冷泉彰彦
<ハリスへの支持が離れていると報じられているが、その票がトランプに流れるとも言い切れない>
米大統領選の投票日である11月5日まで、残り2週間を切りました。8月にバイデン大統領から民主党候補を引き継いだハリス副大統領は、フレッシュなイメージを演出することに成功して、全国的な支持率も、激戦州での支持率もリードしていると伝えられていました。ですが、ここへ来て伸び悩むどころか、トランプ前大統領に逆転されているといった数字も報じられています。
過去30年以上にわたって米大統領選を経験してきた私には、この時期の数字の動きについては「絶対的な数字」を見ていては見誤る、そんな経験則が頭の中にあるのは事実です。僅差の場合は特に「数字の方向性」がモノを言う、そんな観点です。伸びている候補は、その伸びている勢いを投票日まで継続させることが多く、そうなると最終の世論調査は当てにならないというわけです。
そう考えると、ここへ来てのハリス氏の数字の低迷については、その傾向が続くのであればトランプ氏有利という見方が出ても不思議ではありません。ですが、アメリカで様々な立場のウォッチャーが指摘しているのは、「話はそう簡単ではない」ということです。
まず、世論調査については各大学、各調査機関、メディア各社が最新のノウハウを使って調べています。バイアスのかからないように、質問を工夫し、対象を調整し、聞き方まで注意深く行っています。経費も当然かけています。そうなのですが、昨今言われているのは「今回の世論調査はかなり信憑性が薄い」ということです。
なぜ有権者は「揺れて」いるのか?
それは「多くの回答者が真面目に答えていない」ということですが、彼らが不誠実なのかというとそうではなく、本当に心理的に「揺れ動いている」という可能性です。そんな揺れ動く心理が実際の本番における投票行動にも反映するだろう、そんな指摘もあります。
また、報道機関としては、現時点ではまだ「投票日までのCM販売が間に合う」段階です。例えば現地の25日金曜から始まる「大谷対ジャッジ」対決のワールドシリーズは、CM枠が全国とローカルに別れており、ローカル枠については、まだまだ選挙広告が入るはずです。となれば、CMを売るためには「大差」と報道するよりは、「僅差」としておきたいという動機があります。
僅差だが、有権者の心理は揺れているということであれば、両陣営ともに追加の資金を投下してCM枠を買ってくれるというわけです。そこに明確な不正はないとは思いますが、メディアとしては100億ドル(約150億円)単位のカネの飛び交う利害があることは否定できません。
では、なぜ有権者の反応が揺れ動くのかというと、そこには3つの問題があるようです。
1つは「トランプ氏への抵抗感が薄れている」という問題です。あるレベルを超えた教育水準の人々、ある年齢以下の若年層にはトランプ氏への抵抗感があったのは事実ですが、その抵抗感が薄くなっているというのです。
その理由としては、GAFAMなど大手ハイテク企業までが大規模なリストラを実施する一方で、新卒採用はかなり減らしています。そうした状況下で、雇用問題に苦しみ、高止まりした物価に苦しむ不満を抱く層が、現状を「壊してくれる」トランプ氏との距離感を縮めているという問題があります。
これまでは、トランプ氏には「性差別や人種差別、あるいは人権の否定や暴力肯定」などの傾向を感じるために抵抗があったのに、その抵抗感を現状不満が上回っているというわけです。この動きがあるレベルを超えたことで、「みんなで支持すれば怖くない」的な心理も生まれています。若者向けには、イーロン・マスク氏の陣営への参加も、当初は困惑があったものの、一部には好感されているようです。
2つ目は、ハリス候補の「保守シフト」の副作用です。ハリス氏の陣営は、元来の民主党支持者だけでなく、決戦州の保守票も取り込むことで勝敗ラインを突破したいという戦術で攻めています。そのために多くのテレビインタビューなどを受けつつ、主張を少し右にシフトしているわけです。ですが、現時点では、世論の中で聞こえてくる声としては、この右シフトへの批判のほうが大きくなっています。
