一田和樹
<最近、複数の新聞で「沖縄(琉球)独立」が取り上げられ、注目を集めている。SNSでも関連投稿が増え、人工的に拡散されているとの指摘がある>
注目を浴びる沖縄認知戦
沖縄(琉球)独立という言葉だけ目にすると、沖縄県民の間で独立の気運が高まっているかのように思ってしまうが、実際は主に沖縄の外で話題になっているのだ。そもそもSNSへの投稿の多くは中国語だ。
中国語が堪能な日本人でなければ意味がわからないので、沖縄どころか日本人すら対象ではなかった可能性が高い。
もともと沖縄に対して中国は以前から干渉を行ってきていたが、2023年からそれが増加した。
これまでわかっている範囲では、X、Weibo、Douyin、TikTokなどのSNSで沖縄に関する話題が拡散したことが確認されており、加工された動画などが投稿されていた。
これらの拡散は習近平が2023年6月に沖縄と中国の歴史的なつながりについて言及、2023年7月の沖縄県知事の訪中といった話題があり、SNSでの盛り上がりはこうした出来事と連動していた。
人工的な拡散も確認されたが、オーガニック(自然発生)な拡散もあった。中国やロシアは自ら偽・誤情報を発信するだけでなく、インフルエンサーなどが自主的に発信した情報を拡散するようになっている。
たとえばコロナ禍において、中露は積極的に海外の反ワクチンや陰謀論の発言を拡散した。これによってリーチの増えた発信者たちは広告収入やフォロワーの増加といった恩恵を受け、中露とインフルエンサーの間にWinWinの関係ができていった。
インフルエンサー自身が親露、親中であった場合には、自己承認欲求も満たされる。いわば市場主導型のデジタル影響工作である。
このエコシステムの中で中国政府が望むような情報を発信する親中派インフルエンサーが活躍し、親中派が広げる沖縄に関する話題が国外で広がっていると、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)は2023年11月の報告書で分析している。
沖縄とも日本とも関係なく展開される作戦
この作戦で流布されている主張には下記のようなものが確認されている。
1.沖縄県の米軍基地への反対
2.沖縄(琉球)独立の主張
3.中国と琉球の交流
4.台湾は中国の一部分という主張の支持(香港や新疆ウイグル自治区の問題についての中国支持を含むこともある)
5.活動支援の募金
1と2はわかるが、3は少し独立の話題から離れており、さらに4は全く別の話である。ただし、沖縄認知戦を仕掛けているのが中国であるという仮定に立てば、一貫性はないものの中国が拡散したい話題を盛り込んでいるという意味で4は理解できる。
しかし、不思議なことに1と2に関しても日本政府や沖縄県を主たるターゲットにしているわけではでない。
前項でご紹介したように作戦はいずれも中国語で中国由来のSNS(Weibo、Douyin、TikTok)中心に行われているのだ。その目的について、報道した新聞では日本へのゆさぶりや分断工作、あるいは中国国内の世論操作といった解釈がなされていた。
しかし、どちらの解釈も少し遠回りすぎるように思える。実は海外では、沖縄認知戦についてもう少し具体的で切実な問題と合わせて語られることが多かった。ここであげた4、つまり台湾問題である。
親中派インフルエンサーの活動
近年の沖縄認知戦について海外では中国の台湾併合を目指した活動の一環として分析されることが多いようだ。
あるいは台湾併合も含めたアジアにおける中国の戦略の一環として語られる。台湾の調査報道機関であるThe Reporterの分析によると、G7外相会議開催とSNSでの沖縄に関する投稿の増加が連動していたと分析している。
沖縄(琉球)独立を熱心に発信している親中派インフルエンサーの動きも台湾をかなり意識している。沖縄(琉球)独立を発信している親中派インフルエンサーでもっとも有名なRob Kajiwara(ロバート・カジワラ、比嘉孝昌、魏孝昌、梶原孝昌などの別名がある)は、ハワイ生まれの日系4世(沖縄のメディアは彼を「県系4世」と称している)。
