キース・ジョンソン(フォーリン・ポリシー誌記者)
<最精鋭部隊1万人をロシアに派遣することで、アジアをはじめ世界に戦争が飛び火する恐れが急速に高まっている>
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が、「勝利計画」を携えて欧米諸国を行脚している──。そんな報道が目につくようになったのは10月半ばのことだ。
ところが、ようやくロシアとの戦争に終わりが見えてきたのかと思ったのもつかの間、今度は北朝鮮が将兵1万人以上をロシアに派遣しつつあることが明らかになった。第2次大戦以来、ヨーロッパで起きた最大の戦争が、終息どころか、世界に広がる危険が急速に高まっている。
北朝鮮はこれまでにも、ロシアに砲弾などを大量に供給してきた。だが、この決定的に重要なタイミングに実戦部隊を派遣したことは、戦争に疲れ、兵力不足に苦しむウクライナにとって大きな圧力となるだろう。その一方で、ロシアと北朝鮮の関係は、大いに深まることになりそうだ。
北朝鮮の部隊がロシアに派遣されているようだという報道が目立ち始めたのは、10月半ば以降のこと。数日後にはゼレンスキー、さらにはロイド・オースティン米国防長官が事実であることを認めた。
ただ、オースティンは、いまひとつ意味が分からないとも述べている。首をかしげているのはオースティンだけではない。実際、今回の北朝鮮の将兵派遣は、いくつかの重要な疑問を生じさせている。
北朝鮮兵派遣のニュースに見入る韓国の人たち(ソウル、10月21日) AP/AFLO
北朝鮮の派兵規模は焼け石に水ではないのか
ロシアはウクライナで、1日約1000人のペースで兵士を失っている。10月には過去最大の死者を出した日もあった。北朝鮮から1万人の将兵が加わったところで(しかもほとんどは実戦経験がない)、戦況に影響はあるのか。
もっともな疑問だが、命を落とすロシア兵の多くは徴集兵や受刑者であるのに対して、北朝鮮から派遣されるのは優秀な特殊部隊らしい。
韓国の国家情報院によると、北朝鮮のロシア派遣部隊が属する第11軍団は、18旅団計20万人から成る最精鋭部隊で、十分な食事と訓練を受け、体制への忠誠は揺るぎなく、特に潜入工作を得意とするという。最先端技術を駆使した戦闘やロシア語に戸惑うかもしれないが、それを克服できるのは、このエリート部隊をおいてほかにない。
「彼らは攻撃と防御の両面で大きな脅威となるだろう」と、韓国のある防衛専門家は匿名を条件に語った。
北朝鮮の援軍は戦況を変えるほどの働きができるのか
カギは彼らが投入される場所にある。ロシアは北朝鮮の援軍を、ロシア西部クルスク州に派遣するとみられている。ウクライナが初めてロシアに越境攻撃を仕掛けてきた地域で、北朝鮮部隊は、早ければ11月中にも最前線に送り込まれる可能性があるという。
これは2つの点で重要だ。まず、6月にロシアと北朝鮮が締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」の内容に沿っている。この条約では、いずれかの国が領土に攻撃を受けた場合、相手方はその防衛を助けることが定められているのだ(つまりロシアは、ウクライナ領内での戦いには、北朝鮮軍を投入できない)。
第2に、北朝鮮の応援でクルスクの戦況がロシア有利に傾けば、ロシアは一部部隊をロシア側が22年9月に一方的に併合を宣言したウクライナのドネツク州など南方に動かして、ウクライナの防衛を崩すことができる(現時点であと一歩とされている)。そうなれば、ザポリッジャとドニプロ(ドニエプル)を奪還する戦いにも弾みがつくだろう。
現在、クルスクでは、ウクライナの優位が伝えられているが、「戦意の高い1万人の兵士の応援があれば、戦況をひっくり返せるかもしれない」と、米外交政策研究所のロブ・リー上級研究員は語る。
北朝鮮軍に対応するために、ウクライナがクルスクに投入する兵力を増やせば、南方は手薄になるから、ロシアにしてみれば軍を増強したのと同じ効果が得られる。
ウクライナは北朝鮮の援軍に苦い顔をしているのか
もちろんだ。北朝鮮は軍需品に加えて、今度は人員まで送り込むわけだから、宣戦布告こそしていないが、事実上の参戦に近い。ウクライナ戦争をアジア(と世界)に広げるような行為を、欧米諸国は許すべきではないと、ゼレンスキーは訴えている。
ウクライナにとって良いニュースは10月22日、EUの欧州議会が、ロシアの凍結資産を活用して、最大350億ユーロ(約5兆7000億円)の融資を決めたことだろう。
ただ、対ウクライナ支援の拡大、ウクライナに供給した武器の用途制限緩和、そしてNATO加盟に向けた具体的な道筋を含むゼレンスキーの勝利計画は、欧米諸国で鈍い反応を得たにすぎなかった。
それだけに、北朝鮮の援軍のために戦況が変わることなど、ウクライナはなんとしてでも避けたいところだ。
北朝鮮のメリットは?
