Infoseek 楽天

選挙干渉、フェイクニュース...「デジタル技術は民主主義に合わない」を再考する

ニューズウィーク日本版 2024年10月28日 11時0分

大澤 傑(愛知学院大学准教授) アステイオン
<民主化の「第三の波」から50周年を迎えた今年、世界中で大型選挙が続く...。デジタル権威主義の「強さ」と「弱さ」について> 

はじめに

2024年10月現在、米国大統領選挙が熱を帯びている。民主党の候補者はカマラ・ハリスに交代したが、ジョー・バイデン現米大統領は就任直後から一貫して「民主主義対権威主義」の構図を描いてきた。

この背景には、国際関係における中国をはじめとする権威主義の台頭のみならず、ドナルド・トランプ支持派を中心に巻き起こった米国内での民主主義の後退が影響していると思われる。

現代国際政治では、しばしば権威主義に「デジタル」という枕詞がつけられる。「一帯一路」構想を掲げる中国が輸出するデジタル技術を駆使した人々への監視や管理に魅せられた政治指導者が、その統治手法に共鳴し、模倣した結果、世界に権威主義が広がっている可能性があるからだ。

現代では、権威主義国家で暮らす人の数は7割を超え、民主主義のスコアも年々悪化している。

さらに、権威主義国家は、民主主義国家の開放性を利用して選挙に介入するなどして、民主主義の価値を貶めようとしているとされる。土屋大洋・川口貴久(共編)『ハックされる民主主義──デジタル社会の選挙干渉リスク』(千倉書房、2022年)では、民主主義がはらむ脆弱性と危険性が描かれている。

以上を踏まえると、昨今の国際社会では、デジタル技術を駆使して強権的に内政を安定させる権威主義国家が、民主主義国家に対して攻勢を仕掛けているという状況が浮かび上がってくる。

デジタル技術革新が進む現代では、民主主義が縮小し、権威主義が跋扈する世界しか想定されないようにさえ思われる。

デジタル技術と政治体制の関係

しかし、元来、デジタル技術には人々の討議を促し、多様な意見を政治に反映し、政治行政の透明性を高めることが期待されていた。2010年頃に発生した「アラブの春」においても、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が重要な役割を果たしたことから、デジタル技術革新は民主主義の明るい未来を映し出すかと思われた。

だが、こうした楽観的な予測は、ソーシャルメディアが社会の分断を深めたり、陰謀論やフェイクニュースの拡散を促進したりする傾向があることが発覚してから鳴りを潜めることとなった。

一方で、強権的な政治指導者は、デジタル技術を駆使して、反対者を抑圧し、プロパガンダなどを流布して自らの権力を強化した。

民主主義国家が軒並み国内の分断に直面し、様々な社会課題を解決できないなか、デジタル技術を活用してそれを乗り切った(かのように見える)独裁者は自信を深め、世界にその統治手法の正統性を発信しているのである。

デジタル権威主義は万能か?

こうして見てみると、権威主義に比してインターネット空間の言論を制御できない民主主義は、デジタル技術との相性が悪いように思われる。

その隙間を狙って仕掛けられる外部からのサイバー攻撃や影響力工作にも脆いことから、デジタル技術革新が進む現代は、権威主義の独裁者にバラ色の未来を提示しているようにさえ見える。

しかし、デジタル権威主義も万能ではない。どれほど大きな権力を持つ独裁者であってもその統治が及ぶ範囲はあくまで国内に限られる。そのため、国境なきデジタルネットワークの広がりは権威主義国家にとってもリスクであるはずだ。

そこで、「デジタル技術は権威主義に利する」とする昨今の「デジタル権威主義論」を再考するため、筆者らは研究会を重ね、『デジタル権威主義――技術が変える独裁の"かたち"』(芙蓉書房出版、2024年)を出版した。

諸刃の剣としてのデジタル技術

デジタル技術革新により、中国やロシアといった権威主義国家も民主主義的価値の流入や、反体制運動の広がりを恐れている。しかし、そのようなリスクを独裁者が完全に防ぎきることは困難である。

