ポール・ホワン(台湾民意基金会の研究員)
<市民がスマホで撮影した画像がネット上にあふれ、対艦ミサイルの位置情報が中国軍に筒抜けに>
それは台湾ではありふれた一日だった。中国がまたもや軍事演習を行ったのだ。
中国軍の艦船と軍用機が台湾周辺を威嚇的に旋回するのは毎度のこと。台湾軍も心得たもので、いつものように各部隊に緊急出動を命じた。
とりわけ重要な任務を担うのは、移動式の地上発射型対艦ミサイルを運用する機動部隊だ。実戦では、これらの部隊が本島各地の秘密の地点からミサイルを発射し、台湾上陸部隊を乗せた中国の艦船を撃沈することになる。
ところが、台湾側が知らないうちに機動部隊の動きはインターネット上にさらされ、秘密のはずのミサイル発射地点を、中国側がピンボイントで狙える状態になっていた。実戦であれば、機動部隊は装備もろともあっという間に吹き飛んでいたところだ。
これは台湾の頼清徳(ライ・チントー)総統の就任式が行われた今年5月20日の数日後に実際に起きた出来事である。
中国政府は頼を「独立派」と見なして警戒している。そうでなくとも最近では中国は何かにつけて、自国の領土と主張する台湾周辺で威嚇的な軍事演習を繰り返している。
5月23日の演習では、いつもどおり台湾側もそれに対抗して周辺海域と空域に部隊を派遣したが、実弾は1発も発射されず、程なく中国は演習を終了。台湾政府はあたかも勝利宣言のように防衛体制は万全であり、何の心配もないと市民に保証した。
市民が投稿した海鋒大隊のミサイルの写真を報じるケーブルテレビの画面より。5月に撮影したとされ、場所も詳しく説明していた SHARED BY A LOCAL RESIDENT VIA TVBS
だがその後6月に中国最大のソーシャルメディアアプリ微信(ウェイシン)に、ある記事が載った。これは中国の防衛関連企業「北京藍徳信息科技」が投稿した記事で、一般公開されている。
記事が主に扱っているのは、地対艦ミサイルを運用する台湾軍の機動部隊が5月の演習時にどう動いたか。これらの機動部隊は「海鋒大隊」に所属している。
海鋒大隊は台湾製の亜音速ミサイル「雄風II型」と超音速ミサイル「雄風III型」を運用。台湾の海岸に押し寄せてくる中国の侵攻部隊を撃破する最終防衛を担うことになる。アメリカ製の対艦ミサイル・ハープーンも運用する予定だが、納入が遅れに遅れている。
問題の記事は、海鋒大隊の12の基地の地理的位置を正確に伝えている。恒久的なミサイル発射基地は敵に見つかりやすい。台湾軍も自軍の基地が中国軍に知られていることを想定して、機動部隊を使うことにしたのだ。機動部隊は台湾各地に散らばり中国軍の上陸部隊を壊滅させつつ、飛来するミサイルを巧みにかわして任務を全うするはずだ。少なくとも理論上は。
海鋒大隊所属の機動部隊は通常、3〜4台のミサイル発射台と護衛のための数台の支援車両で構成される。台湾島内を自在に動き回り、発射地点で素早く準備し、中国軍の艦隊にミサイルを撃ち込み、反撃されないうちにさっさとその場を去る。「シュート・アンド・スクート(撃って逃げる)」と呼ばれる戦術だ。
政府と軍の「自殺行為」
だが問題の記事を投稿した企業は5月23日、台湾の機動部隊の数カ所の発射地点を正確に突き止めていた。台湾北西部の海辺のリゾート・宜蘭のホテルの駐車場や台湾第2の都市・台中の港湾近くの水族館の駐車場、さらには台湾最南端の恒春半島に位置する墾丁国家公園内の駐車場に設けられた発射地点などだ。
この中国企業は台湾軍にスパイを潜入させていたわけでも、最先端のハッキング技術を使ったわけでもない。台湾の人々(ジャーナリストもいるが、多くは一般市民)が移動中の機動部隊を見つけ、スマホなどで撮影し、ソーシャルメディアに投稿したのだ。
台湾の日刊紙・聯合報の記者、ジョンソン・リウは「軍の車列を見かけた」という地元の人の話を聞いて発射地点を突き止めたという。「国防部(国防省)は何も教えない。だが過去の演習時にミサイル部隊が駐車場を使うのを見たので、どこから撃つかすぐに見当が付いた」
台湾のメディアやネット民は正確な場所までは示していないが、中国側が入手した画像を基にグーグル・マップなどを使って調べれば、簡単に発射地点が分かる。この中国企業は機動部隊の移動ルートや移動にかかった時間まで割り出していた。
