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韓国スパイ映画『工作』のような国家の裏取引は日本にもある?

ニューズウィーク日本版 2024年10月31日 11時50分

森達也
<北朝鮮に潜入した韓国スパイが主人公の『工作 黒金星と呼ばれた男』が描いているのは、陰謀論か>

『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』の日本公開は2019年7月。韓国映画のすごみと面白さは既に知っていた。でもなぜか見逃していた。だから最近、配信で観た。

以前にこのコラムで、映画は映画館で見るから映画なのだ、みたいなことを書いておきながらその舌の根も乾かぬうちに、と自分でも思うけれど、ここ数年は洋画と邦画を合わせて毎年1200作以上の映画が公開されている。全てを映画館で観ることなど不可能だ。

配信の視聴には利点も多い。途中で用事を思い出したら止めて翌日に続きを観ることができるし、話が複雑で分からなくなったら巻き戻して気になるシーンを確認することもできる。長いシーンなら早送りで(字幕スーパーの場合は問題ない)済ませることも可能だ。

とても便利だ。だからそれは映画じゃない。映画に似た何かだ。

......とここまで長々と書いてしまったけれど、『工作 黒金星と呼ばれた男』には圧倒された。

ただただすごい。

韓国映画が面白いことは、今さら僕が強調するまでもない。いや、映画だけではない。テレビドラマや音楽などエンタメ全般が、日本よりずっと先を走っていることは明らかだ。

エンタメの意味は娯楽。でも韓国映画は単純に観客を「楽しませる」ことだけを目的にしていない。

本作の時代背景は1992年。韓国軍情報部隊の将校パク・ソギョン(ファン・ジョンミン)は、国家安全企画部に北朝鮮への工作員としてスカウトされ、「黒金星(ブラック・ヴィーナス)」というコードネームを与えられる。任務は北朝鮮の核開発の実態調査だ。実業家として北朝鮮の権力層に食い込んだパクは、4年後には最高権力者である金正日(キム・ジョンイル)との面談まで実現させる(このシーンもすごい)。

しかしこの頃、韓国では大統領選挙が行われようとしていた。政権交代によって組織の解体再編を恐れた国家安全企画部は与党の政治家たちと裏で手を結び、大統領選を与党有利に進めるべく、北緯38度線の停戦ライン周辺で武力攻撃を行うよう北朝鮮と裏取引を行っていた。これを知ったパクは激しく葛藤する。

これ以上はネタバレになる。でもとにかく圧巻だ。登場人物はほとんどが仮名だが、国家安全企画部などの組織名は全て実在していた名称だし、大統領選における与党・ハンナラ党候補の李会昌(イ・フェチャン)や野党候補で勝利した金大中(キム・デジュン)などは当然のように実名になっている。

史実でしかも公人や国家組織を描くのだから、実名にすることは当然だとの気概を感じる。

日本でも特に安倍政権時代、選挙直前になると北朝鮮が実験ミサイルを発射するとよく話題になった。でも酒席で大真面目にそのことを語る人の話を聞いたりしながら、僕は陰謀論の1つだと思っていた。さすがにそれはあり得ないと。

でも韓国では実際にあった。大ヒットした本作にハンナラ党が抗議したとの話は聞かない。やはり事実なのだ。ならば日本だって十分にあり得る。そう思ってしまう。そんな日本映画を観ることができる日はいつ来るのだろう。

『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018年)
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監督/ユン・ジョンビン
出演/ファン・ジョンミン、イ・ソンミン、チョ・ジヌン、チュ・ジフン

<本誌2024年11月5/12日号掲載>

『工作 黒金星と呼ばれた男』予告編



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