事実、デジタル監視の網目を縫って運動が結実し、独裁者の意思決定に影響を与えたこともある。さらに昨今では、暗号通貨を使った国際的な支援も可能となっている。こうした変化はリソース面で不利な反体制勢力に力を与える可能性を示唆している。

また、デジタル抑圧を高め、インターネット空間を閉鎖することは、独裁者にとっても自らの正統性を発信するツールを制限してしまうことを意味する。

例えば、ウガンダではソーシャルメディアを利用して独裁者が自らの正しさを発信している一方、それを利用して反体制派が政権批判を繰り広げている。これに対し政権は取り締まりを強化しているが、国外に逃れた者による声を完全に遮断することはできていない。

加えて、法定通貨に仮想通貨を設定したエルサルバドルは、仮想通貨交換プラットフォームの破産によって経済危機に直面した。また、デジタル技術を駆使した権威主義の強化が、米国からの信頼低下を招くという国際関係の状況悪化にもつながっている。

すなわち、デジタル技術が権威主義に資するとは必ずしも言い切れないのである。むしろデジタル技術は独裁者にとって諸刃の剣なのだ。

デジタル権威主義の拡散?

また、冒頭で述べたように、米中対立が深まる現代国際政治においては、中国がデジタル技術を通じて権威主義を拡散し、それによって権威主義の台頭が生じているかのような言説がある。

しかし、多国籍なデジタルプラットフォーマーの排除に成功している国は中国以外にはほとんど存在しない。そのため、既に多国籍なデジタルプラットフォーマーに依存している国家が中国ほど強力なデジタル管理を国民に課すことも難しいだろう。

民主化「第三の波」50周年から「今」を眺めてみる

2024年は民主化の「第三の波」の発端となったポルトガルで独裁体制が打倒されたカーネーション革命の発生から50周年である。それを記念して、今夏、リスボンで開催されたInternational Political Science Association(世界政治学会)の会場に併設されたグルベンキアン美術館では、民主主義と美術館とAI(人工知能)の関係についての特設展示が行われていた。

その展示では、AIが提示する情報等が文化や歴史への正しい理解を阻害し、それが民主主義をもゆがめる危険性について警鐘が鳴らされていた。既に、デジタル技術は私たちの日常にも影響を与えており、それが政治にも影響しているのである。

『第三の波――20世紀後半の民主化』(川中豪訳、白水社、2023年)を著した政治学者サミュエル・ハンチントンは、1991年時点で将来にデジタル技術を使いこなす独裁が現れる可能性を示唆していた。それが今、現実のものとなっている。

しかし、ここまで見てきた通り、デジタル権威主義には「強さ」だけでなく「弱さ」がある。その「弱さ」の一部は、民主主義の「強さ」の裏返しともいえるだろう。

権威主義の波が訪れているともいわれる現代、デジタル技術を再び民主主義の「強さ」に結びつけることができるか。世界的な選挙の年でもある今年、それが我々に問われている。

大澤 傑(Suguru Osawa)
愛知学院大学文学部英語英米文化学科准教授。防衛大学校総合安全保障研究科後期課程卒業。博士(安全保障学)。専門は政治体制論(特に権威主義)、安全保障。他に、防衛大学校国際関係学科非常勤講師。主著に、『「個人化」する権威主義体制――侵攻決断と体制変動の条件』(明石書店、2023年)、『独裁が揺らぐとき――個人支配体制の比較政治』(ミネルヴァ書房、2020年)、『米中対立と国際秩序の行方――交叉する世界と地域』(東信堂、2024年[五十嵐隆幸と共編])など。

※本書は2022年度サントリー文化財団研究助成「学問の未来を拓く」の成果書籍です。

『デジタル権威主義――技術が変える独裁の"かたち"』(芙蓉書房出版、2024年)
 大澤 傑[編著]
 芙蓉書房出版[刊]

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


この記事の関連ニュース