彼は前項であげた、「沖縄県の米軍基地への反対」、「沖縄(琉球)独立の主張」、「中国と琉球の交流」、「台湾は中国の一部分という主張の支持」を訴えている。
彼にはWeiboで124,000人のフォロワーがおり、辺野古基地移転反対の署名を20万人以上から集めたこともある。国連で演説を行うという国際的な活動も行っていて、2019年には沖縄からすべての米軍基地の撤去と、独立を求める団体「琉球和平联盟」を設立した。
ハワイ、アラスカ、西パプア、カタルーニャ、カシミールなど、独立運動を行う他の地域との連帯も表明している。アメリカの親中NPOのコード・ピンクやノー・コールド・ウォーなどとも関係があり、国際的に活躍している。
最近では「占領された沖縄」というドキュメンタリー映画を製作した。予告編がYouTubeにアップされている。
映像の中で彼は沖縄の人々に立ち上がることを訴えているが、言語はすべて英語となっている。注目すべきは予告編1分32秒で映される「国連勧告」だ。2008年以降、国連は日本に対して沖縄に住む人々を先住民と認めるべきであるという勧告を6回出している。外務省はこれに対して、先住民という認識はないと対応している。
私は専門家ではないので、どちらなのかはわからないが、仮に国連の主張を日本政府が認めた場合(ないと思うが)、言語の保存など必要な措置を執らなくてはいけなくなるし、不当に支配しているという指摘も出て来そうだ。
そして、軍事施設は撤去しなければならなくなる。
Rob Kajiwaraの主張の多くは、沖縄県民の多数が願っていることではなく、これもまた日本や沖縄と離れたところで進んでいる事態だ。
中国語での拡散、ハワイ、アラスカ、西パプア、カタルーニャ、カシミールなどとへの連携の呼びかけ、英語でアメリカ在住の親中派インフルエンサーを使った米国と国連での活動を考えると、前述のような中国国内の世論操作や日本へのゆさぶりと分断に加えて国際的な世論の喚起を狙ったものと考えられる。
そして、沖縄認知戦はこの地域における中国の戦略的な意図と連動していると解釈できそうだ。その中でも日本にとって身近で大きな問題は台湾併合だ。
台湾併合
現在のところ、ごく一部をのぞいて当事国に有事を望んでいる勢力はない。非軍事的手段による併合の可能性が高く、それは和平協定のような形を取ると予想されている。
ただし、非軍事的手段だからといって、軍事的な緊張がなくなるわけではなく、むしろ逆で軍事的緊張は台湾併合に向けて非常に高いレベルまで上がってゆく。
中国にとっての認知戦は、「軍事的優位を政治的勝利に結びつける」ことであり、アメリカがベトナムやアフガニスタンで軍事力で優位にありながら政治的勝利を得られなかったことから教訓を得ている。
ロシアが行っているデジタル影響工作に比べると異なる点がいくつかある。大きく違うのは「正当性」の主張だ。昔風に言うと、「大義」を示すことが重要とされている。
たとえばロシアのウクライナ侵攻後、国連決議で投票した国のほとんどはロシア非難に回った。これに対して中国の香港に対する弾圧が問題になった2022年の第44回国際連合人権理事会では中国支持派が批判する国のほぼ倍となった。
こうした形で、中国の認知戦は展開されている。台湾や日本に対して、沖縄独立や先住民問題の正当性を中国内外に広めているのは認知戦に必要とされている正当性確保のためなのだろう。
中国の認知戦において、軍事行動は認知形成の重要な基盤である。認知戦は軍事行動と連携し、支え合う必要がある。軍事行動なしに認知戦のみでの勝利はない。
ここでいう軍事行動には示威行動なども含まれると考えられる。この考え方に従えば、中国は軍事的示威行動をより多く目立つ形で行い、軍事侵攻の可能性をちらつかせるようになる。
これはSoWC COA(short-of-war coercion course of action)と呼ばれる手法である。2024年5月に公開されたアメリカのシンクタンクによる「From Coercion to Capitulation」ではSoWC COAを中心にした中国のシナリオが分析されている。
2024年からのタイムラインが描かれており、その中で沖縄での抗議活動が顕著になるのは2026年となっている。しばらくは沖縄認知戦から目を離せない。
