此花わか(ジャーナリスト)
<「極右」「親ロシア」のハンガリー・オルバン政権が出生率アップに成功中。その原動力である「異次元の家庭重視政策」とは?>
「異次元」の名にふさわしい少子化対策で成功しているヨーロッパの国がある。ハンガリーだ。メディアに極右のロシア寄りだと報じられ、西側に批判されるオルバン・ビクトル首相の政権のユニークな家族政策は、実際にさまざまな成果を出している。
ハンガリーはほかのEU諸国より抜きん出た出生率の増加率を誇る。2010年以降、EUの出生率は低下しているが、ハンガリーでは27%も上昇。アメリカも07年から20年にかけて出生率は23%減少している。実は、11年のハンガリーも出生率が1.23と、現在の日本と似たようなレベルだった(ハンガリー政府の研究所「KINCS」調べ)。
しかし、オルバン政権が10年に「家族政策」を打ち出してから、21年の出生率は1.61に上昇、婚姻数は2倍で、離婚数は30%も低下した。人口を維持する出生率は2.1だといわれているから、これでも十分ではないが、現時点で人口を維持できる出生率を保っている先進国はイスラエル以外ない。
首都ブダペストの空港に足を踏み入れるとまず目につくのは、小さな子どもたちと両親、そして祖父母が愛しそうに触れ合う大きなポスターだ。なぜハンガリーは「家族」を打ち出すのだろうか。
22年から今年2月まで大統領を務めたノバーク・カタリンはこう説明する。「12年に亡くなったコップ・マリア博士というハンガリーで最も尊敬されている心理学者は、ハンガリー人の精神的幸福における研究の第一人者でした。博士の科学的な研究は、家族がいる人々は経済的にも健康的にも、より幸せになる傾向が高くなることを証明したのです」
オルバン政権は長期有給休暇制度やローン免除などの家族・出産支援策で出生率をV字回復させた CSIKIPHOTO/SHUTTERSTOCK
ハンガリーの「ファミリーフレンドリー」という理念は、社会における家族の役割を認識し、家族を優先して支援しなければ、少子高齢化という人類の危機に対応できないとの理念に基づく。
第2次大戦後、ソ連が牛耳る共産圏国家だったハンガリーは国内産業が発展せず、1989年の民主化以降、近隣の豊かな西ヨーロッパへ流出する若者の数が増大し、深刻な社会問題となっていた。家族を持ちたくないと考える人は多く、当時の出生率はEUで最下位レベル。そこへ09〜10年、EU経済危機が起こる。
人口が少ないハンガリーでこれ以上少子化や人材の流出が続くと、国を維持できない。けれども西側の豊かな国のように移民を積極的に受け入れるとどうなるのか。
「人口の少ないハンガリー人、そしてハンガリー文化が消滅してしまいかねません」と言うのは、欧州経済社会評議会(EESC)のヨー・キンガ委員だ。
こうした背景からオルバン政権は大胆な家族政策へと舵を切り、2010年からの14年間、家族政策を国家の最優先として、財源を2倍以上に、予算をGDPの6.2%まで増やした。これはGDP比においては世界一の支出だ。「ハンガリーの家族政策は、子どもを持つことを『リスク』ではなく、『価値のあるもの』という社会意識へシフトするのが目的です」と、ヨー委員は付け加える。
ハンガリーの5つの家族政策
ハンガリーの家族政策は、「家族の経済的支援」「住宅購入支援」「家族に優しい環境づくり」「ワークライフバランス」「子どものウェルビーイング対策」の5つの分野に分かれており、各分野には多数の施策が存在する(上記図表参照)。
オルバン政権の行き届いた家庭・教育施策をこちらで紹介
これらの施策は、まだ子どもを育てる資金のない学生でも、若いうちに子育てができるように設計されている。なぜなら、どの先進国でも、キャリアや経済的安定を待っているうちに結婚や出産が遅れ、その結果、子どもが欲しくても妊娠が難しくなる年齢に達するカップルが増えているからだ。
さらに、祖父母、父親や母親が3年間みっちり育休を取っても、母親が好きな形で職場復帰でき、子どもが3歳になるまで親は残業禁止という点も、日本の少子化対策にはない視点だ。
「ハンガリーの家族政策は、女性が望む働き方をサポートします」と強調するノバーク前大統領。興味深いことに、ハンガリーでは、10年から22年まで働く女性の割合は59%から75%まで増えたのに、出生率も同期間で1.25から1.52まで上がった。子どもがいても働きやすい環境があるのではないか。
