ダン・グッディング
<原料物質が中国で製造されるフェンタニルの押収量は昨年、アメリカの全人口の致死量を上回った。一般の錠剤のように偽装され、「猛毒」とは知らずに摂取してしまう場合もある。再三の要請にも関わらず、中国政府は本気で取り締まっていない、と遺族は訴える>
脳のオピオイド受容体に作用するオピオイド系の化合物の一種であるフェンタニルが原因で死亡した女性の母親が本誌の取材に対し、アメリカは中国の「化学攻撃」を受けていると主張した。
この母親をはじめフェンタニルの犠牲となった人々の遺族が、この危機を煽っている中国に対する制裁を求めている。
2018年にフェンタニルの過剰摂取で娘のアシュリー・ロメロ(当時32)を失ったアンドレア・トーマスは、米通商代表部(USTR)に対し、フェンタニルの違法製造における中国の役割を調査するよう求めている。
トーマスが設立に関与した「フェンタニルに立ち向かう(Facing Fentanyl、以下FF)」と同組織の弁護団は、中国政府がフェンタニル製造を止めるための行動を起こしていないことがアメリカに何兆ドルもの損失をもたらし、毎年何千人もの命を奪っていると主張している。
「何をしても娘を取り戻すことはできない。本当に恐ろしいことだ。ほかの家族にはこんな経験をして欲しくない。だからこの活動を続けている」と、トーマスは言う。
米疾病対策センター(CDC)によれば、フェンタニルを含む合成オピオイドは、米国内で薬物過剰摂取による死亡原因の70%を占めており、その数は増え続けている。
2022年には約7万4000人が合成オピオイドの過剰摂取で死亡しており、この数は2010年の25倍にあたる。
フェンタニルは医療用鎮痛剤として使われ、その作用はモルヒネの100倍と言われる。そのため致死量がきわめて少なく、ほかの薬(錠剤)に混ぜて隠すことができる。
見た目や味、匂いで識別することもできない。そのため薬物乱用に苦しんでいる人だけではなく、無関係の人や子どもが誤って摂取して命を落とすケースもある。
アシュリーの場合は、パートナーから受け取った錠剤の半分を摂取して死亡した。彼女もパートナーもその錠剤にフェンタニルが含まれていたことを知らなかった。錠剤は彼女が以前にも摂取したことがある薬によく似ていたという。
「影響を受けたのは家族だけではなかった」とトーマスは言う。「娘にその錠剤を与えた人、娘を心から愛していたパートナーは翌日、自ら命を絶った。銃で自殺したのだ」
トーマスは、たった半錠の薬で当時7歳だったアシュリーの娘は母親を失い、2つの家族が永遠に打ちのめされることになったと述べ、同じような経験をした家族が全米各地にいると語った。
「娘が何らかのドラッグを試してみようと思ったのかどうか、そんなことは関係ない」とトーマスは言う。「問題は、それが防げる死だったということだ」
「FF」はここ数年で約40万人のアメリカ人がフェンタニルによって命を落としたと推定しており、その主な原因は中国がフェンタニル生成に使われる化学物質の輸出を抑制していないことで、過剰摂取の急増を助長していると主張している。
4月には米下院の「アメリカと中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」が、中国がフェンタニル危機の「地理的発生源」だと指摘した。
中国では複数の企業がフェンタニルの原料となる化学物質の製造を行っている。同委員会は、中国政府は2019年にフェンタニル自体の生産を禁止したにもかかわらず、これらの企業に積極的に補助金を出している疑いがあるとした。
米司法省は2023年10月にフェンタニルの密造や密輸に関与した中国の企業と個人に制裁を科すと発表したが、それから1年後の10月24日に発表したプレスリリースの中で、規則が厳しくなっても密造や密輸は適応して活動を続けていると指摘した。
