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「エゴは外に置いてきて」 クインシー・ジョーンズ、個性派スターをまとめあげた『We Are The World』の奇跡

ニューズウィーク日本版 2024年11月6日 17時32分

木村正人
<飢餓救済チャリティーソング『ウィ・アー・ザ・ワールド』で、個性とアクの強いトップアーティストたちを見事にまとめ上げた唯一無二の才能>

[ロンドン発]世界で最も売れたアルバム、マイケル・ジャクソン(故人)の 「スリラー 」をプロデュースした20世紀で最も影響力のある米音楽界の巨人クインシー・ジョーンズが11月3日、カリフォルニアの自宅で安らかに息を引き取った。91歳だった。

クインシー・ジョーンズは『質屋』(1964年)、『冷血』(67年)、『カラーパープル』(85年)など映画音楽の作曲家、レコード・プロデューサーとして成功を収め、グラミー賞に80回ノミネートされ、28回も受賞した。

その成功ですら彼の才能に比べるとささやかなものに過ぎない。

筆者が大学生だった81年、クインシー・ジョーンズがカバーしたディスコ音楽『愛のコリーダ』が大ヒットした。

85年にはライオネル・リッチー、マイケル・ジャクソンら米国のトップミュージシャン45人以上が参加した飢餓救済チャリティーソング『ウィ・アー・ザ・ワールド』をプロデュースする。

「何のしがらみもないあなたが選ぶしかない」

今から40年前の84年、エチオピア飢饉で推定60万~100万人以上が亡くなった。国際赤十字のエイドワーカーとして働いていた英国人女性クレア・バートシンガーさんは「1000人の飢えた子どもを目の前に食料を与えられる60~70人を選ぶのが私の仕事だった」と振り返る。

クレア・バートシンガーさん(左、筆者撮影)

現地スタッフは「飢えているのは私たちの家族であり、いとこであり、友人だ。何のしがらみもないあなたに選んでもらうしかない」とクレアさんに助ける命を選択する過酷な仕事を委ねた。失われる930人超の命より、救える60人余の命だけを見つめ、神の許しを乞う毎日だった。

現地の惨状を伝える英BBC放送を視たアイルランド出身のロック歌手ボブ・ゲルドフは「おれたちにできることは何か」という衝動に突き動かされる。バンド・エイドを結成し、クリスマス前にチャリティーソング『ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス』をリリースする。

「黒人を救う黒人はいない。それについてどう思う」

この動きが『ウィ・アー・ザ・ワールド』につながっていく。『バナナ・ボート』の大ヒットで知られ、国連児童基金(UNICHF)と協力してアフリカ支援を展開していたハリー・ベラフォンテ(故人)はプロデューサーのケン・クレーゲン(同)を通じてライオネル・リッチーに連絡を取る。

ライオネル・リッチーは英ドキュメンタリー映画『スタンド・トゥギャザー・アズ・ワン』の中でこう明かしている。

「ハリーは私に電話をかけてきてこう言ったんだ。白人(ボブ・ゲルドフ)が黒人を救う。それは素晴らしいことだ。でも黒人を救う黒人はいない。それについてどう思う、ライオネル、と」

神様に導かれるようにライオネル・リッチーとマイケル・ジャクソンは2人で曲作りに取り組む。4日間かけ、歌いやすくて印象的で国歌のようなメロディーラインを作り上げた。

個性とアクの強いトップアーティストをオーケストラの指揮者のようにまとめあげられる才能を持っているのはクインシー・ジョーンズを置いて他にいなかった。

「エゴはドアの外に置いてきて」

ブルース・スプリングスティーン、ボブ・ディラン、スティービー・ワンダー、ウィリー・ネルソン、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、レイ・チャールズ、ビリー・ジョエル、シンディ・ローパー、ヒューイ・ルイス、ポール・サイモン、ディオンヌ・ワーウィック......。

錚々たる顔ぶれがメディアの目を避けて次々と集まってきた。

レコーディングは85年1月28日、ハリウッドのスタジオで秘密裏に行われた。入口には「エゴはドアの外に置いてきて」と書かれた紙が掲げられた。クインシー・ジョーンズはみんなの気持ちを一つにまとめるため、ボブ・ゲルドフにあいさつさせた。

「アフリカで起きていることは歴史的な規模の犯罪だ。生きている人と隣り合わせに横たわっている死体。2万7500人に与えられる小麦粉はわずか15袋というキャンプもある。あなたたちがいま感じていることをこの歌を通して伝えるのが一番だ。上手くいくことを祈ろう」

「人類は一つ」というシンプルなメッセージ

「コーラの瓶にスイカを押し込む」(クインシー)作業は実に10時間に及んだ。マイケル・ジャクソンはスタジオに一番乗りし、クインシー・ジョーンズとソロのラインを確認した。

ブルース・スプリングスティーンのしわがれ声、個性的すぎるボブ・ディランのソロ、シンディ・ローパーのパンチのきいたボイス。強烈な個性が1つになった。

Netflixの『ザ・グレイテスト・ナイト・イン・ポップ』によると、ダイアナ・ロスは最後までスタジオに残り、「この瞬間が終わってほしくない」と涙をこぼした。

『ウィ・アー・ザ・ワールド』が成功したのはトップスターたちが一人ひとりの人間として「人類は一つ」というシンプルなメッセージを送ることにこだわったからだ。

「1億人の飢餓を救う」をスローガンにロンドンと米フィラデルフィアで行われたチャリティーコンサート「ライブエイド」は1億2700万ドル、『ウィ・アー・ザ・ワールド』は6300万ドルを集めた。現在の日本円に置き換えると実に675億円にのぼるという。

米大統領選を5日に控えたクインシー・ジョーンズの死は私たちに何を伝えようとしているのだろう。


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