北島 純
<衆院選で自公の与党が歴史的大敗を喫した。「政治とカネ」の逆風をもろに受けた結果だが、少数与党となった自公政権は石破続投を選択するのか。次の展開を予測する>
27日投開票の総選挙で与党が大敗を喫した。自民党は公示前から56議席減らす191議席、公明党は8議席減の24議席(与党合計215議席)で、衆議院の過半数(233人)に18人足らず、2009年総選挙以来15年ぶりとなる過半数割れに追い込まれた。対する立憲民主党は50議席増の148議席、国民民主党は21議席増の28議席を獲得した。日本維新の会は大阪の全議席を独占したが、全体では6議席減の38議席にとどまった。
選挙結果を三つの点から分析しよう。第一に、石破茂政権が取った「短期決戦戦略」が裏目に出た点だ。石破茂首相は9月27日に自民党総裁に選出され、10月1日に首相に就任した。衆議院の解散(10月9日)は就任から8日後、投開票は26日後。いずれも戦後最短記録で、就任ご祝儀相場を期待する先手必勝策は、野党側に選挙準備の時間、特に立憲民主党と国民民主党あるいは共産党等が候補者調整を行う時間的猶予を与えず、与党に有利となる効果を発揮すると思われた。しかしそれは同時に、自民党側の態勢も準備不十分なまま選挙に突入したことも意味する。
急いては事を仕損じるとも言うが、派閥パーティー券を巡る不記載が指摘された議員の公認方針が二転三転する一方で、能登半島地震の復旧復興策、経済政策、物価対策、少子高齢化対策といった懸案事項は十分に掘り下げられなかった。その結果、立憲民主党を中心とする野党側の争点化戦略が奏功したこともあるが、「政治とカネ」問題が選挙戦において正面からメインストリーム化(主流化)し、自民党に対する有権者の反発が高まっていく流れが出来た。そうした「逆風」の中で、自民党本部が非公認候補者の政党支部に公認候補者と同額の2000万円を支給したという「2000万円問題」が世論を一気に硬化させ、与党敗北の決定打になった。有権者に納得してもらう説明を与党が行う時間はないに等しかった。
53・85%という低投票率で「風」が吹いた理由
第二に、いわゆる「裏金問題」に関与した議員に対する「扱い」という点だ。裏金問題に関与したとされた議員のうち今回の選挙に立候補した自民党議員は44人。公認を得られず無所属で立候補した議員が10人、公認を得て小選挙区で立候補したが比例重複立候補は認められなかった議員が34人だ。非公認の立候補者10人のうち、萩生田光一元経産相(東京24区)、平沢勝栄元復興相(東京17区)、西村康稔元経産相(兵庫9区)の3氏を除く7人が落選したが、7人は全員旧安倍派(清和会)に所属していた。公認を得たが比例重複は認められなかった候補者のうち落選したのは20人(59%)だが、武田良太元総務相(福岡11区=旧二階派)を除く19人が所属していたのも旧安倍派(清和会)だ。比例重複さえ出来ていたら議席を維持できたはずの落選議員は多い。
派閥パーティー券裏金疑惑を受けて昨年12月、当時の岸田文雄首相は旧安倍派所属の閣僚一斉更迭に踏み切ったが、そうした「安倍派パージ」の着地点の一つが今回の選挙結果に現れた面がある。今回の公認決定を巡る禍根は今後、自民党内の権力闘争の火種になる可能性があるだろう。
第三に、政治改革、特に「政治とカネ」を巡って、政治不信に端を発した「議会政治の弱体化」が顕著になったという点だ。派閥パーティー券裏金疑惑はもっぱら自民党派閥の問題だったが、政党から議員に支給される政策活動費の廃止あるいは透明化、政治資金監査の第三者機関設置、旧文通費(調査研究広報滞在費)の透明性確保あるいは経費処理化(渡し切りの廃止)、企業団体献金の禁止あるいは適正化(政党支部への寄付禁止または規制強化等)は、各政党共通の課題でもある。
しかし、通常国会で成立した改正政治資金規正法は不十分なものだった。にもかかわらず再改正のための議論は、一向に深まらず、そのまま総選挙に突入した感がある。総裁選で高市早苗候補を推した自民党員・有権者による投票忌避もあったかもしれないが、課題を迅速に解決できない政治、問題を先送りにする議会政治そのものに対する有権者の失望こそが、53・85%という今回の投票率(小選挙区投票率)に現れていると言えるだろう。政権交代が起きた2009年総選挙の投票率は69.28%だった。
個別議員への多数派工作が今後14日間の焦点
今後の行方はどうなるか。まず11月11日の招集が予定されている特別国会で誰が首班に指名されるだろうか。与党が過半数割れを起こしたということは、論理的には、オール野党が統一候補として野党第一党である立憲民主党代表の野田佳彦元首相を推せば、政権交代が起きることを意味する。しかし各野党の事情に照らすと、現実的とは言い難い。
