票率の11ポイントは、大部分が自由党に流れた。
パンデミックが自由党の再浮上に重要な役割を果たしたとの指摘もある。オーストリアが21年後半にワクチン接種を義務化すると、キクルは「今日からオーストリアは独裁国家だ」とぶち上げた。自由党の支持率は30%前後に上昇し、同党はスキャンダルによる低迷から脱した。
スイス紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥングは、オーストリアの抑圧的なコロナ政策について「その施策の多くがワクチン接種者と未接種者を区別した。そのため国に差別されていると感じた人々の間に深い憤りが生じた。その感情は、厳しい制限の記憶よりもはるかに長く人々の心に残っている」と論じた。
2000年と同様、自由党はいま再びヨーロッパの極右の主唱者の仲間入りをし、かつて信頼を失った極右政党が政治文化全体を覆し、傷つけることが可能であることを証明した。この教えは、中欧の他の親ロシア派のポピュリストに刻まれるだろう。
From Foreign Policy Magazine
<欧州を席巻する極右勢力は今や「体制側」の存在だ。最近もドイツ東部やオランダで極右が躍進しており、オーストリアもその流れに加わった形。欧州の右傾化が新たな次元に>
欧州を席巻する右傾化の波が9月29日、さらに加速した。オーストリアの総選挙で極右政党「自由党」が初めて第1党に躍り出たのだ。
イタリアやスロバキア、クロアチア、ハンガリーなど多くのEU加盟国で反自由主義かつ権威主義的な主張を掲げる極右政党が既存の政治体制を揺さぶっている。最近もドイツ東部やオランダで極右が躍進しており、オーストリアもその流れに加わった形だ。
自らをナチスの表現である「人民宰相」と呼ぶヘルベルト・キクル党首率いる自由党は29%の票を獲得。一方、中道右派の与党・国民党は26.5%に下落し、野党・社会民主党も21%にとどまった。
ただし、自由党も単独政権を樹立できるほどの議席数には届いていない。複数の中道政党が手を組み、小政党とも連携すれば、政権に必要な過半数を取れる可能性もある。
それでも、自由党は今や同国政界の中心的な存在だ。キクルは選挙期間中に「オーストリアの要塞化」を約束。移民の流入を阻止し、外国ルーツの市民の「再移住」(つまり国外追放)を推進し、教育制度を一新し、公共メディアを中立化させると訴えた。
自由党の躍進はコロナ禍のおかげでもある。自由党は当時、政府の規制より個人の自由を擁護する唯一の存在だった。コロナ関連の陰謀論も、非合理的な主張を展開する自由党の追い風となった。さらに政府自身も、4度の全土ロックダウンや違反者への厳罰を強行して不興を買った。
自由党は欧州極右の歴史の中でも特異な立場にある。2000年に国民党との連立政権に加わると、冷戦時代から続く保守と社会民主主義の二大政党制が崩壊。欧州で極右が普通の存在として受け入れられる契機となった。
当時、同党のカリスマ党首イェルク・ハイダーが首相に就任する可能性もあった。この前代未聞の事態を受け、EU諸国は同国に制裁を科した。民主主義を脅かす政党を容認すれば、各国で類似勢力が台頭すると懸念したのだ。
平均的な人が極右に投票
実際、その懸念は現実のものとなった。自由党が17年に再び政権に返り咲いたときには、もはやEUからの反発は起きなかった。
ただし、この国民党との連立政権は2年足らずで崩壊した。自由党党首のハインツクリスティアン・シュトラッヘ副首相がイビサ島(スペイン)の貸別荘の一室で、ロシア人女性に利益供与を約束する姿が隠し撮りされたためだ。
過激さを増した自由党が政権を担う可能性が欧州で容認されている現状は、新たな時代の兆候だ。大規模な抗議運動も制裁を求める声もない。
加えて、自由党の躍進は「無能な陰謀論者のポピュリストは、いざ政権に加われば、斬新な公約を政策に落とし込めずに信用を失う」という言説も打ち砕いた。シュトラッヘの醜聞でもつぶれなかった自由党は、今や無敵の存在だ。
オーストリアの右傾化と欧州全体への影響は表層的ではない。この選挙結果を「抗議票」や漠然とした政治批判と見なすべきではない。キクルは極右の中の極右であり、人々の醜悪な本能を刺激する。彼の勝利は、欧州の極右勢力が1990年代から描き続けてきたシナリオに新たな1ページを書き加えた。
ウィーンの研究機関、オーストリア・レジスタンス資料センターのアンドレアス・クラネビッター所長は、「この数十年で、今ほど国民の間で人種差別主義や反ユダヤ主義が高まり、外国人を嫌悪し、移民に敵意を抱く人が増えている時はない」と述べる。
クラネビッターによれば、自由党はこの傾向に拍車をかけ、「人民宰相」や「民族共同体」といったナチス的な用語を党綱領に再び採用している。「これらは右派の過激派の間で通じている隠語で、新しい支持者にも容認する人や無関心な人が増えている。そこには女性や専門職、大卒者、若者も含まれる」
ドイツのレーゲンスブルク大学のオーストリア歴史学者であるウルフ・ブルンバウアーも、自由党支持者は抗議票を投じたわけではないと考えている。
「今日、自由党はエスタブリッシュメントの政党だ。オーストリア国民は、自由党が人種差別主義的で権威主義的であり、キクルが憎悪に満ちた親ロシアで反移民であることを十分理解している。彼らに投票する人の大半はイデオロギー的な信念からだ。オーストリア社会の平均的な人をほぼ反映している」
コロナの制限がきっかけ
自由党の台頭は、オーストリアの伝統的な保守政党である国民党を変貌させた。社会世論の変化の結果にせよ、自由党がそれを利用することに成功した結果にせよ、国民党は自由党に対抗していないどころか、移民に関する同党の姿勢を受け入れている。
国民党党首のカール・ネーハマー首相は今年に入り、難民申請者に対して国内居住の最初の5年間は社会給付の支給を拒否するなど、保守派の有権者に向けたポピュリスト的政策を相次ぎ打ち出した。
「われわれが望むのは、働けない人のための社会福祉制度であり、働きたくない人のための制度ではない」とネーハマーは移民を批判して述べた。
同国の保守系日刊紙プレッセは、移民問題に関する国民党の政策は「自由党とほぼ区別がつかない」とし、「そうした政策の支持者は皆、以前から自由党に投票している」と指摘した。国民党が今回失った得票率の11ポイントは、大部分が自由党に流れた。
パンデミックが自由党の再浮上に重要な役割を果たしたとの指摘もある。オーストリアが21年後半にワクチン接種を義務化すると、キクルは「今日からオーストリアは独裁国家だ」とぶち上げた。自由党の支持率は30%前後に上昇し、同党はスキャンダルによる低迷から脱した。
スイス紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥングは、オーストリアの抑圧的なコロナ政策について「その施策の多くがワクチン接種者と未接種者を区別した。そのため国に差別されていると感じた人々の間に深い憤りが生じた。その感情は、厳しい制限の記憶よりもはるかに長く人々の心に残っている」と論じた。
2000年と同様、自由党はいま再びヨーロッパの極右の主唱者の仲間入りをし、かつて信頼を失った極右政党が政治文化全体を覆し、傷つけることが可能であることを証明した。この教えは、中欧の他の親ロシア派のポピュリストに刻まれるだろう。
From Foreign Policy Magazine