そもそも、子どもがいようがいまいが、仕事以外の生活を大切にし、人生を楽しむ価値観がハンガリーには根付いている。実際に日曜日は多くの店がシャッターを下ろす。
ノバーク前大統領(中央)とその家族 COURTESY OF NOVÁK KATALIN
ハンガリーでは法律で残業が認められているのは年間250時間以内。一方、日本は360時間以内。OECDは「長時間労働=週50時間」と定義しており、日本人の15.7%が週50時間以上働く(OECD41カ国中36位)半面、ハンガリーは1.5%しかいない(OECDで8位)。
「ウェルビーイング」とは、幸福で肉体的、精神的、社会的全てにおいて、満たされた状態で持続的な幸福を指すが、ハンガリー政府は子どものウェルビーイング施策の1つとして、「エリザベス・プログラム」に今年、2280万ユーロ(約37億円)を費やした。
これは観光地として人気のバラトン湖の畔にある別荘で行われる、ヨーロッパ最大のキャンプで、子どもたちが長期休暇を過ごせる幅広いアクティビティーが提供されている。12年から24年まで計約140万人の子どもたちが訪れた。
このように「ワークライフバランス」や「子どものウェルビーイング」など、「国民は心身共に満たされ幸福であるべきだ」という視点がハンガリーの家族政策の重要な軸となっている。
さらに、家族政策における住宅購入補助プログラムは建築業界の雇用を生み出し、11.2%だった10年の失業率が22年には3.6%まで下がった。「人々は家と同時にさまざまな商品やサービスを買います。つまり、これは経済全体が活性化されるということ。課題はありますが、税収も上がり経済効果を出しました」とハンガリー国際問題研究所のバシャ・ラースロー博士は言う。
このようにリベラルな政策を実行しているオルバン政権が西側諸国から批判されがちなのはなぜか。
「オルバン政権は親ロシア派や親中国派だと報じられるときがありますが、実際は親ハンガリー派。つまり、ハンガリーの国益を一番に考えてあらゆる国と友好な関係を築く現実的な外交政策を取っているのです」と、政治と国際関係の専門家であるスティーブン・ナギ国際基督教大学教授は言う。「どの国からも指図されたくはないのでは」
つまり、ウクライナ戦争や移民政策において、やすやすと西ヨーロッパの思惑に迎合しないからハンガリーはたたかれている、というわけだ。
だが、課題もある。ブダペスト郊外に住む、小学生の子どもが2人いる会計士と営業職の共働きの夫婦に聞くと、「生活は楽ではありません。保育園から高校まで公立で学費は無料ですが、英会話やスイミングなどの校外活動にお金がかかります」と話す。
その一因は、家族政策の財源となっている世界一高い27%の消費税だろう。ただし食べ物やエネルギーなど生活必需品は比較的安い。ハンガリーの中間層は普段は外食やショッピングなど贅沢を極力控えるが、週末はピクニックやスポーツを家族と楽しんだり、友達や親戚を自宅に招いたりして、夏と冬は家族でゆったりと旅行へ行く。
MCCで法律を学ぶボッドナー・リッラ・ドリナ COURTESY OF BODNÁR LILLA DORINA
家族政策だけではない。ハンガリー政府は未来のハンガリーを牽引する若者を育てるユニークな教育プログラム「マティアス・コルビヌス・コレギウム(MCC)」にも出資し、効果を上げている。
若者の国外流出を止める教育
この機関は、ハンガリーとその周辺国に住むハンガリー人の若者の才能を育てることを目的とした、教育・研究センターだ。96年に設立され、15世紀の著名な王マティアス・コルビヌスにちなんで名付けられたMCCは、無料の補習教育を通して、グローバルな国際関係を理解し、ハンガリーの発展に貢献するリーダーの育成を目指す。
MCCには法律、経済、心理学、メディア、国際関係、社会科学・歴史、リーダシップアカデミーという7つのユニットがあり、世界中から講師を呼び寄せ、セミナーや授業を無料で開催している。ハンガリーの少数民族、ロマ・コミュニティーや女性のリーダー育成の支援もしており、スロバキア、ルーマニア、ウクライナ、セルビアにも地域センターを設置している。