ハリス「保守シフト」への反発
例えば、8月の時点では「イスラエルは支持するが、ガザの人道危機は見過ごさない」として党内の結束に成功しました。ですが、現在のハリス氏は「イランの挑発には厳しく対処」するとして「ヒズボラ、ハマスのリーダー暗殺に成功したのは勝利」という言い方をしています。中道から右の票を狙っての発言ですが、こうしたタカ派的発言に反発した若者に加えて、特に決戦州の1つであるミシガンの中東系支持者の離反が懸念されるようになっています。
経済に関しては、AIや量子コンピュータなどの最新技術で中国に先行するという主張に続いて、ハリス氏は、財政政策を進めるためにJPモルガン・チェイスのジェイミー・デイモンCEOを政権に加えるという噂があります。中道実務政権とするという点では、良い動きかもしれませんが、これも左派や若者にはウォール街との癒着として嫌われているようです。
また、明確に「トランプ氏の共和党」を支持できないとしている共和党のリズ・チェイニー氏は、ハリス支持を公言しています。更に、そのチェイニー氏はハリス氏の選挙運動に加わって、集会で演説したりもしているのです。こうした動きも彼女の父であるディック・チェイニー元副大統領こそ「産軍共同体の悪玉」として憎んでいる左派や若者には受け入れられないようです。
3点目は、男性票の動きが鈍いという問題です。ハリス氏は、陽気な「大笑い」を自分の独特のキャラクターとしてトレードマークにしています。以前は、その「大笑い」が軽薄だなどと批判されていたのですが、これが女性票には「JOY」つまり人生の喜びの表現、女性として生きることの喜びの表現として強い支持を集めることになりました。
ですが、このカルチャーがリベラルな男性票には届いていないようなのです。容姿も含めて、非常に華やかな印象のハリス氏が頻繁に繰り出してくる「大笑い」を、そのまま魅力として語ることが男性には難しい、そんな雰囲気がここへ来て出ています。大したことではないにしても、1点目や2点目の問題と相乗効果を起こすと、例えば世論調査の数字の足を引っ張ることにはなるのかもしれません。
こういった点について現時点では色々なことが言えるわけです。また、このような点に影響された世論が、調査の数字としてトランプ氏有利の傾向をアウトプットとして出してくるというのも、理解できます。問題は本当にこれが投票行動に直結するのかということです。
雇用や物価に不満を抱き、マスク氏の参加に関心を抱くような高学歴の若者層が出てきたのは理解できます。ですが、彼らが本当に「暴力肯定、女性蔑視、ロシア癒着」といった懸念を丸呑みして、トランプに1票を投じることができるのか、これはまだ分かりません。
同じように、ガザでの人道危機、レバノンでの強硬策などを支持するハリス氏に「嫌気」がするからといって、若者や中東系のリベラル票が「露骨に中東系を差別する」トランプ氏に入れるかというと、これも難しい話だと思います。
男性票については、アメリカの現在の基準では一種「女性らしく理想的な外見」を持ったハリス氏が、眩しいほどの「大笑い」をするのは馴染めない、そうした人が一定数いるのは分かります。あの「大笑い」を思い浮かべると、ハリス氏のことを語るのは恥ずかしいという感覚を持つ人もいるでしょう。ですが、だからといって「ならばトランプに入れよう」ということには、そうは簡単にはならないと思うのです。
いずれにしても、決戦州それぞれの勝敗は歴史的な僅差になり、全体も僅差となる中で、当確までの時間も相当にかかるという見通しを持つことが必要なようです。ただ、現時点で出ているトランプ有利の数字は、今回は特に、そのまま受け止めるのは難しいように思います。これから投票日まで、様々なファクターで有権者心理が動いていくと思いますが、今回整理したような要素も頭に入れながら見ていきたいと思います。
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<ハリスへの支持が離れていると報じられているが、その票がトランプに流れるとも言い切れない>