<最近、複数の新聞で「沖縄(琉球)独立」が取り上げられ、注目を集めている。SNSでも関連投稿が増え、人工的に拡散されているとの指摘がある>
注目を浴びる沖縄認知戦
沖縄(琉球)独立という言葉だけ目にすると、沖縄県民の間で独立の気運が高まっているかのように思ってしまうが、実際は主に沖縄の外で話題になっているのだ。そもそもSNSへの投稿の多くは中国語だ。
中国語が堪能な日本人でなければ意味がわからないので、沖縄どころか日本人すら対象ではなかった可能性が高い。
もともと沖縄に対して中国は以前から干渉を行ってきていたが、2023年からそれが増加した。
これまでわかっている範囲では、X、Weibo、Douyin、TikTokなどのSNSで沖縄に関する話題が拡散したことが確認されており、加工された動画などが投稿されていた。
これらの拡散は習近平が2023年6月に沖縄と中国の歴史的なつながりについて言及、2023年7月の沖縄県知事の訪中といった話題があり、SNSでの盛り上がりはこうした出来事と連動していた。
人工的な拡散も確認されたが、オーガニック(自然発生)な拡散もあった。中国やロシアは自ら偽・誤情報を発信するだけでなく、インフルエンサーなどが自主的に発信した情報を拡散するようになっている。
たとえばコロナ禍において、中露は積極的に海外の反ワクチンや陰謀論の発言を拡散した。これによってリーチの増えた発信者たちは広告収入やフォロワーの増加といった恩恵を受け、中露とインフルエンサーの間にWinWinの関係ができていった。
インフルエンサー自身が親露、親中であった場合には、自己承認欲求も満たされる。いわば市場主導型のデジタル影響工作である。
このエコシステムの中で中国政府が望むような情報を発信する親中派インフルエンサーが活躍し、親中派が広げる沖縄に関する話題が国外で広がっていると、オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)は2023年11月の報告書で分析している。
沖縄とも日本とも関係なく展開される作戦
この作戦で流布されている主張には下記のようなものが確認されている。
1.沖縄県の米軍基地への反対
2.沖縄(琉球)独立の主張
3.中国と琉球の交流
4.台湾は中国の一部分という主張の支持(香港や新疆ウイグル自治区の問題についての中国支持を含むこともある)
5.活動支援の募金
1と2はわかるが、3は少し独立の話題から離れており、さらに4は全く別の話である。ただし、沖縄認知戦を仕掛けているのが中国であるという仮定に立てば、一貫性はないものの中国が拡散したい話題を盛り込んでいるという意味で4は理解できる。
しかし、不思議なことに1と2に関しても日本政府や沖縄県を主たるターゲットにしているわけではでない。
前項でご紹介したように作戦はいずれも中国語で中国由来のSNS(Weibo、Douyin、TikTok)中心に行われているのだ。その目的について、報道した新聞では日本へのゆさぶりや分断工作、あるいは中国国内の世論操作といった解釈がなされていた。
しかし、どちらの解釈も少し遠回りすぎるように思える。実は海外では、沖縄認知戦についてもう少し具体的で切実な問題と合わせて語られることが多かった。ここであげた4、つまり台湾問題である。
親中派インフルエンサーの活動
近年の沖縄認知戦について海外では中国の台湾併合を目指した活動の一環として分析されることが多いようだ。
あるいは台湾併合も含めたアジアにおける中国の戦略の一環として語られる。台湾の調査報道機関であるThe Reporterの分析によると、G7外相会議開催とSNSでの沖縄に関する投稿の増加が連動していたと分析している。
沖縄(琉球)独立を熱心に発信している親中派インフルエンサーの動きも台湾をかなり意識している。沖縄(琉球)独立を発信している親中派インフルエンサーでもっとも有名なRob Kajiwara(ロバート・カジワラ、比嘉孝昌、魏孝昌、梶原孝昌などの別名がある)は、ハワイ生まれの日系4世(沖縄のメディアは彼を「県系4世」と称している)。
彼は前項であげた、「沖縄県の米軍基地への反対」、「沖縄(琉球)独立の主張」、「中国と琉球の交流」、「台湾は中国の一部分という主張の支持」を訴えている。