さりとて石破首相が連立枠組みの拡大を期して国民民主党等と提携するとしても、首班指名選挙で自らの名前に投票してもらって過半数を得られる保証があるとは限らない。したがって上位2名による決選投票を前提に、そこで1位を取ることが当面の目標となり、相対的に多い得票を目指して(白票や無効票の存在を考えると過半数を取る必要はない)、無所属議員の協力取り付けや追加公認での自民党会派入りの働きかけがなされるのではないかと思われる。つまり政党単位での合従連衡(連立政権の拡大あるいは政策ごとの部分連合の形成)の模索と並んで、個別議員に対する多数派工作が今後14日間の焦点となるだろう。
その後、来年3月の本予算成立前後、または6月予定の通常国会閉会前のタイミングで政局がくる可能性がある。与党が過半数割れを起こしている以上、石破首相に対する内閣不信任案が提出されて可決されるリスクは常に想定しなければならない。7月の参議院選挙を前に、自民党内から造反票が出ないとも限らない。総裁選決選投票で次点に泣いた高市早苗前経済安保相は今回の選挙応援でも存在感を見せつけた。石破首相にとっては綱渡りの政権運営になる。
政党法なき政党は、会社法なき会社と同じ
しかし今必要なことは、たとえ迂遠に思えたとしても、日本の議会政治を立て直すことではないか。今の日本に政党を律する「政党法」が存在しないことが真の問題であるように思われる。
いわば会社法なき会社のようなもので、日本政治を蝕むパー券政治のような「腐敗」が進行すると、その都度弥縫策が取られ、不十分だと感じた怒れる有権者が「お灸」を据えることが繰り返されてきた。しかし、石破氏も愛読するというギリシャ哲学の碩学・田中美知太郎は「必要とされるのは感激や熱狂ではなく、しらふの冷静な勇気である」と言っている(田中美知太郎政治論集『市民と国家』130頁、サンケイ出版1983年)。
ガバナンスの構築とコンプライアンスの確保を両輪とする「政党法」を制定し、政党交付金の範囲内での政党運営を常態化させる政治のリスケーリング(縮尺変更)を図り、会計処理の明確化と民意反映回路の再構築を確立させることが、日本の政治を立て直す「大道」となるように思われる。混乱を極める今、冷静にその大道を描き果断に実現させた政党こそが、今後の日本政治を担うことになるに違いない。
<衆院選で自公の与党が歴史的大敗を喫した。「政治とカネ」の逆風をもろに受けた結果だが、少数与党となった自公政権は石破続投を選択するのか。次の展開を予測する>
27日投開票の総選挙で与党が大敗を喫した。自民党は公示前から56議席減らす191議席、公明党は8議席減の24議席(与党合計215議席)で、衆議院の過半数(233人)に18人足らず、2009年総選挙以来15年ぶりとなる過半数割れに追い込まれた。対する立憲民主党は50議席増の148議席、国民民主党は21議席増の28議席を獲得した。日本維新の会は大阪の全議席を独占したが、全体では6議席減の38議席にとどまった。
選挙結果を三つの点から分析しよう。第一に、石破茂政権が取った「短期決戦戦略」が裏目に出た点だ。石破茂首相は9月27日に自民党総裁に選出され、10月1日に首相に就任した。衆議院の解散(10月9日)は就任から8日後、投開票は26日後。いずれも戦後最短記録で、就任ご祝儀相場を期待する先手必勝策は、野党側に選挙準備の時間、特に立憲民主党と国民民主党あるいは共産党等が候補者調整を行う時間的猶予を与えず、与党に有利となる効果を発揮すると思われた。しかしそれは同時に、自民党側の態勢も準備不十分なまま選挙に突入したことも意味する。
急いては事を仕損じるとも言うが、派閥パーティー券を巡る不記載が指摘された議員の公認方針が二転三転する一方で、能登半島地震の復旧復興策、経済政策、物価対策、少子高齢化対策といった懸案事項は十分に掘り下げられなかった。その結果、立憲民主党を中心とする野党側の争点化戦略が奏功したこともあるが、「政治とカネ」問題が選挙戦において正面からメインストリーム化(主流化)し、自民党に対する有権者の反発が高まっていく流れが出来た。そうした「逆風」の中で、自民党本部が非公認候補者の政党支部に公認候補者と同額の2000万円を支給したという「2000万円問題」が世論を一気に硬化させ、与党敗北の決定打になった。有権者に納得してもらう説明を与党が行う時間はないに等しかった。
53・85%という低投票率で「風」が吹いた理由