ここ数年、スマホとソーシャルメディアの普及に伴い、一般の人たちが目撃した場面を撮影してネットに投稿するようになった。この手のOSINT(オープンソース・インテリジェンス)が軍事的にも利用されることはウクライナ戦争を見れば明らかだ。ところが、台湾軍の上層部は自軍の機動部隊を中国のミサイルから守るために必要な情報セキュリティーをいまだ採用していない。
中国の福建省や江西省から発射された大陸間弾道ミサイル(ICBM)・東風は、台湾のあらゆる場所に最短5~7分で到達する。台湾は複数の早期警戒レーダーシステムを導入しており、少なくとも防空レーダー自体が破壊される前に、ミサイルの落下点をある程度、予測できる。ただし、戦況の不透明さや軍内部のコミュニケーションの不備を考えると、警告が現場の部隊に間に合う可能性は低い。
微信に投稿した中国企業は、政府の所有ではないとみられる。同社のサイトには世界中の軍事および安全保障に関する研究論文が数多く掲載されているが、台湾に関連するものは数えるほどだ。
もっとも、アメリカの情報機関や国防総省も似たような状況だ。アメリカでは膨大な数のコンサルティング会社や業者が「インテリジェンスのアウトソーシング」を提供している。
ただし、米中とも企業の活動や一般に入手可能な情報を収集分析するOSINTは、国家としての総合的な情報、監視、偵察能力としては最低レベルにすぎない。中国も政府や軍事レベルで、はるかに強力で秘匿性の高いツールを保有していることは確実だ。
例えば、中国の商用リモートセンシング衛星システム・吉林1号は、報道によると昨年には既に138基が軌道上にあり、地球上の任意の地点の最新画像を宇宙から10分おきに撮影できる。軍と国の情報機関は数百基の強力なスパイ衛星群を利用している。
中国は既に台湾のあらゆる場所を常時追跡できる、というのは大げさかもしれない。しかし、今回の微信の投稿が示すとおり、中国の情報関連能力は急速に進化しており、ソーシャルメディア時代に台湾が機密を隠し切れないという現実がそれを助けている。台湾軍はより慎重かつ柔軟な戦術で活動しなければ、戦争の初期段階で、最も重要な防衛資産を中国にたやすく破壊されかねない。
複数の台湾軍関係者は、海鋒大隊には公表されていない「待機」地点が台湾全土にあることや、投稿で暴露されたのは部隊全体のごく一部であることを認めている。しかし、部隊が配備される可能性のある地点が暴露され記録されるたびに、中国による「標的の解析」の精度が高まり、衛星などを使って迅速かつ容易に追跡できるようになる。
台湾国営の中央通訊社でさえ、機動部隊を見かけた民間人のニュースや写真を頻繁に報じており、時には移動の詳細なルートや時期を伝えている。政府と軍のこうしたセキュリティー意識の欠如は、愚かであり自殺行為だと専門家は語る。
戦争が起きて思い知る
機動部隊は、最も機敏で追跡が困難な軍事要素の1つと考えられている。アメリカの評論家や国防総省は台湾に対し、ハープーンの購入と配備の強化を繰り返し促している。台湾が21年3月に発表した「4年ごとの国防総検討(QDR)」も、対艦ミサイルを「ステルス性と機動性があり、探知が困難」とされる「非対称」兵器の筆頭に挙げている。
しかし、これらの兵器も賢く運用されなければ、戦車や戦闘機などいわゆる通常兵器より脆弱になり得ると、ブラウン大学のライル・ゴールドスタイン客員教授は指摘する。「多くの人が、台湾の防衛戦略はこうした非対称兵器に依存していると考えているが、長距離精密誘導兵器の時代における台湾の大きな脆弱性を無視している」
現在の台湾政府と軍指導部に現実を直視する意思や能力がないことは、多くの兆候が示すとおりだ。海鋒大隊に関する中国の記事が公開されてから数週間、台湾ではほとんど注目されず、ごく一部のメディアが「プロパガンダ」として軽く触れただけだった。三大テレビのCTSは、「中国はわれわれのミサイルに怯えている」という国防部所属の「専門家」の発言を伝えた。
こうした傲慢さと、中国が強大化し続けていることを認めようとしない姿勢が国防部と国家安全保障のリーダーシップに蔓延していると、蔡英文(ツァイ・インウェン)前政権で国家安全会議の上級スタッフだった人物は匿名で語る。
「うまくいかない可能性があることは、全てうまくいかないだろう。そして、平時に既に敵にさらされている部隊は、戦争になれば壊滅するだろう。指導部レベルで根本的な変化が起きて、戦争をありのままに、私たちが望むようにはならないものとして対処するようにならない限り、戦争が起きて思い知ることになる」
From Foreign Policy Magazine