彼にはWeiboで124,000人のフォロワーがおり、辺野古基地移転反対の署名を20万人以上から集めたこともある。国連で演説を行うという国際的な活動も行っていて、2019年には沖縄からすべての米軍基地の撤去と、独立を求める団体「琉球和平联盟」を設立した。
ハワイ、アラスカ、西パプア、カタルーニャ、カシミールなど、独立運動を行う他の地域との連帯も表明している。アメリカの親中NPOのコード・ピンクやノー・コールド・ウォーなどとも関係があり、国際的に活躍している。
最近では「占領された沖縄」というドキュメンタリー映画を製作した。予告編がYouTubeにアップされている。
映像の中で彼は沖縄の人々に立ち上がることを訴えているが、言語はすべて英語となっている。注目すべきは予告編1分32秒で映される「国連勧告」だ。2008年以降、国連は日本に対して沖縄に住む人々を先住民と認めるべきであるという勧告を6回出している。外務省はこれに対して、先住民という認識はないと対応している。
私は専門家ではないので、どちらなのかはわからないが、仮に国連の主張を日本政府が認めた場合(ないと思うが)、言語の保存など必要な措置を執らなくてはいけなくなるし、不当に支配しているという指摘も出て来そうだ。
そして、軍事施設は撤去しなければならなくなる。
Rob Kajiwaraの主張の多くは、沖縄県民の多数が願っていることではなく、これもまた日本や沖縄と離れたところで進んでいる事態だ。
中国語での拡散、ハワイ、アラスカ、西パプア、カタルーニャ、カシミールなどとへの連携の呼びかけ、英語でアメリカ在住の親中派インフルエンサーを使った米国と国連での活動を考えると、前述のような中国国内の世論操作や日本へのゆさぶりと分断に加えて国際的な世論の喚起を狙ったものと考えられる。
そして、沖縄認知戦はこの地域における中国の戦略的な意図と連動していると解釈できそうだ。その中でも日本にとって身近で大きな問題は台湾併合だ。
台湾併合
現在のところ、ごく一部をのぞいて当事国に有事を望んでいる勢力はない。非軍事的手段による併合の可能性が高く、それは和平協定のような形を取ると予想されている。
ただし、非軍事的手段だからといって、軍事的な緊張がなくなるわけではなく、むしろ逆で軍事的緊張は台湾併合に向けて非常に高いレベルまで上がってゆく。
中国にとっての認知戦は、「軍事的優位を政治的勝利に結びつける」ことであり、アメリカがベトナムやアフガニスタンで軍事力で優位にありながら政治的勝利を得られなかったことから教訓を得ている。
ロシアが行っているデジタル影響工作に比べると異なる点がいくつかある。大きく違うのは「正当性」の主張だ。昔風に言うと、「大義」を示すことが重要とされている。
たとえばロシアのウクライナ侵攻後、国連決議で投票した国のほとんどはロシア非難に回った。これに対して中国の香港に対する弾圧が問題になった2022年の第44回国際連合人権理事会では中国支持派が批判する国のほぼ倍となった。
こうした形で、中国の認知戦は展開されている。台湾や日本に対して、沖縄独立や先住民問題の正当性を中国内外に広めているのは認知戦に必要とされている正当性確保のためなのだろう。
中国の認知戦において、軍事行動は認知形成の重要な基盤である。認知戦は軍事行動と連携し、支え合う必要がある。軍事行動なしに認知戦のみでの勝利はない。
ここでいう軍事行動には示威行動なども含まれると考えられる。この考え方に従えば、中国は軍事的示威行動をより多く目立つ形で行い、軍事侵攻の可能性をちらつかせるようになる。
これはSoWC COA(short-of-war coercion course of action)と呼ばれる手法である。2024年5月に公開されたアメリカのシンクタンクによる「From Coercion to Capitulation」ではSoWC COAを中心にした中国のシナリオが分析されている。
2024年からのタイムラインが描かれており、その中で沖縄での抗議活動が顕著になるのは2026年となっている。しばらくは沖縄認知戦から目を離せない。