米大統領選の投票日である11月5日まで、残り2週間を切りました。8月にバイデン大統領から民主党候補を引き継いだハリス副大統領は、フレッシュなイメージを演出することに成功して、全国的な支持率も、激戦州での支持率もリードしていると伝えられていました。ですが、ここへ来て伸び悩むどころか、トランプ前大統領に逆転されているといった数字も報じられています。
過去30年以上にわたって米大統領選を経験してきた私には、この時期の数字の動きについては「絶対的な数字」を見ていては見誤る、そんな経験則が頭の中にあるのは事実です。僅差の場合は特に「数字の方向性」がモノを言う、そんな観点です。伸びている候補は、その伸びている勢いを投票日まで継続させることが多く、そうなると最終の世論調査は当てにならないというわけです。
そう考えると、ここへ来てのハリス氏の数字の低迷については、その傾向が続くのであればトランプ氏有利という見方が出ても不思議ではありません。ですが、アメリカで様々な立場のウォッチャーが指摘しているのは、「話はそう簡単ではない」ということです。
まず、世論調査については各大学、各調査機関、メディア各社が最新のノウハウを使って調べています。バイアスのかからないように、質問を工夫し、対象を調整し、聞き方まで注意深く行っています。経費も当然かけています。そうなのですが、昨今言われているのは「今回の世論調査はかなり信憑性が薄い」ということです。
なぜ有権者は「揺れて」いるのか?
それは「多くの回答者が真面目に答えていない」ということですが、彼らが不誠実なのかというとそうではなく、本当に心理的に「揺れ動いている」という可能性です。そんな揺れ動く心理が実際の本番における投票行動にも反映するだろう、そんな指摘もあります。
また、報道機関としては、現時点ではまだ「投票日までのCM販売が間に合う」段階です。例えば現地の25日金曜から始まる「大谷対ジャッジ」対決のワールドシリーズは、CM枠が全国とローカルに別れており、ローカル枠については、まだまだ選挙広告が入るはずです。となれば、CMを売るためには「大差」と報道するよりは、「僅差」としておきたいという動機があります。
僅差だが、有権者の心理は揺れているということであれば、両陣営ともに追加の資金を投下してCM枠を買ってくれるというわけです。そこに明確な不正はないとは思いますが、メディアとしては100億ドル(約150億円)単位のカネの飛び交う利害があることは否定できません。
では、なぜ有権者の反応が揺れ動くのかというと、そこには3つの問題があるようです。
1つは「トランプ氏への抵抗感が薄れている」という問題です。あるレベルを超えた教育水準の人々、ある年齢以下の若年層にはトランプ氏への抵抗感があったのは事実ですが、その抵抗感が薄くなっているというのです。
その理由としては、GAFAMなど大手ハイテク企業までが大規模なリストラを実施する一方で、新卒採用はかなり減らしています。そうした状況下で、雇用問題に苦しみ、高止まりした物価に苦しむ不満を抱く層が、現状を「壊してくれる」トランプ氏との距離感を縮めているという問題があります。
これまでは、トランプ氏には「性差別や人種差別、あるいは人権の否定や暴力肯定」などの傾向を感じるために抵抗があったのに、その抵抗感を現状不満が上回っているというわけです。この動きがあるレベルを超えたことで、「みんなで支持すれば怖くない」的な心理も生まれています。若者向けには、イーロン・マスク氏の陣営への参加も、当初は困惑があったものの、一部には好感されているようです。
2つ目は、ハリス候補の「保守シフト」の副作用です。ハリス氏の陣営は、元来の民主党支持者だけでなく、決戦州の保守票も取り込むことで勝敗ラインを突破したいという戦術で攻めています。そのために多くのテレビインタビューなどを受けつつ、主張を少し右にシフトしているわけです。ですが、現時点では、世論の中で聞こえてくる声としては、この右シフトへの批判のほうが大きくなっています。