第二に、いわゆる「裏金問題」に関与した議員に対する「扱い」という点だ。裏金問題に関与したとされた議員のうち今回の選挙に立候補した自民党議員は44人。公認を得られず無所属で立候補した議員が10人、公認を得て小選挙区で立候補したが比例重複立候補は認められなかった議員が34人だ。非公認の立候補者10人のうち、萩生田光一元経産相(東京24区)、平沢勝栄元復興相(東京17区)、西村康稔元経産相(兵庫9区)の3氏を除く7人が落選したが、7人は全員旧安倍派(清和会)に所属していた。公認を得たが比例重複は認められなかった候補者のうち落選したのは20人(59%)だが、武田良太元総務相(福岡11区=旧二階派)を除く19人が所属していたのも旧安倍派(清和会)だ。比例重複さえ出来ていたら議席を維持できたはずの落選議員は多い。
派閥パーティー券裏金疑惑を受けて昨年12月、当時の岸田文雄首相は旧安倍派所属の閣僚一斉更迭に踏み切ったが、そうした「安倍派パージ」の着地点の一つが今回の選挙結果に現れた面がある。今回の公認決定を巡る禍根は今後、自民党内の権力闘争の火種になる可能性があるだろう。
第三に、政治改革、特に「政治とカネ」を巡って、政治不信に端を発した「議会政治の弱体化」が顕著になったという点だ。派閥パーティー券裏金疑惑はもっぱら自民党派閥の問題だったが、政党から議員に支給される政策活動費の廃止あるいは透明化、政治資金監査の第三者機関設置、旧文通費(調査研究広報滞在費)の透明性確保あるいは経費処理化(渡し切りの廃止)、企業団体献金の禁止あるいは適正化(政党支部への寄付禁止または規制強化等)は、各政党共通の課題でもある。
しかし、通常国会で成立した改正政治資金規正法は不十分なものだった。にもかかわらず再改正のための議論は、一向に深まらず、そのまま総選挙に突入した感がある。総裁選で高市早苗候補を推した自民党員・有権者による投票忌避もあったかもしれないが、課題を迅速に解決できない政治、問題を先送りにする議会政治そのものに対する有権者の失望こそが、53・85%という今回の投票率(小選挙区投票率)に現れていると言えるだろう。政権交代が起きた2009年総選挙の投票率は69.28%だった。
個別議員への多数派工作が今後14日間の焦点
今後の行方はどうなるか。まず11月11日の招集が予定されている特別国会で誰が首班に指名されるだろうか。与党が過半数割れを起こしたということは、論理的には、オール野党が統一候補として野党第一党である立憲民主党代表の野田佳彦元首相を推せば、政権交代が起きることを意味する。しかし各野党の事情に照らすと、現実的とは言い難い。
さりとて石破首相が連立枠組みの拡大を期して国民民主党等と提携するとしても、首班指名選挙で自らの名前に投票してもらって過半数を得られる保証があるとは限らない。したがって上位2名による決選投票を前提に、そこで1位を取ることが当面の目標となり、相対的に多い得票を目指して(白票や無効票の存在を考えると過半数を取る必要はない)、無所属議員の協力取り付けや追加公認での自民党会派入りの働きかけがなされるのではないかと思われる。つまり政党単位での合従連衡(連立政権の拡大あるいは政策ごとの部分連合の形成)の模索と並んで、個別議員に対する多数派工作が今後14日間の焦点となるだろう。
その後、来年3月の本予算成立前後、または6月予定の通常国会閉会前のタイミングで政局がくる可能性がある。与党が過半数割れを起こしている以上、石破首相に対する内閣不信任案が提出されて可決されるリスクは常に想定しなければならない。7月の参議院選挙を前に、自民党内から造反票が出ないとも限らない。総裁選決選投票で次点に泣いた高市早苗前経済安保相は今回の選挙応援でも存在感を見せつけた。石破首相にとっては綱渡りの政権運営になる。
政党法なき政党は、会社法なき会社と同じ
しかし今必要なことは、たとえ迂遠に思えたとしても、日本の議会政治を立て直すことではないか。今の日本に政党を律する「政党法」が存在しないことが真の問題であるように思われる。
いわば会社法なき会社のようなもので、日本政治を蝕むパー券政治のような「腐敗」が進行すると、その都度弥縫策が取られ、不十分だと感じた怒れる有権者が「お灸」を据えることが繰り返されてきた。しかし、石破氏も愛読するというギリシャ哲学の碩学・田中美知太郎は「必要とされるのは感激や熱狂ではなく、しらふの冷静な勇気である」と言っている(田中美知太郎政治論集『市民と国家』130頁、サンケイ出版1983年)。
ガバナンスの構築とコンプライアンスの確保を両輪とする「政党法」を制定し、政党交付金の範囲内での政党運営を常態化させる政治のリスケーリング(縮尺変更)を図り、会計処理の明確化と民意反映回路の再構築を確立させることが、日本の政治を立て直す「大道」となるように思われる。混乱を極める今、冷静にその大道を描き果断に実現させた政党こそが、今後の日本政治を担うことになるに違いない。