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【インタビュー】苦悶するシンガー ニック・ケイヴが「私生活の悲劇」を乗り越え、たどり着いた『Joy』

ニューズウィーク日本版 2024年10月25日 14時24分

デービッド・チウ(音楽ライター)
<長年、暗いテーマに取り組んできたロックバンド「ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズ」のリーダーが、2人の息子の死に向き合ったのち、ポジティブで高揚感のある新アルバムを出した理由とは?──(インタビュー)>

ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズは一見、「Joy(喜び)」という単語と縁遠い存在に思える。リーダー兼シンガーのニック・ケイヴは40年のキャリアの大半を通じて宗教、人間関係、死といったテーマに取り組み、暗く、威圧的な苦悶するアーティストのペルソナを演じていた。

最もよく知られている曲の1つ「ザ・マーシー・シート」は、死刑囚の視点で書かれた作品だ。ケイヴの独特の歌声は、天国と地獄の間のどこかに広がる世界観を持つ強烈なパフォーマーという評価をさらに高めることになった。

だが過去10年の間に、このオーストラリア生まれのアーティストはバンドのサウンドと共に成熟した。特に大きかったのは、私生活で見舞われた悲劇だ。

2015年、双子の息子の1人アーサー・ケイヴが15歳で崖から転落して亡くなった。7年後には、長男のジェスロ・レイゼンビーも31歳で世を去った。バッド・シーズの2枚のアルバム『スケルトン・ツリー』(16年)と『ゴースティーン』(19年)は、この内省期に発表された。

だがバッド・シーズの新スタジオアルバム『ワイルド・ゴッド』には、より高揚感のある希望にあふれる視点が反映されている。67歳になったケイヴは先日、滞在先のニューヨークで本誌にこう語った。

Nick Cave & The Bad Seeds - Wild God - Album Trailer

音楽は現実世界を超越した経験が許される数少ない機会だと考えている MEGAN CULLEN

「バッド・シーズを復活させたような感覚なんだ。(音楽)活動と人生が一気に爆発したような感じ。喜びに満ちている。(新作には)『Joy』という曲がある。この言葉が実際に何を意味するのか、私にはよく分かる。見た目以上に深い言葉なんだ」

Nick Cave & The Bad Seeds - Joy (Title Video)

亡きメンバーへの想い

バッド・シーズ以前のグループ、バースデイ・パーティー時代の1970年代後半~80年代初頭から、ケイヴはカオス(混沌)のアーティストだった。その男が今、こんな言葉を口にする。

「あるレベルの喜びは苦しみの一種と言ってもいいと思う。われわれ人間とは何者なのかを知ることで、ある種の上昇気流に乗った爆発が起こるんだ。このアルバムはそんな感じ。とにかく爆発し続ける」

ロックと電子音楽の影響を組み合わせた『ワイルド・ゴッド』のエネルギッシュなサウンドは、内省的で余白の多い『スケルトン・ツリー』と『ゴースティーン』に対する意図的な反動ではないと、ケイヴは語る。

制作当初から望んでいたのは、バッド・シーズのメンバーをもっと前面に出したいということだった。「バンドとしての一体感を強調したいと思っていた。やっと彼らが前に出て演奏できるアルバムができた。彼らも全力でやってくれた」

「ソング・オブ・ザ・レイク」などアルバム収録曲のいくつかの歌詞は、信仰、精神性、霊的再生についての瞑想で貫かれている。新作のテーマは「一連の改宗」だと、ケイヴは音楽雑誌MOJOに語っているが、この点について尋ねると、「必ずしも宗教的な意味じゃないんだ」と言う。

「ある形から別の形への変化。ある方向に進み始めて、別のどこかに着くようなものだ」

Nick Cave & The Bad Seeds - Song of the Lake (Lyric Video)

この意味での「改宗」の好例が、映画的なタイトル曲とカントリー・フォーク調の「ロング・ダーク・ナイト」。「長い髪をなびかせて空を飛ぶ男」についての共通の歌詞を持つ詩的な2曲だ。

「人物か精神的な力か、何でもいいんだけど、それは信じられる誰かを探して世界中を移動する。信じられる何かではなく、自分を信じてくれる誰かを探しているんだ」

Nick Cave & The Bad Seeds - Wild God (Official Audio)

Nick Cave & The Bad Seeds - Long Dark Night (Lyric Video)

先行シングルとしてリリースされた「フロッグス」は、アルバム全体のトーンを特徴づける喜びと回復力の一例だ。この曲は聖書のカインとアベルの物語で始まり、カントリー界の大物クリス・クリストファーソンの「サンデイ・モーニン・カミン・ダウン」の歌詞に言及して終わる。

「この曲は2つの精神的荒廃に挟まれている」とケイヴは語る。「この曲のカエルは晴れやかな精神状態を体現している。僕にとってカエルはいつも、ときどき跳びはねたりする喜びにあふれた小さな生き物なんだ」

Nick Cave & The Bad Seeds - Frogs (Lyric Video)