24年度から25年度には、10代前半の学生から30代の若手社会人まで幅広い年齢層の学生が約8000人、MCCに在籍している。ただし、誰もが入れるわけではない。いくつかの選考プロセスを経て入学が決まる。
MCCはイベントも開催 COURTESY OF MCC
ラーンチィ・ペーテルMCC副総局長は「学生の受け入れに当たっては、成績のみで判断することはありません。人格、向上心、課外活動への参加、地域社会を改善したいという意欲を示す学生に関心を持っています。また、プログラムは無料であるため、恵まれない学生にも届くよう努めています」と話す。
ミシュコルツ大学で法律を専攻し、国際犯罪調査に関わる仕事に就きたいというボッドナー・リッラ・ドリナは、「MCCのおかげで法律分野で実績のある方々と交流する機会に恵まれ、彼らの経験から、貴重な洞察を得ることができました。また、無料で外国旅行をする機会を提供してくれ、グローバルな視点を持つことができました」と話す。
同大学でマーケティングを専攻しているベンチク・タマーシュは「大学でのレクチャーよりも実践的なクラスが気に入っています。エコシステムのスタートアップでインターンをするなど、国外で実際に活動をするプログラムもあるところもMCCのよいところです」と語る。
教育機会提供だけでなく、MCCには若者の国外流出を防ぐという重要な役割がある。「他の中央ヨーロッパ諸国と同様に、多くの若者がよりよい機会を求めて西欧へ流出しています。国外での経験を得るための国際フェローシップを提供すると同時に、ハンガリーに戻り、自らのスキルをハンガリーの利益のために役立てるよう学生たちに奨励しています」とラーンチィ副総局長は言う。
マーケティング専攻のベンチク・タマーシュ COURTESY OF BENCSIK TAMÁS
こういったハンガリーの国策が功を奏しているのだろうか。11年から21年の間に、主にドイツ、オーストリア、イギリスから17万3000人のハンガリー人がハンガリーに帰国しているという。
少子化対策に「魔法の杖」はない
ノバーク前大統領はこう締めくくる。「家族政策だけで少子化が解決すると思うのは間違い。子どもを持つか持たないかを決める際に、私たちは教育、医療、社会福祉、経済、安全保障などあらゆることを考慮します。人々が子どもを持ちたいと思えるように、政府は最高の公共サービスを提供しなければなりません」
少子高齢化を防ぐ魔法の杖はないだろう。だが、少なくともハンガリーは、経済が家族のために機能しなければ、家族も経済のために機能しないということを理解している。
3年の有給育休から住宅・自動車購入支援まで
乳児ケア手当──出産後最長168日間の産休期間中、日給の100%に当たる乳児ケア手当が支給される。
学生ローンの免除──母親が30歳未満で、高等教育在学中(短大から大学院)か卒業後2年以内に出産した場合、学生ローンの残高が免除になる。
3年間の有給育児休暇──雇用保険に入っている(1年以上仕事に就いている)父親と母親、そして、両親が取らない場合は祖父母も申請できる。子どもが2歳になるまでは収入に応じた7割の給料相当額が支払われ、3歳になるまでは定額の乳児手当が月額2万8500フォリント(約1万2000円)支給される(2020年)。
3人出産するとローンが免除される「出産ローン」──出産のために最大1000万フォリント(約408万円)を金融機関から無利子で借りられ、子どもが増えるたびに返済を遅らせ、元金が減額される。3人目が生まれるとローンは免除される。
大型自動車購入の補助金──7人乗り乗用車購入で250万フォリント(約102万円)。
子どもが3歳になるまで残業禁止。
生後6カ月になると母親やパートタイムでもフルタイムでも好きな雇用形態で職場に戻る権利がある。
無料の幼児教育と教員のボーナス額引き上げ──公立の保育園を90%増やし、保育園と幼稚園を無償化、教員のボーナスを増額。
住宅購入支援プログラム(CSOK)──第2子出産で1000万フォリント(約408万円)、第3子出産で1500万フォリント(約611万円)を低金利で借りられる。子供の数に応じて返済額が減っていく。
子どもが増えれば増えるほど減税される所得税減税策──4人産めば一生、母親の個人所得税免除。