これまでにも北朝鮮は、ロシアに砲弾を供与して食糧援助などの見返りを得てきた。さらに将兵を派遣すれば、大量の死傷者が出るリスクと引き換えに、ロシアからもっと援助を引き出すとともに、世界の舞台で新たな地位を確立できる。軍に貴重な実戦経験を積ませることもできる。
実際、金正恩(キム・ジョンウン)総書記にとって目先のメリットは、現代型の戦争、とりわけ無人機(ドローン)を使った戦争を北朝鮮軍に経験させることだと、韓国の軍事専門家らは語る。ベトナム戦争のとき、アメリカを支援した韓国は、その見返りに軍の近代化を実現した。今回、それと同じことが北朝鮮にも起こるかもしれない。
大国ロシアを助けたことで自信をつけた金が、朝鮮半島内外で一段と大胆な行動に出る可能性もあると、米スティムソンセンターの北朝鮮専門家であるレイチェル・リーは語る。「金はプーチンに貸しをつくったから、今後いざというときにロシアを頼りにすることが増えるだろう」
それだけに欧米諸国は、朝鮮半島有事のとき、中国の関与だけでなく、「ロシアのプレゼンス拡大を心配しなければならない」と、リーは言う。
北朝鮮軍のロシア派遣は世界に影響を及ぼすか?
まさに、それがいま恐れられていることだ。既に韓国はNATOとの情報共有を強化している。マルク・ルッテNATO事務総長は10月21日、北朝鮮軍のロシア派遣は「(戦争の)大幅なエスカレート」だと述べ、韓国との外交・防衛協議の拡大を強調した。
韓国はこれまで、「ウクライナを支援するが、殺傷兵器は供与しない」という方針を取ってきたが、今はそれを見直す検討に入っている。もし殺傷兵器を供給すれば、韓国もまた、地球の裏側で起きている戦争の拡大に手を貸すことになりかねない。
さらに韓国は、ウクライナが北朝鮮兵を捕虜にしたとき、尋問の通訳を派遣することも検討している。そうなれば、韓国と北朝鮮の対立がクルスクを舞台に展開されることになりかねない。
実戦経験を得た特殊部隊がいずれ北朝鮮に帰ることも、厄介な問題となりそうだ。ある韓国のアナリストが言うように、「北朝鮮が(ロシアに)実戦部隊を派遣すれば、短期的にも長期的にも、朝鮮半島の軍事バランスに影響を与えることになるだろう」。
From Foreign Policy Magazine
<最精鋭部隊1万人をロシアに派遣することで、アジアをはじめ世界に戦争が飛び火する恐れが急速に高まっている>
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が、「勝利計画」を携えて欧米諸国を行脚している──。そんな報道が目につくようになったのは10月半ばのことだ。
ところが、ようやくロシアとの戦争に終わりが見えてきたのかと思ったのもつかの間、今度は北朝鮮が将兵1万人以上をロシアに派遣しつつあることが明らかになった。第2次大戦以来、ヨーロッパで起きた最大の戦争が、終息どころか、世界に広がる危険が急速に高まっている。
北朝鮮はこれまでにも、ロシアに砲弾などを大量に供給してきた。だが、この決定的に重要なタイミングに実戦部隊を派遣したことは、戦争に疲れ、兵力不足に苦しむウクライナにとって大きな圧力となるだろう。その一方で、ロシアと北朝鮮の関係は、大いに深まることになりそうだ。
北朝鮮の部隊がロシアに派遣されているようだという報道が目立ち始めたのは、10月半ば以降のこと。数日後にはゼレンスキー、さらにはロイド・オースティン米国防長官が事実であることを認めた。
ただ、オースティンは、いまひとつ意味が分からないとも述べている。首をかしげているのはオースティンだけではない。実際、今回の北朝鮮の将兵派遣は、いくつかの重要な疑問を生じさせている。
北朝鮮兵派遣のニュースに見入る韓国の人たち(ソウル、10月21日) AP/AFLO
北朝鮮の派兵規模は焼け石に水ではないのか
ロシアはウクライナで、1日約1000人のペースで兵士を失っている。10月には過去最大の死者を出した日もあった。北朝鮮から1万人の将兵が加わったところで(しかもほとんどは実戦経験がない)、戦況に影響はあるのか。
もっともな疑問だが、命を落とすロシア兵の多くは徴集兵や受刑者であるのに対して、北朝鮮から派遣されるのは優秀な特殊部隊らしい。
韓国の国家情報院によると、北朝鮮のロシア派遣部隊が属する第11軍団は、18旅団計20万人から成る最精鋭部隊で、十分な食事と訓練を受け、体制への忠誠は揺るぎなく、特に潜入工作を得意とするという。最先端技術を駆使した戦闘やロシア語に戸惑うかもしれないが、それを克服できるのは、このエリート部隊をおいてほかにない。