ハリス「保守シフト」への反発
例えば、8月の時点では「イスラエルは支持するが、ガザの人道危機は見過ごさない」として党内の結束に成功しました。ですが、現在のハリス氏は「イランの挑発には厳しく対処」するとして「ヒズボラ、ハマスのリーダー暗殺に成功したのは勝利」という言い方をしています。中道から右の票を狙っての発言ですが、こうしたタカ派的発言に反発した若者に加えて、特に決戦州の1つであるミシガンの中東系支持者の離反が懸念されるようになっています。
経済に関しては、AIや量子コンピュータなどの最新技術で中国に先行するという主張に続いて、ハリス氏は、財政政策を進めるためにJPモルガン・チェイスのジェイミー・デイモンCEOを政権に加えるという噂があります。中道実務政権とするという点では、良い動きかもしれませんが、これも左派や若者にはウォール街との癒着として嫌われているようです。
また、明確に「トランプ氏の共和党」を支持できないとしている共和党のリズ・チェイニー氏は、ハリス支持を公言しています。更に、そのチェイニー氏はハリス氏の選挙運動に加わって、集会で演説したりもしているのです。こうした動きも彼女の父であるディック・チェイニー元副大統領こそ「産軍共同体の悪玉」として憎んでいる左派や若者には受け入れられないようです。
3点目は、男性票の動きが鈍いという問題です。ハリス氏は、陽気な「大笑い」を自分の独特のキャラクターとしてトレードマークにしています。以前は、その「大笑い」が軽薄だなどと批判されていたのですが、これが女性票には「JOY」つまり人生の喜びの表現、女性として生きることの喜びの表現として強い支持を集めることになりました。
ですが、このカルチャーがリベラルな男性票には届いていないようなのです。容姿も含めて、非常に華やかな印象のハリス氏が頻繁に繰り出してくる「大笑い」を、そのまま魅力として語ることが男性には難しい、そんな雰囲気がここへ来て出ています。大したことではないにしても、1点目や2点目の問題と相乗効果を起こすと、例えば世論調査の数字の足を引っ張ることにはなるのかもしれません。
こういった点について現時点では色々なことが言えるわけです。また、このような点に影響された世論が、調査の数字としてトランプ氏有利の傾向をアウトプットとして出してくるというのも、理解できます。問題は本当にこれが投票行動に直結するのかということです。
雇用や物価に不満を抱き、マスク氏の参加に関心を抱くような高学歴の若者層が出てきたのは理解できます。ですが、彼らが本当に「暴力肯定、女性蔑視、ロシア癒着」といった懸念を丸呑みして、トランプに1票を投じることができるのか、これはまだ分かりません。
同じように、ガザでの人道危機、レバノンでの強硬策などを支持するハリス氏に「嫌気」がするからといって、若者や中東系のリベラル票が「露骨に中東系を差別する」トランプ氏に入れるかというと、これも難しい話だと思います。
男性票については、アメリカの現在の基準では一種「女性らしく理想的な外見」を持ったハリス氏が、眩しいほどの「大笑い」をするのは馴染めない、そうした人が一定数いるのは分かります。あの「大笑い」を思い浮かべると、ハリス氏のことを語るのは恥ずかしいという感覚を持つ人もいるでしょう。ですが、だからといって「ならばトランプに入れよう」ということには、そうは簡単にはならないと思うのです。
いずれにしても、決戦州それぞれの勝敗は歴史的な僅差になり、全体も僅差となる中で、当確までの時間も相当にかかるという見通しを持つことが必要なようです。ただ、現時点で出ているトランプ有利の数字は、今回は特に、そのまま受け止めるのは難しいように思います。これから投票日まで、様々なファクターで有権者心理が動いていくと思いますが、今回整理したような要素も頭に入れながら見ていきたいと思います。
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