<「極右」「親ロシア」のハンガリー・オルバン政権が出生率アップに成功中。その原動力である「異次元の家庭重視政策」とは?>
「異次元」の名にふさわしい少子化対策で成功しているヨーロッパの国がある。ハンガリーだ。メディアに極右のロシア寄りだと報じられ、西側に批判されるオルバン・ビクトル首相の政権のユニークな家族政策は、実際にさまざまな成果を出している。
ハンガリーはほかのEU諸国より抜きん出た出生率の増加率を誇る。2010年以降、EUの出生率は低下しているが、ハンガリーでは27%も上昇。アメリカも07年から20年にかけて出生率は23%減少している。実は、11年のハンガリーも出生率が1.23と、現在の日本と似たようなレベルだった(ハンガリー政府の研究所「KINCS」調べ)。
しかし、オルバン政権が10年に「家族政策」を打ち出してから、21年の出生率は1.61に上昇、婚姻数は2倍で、離婚数は30%も低下した。人口を維持する出生率は2.1だといわれているから、これでも十分ではないが、現時点で人口を維持できる出生率を保っている先進国はイスラエル以外ない。
首都ブダペストの空港に足を踏み入れるとまず目につくのは、小さな子どもたちと両親、そして祖父母が愛しそうに触れ合う大きなポスターだ。なぜハンガリーは「家族」を打ち出すのだろうか。
22年から今年2月まで大統領を務めたノバーク・カタリンはこう説明する。「12年に亡くなったコップ・マリア博士というハンガリーで最も尊敬されている心理学者は、ハンガリー人の精神的幸福における研究の第一人者でした。博士の科学的な研究は、家族がいる人々は経済的にも健康的にも、より幸せになる傾向が高くなることを証明したのです」
オルバン政権は長期有給休暇制度やローン免除などの家族・出産支援策で出生率をV字回復させた CSIKIPHOTO/SHUTTERSTOCK
ハンガリーの「ファミリーフレンドリー」という理念は、社会における家族の役割を認識し、家族を優先して支援しなければ、少子高齢化という人類の危機に対応できないとの理念に基づく。
第2次大戦後、ソ連が牛耳る共産圏国家だったハンガリーは国内産業が発展せず、1989年の民主化以降、近隣の豊かな西ヨーロッパへ流出する若者の数が増大し、深刻な社会問題となっていた。家族を持ちたくないと考える人は多く、当時の出生率はEUで最下位レベル。そこへ09〜10年、EU経済危機が起こる。
人口が少ないハンガリーでこれ以上少子化や人材の流出が続くと、国を維持できない。けれども西側の豊かな国のように移民を積極的に受け入れるとどうなるのか。
「人口の少ないハンガリー人、そしてハンガリー文化が消滅してしまいかねません」と言うのは、欧州経済社会評議会(EESC)のヨー・キンガ委員だ。
こうした背景からオルバン政権は大胆な家族政策へと舵を切り、2010年からの14年間、家族政策を国家の最優先として、財源を2倍以上に、予算をGDPの6.2%まで増やした。これはGDP比においては世界一の支出だ。「ハンガリーの家族政策は、子どもを持つことを『リスク』ではなく、『価値のあるもの』という社会意識へシフトするのが目的です」と、ヨー委員は付け加える。
ハンガリーの5つの家族政策
ハンガリーの家族政策は、「家族の経済的支援」「住宅購入支援」「家族に優しい環境づくり」「ワークライフバランス」「子どものウェルビーイング対策」の5つの分野に分かれており、各分野には多数の施策が存在する(上記図表参照)。
オルバン政権の行き届いた家庭・教育施策をこちらで紹介
これらの施策は、まだ子どもを育てる資金のない学生でも、若いうちに子育てができるように設計されている。なぜなら、どの先進国でも、キャリアや経済的安定を待っているうちに結婚や出産が遅れ、その結果、子どもが欲しくても妊娠が難しくなる年齢に達するカップルが増えているからだ。
さらに、祖父母、父親や母親が3年間みっちり育休を取っても、母親が好きな形で職場復帰でき、子どもが3歳になるまで親は残業禁止という点も、日本の少子化対策にはない視点だ。
「ハンガリーの家族政策は、女性が望む働き方をサポートします」と強調するノバーク前大統領。興味深いことに、ハンガリーでは、10年から22年まで働く女性の割合は59%から75%まで増えたのに、出生率も同期間で1.25から1.52まで上がった。子どもがいても働きやすい環境があるのではないか。
