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実行犯が手口を暴露...東南アジアが拠点、アメリカで4万人が騙された「豚の屠殺」詐欺とは?

ニューズウィーク日本版 2024年11月5日 15時8分

ソナル・ナイン(ジャーナリスト)
<世界中で被害拡大中のオンライン詐欺。拠点のタイで犯罪に加担した男が実態を明かした>

「中国のギャングに教わったんだ。どうやって信用されそうなプロフィールをでっち上げ、フォロワーを増やせばいいかを。そのトレーニングが終わってからは自分でフェイスブックやインスタグラム、LINEを使って適当なカモを探した」。

【画像】携帯電話が山積みに...100人以上を身柄拘束、タイの捜査当局が踏み込んだサイバー詐欺の巣窟の内部

タイ北部出身のナリン(20歳)はそう告白した(証言者の安全のため姓は伏せる)。

タイの国家経済社会開発庁によると、同国でも電話やメール、SNSを通じた詐欺は飛躍的に増えている。昨年以降だけで7880万件もの事案が報告されており、近年の被害総額は20億ドルに上るという。

首謀者は中国系の場合が多いが、彼らは今やアメリカ人も標的としており、アメリカ政府も警戒を強めている。米司法当局は昨年、東南アジアを拠点とする組織的な詐欺集団にだまされるリスクが高まっているとして自国民に強い警告を発した。

事態は深刻で、昨年末には司法省が、サイバー詐欺で稼いだ約8000万ドルの資金洗浄に関与した疑いでアメリカ在住の4人を起訴している。

犯罪に加担したナリンは後悔の念から、サイバー犯罪の裏世界の実態を本誌に語った。彼はタイのチェンマイからチェンライに移動し、国境を越えてミャンマーのタチレクに到着。そこからオンライン詐欺の中心地とされる国境の街ラウカイに連れて行かれた。

タイの捜査当局が踏み込んだサイバー詐欺の拠点。大量の携帯電話やコンピューターが押収され、今年3月だけで100人以上が身柄を拘束された ROYAL THAI POLICE

友人の友人に勧誘され、金欲しさからミャンマーに渡ったナリンだが、到着した途端に何の仕事か気付いた。しかし身の危険を感じて逃げることもできず、罠にはまったのだと観念した。ナリンの役割はネット上でカモを見つけ、詐欺のネットワーク宛てにお金を送らせることだった。

ショッピーやラザダといった東南アジア系ネット通販企業の従業員に成り済まし、買い物ポイント詐欺を行うことも多かった。

いわゆる「ロマンス詐欺」にも手を染めた。別の人間に成り済まして相手に言い寄り、相手の恋心に付け込んで最終的には金銭を詐取する犯罪行為だ。

タイ警察のタトチャイ・ピタニラブート総監補によれば、「魅力的な写真を使い、言葉巧みに自分を信用させ、被害者に恋心を抱かせる。その上で、うまそうな投資話を持ち出す」のが典型的な手口だ。

ナリンによれば、ロマンス詐欺のターゲットは主として30歳以上だ。別の種類の詐欺では、オンライン通販をよく利用する女性や、20歳から25歳の若者がターゲットになる。

「若い被害者なら金銭的な損失からも立ち直れるだろうが、高齢者の場合は老後の資金を奪われてしまい、人生が破綻してしまうケースもある」。

タイ警察サイバー犯罪対策班のジェサダ・ブリンスチャートはそう言い、こう付け加えた。「事案はそれほど多くないが、影響が深刻なのでメディアでも大きく取り上げられる」

タイの捜査当局が踏み込んだサイバー詐欺の拠点 ROYAL THAI POLICE

SNS運営会社も「共犯」

ブガンという60歳の女性は、1年以上かけて綿密に仕組まれたロマンス詐欺の餌食となった。フェイスブック上で詐欺師と出会ったのは2018年のこと。気が付けばマレーシアの石油パイプライン・プロジェクトという架空の儲け話に引きずり込まれていた。

そして550万バーツ(16万5000ドル)の越境譲渡税を出してくれれば100万ドルが手に入ると言われ、19年12月に送金したという。その1カ月後、詐欺師は音信不通になった。それでブガンは真実に気付き、慌てて警察に通報した。

タイ警察サイバー犯罪捜査局の統計によると、過去2年半の詐欺やサイバー犯罪による損失は総額20億ドルに上り、さらに増え続けている。

こうした事態を受け、タイとカンボジアの捜査当局はサイバー詐欺の取り締まりで連携を強化している。3年前からサイバー犯罪と戦っているピタニラブートも最近、カンボジア当局との共同捜査に参加した。

「サイバー犯罪の数が増えているのは、街頭で人から金を強奪するよりも簡単で安全だからだ」と彼は本誌に語った。「SNSの普及も、こうした犯罪を容易にしている」

タイでの捜査状況からは、こうしたサイバー詐欺の背後に中国系の国際的な犯罪グループが潜んでいることが分かる。彼らはタイ人の共犯者を使い、タイ警察の手を逃れるためにカンボジアなどの近隣諸国に拠点を構えることが多い。

