ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
<文章を正しく解み解こうとするとき、「読む」だけではなく「聴く」ことで見えてくることとは?>
日本でもビジネスパーソンを中心にオーディオブックが普及し、「聴く読書」の人気が高まっている。本を聴くことと、読むことには違う魅力があるものだが、翻訳者の村井理子氏にとって、いまやオーディオブックは仕事に欠かせないツールになっているという。
語学のプロはオーディオブックをどう活用しているのか? 意外と知られていない出版翻訳家の仕事の舞台裏がわかる『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』(CCCメディアハウス)より、取り上げる。
◇ ◇ ◇
オーディオブックで訳文をチェックする
訳すときはずっと、キンドルの原書と訳文ファイルを隣り合わせに立ち上げて作業をしています。
推敲が終わったあとは、Audible を使ってチェックをします。目よりも耳から情報を得るほうが得意だと気がついたからです。音声でチェックしたほうがずっと速いのです。
私は自分の目をあまり信じていません。目には勝手に入ってくる情報が多いので、見落としやすいと感じています。私は注意力も散漫なので、かなり苦手な作業です。これは、個人の特性のようなものである気がしています。耳より目が強い人もいるでしょう。
原書と突き合わせて訳しているつもりでも、どうしたって訳し漏れは発生するものです。単語を落としたり、1行落としたりといったことも、1冊の本を訳す過程では必ず起きます。
訳し漏れを拾うときに、目で原書と訳文を交互に追うより、耳で原文を聴き、訳文を目でなぞるほうが気づきやすいのです。Audible で音声を流しながら、同時に目で日本語訳を追うという作業になります。
目から入ってくる日本語の文字情報と、それと同時に耳から入る英語の音声情報が、脳のなかでぶつかって、弾けていく感覚があります。目と耳、2つの入り口から入ってきたものが、ひとつに重なる瞬間です。
すると、「ここを落としていた」とすぐわかります。漏れに気づいたらそこではじめて原文を確認し、「ここが落ちてる」と、再確認して修正するのです。
音声は文字より情報量が多い
アメリカはAudible の市場が大きく、私が訳す本のほとんどはAudible 版も出ています。アメリカのAudible は著者本人が読むこともよくあります。自伝が出ているパリス・ヒルトンも、ミシェル・オバマも自分で読んでいます。
Audible で聴くと感情の起伏がよくわかります。以前、寝ながら原書のAudible を聴いていて、飛び起きたことがありました。「いま、笑ってた!」「そうか、笑うシーンなんだ」と、声の抑揚でわかったのです。
あわてて訳文と原文のファイルを立ち上げて、その箇所を確認しました。最初はなんとなく聴くようになった Audible ですが、そんな経験を経て、本格的に使うようになっていきました。武器がひとつ増えたような気分です。
音声は文字よりも情報量が多いと私は感じています。しっかり訳しているつもりでも、文字だけだと行間や感情が深く読み取れていないことがあります。
日本語の文章でも同じですよね。著者がここで笑ったのは、嬉しいからなのか、皮肉なのか、曖昧でよくわからないといったことはよくあります。読解力をいくら駆使しても、わからないからこそ読書はおもしろいのですが、訳すときには悩ましい問題です。
日々の訓練で英語を聴く速度が上がる
音声で聴くことで、そうしたうっかりを防ぐことができます。英米圏の本は分厚いことが多いので、Audible も18時間あったりします。そのまま流していたのでは間に合わないから倍速で聴いています。
最近は倍速で聴く技も磨きがかかってきて、2・5倍速くらいまでは聴けるようになりました。本1冊でも2、3日でチェックが完了します。人に言うと驚かれます。でも、ちゃんと耳に流れてくるのです。
人間は繰り返し努力をすれば、できるようになる。繰り返すことによって誰もがエキスパートになれる。これはとても希望のあることです。
◇ ◇ ◇
村井理子(むらい・りこ)
翻訳家/エッセイスト 1970年静岡県生まれ。滋賀県在住。ブッシュ大統領の追っかけブログが評判を呼び、翻訳家になる。現在はエッセイストとしても活躍。
著書に『兄の終い』 『全員悪人』 『いらねえけどありがとう』(CCCメディアハウス)、『家族』『はやく一人になりたい!』(亜紀書房)、『義父母の介護』『村井さんちの生活』(新潮社)、『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(大和書房)、『実母と義母』(集英社)、『ブッシュ妄言録』(二見文庫)、他。訳書に『ゼロからトースターを作ってみた結果』『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(新潮文庫)、『黄金州の殺人鬼』『ラストコールの殺人鬼』(亜紀書房)、『エデュケーション』(早川書房)、『射精責任』(太田出版)、『未解決殺人クラブ』(大和書房)他。
『エブリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』
村井理子[著]
CCCメディアハウス[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