そもそも、子どもがいようがいまいが、仕事以外の生活を大切にし、人生を楽しむ価値観がハンガリーには根付いている。実際に日曜日は多くの店がシャッターを下ろす。
ノバーク前大統領(中央)とその家族 COURTESY OF NOVÁK KATALIN
ハンガリーでは法律で残業が認められているのは年間250時間以内。一方、日本は360時間以内。OECDは「長時間労働=週50時間」と定義しており、日本人の15.7%が週50時間以上働く(OECD41カ国中36位)半面、ハンガリーは1.5%しかいない(OECDで8位)。
「ウェルビーイング」とは、幸福で肉体的、精神的、社会的全てにおいて、満たされた状態で持続的な幸福を指すが、ハンガリー政府は子どものウェルビーイング施策の1つとして、「エリザベス・プログラム」に今年、2280万ユーロ(約37億円)を費やした。
これは観光地として人気のバラトン湖の畔にある別荘で行われる、ヨーロッパ最大のキャンプで、子どもたちが長期休暇を過ごせる幅広いアクティビティーが提供されている。12年から24年まで計約140万人の子どもたちが訪れた。
このように「ワークライフバランス」や「子どものウェルビーイング」など、「国民は心身共に満たされ幸福であるべきだ」という視点がハンガリーの家族政策の重要な軸となっている。
さらに、家族政策における住宅購入補助プログラムは建築業界の雇用を生み出し、11.2%だった10年の失業率が22年には3.6%まで下がった。「人々は家と同時にさまざまな商品やサービスを買います。つまり、これは経済全体が活性化されるということ。課題はありますが、税収も上がり経済効果を出しました」とハンガリー国際問題研究所のバシャ・ラースロー博士は言う。
このようにリベラルな政策を実行しているオルバン政権が西側諸国から批判されがちなのはなぜか。
「オルバン政権は親ロシア派や親中国派だと報じられるときがありますが、実際は親ハンガリー派。つまり、ハンガリーの国益を一番に考えてあらゆる国と友好な関係を築く現実的な外交政策を取っているのです」と、政治と国際関係の専門家であるスティーブン・ナギ国際基督教大学教授は言う。「どの国からも指図されたくはないのでは」
つまり、ウクライナ戦争や移民政策において、やすやすと西ヨーロッパの思惑に迎合しないからハンガリーはたたかれている、というわけだ。
だが、課題もある。ブダペスト郊外に住む、小学生の子どもが2人いる会計士と営業職の共働きの夫婦に聞くと、「生活は楽ではありません。保育園から高校まで公立で学費は無料ですが、英会話やスイミングなどの校外活動にお金がかかります」と話す。
その一因は、家族政策の財源となっている世界一高い27%の消費税だろう。ただし食べ物やエネルギーなど生活必需品は比較的安い。ハンガリーの中間層は普段は外食やショッピングなど贅沢を極力控えるが、週末はピクニックやスポーツを家族と楽しんだり、友達や親戚を自宅に招いたりして、夏と冬は家族でゆったりと旅行へ行く。
MCCで法律を学ぶボッドナー・リッラ・ドリナ COURTESY OF BODNÁR LILLA DORINA
家族政策だけではない。ハンガリー政府は未来のハンガリーを牽引する若者を育てるユニークな教育プログラム「マティアス・コルビヌス・コレギウム(MCC)」にも出資し、効果を上げている。
若者の国外流出を止める教育
この機関は、ハンガリーとその周辺国に住むハンガリー人の若者の才能を育てることを目的とした、教育・研究センターだ。96年に設立され、15世紀の著名な王マティアス・コルビヌスにちなんで名付けられたMCCは、無料の補習教育を通して、グローバルな国際関係を理解し、ハンガリーの発展に貢献するリーダーの育成を目指す。
MCCには法律、経済、心理学、メディア、国際関係、社会科学・歴史、リーダシップアカデミーという7つのユニットがあり、世界中から講師を呼び寄せ、セミナーや授業を無料で開催している。ハンガリーの少数民族、ロマ・コミュニティーや女性のリーダー育成の支援もしており、スロバキア、ルーマニア、ウクライナ、セルビアにも地域センターを設置している。