<市民がスマホで撮影した画像がネット上にあふれ、対艦ミサイルの位置情報が中国軍に筒抜けに>
それは台湾ではありふれた一日だった。中国がまたもや軍事演習を行ったのだ。
中国軍の艦船と軍用機が台湾周辺を威嚇的に旋回するのは毎度のこと。台湾軍も心得たもので、いつものように各部隊に緊急出動を命じた。
とりわけ重要な任務を担うのは、移動式の地上発射型対艦ミサイルを運用する機動部隊だ。実戦では、これらの部隊が本島各地の秘密の地点からミサイルを発射し、台湾上陸部隊を乗せた中国の艦船を撃沈することになる。
ところが、台湾側が知らないうちに機動部隊の動きはインターネット上にさらされ、秘密のはずのミサイル発射地点を、中国側がピンボイントで狙える状態になっていた。実戦であれば、機動部隊は装備もろともあっという間に吹き飛んでいたところだ。
これは台湾の頼清徳(ライ・チントー)総統の就任式が行われた今年5月20日の数日後に実際に起きた出来事である。
中国政府は頼を「独立派」と見なして警戒している。そうでなくとも最近では中国は何かにつけて、自国の領土と主張する台湾周辺で威嚇的な軍事演習を繰り返している。
5月23日の演習では、いつもどおり台湾側もそれに対抗して周辺海域と空域に部隊を派遣したが、実弾は1発も発射されず、程なく中国は演習を終了。台湾政府はあたかも勝利宣言のように防衛体制は万全であり、何の心配もないと市民に保証した。
市民が投稿した海鋒大隊のミサイルの写真を報じるケーブルテレビの画面より。5月に撮影したとされ、場所も詳しく説明していた SHARED BY A LOCAL RESIDENT VIA TVBS
だがその後6月に中国最大のソーシャルメディアアプリ微信(ウェイシン)に、ある記事が載った。これは中国の防衛関連企業「北京藍徳信息科技」が投稿した記事で、一般公開されている。
記事が主に扱っているのは、地対艦ミサイルを運用する台湾軍の機動部隊が5月の演習時にどう動いたか。これらの機動部隊は「海鋒大隊」に所属している。
海鋒大隊は台湾製の亜音速ミサイル「雄風II型」と超音速ミサイル「雄風III型」を運用。台湾の海岸に押し寄せてくる中国の侵攻部隊を撃破する最終防衛を担うことになる。アメリカ製の対艦ミサイル・ハープーンも運用する予定だが、納入が遅れに遅れている。
問題の記事は、海鋒大隊の12の基地の地理的位置を正確に伝えている。恒久的なミサイル発射基地は敵に見つかりやすい。台湾軍も自軍の基地が中国軍に知られていることを想定して、機動部隊を使うことにしたのだ。機動部隊は台湾各地に散らばり中国軍の上陸部隊を壊滅させつつ、飛来するミサイルを巧みにかわして任務を全うするはずだ。少なくとも理論上は。
海鋒大隊所属の機動部隊は通常、3〜4台のミサイル発射台と護衛のための数台の支援車両で構成される。台湾島内を自在に動き回り、発射地点で素早く準備し、中国軍の艦隊にミサイルを撃ち込み、反撃されないうちにさっさとその場を去る。「シュート・アンド・スクート(撃って逃げる)」と呼ばれる戦術だ。
政府と軍の「自殺行為」
だが問題の記事を投稿した企業は5月23日、台湾の機動部隊の数カ所の発射地点を正確に突き止めていた。台湾北西部の海辺のリゾート・宜蘭のホテルの駐車場や台湾第2の都市・台中の港湾近くの水族館の駐車場、さらには台湾最南端の恒春半島に位置する墾丁国家公園内の駐車場に設けられた発射地点などだ。
この中国企業は台湾軍にスパイを潜入させていたわけでも、最先端のハッキング技術を使ったわけでもない。台湾の人々(ジャーナリストもいるが、多くは一般市民)が移動中の機動部隊を見つけ、スマホなどで撮影し、ソーシャルメディアに投稿したのだ。
台湾の日刊紙・聯合報の記者、ジョンソン・リウは「軍の車列を見かけた」という地元の人の話を聞いて発射地点を突き止めたという。「国防部(国防省)は何も教えない。だが過去の演習時にミサイル部隊が駐車場を使うのを見たので、どこから撃つかすぐに見当が付いた」
台湾のメディアやネット民は正確な場所までは示していないが、中国側が入手した画像を基にグーグル・マップなどを使って調べれば、簡単に発射地点が分かる。この中国企業は機動部隊の移動ルートや移動にかかった時間まで割り出していた。