「連中が国境を越え、別の国に滞在している限り、こちらの警察は手を出しにくい。タイに連れ戻すのは容易じゃない」。ピタニラブートはそう言った。

タイの捜査当局が踏み込んだサイバー詐欺の拠点 ROYAL THAI POLICE

タイの捜査当局は詐欺グループが使う携帯電話の信号に狙いを定め、通信事業者やインターネットのサービスプロバイダーなどの協力を得て、彼らがどこからタイの被害者に連絡しているかを探っている。

SNSの運営会社が、犯罪組織の使う出会い系サイトから広告収入を得ている可能性もある。ピタニラブートは本誌に、そうした運営会社や送金に関与した銀行も「捜査の対象になり得る」と述べた。

またタイ当局はカンボジアにいる犯罪組織のメンバーに対して165通の逮捕状を出しており、現地の警察および裁判所に捜査協力を要請している。

冒頭で証言したナリンは、タイに戻ってから人身売買の「被害者」としての認定を受けようと試みたが、うまくいかなかった。「詐欺師たちは法律の抜け穴に精通しており、人身売買被害者救済法を利用して罪を逃れようとすることがある」と、タイ移民局の担当者は本誌に語った。

「真の被害者を保護し、法律の悪用を狙う者をふるいにかけるためにも、被害者認定は慎重に行っている」

各種のSNSに偽のプロフィールを書き込んで被害者をだますのは詐欺師の常套手段だ。しかしピタニラブートに言わせると、いくら警告してもSNS運営会社はまともに対応していない。

ILLUSTRATION BY MOOR STUDIO/ISTOCK

この点について問い合わせたところ、フェイスブックの親会社メタは本誌に、詐欺行為の摘発についてはタイ警察と緊密に協力していると回答してきた。

今年4月から7月までに偽のアカウント12億件とスパムメッセージ3億2200万件を削除しているし、タイ国内のデジタル・リテラシー推進団体とも協力してサイバー詐欺被害を回避するための支援を提供しているという。なおグーグルからの回答は得られなかった。

いずれにせよ、こうした犯罪グループが「世界中で増殖するのは必至」だとピタニラブートは言う。なにしろ「すごい金額を稼げる」からだ。「実際、既にサイバー詐欺の稼ぎは麻薬の密売で得られる利益を上回っているかもしれない」

タイ警察の当局者によれば、この5年間でサイバー詐欺に関するアメリカの司法当局からの捜査協力要請は飛躍的に増えた。

アメリカ人被害者の預金が国内外の銀行口座からタイに送金されたロマンス詐欺の事例や、ランサムウエアにやられたアメリカ人の払った身代金がタイの仮想通貨取引所を経由して処理された事例も確認されている。

「豚の屠殺」の被害総額

「豚の屠殺」と呼ばれる詐欺の手口もある。豚を思い切り肥育してから屠殺するのと同様、うまい投資話を装って被害者に限界まで金を出させ、挙げ句に行方をくらます手法だ。

タイの捜査当局が踏み込んだサイバー詐欺の拠点 ROYAL THAI POLICE

被害者は自分の出した資金が増えていると信じているが、実際には投資など行われておらず、複雑なスキームを通じて資金洗浄が行われ、どこかへ消えているだけだ。

ちなみに米NBCの報道によれば、アメリカでも昨年だけで約4万人が「豚の屠殺」の被害に遭い、総額35億ドル以上が奪われているという。

タイ警察サイバー犯罪対策班のブリンスチャートによれば、サイバー犯罪は増える一方で、その多くでは貴重な個人情報が盗まれている。アメリカやヨーロッパの会社が設定している個人情報保護の仕組みが犯罪組織に悪用されるケースもあるらしい。

「利用者のプライバシーや人権を守るための仕組みやウェブの閲覧環境を最適化する技術が、かえって犯罪行為を見えにくくしている可能性がある」と彼は言う。

サイバー詐欺の国際的ネットワークとの戦いは続いているが、効果的な取り締まりは難しい。組織の仕組みは複雑で、指揮命令部門と詐欺の実行部隊は別々で、資金洗浄のシステムも別にあるからだ。

実行部隊の中心人物を逮捕しても、代役はいくらでもいる。そもそも首謀者は外国に潜んでいることが多いから、タイの捜査当局が彼らを特定するのは難しい。捜査線上に浮かぶのは、たいてい仮想通貨の口座名義人や換金・送金の実行役くらいだ。

もちろん、数は少ないが成功例もある。例えば、タイ警察はIT企業との密接な連携の下で、ある中国系犯罪組織のネットワークを粘り強く追跡し、首謀者を特定して約10億(3000万ドル)の資産を取り戻すことができた。

だから欧米の大手IT企業には、ASEAN(東南アジア諸国連合)の諸国に暮らす一般市民を犯罪から守るためにもっと手を貸してほしい、とブリンスチャートは願う。

「これらの詐欺組織の拠点を特定して解体するにはアメリカや中国の捜査当局、企業との国際的な協力をもっと強化する必要がある」

タイの捜査当局が踏み込んだサイバー詐欺の拠点。大量の携帯電話やコンピューターが押収され、今年3月だけで100人以上が身柄を拘束された ROYAL THAI POLICE

タイの捜査当局が踏み込んだサイバー詐欺の拠点 ROYAL THAI POLICE

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