このアルバムで最も感動的な曲は、バッド・シーズの初期メンバーでケイヴの恋人でもあったアニタ・レーンにささげた「オー・ワウ・オー・ワウ(ハウ・ワンダフル・シー・イズ)」かもしれない。

レーンは21年、61歳で亡くなったが、その約2年前に録音されたケイヴとの電話での会話が曲の途中で挿入される。

「メルボルンの音楽シーンが(70年代後半に)立ち上がろうとしていた頃、美術学校出身の連中が多くいて、アニタもその中から頭角を現した。明るくてキラキラ輝いていて美しくて、みんなの中心で幸せそうに笑っていた」

Nick Cave & The Bad Seeds - O Wow O Wow (How Wonderful She Is) (Title Video)

新しいことに挑み続けて

バッド・シーズのデビューアルバム『フロム・ハー・トゥ・エターニティ』がリリースされてから今年でちょうど40年になる。しかし、長く活動を続けようとは思っていなかったと言う。

「35年前のインタビューが残っている。その中でこう言っていた。『少なくとも、このくだらないものを、年を取ってまで続けるつもりはないね』。ずいぶんと音楽を見下したことを言っていたものだが、ご覧のとおり今も続けている」

Nick Cave & The Bad Seeds - From Her to Eternity (Official Audio)

バッド・シーズを引っ張ってきたのは言うまでもなくケイヴだが、バンドが成功できたのは歴代のメンバーのおかげだと思っている。

「手柄はきちんと評価したい。それに、ほかの人と一緒に仕事をして成果を上げてきたことに誇りを持っているんだ」と、ケイヴは言う。

「ミュージシャンたちが音楽をつくったり、演奏したりしているのと同じ空間に身を置くことほど、楽しいことはない。けれども、その部屋で自分だけデスクに向かって歌詞を書くことほど、退屈なこともない......歌詞を書き終わってスタジオに入っていくと、後は楽しいことだけだ」

長寿バンドになっている理由の1つとしては、常に新しい音楽ジャンルに挑戦してきたことも挙げられるだろう。

「ここまで長続きしているのは、恐れることなく、ずっと新しい音楽をつくろうとしてきたからだと思う」と、ケイヴは説明する。

「バンドが進む方向をファンに決めさせることはしない。ファンのことはもちろん愛しているけれど、どんな音楽をつくるかには口出しさせない。どんなファンが本当に好きかというと、私たちが自分の気に召さない音楽をつくるかもしれないと理解し、それを歓迎してくれる人たちだ」

近年のケイヴは、音楽やインタビューで人への思いやりを見せることが多くなった。息子アーサーの死から3年後の18年には、オンラインニュースレターを立ち上げ、ほぼあらゆるテーマについてファンから質問を受け付けている。

「本来なら回答する資格なんて全然ないような質問に回答している。見方によっては全てが底抜けにばかげていると、気付いていないわけではない。でも、それがうまくいくときもある」と、ケイヴは言う。

「皮肉なのは、私が共感力のあるタイプではないということ。相手の気持ちに寄り添って回答しようとすると、頑張って自分の最も善良な部分を引き出さなくてはならない。たいてい、『くよくよ考えてもしょうがないよ』と答えたくなる。でも、『それが責任のある回答と言えるのか』と思い直す......この活動のおかげで、ほんの少しだけよりよい人間になれていると思う」

仕事よりも大切なこと

バッド・シーズのライブでは、心を揺さぶられる場面がたびたび生まれてきた。ケイヴはパフォーマンスの最中に観客の手を握ることがよくある。これもファンとの深い絆の表れだ。

「ステージの上ではいつも緊張していて、歌っている間、自分の手をどう動かせばいいのか分からなくなるんだ。ずっと動き続けていれば、音程を外してもバレないかもしれないという思いもある(笑)」と、ケイヴは言う。

「大勢の人たちの不安と愛が渦巻くなかでステージに出ていくときの気持ちは、どんな言葉にも言い表せない。それを軽く考える気持ちには全くなれない。私は音楽にとても真剣に向き合っている。音楽は、現実世界を超越した経験が許される数少ない機会だと思う。そのような機会は、もうほとんど残されていないように思える」

Nick Cave and The Bad Seeds - European and UK Tour 2020

ケイヴはさまざまな活動を精力的に行ってきた。バッド・シーズの活動に加えて、映画音楽の制作や書籍の執筆、陶器づくりなどにも力を注いできた。しかし、仕事とプライベートでの人間関係への向き合い方も変わった。

「物事に注意を払うようになった」と、ケイヴはその点を説明する。「仕事がうまくいっていれば全て問題なしと、ずっと考えてきた。仕事以外の人間関係に仕事の邪魔をさせないようにしていた。今ではそのことを後悔している」

「自分が世界でどのような存在なのかを知ることが重要だと思う。あなたは誰かの息子だったり、誰かの父親だったり、世界に生きる市民だったりするだろう......。そうしたことの一つ一つによく目を向けることの意味は大きい」と、ケイヴは語る。

「例えば、どうすれば最良の夫になれるのかと考えることに意義がある。どうすれば偉大なアーティストになれるかということばかり考えて、ほかのことは放置するより、そのほうがいい」

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