20年にわたって米中貿易に携わってきた経験を持ち、フェンタニル被害者の遺族グループを代表している弁護士のナザク・ニカタールは本誌に対して、「われわれは中国によるこのような不誠実な約束に何度も裏切られてきた」と述べ、外交が失敗した今、さらに厳しい措置が必要だと主張した。
「FF」はUSTRに対し、フェンタニル危機における中国の役割を調査するよう要求しており、USTRは45日以内に調査を行うか否かを決定しなければならない。USTRは本誌に対して、同組織からの嘆願書を受け取り、現在検討中だとメールで回答した。
調査が行われれば、中国に対して追加関税の導入をはじめとするさらなる制裁が科される可能性がある。在米中国大使館の広報担当者は本誌に対して、中国は原料となる化学物質の製造の取り締まりを含め、麻薬対策では「世界で最も強い決意、最も容赦ないポリシーと最も優れた成果」を誇っていると述べた。
同広報担当者は本誌宛てのメールの中で、「中国は互いの尊重、平等と相互利益に基づいて、麻薬対策でアメリカと協力する準備ができている」と述べた。「過剰摂取の根本原因はアメリカ自身にあることを強調しておきたい。アメリカ政府がより効果的な対策を取ることが必要だ」
米麻薬取締局(DEA)によれば、2023年に押収されたフェンタニル混入の偽造錠剤の数は8000万錠超にのぼり、これに加えてフェンタニルの粉末5440キロが押収されている。
これは約3億9000万人分の致死量に相当し、つまりアメリカの全人口を殺すのに十分な量だ。平均的な人を死に至らしめるのに必要な量は、わずか2グラムだという。
娘を失ったトーマスは、「私たちは、よその国が引き起こした静かな化学戦争に打ちのめされつつある。この戦争が私たちの国の一つの世代の命を奪っている」と述べた。
トーマスは、アメリカ政府が行動を起こすことが、彼女のような遺族だけでなく、これから過剰摂取の影響を受けるかもしれない人々にとっても重要だと述べた。
アメリカでは今も1日あたり約150人がフェンタニルの過剰摂取で死亡しており、これは10分に1人が死亡している計算になる。
<原料物質が中国で製造されるフェンタニルの押収量は昨年、アメリカの全人口の致死量を上回った。一般の錠剤のように偽装され、「猛毒」とは知らずに摂取してしまう場合もある。再三の要請にも関わらず、中国政府は本気で取り締まっていない、と遺族は訴える>
脳のオピオイド受容体に作用するオピオイド系の化合物の一種であるフェンタニルが原因で死亡した女性の母親が本誌の取材に対し、アメリカは中国の「化学攻撃」を受けていると主張した。
この母親をはじめフェンタニルの犠牲となった人々の遺族が、この危機を煽っている中国に対する制裁を求めている。
2018年にフェンタニルの過剰摂取で娘のアシュリー・ロメロ(当時32)を失ったアンドレア・トーマスは、米通商代表部(USTR)に対し、フェンタニルの違法製造における中国の役割を調査するよう求めている。
トーマスが設立に関与した「フェンタニルに立ち向かう(Facing Fentanyl、以下FF)」と同組織の弁護団は、中国政府がフェンタニル製造を止めるための行動を起こしていないことがアメリカに何兆ドルもの損失をもたらし、毎年何千人もの命を奪っていると主張している。
「何をしても娘を取り戻すことはできない。本当に恐ろしいことだ。ほかの家族にはこんな経験をして欲しくない。だからこの活動を続けている」と、トーマスは言う。
米疾病対策センター(CDC)によれば、フェンタニルを含む合成オピオイドは、米国内で薬物過剰摂取による死亡原因の70%を占めており、その数は増え続けている。
2022年には約7万4000人が合成オピオイドの過剰摂取で死亡しており、この数は2010年の25倍にあたる。
フェンタニルは医療用鎮痛剤として使われ、その作用はモルヒネの100倍と言われる。そのため致死量がきわめて少なく、ほかの薬(錠剤)に混ぜて隠すことができる。
見た目や味、匂いで識別することもできない。そのため薬物乱用に苦しんでいる人だけではなく、無関係の人や子どもが誤って摂取して命を落とすケースもある。