「彼らは攻撃と防御の両面で大きな脅威となるだろう」と、韓国のある防衛専門家は匿名を条件に語った。
北朝鮮の援軍は戦況を変えるほどの働きができるのか
カギは彼らが投入される場所にある。ロシアは北朝鮮の援軍を、ロシア西部クルスク州に派遣するとみられている。ウクライナが初めてロシアに越境攻撃を仕掛けてきた地域で、北朝鮮部隊は、早ければ11月中にも最前線に送り込まれる可能性があるという。
これは2つの点で重要だ。まず、6月にロシアと北朝鮮が締結した「包括的戦略パートナーシップ条約」の内容に沿っている。この条約では、いずれかの国が領土に攻撃を受けた場合、相手方はその防衛を助けることが定められているのだ(つまりロシアは、ウクライナ領内での戦いには、北朝鮮軍を投入できない)。
第2に、北朝鮮の応援でクルスクの戦況がロシア有利に傾けば、ロシアは一部部隊をロシア側が22年9月に一方的に併合を宣言したウクライナのドネツク州など南方に動かして、ウクライナの防衛を崩すことができる(現時点であと一歩とされている)。そうなれば、ザポリッジャとドニプロ(ドニエプル)を奪還する戦いにも弾みがつくだろう。
現在、クルスクでは、ウクライナの優位が伝えられているが、「戦意の高い1万人の兵士の応援があれば、戦況をひっくり返せるかもしれない」と、米外交政策研究所のロブ・リー上級研究員は語る。
北朝鮮軍に対応するために、ウクライナがクルスクに投入する兵力を増やせば、南方は手薄になるから、ロシアにしてみれば軍を増強したのと同じ効果が得られる。
ウクライナは北朝鮮の援軍に苦い顔をしているのか
もちろんだ。北朝鮮は軍需品に加えて、今度は人員まで送り込むわけだから、宣戦布告こそしていないが、事実上の参戦に近い。ウクライナ戦争をアジア(と世界)に広げるような行為を、欧米諸国は許すべきではないと、ゼレンスキーは訴えている。
ウクライナにとって良いニュースは10月22日、EUの欧州議会が、ロシアの凍結資産を活用して、最大350億ユーロ(約5兆7000億円)の融資を決めたことだろう。
ただ、対ウクライナ支援の拡大、ウクライナに供給した武器の用途制限緩和、そしてNATO加盟に向けた具体的な道筋を含むゼレンスキーの勝利計画は、欧米諸国で鈍い反応を得たにすぎなかった。
それだけに、北朝鮮の援軍のために戦況が変わることなど、ウクライナはなんとしてでも避けたいところだ。
北朝鮮のメリットは?
これまでにも北朝鮮は、ロシアに砲弾を供与して食糧援助などの見返りを得てきた。さらに将兵を派遣すれば、大量の死傷者が出るリスクと引き換えに、ロシアからもっと援助を引き出すとともに、世界の舞台で新たな地位を確立できる。軍に貴重な実戦経験を積ませることもできる。
実際、金正恩(キム・ジョンウン)総書記にとって目先のメリットは、現代型の戦争、とりわけ無人機(ドローン)を使った戦争を北朝鮮軍に経験させることだと、韓国の軍事専門家らは語る。ベトナム戦争のとき、アメリカを支援した韓国は、その見返りに軍の近代化を実現した。今回、それと同じことが北朝鮮にも起こるかもしれない。
大国ロシアを助けたことで自信をつけた金が、朝鮮半島内外で一段と大胆な行動に出る可能性もあると、米スティムソンセンターの北朝鮮専門家であるレイチェル・リーは語る。「金はプーチンに貸しをつくったから、今後いざというときにロシアを頼りにすることが増えるだろう」
それだけに欧米諸国は、朝鮮半島有事のとき、中国の関与だけでなく、「ロシアのプレゼンス拡大を心配しなければならない」と、リーは言う。
北朝鮮軍のロシア派遣は世界に影響を及ぼすか?
まさに、それがいま恐れられていることだ。既に韓国はNATOとの情報共有を強化している。マルク・ルッテNATO事務総長は10月21日、北朝鮮軍のロシア派遣は「(戦争の)大幅なエスカレート」だと述べ、韓国との外交・防衛協議の拡大を強調した。
韓国はこれまで、「ウクライナを支援するが、殺傷兵器は供与しない」という方針を取ってきたが、今はそれを見直す検討に入っている。もし殺傷兵器を供給すれば、韓国もまた、地球の裏側で起きている戦争の拡大に手を貸すことになりかねない。
さらに韓国は、ウクライナが北朝鮮兵を捕虜にしたとき、尋問の通訳を派遣することも検討している。そうなれば、韓国と北朝鮮の対立がクルスクを舞台に展開されることになりかねない。
実戦経験を得た特殊部隊がいずれ北朝鮮に帰ることも、厄介な問題となりそうだ。ある韓国のアナリストが言うように、「北朝鮮が(ロシアに)実戦部隊を派遣すれば、短期的にも長期的にも、朝鮮半島の軍事バランスに影響を与えることになるだろう」。
From Foreign Policy Magazine