<文章を正しく解み解こうとするとき、「読む」だけではなく「聴く」ことで見えてくることとは?>
日本でもビジネスパーソンを中心にオーディオブックが普及し、「聴く読書」の人気が高まっている。本を聴くことと、読むことには違う魅力があるものだが、翻訳者の村井理子氏にとって、いまやオーディオブックは仕事に欠かせないツールになっているという。
語学のプロはオーディオブックをどう活用しているのか? 意外と知られていない出版翻訳家の仕事の舞台裏がわかる『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』(CCCメディアハウス)より、取り上げる。
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オーディオブックで訳文をチェックする
訳すときはずっと、キンドルの原書と訳文ファイルを隣り合わせに立ち上げて作業をしています。
推敲が終わったあとは、Audible を使ってチェックをします。目よりも耳から情報を得るほうが得意だと気がついたからです。音声でチェックしたほうがずっと速いのです。
私は自分の目をあまり信じていません。目には勝手に入ってくる情報が多いので、見落としやすいと感じています。私は注意力も散漫なので、かなり苦手な作業です。これは、個人の特性のようなものである気がしています。耳より目が強い人もいるでしょう。
原書と突き合わせて訳しているつもりでも、どうしたって訳し漏れは発生するものです。単語を落としたり、1行落としたりといったことも、1冊の本を訳す過程では必ず起きます。
訳し漏れを拾うときに、目で原書と訳文を交互に追うより、耳で原文を聴き、訳文を目でなぞるほうが気づきやすいのです。Audible で音声を流しながら、同時に目で日本語訳を追うという作業になります。
目から入ってくる日本語の文字情報と、それと同時に耳から入る英語の音声情報が、脳のなかでぶつかって、弾けていく感覚があります。目と耳、2つの入り口から入ってきたものが、ひとつに重なる瞬間です。
すると、「ここを落としていた」とすぐわかります。漏れに気づいたらそこではじめて原文を確認し、「ここが落ちてる」と、再確認して修正するのです。
音声は文字より情報量が多い
アメリカはAudible の市場が大きく、私が訳す本のほとんどはAudible 版も出ています。アメリカのAudible は著者本人が読むこともよくあります。自伝が出ているパリス・ヒルトンも、ミシェル・オバマも自分で読んでいます。
Audible で聴くと感情の起伏がよくわかります。以前、寝ながら原書のAudible を聴いていて、飛び起きたことがありました。「いま、笑ってた!」「そうか、笑うシーンなんだ」と、声の抑揚でわかったのです。
あわてて訳文と原文のファイルを立ち上げて、その箇所を確認しました。最初はなんとなく聴くようになった Audible ですが、そんな経験を経て、本格的に使うようになっていきました。武器がひとつ増えたような気分です。
音声は文字よりも情報量が多いと私は感じています。しっかり訳しているつもりでも、文字だけだと行間や感情が深く読み取れていないことがあります。
日本語の文章でも同じですよね。著者がここで笑ったのは、嬉しいからなのか、皮肉なのか、曖昧でよくわからないといったことはよくあります。読解力をいくら駆使しても、わからないからこそ読書はおもしろいのですが、訳すときには悩ましい問題です。
日々の訓練で英語を聴く速度が上がる
音声で聴くことで、そうしたうっかりを防ぐことができます。英米圏の本は分厚いことが多いので、Audible も18時間あったりします。そのまま流していたのでは間に合わないから倍速で聴いています。
最近は倍速で聴く技も磨きがかかってきて、2・5倍速くらいまでは聴けるようになりました。本1冊でも2、3日でチェックが完了します。人に言うと驚かれます。でも、ちゃんと耳に流れてくるのです。
人間は繰り返し努力をすれば、できるようになる。繰り返すことによって誰もがエキスパートになれる。これはとても希望のあることです。
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村井理子(むらい・りこ)
翻訳家/エッセイスト 1970年静岡県生まれ。滋賀県在住。ブッシュ大統領の追っかけブログが評判を呼び、翻訳家になる。現在はエッセイストとしても活躍。
著書に『兄の終い』 『全員悪人』 『いらねえけどありがとう』(CCCメディアハウス)、『家族』『はやく一人になりたい!』(亜紀書房)、『義父母の介護』『村井さんちの生活』(新潮社)、『ある翻訳家の取り憑かれた日常』(大和書房)、『実母と義母』(集英社)、『ブッシュ妄言録』(二見文庫)、他。訳書に『ゼロからトースターを作ってみた結果』『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(新潮文庫)、『黄金州の殺人鬼』『ラストコールの殺人鬼』(亜紀書房)、『エデュケーション』(早川書房)、『射精責任』(太田出版)、『未解決殺人クラブ』(大和書房)他。
『エブリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』
村井理子[著]
CCCメディアハウス[刊]
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