24年度から25年度には、10代前半の学生から30代の若手社会人まで幅広い年齢層の学生が約8000人、MCCに在籍している。ただし、誰もが入れるわけではない。いくつかの選考プロセスを経て入学が決まる。
MCCはイベントも開催 COURTESY OF MCC
ラーンチィ・ペーテルMCC副総局長は「学生の受け入れに当たっては、成績のみで判断することはありません。人格、向上心、課外活動への参加、地域社会を改善したいという意欲を示す学生に関心を持っています。また、プログラムは無料であるため、恵まれない学生にも届くよう努めています」と話す。
ミシュコルツ大学で法律を専攻し、国際犯罪調査に関わる仕事に就きたいというボッドナー・リッラ・ドリナは、「MCCのおかげで法律分野で実績のある方々と交流する機会に恵まれ、彼らの経験から、貴重な洞察を得ることができました。また、無料で外国旅行をする機会を提供してくれ、グローバルな視点を持つことができました」と話す。
同大学でマーケティングを専攻しているベンチク・タマーシュは「大学でのレクチャーよりも実践的なクラスが気に入っています。エコシステムのスタートアップでインターンをするなど、国外で実際に活動をするプログラムもあるところもMCCのよいところです」と語る。
教育機会提供だけでなく、MCCには若者の国外流出を防ぐという重要な役割がある。「他の中央ヨーロッパ諸国と同様に、多くの若者がよりよい機会を求めて西欧へ流出しています。国外での経験を得るための国際フェローシップを提供すると同時に、ハンガリーに戻り、自らのスキルをハンガリーの利益のために役立てるよう学生たちに奨励しています」とラーンチィ副総局長は言う。
マーケティング専攻のベンチク・タマーシュ COURTESY OF BENCSIK TAMÁS
こういったハンガリーの国策が功を奏しているのだろうか。11年から21年の間に、主にドイツ、オーストリア、イギリスから17万3000人のハンガリー人がハンガリーに帰国しているという。
少子化対策に「魔法の杖」はない
ノバーク前大統領はこう締めくくる。「家族政策だけで少子化が解決すると思うのは間違い。子どもを持つか持たないかを決める際に、私たちは教育、医療、社会福祉、経済、安全保障などあらゆることを考慮します。人々が子どもを持ちたいと思えるように、政府は最高の公共サービスを提供しなければなりません」
少子高齢化を防ぐ魔法の杖はないだろう。だが、少なくともハンガリーは、経済が家族のために機能しなければ、家族も経済のために機能しないということを理解している。
3年の有給育休から住宅・自動車購入支援まで
乳児ケア手当──出産後最長168日間の産休期間中、日給の100%に当たる乳児ケア手当が支給される。
学生ローンの免除──母親が30歳未満で、高等教育在学中(短大から大学院)か卒業後2年以内に出産した場合、学生ローンの残高が免除になる。
3年間の有給育児休暇──雇用保険に入っている(1年以上仕事に就いている)父親と母親、そして、両親が取らない場合は祖父母も申請できる。子どもが2歳になるまでは収入に応じた7割の給料相当額が支払われ、3歳になるまでは定額の乳児手当が月額2万8500フォリント(約1万2000円)支給される(2020年)。
3人出産するとローンが免除される「出産ローン」──出産のために最大1000万フォリント(約408万円)を金融機関から無利子で借りられ、子どもが増えるたびに返済を遅らせ、元金が減額される。3人目が生まれるとローンは免除される。
大型自動車購入の補助金──7人乗り乗用車購入で250万フォリント(約102万円)。
子どもが3歳になるまで残業禁止。
生後6カ月になると母親やパートタイムでもフルタイムでも好きな雇用形態で職場に戻る権利がある。
無料の幼児教育と教員のボーナス額引き上げ──公立の保育園を90%増やし、保育園と幼稚園を無償化、教員のボーナスを増額。
住宅購入支援プログラム(CSOK)──第2子出産で1000万フォリント(約408万円)、第3子出産で1500万フォリント(約611万円)を低金利で借りられる。子供の数に応じて返済額が減っていく。
子どもが増えれば増えるほど減税される所得税減税策──4人産めば一生、母親の個人所得税免除。