ここ数年、スマホとソーシャルメディアの普及に伴い、一般の人たちが目撃した場面を撮影してネットに投稿するようになった。この手のOSINT(オープンソース・インテリジェンス)が軍事的にも利用されることはウクライナ戦争を見れば明らかだ。ところが、台湾軍の上層部は自軍の機動部隊を中国のミサイルから守るために必要な情報セキュリティーをいまだ採用していない。
中国の福建省や江西省から発射された大陸間弾道ミサイル(ICBM)・東風は、台湾のあらゆる場所に最短5~7分で到達する。台湾は複数の早期警戒レーダーシステムを導入しており、少なくとも防空レーダー自体が破壊される前に、ミサイルの落下点をある程度、予測できる。ただし、戦況の不透明さや軍内部のコミュニケーションの不備を考えると、警告が現場の部隊に間に合う可能性は低い。
微信に投稿した中国企業は、政府の所有ではないとみられる。同社のサイトには世界中の軍事および安全保障に関する研究論文が数多く掲載されているが、台湾に関連するものは数えるほどだ。
もっとも、アメリカの情報機関や国防総省も似たような状況だ。アメリカでは膨大な数のコンサルティング会社や業者が「インテリジェンスのアウトソーシング」を提供している。
ただし、米中とも企業の活動や一般に入手可能な情報を収集分析するOSINTは、国家としての総合的な情報、監視、偵察能力としては最低レベルにすぎない。中国も政府や軍事レベルで、はるかに強力で秘匿性の高いツールを保有していることは確実だ。
例えば、中国の商用リモートセンシング衛星システム・吉林1号は、報道によると昨年には既に138基が軌道上にあり、地球上の任意の地点の最新画像を宇宙から10分おきに撮影できる。軍と国の情報機関は数百基の強力なスパイ衛星群を利用している。
中国は既に台湾のあらゆる場所を常時追跡できる、というのは大げさかもしれない。しかし、今回の微信の投稿が示すとおり、中国の情報関連能力は急速に進化しており、ソーシャルメディア時代に台湾が機密を隠し切れないという現実がそれを助けている。台湾軍はより慎重かつ柔軟な戦術で活動しなければ、戦争の初期段階で、最も重要な防衛資産を中国にたやすく破壊されかねない。
複数の台湾軍関係者は、海鋒大隊には公表されていない「待機」地点が台湾全土にあることや、投稿で暴露されたのは部隊全体のごく一部であることを認めている。しかし、部隊が配備される可能性のある地点が暴露され記録されるたびに、中国による「標的の解析」の精度が高まり、衛星などを使って迅速かつ容易に追跡できるようになる。
台湾国営の中央通訊社でさえ、機動部隊を見かけた民間人のニュースや写真を頻繁に報じており、時には移動の詳細なルートや時期を伝えている。政府と軍のこうしたセキュリティー意識の欠如は、愚かであり自殺行為だと専門家は語る。
戦争が起きて思い知る
機動部隊は、最も機敏で追跡が困難な軍事要素の1つと考えられている。アメリカの評論家や国防総省は台湾に対し、ハープーンの購入と配備の強化を繰り返し促している。台湾が21年3月に発表した「4年ごとの国防総検討(QDR)」も、対艦ミサイルを「ステルス性と機動性があり、探知が困難」とされる「非対称」兵器の筆頭に挙げている。
しかし、これらの兵器も賢く運用されなければ、戦車や戦闘機などいわゆる通常兵器より脆弱になり得ると、ブラウン大学のライル・ゴールドスタイン客員教授は指摘する。「多くの人が、台湾の防衛戦略はこうした非対称兵器に依存していると考えているが、長距離精密誘導兵器の時代における台湾の大きな脆弱性を無視している」
現在の台湾政府と軍指導部に現実を直視する意思や能力がないことは、多くの兆候が示すとおりだ。海鋒大隊に関する中国の記事が公開されてから数週間、台湾ではほとんど注目されず、ごく一部のメディアが「プロパガンダ」として軽く触れただけだった。三大テレビのCTSは、「中国はわれわれのミサイルに怯えている」という国防部所属の「専門家」の発言を伝えた。
こうした傲慢さと、中国が強大化し続けていることを認めようとしない姿勢が国防部と国家安全保障のリーダーシップに蔓延していると、蔡英文(ツァイ・インウェン)前政権で国家安全会議の上級スタッフだった人物は匿名で語る。
「うまくいかない可能性があることは、全てうまくいかないだろう。そして、平時に既に敵にさらされている部隊は、戦争になれば壊滅するだろう。指導部レベルで根本的な変化が起きて、戦争をありのままに、私たちが望むようにはならないものとして対処するようにならない限り、戦争が起きて思い知ることになる」
From Foreign Policy Magazine