Infoseek 楽天

過去最大の素数「2の1億3627万9841乗−1」が発見される...大きな素数の「意外と身近な恩恵」とは?

ニューズウィーク日本版 2024年10月25日 20時35分

茜 灯里
<元NVIDIA社員のルーク・デュラント氏が過去最大の素数を発見。一体どのような理論に基づいて見つけられているのか。今日の私たちの生活には「素数」が不可欠?>

素数探索の大規模プロジェクトGIMPS(Great Internet Mersenne Prime Search)は21日、過去最大の素数「2の1億3627万9841乗−1」が発見されたと発表しました。桁数にすると、4102万4320桁にも及ぶと言います。

これまでの記録は、2018年12月に発見された「2の8258万9933乗−1」で、2486万2048桁の素数でした。今回は1600万桁以上、更新したことになります。

発見者のルーク・デュラント氏は36歳で、アメリカの世界的な半導体メーカー、NVIDIAに勤務していたこともある研究者です。

NVIDIAは、半導体の中でも特にGPU(Graphics Processing Unit:コンピューターで高速の画像処理を行う電子回路)の設計で名高い会社です。デュラント氏も、かつてGPUの開発に携わっており、そのパワーと可能性を信じて、今回は17カ国、24データセンター地域にまたがる数千のサーバーGPUを使って、GIMPSが提供する素数解析ソフト「Prime95」によって最大素数を探しました。

最大素数はどのような理論に基づいて見つけられているのでしょうか。素数は、純粋な数学的な興味以外に私たちの生活に役立つことはあるのでしょうか。概観してみましょう。

規則性は未解明

素数とは、「1とその数自身以外では割り切れない自然数(正の整数)」のことです。

なので、「1」は素数ではありません。「3」は1と3でしか割り切れないから素数、「4」は1と4のほかに「2」で割り切れるので素数ではない、ということになります。つまり、偶数の中で素数になるのは「2」だけです。

素数の歴史は古く、紀元前1650年前後のものとされる古代エジプトの数学書『リンド数学パピルス』には研究対象として挙げられていました。古代ギリシアの大数学者エウクレイデス(英語読みではユークリッド)が紀元前3世紀頃に編纂したとされる数学書『原論』では、「素数は無限に存在する」ことが証明されています。

しかし、現在に至っても、素数がどのように現れるのかの規則性は解明されていません。そのため、近年は「素数になる可能性のある数」が本当に素数であるかをコンピューターで確かめる手法が一般的です。

効率的に素数を探す方法の一つに「メルセンヌ素数(メルセンヌ数「2のn乗−1」の中で素数であるもの)」を用いるものがあります。

メルセンヌ数、メルセンヌ素数は、17世紀のフランスの神学者マラン・メルセンヌの名にちなんでいます。素数の探索には「メルセンヌ数『2のn乗−1』のnの部分に素数を入れると、新たな素数の候補になる」という理論を用いています。たとえば、nに素数の2を入れると、2の2乗−1=3となり、計算結果の3も素数です。

ただし、nが素数であっても2のn乗−1が素数にならない場合もあります。例えば、5番目の素数である11をnとした「2の11乗−1」は2047ですが、1と2047のほかに、23と89で割り切れるため素数ではありません。

過去最大の素数であることが確認されるまで

GIMPSは、1996年に設立されました。コンピューターの未使用のプログラミング機能を活用して、非常に大きなメルセンヌ素数を探す国際ネットワークで、ボランティアで運営されています。素数探索のためのソフトは、誰でも無料でダウンロードすることができます。

今回のデュラント氏の成果を含めて、過去約30年間で18個のメルセンヌ素数を発見しています。そのうち16が発見時に最大のメルセンヌ素数で、かつ発見されている素数の中でも最大のものです。さらに言えば、GIMPSの設立後、過去最大の素数はGIMPSの解析ソフトを用いたものしか発見されていません。

デュラント氏は23年10月に52番目のメルセンヌ素数を探し始めました。約1年後の24年10月11日に「候補の『M136279841』がおそらく素数である」とアイルランドのダブリンにあるNVIDIA A100 GPUが報告し、翌12日に米テキサス州サンアントニオにある NVIDIA H100 がメルセンヌ素数に特化した判定法(リュカ・レーマー・テスト)で素数であることを確認しました。

その後GIMPSにより、複数のプログラムおよびハードウェアプラットフォームで検証され、19日に52個目のメルセンヌ素数、かつこれまでで最大の素数であることが確認されました。

4102万4320桁の数、と言われても、ピンと来ない人が大半であるはずです。海外の記事では「この素数を.txtファイルに収納すると41.8 MBになる。ちなみに、(長編で有名な)トルストイの『戦争と平和』(英語で58万7287語) の.txtファイルは3.4 MBだ」などと紹介しています。

もう少し、分かりやすくするために、数字1つ1つを1メートルのブロックに書いて、並べてみましょう。その長さは41024.32キロになります。地球1周の長さは赤道で40075キロ、北極と南極をつなぐと40009キロですから、ほぼ地球1周分ということです。

ところで、「最大の素数の発見」と言っても、興味があるのは数学者だけで、一般の人には関係ないと思うかもしれません。けれど、大きな素数は今や私たちの生活になくてはならないものです。

インターネット時代は、ネットバンキングやネット通販で個人情報やクレジット情報を送る際に暗号化が不可欠です。そのため、数の中で不規則に登場し、規則性が未解明である素数は、その予測の難しさから「暗号」に使われ、安全性の保証に役立っています。

たとえば代表的な「RSA暗号」は、素数の特性が活用されています。ともに素数であるpとqを掛け合わせた数Nは、pとqを知っていれば桁数が大きくなってもコンピューターで簡単に計算できます。

一方、Nだけが与えられている場合、素因数分解してpとqを求める計算は、Nが大きくなればなるほど現実的な時間では困難になります。現在は、2の1000乗程度の素数を2つ掛け合わせたものであれば、安全性が保証されると考えられています。ただし、今後、高速な量子コンピューターの開発が進めば、「RSA暗号」自体が機能しなくなる時代が来る可能性があるとも予測されています。

最大素数を新発見したら賞金も

GIMPSの解析ソフトを使った「最大素数の発見」は誰でも参加できるので、早くもこの新記録を破ろうとする猛者たちが現れています。デュラント氏は、最大素数の新発見で、GIMPSから賞金3000ドルを授与されました。さらに、最初の1億桁の素数と10億桁の素数の発見者には、それぞれ15万ドルと25万ドルの賞金が贈られる見込みだそうです。

みなさんもチャレンジしたくなったのではないでしょうか。もっとも、ワシントンポスト紙によると、デュラント氏は新しい素数の探索に約200万ドルを費やしたそうです。また、賞金3000ドルについても、母校のカリフォルニア工科大に入学する前に通っていた公立校、アラバマ数学科学学校の数学科に寄付すると言います。素数発見で一儲けするのは、なかなか難しそうですね。



この記事の関連ニュース