アシュリーの場合は、パートナーから受け取った錠剤の半分を摂取して死亡した。彼女もパートナーもその錠剤にフェンタニルが含まれていたことを知らなかった。錠剤は彼女が以前にも摂取したことがある薬によく似ていたという。
「影響を受けたのは家族だけではなかった」とトーマスは言う。「娘にその錠剤を与えた人、娘を心から愛していたパートナーは翌日、自ら命を絶った。銃で自殺したのだ」
トーマスは、たった半錠の薬で当時7歳だったアシュリーの娘は母親を失い、2つの家族が永遠に打ちのめされることになったと述べ、同じような経験をした家族が全米各地にいると語った。
「娘が何らかのドラッグを試してみようと思ったのかどうか、そんなことは関係ない」とトーマスは言う。「問題は、それが防げる死だったということだ」
「FF」はここ数年で約40万人のアメリカ人がフェンタニルによって命を落としたと推定しており、その主な原因は中国がフェンタニル生成に使われる化学物質の輸出を抑制していないことで、過剰摂取の急増を助長していると主張している。
4月には米下院の「アメリカと中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会」が、中国がフェンタニル危機の「地理的発生源」だと指摘した。
中国では複数の企業がフェンタニルの原料となる化学物質の製造を行っている。同委員会は、中国政府は2019年にフェンタニル自体の生産を禁止したにもかかわらず、これらの企業に積極的に補助金を出している疑いがあるとした。
米司法省は2023年10月にフェンタニルの密造や密輸に関与した中国の企業と個人に制裁を科すと発表したが、それから1年後の10月24日に発表したプレスリリースの中で、規則が厳しくなっても密造や密輸は適応して活動を続けていると指摘した。
20年にわたって米中貿易に携わってきた経験を持ち、フェンタニル被害者の遺族グループを代表している弁護士のナザク・ニカタールは本誌に対して、「われわれは中国によるこのような不誠実な約束に何度も裏切られてきた」と述べ、外交が失敗した今、さらに厳しい措置が必要だと主張した。
「FF」はUSTRに対し、フェンタニル危機における中国の役割を調査するよう要求しており、USTRは45日以内に調査を行うか否かを決定しなければならない。USTRは本誌に対して、同組織からの嘆願書を受け取り、現在検討中だとメールで回答した。
調査が行われれば、中国に対して追加関税の導入をはじめとするさらなる制裁が科される可能性がある。在米中国大使館の広報担当者は本誌に対して、中国は原料となる化学物質の製造の取り締まりを含め、麻薬対策では「世界で最も強い決意、最も容赦ないポリシーと最も優れた成果」を誇っていると述べた。
同広報担当者は本誌宛てのメールの中で、「中国は互いの尊重、平等と相互利益に基づいて、麻薬対策でアメリカと協力する準備ができている」と述べた。「過剰摂取の根本原因はアメリカ自身にあることを強調しておきたい。アメリカ政府がより効果的な対策を取ることが必要だ」
米麻薬取締局(DEA)によれば、2023年に押収されたフェンタニル混入の偽造錠剤の数は8000万錠超にのぼり、これに加えてフェンタニルの粉末5440キロが押収されている。
これは約3億9000万人分の致死量に相当し、つまりアメリカの全人口を殺すのに十分な量だ。平均的な人を死に至らしめるのに必要な量は、わずか2グラムだという。
娘を失ったトーマスは、「私たちは、よその国が引き起こした静かな化学戦争に打ちのめされつつある。この戦争が私たちの国の一つの世代の命を奪っている」と述べた。
トーマスは、アメリカ政府が行動を起こすことが、彼女のような遺族だけでなく、これから過剰摂取の影響を受けるかもしれない人々にとっても重要だと述べた。
アメリカでは今も1日あたり約150人がフェンタニルの過剰摂取で死亡しており、これは10分に1人が死亡している計算になる。