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「子供がいる女性の部下は早く帰らせよう」は間違い? 組織の成長を阻む「性別ガチャ」の克服法とは

ニューズウィーク日本版 2024年11月9日 19時0分

flier編集部
<ジェンダー平等ネイティブである現在の20代に選ばれるのは「共育て」を促す企業。多様性のある組織は、葛藤が多い半面でパフォーマンスが高いとの調査結果も>

生まれたときの性別によって、男性なら仕事をして稼ぐ人、女性なら家族の面倒を見る人という一方的な役割を期待されてしまう──。日本では、男女平等が目指されていながら、そうした考えがいまだに根強く残っています。日本の組織、社会や家庭に根づくジェンダー不平等を、羽生祥子さんは「性別ガチャ」と呼びます。

この状況を解消するためにはどうすればよいのでしょうか?

羽生さんは、『ダイバーシティ・女性活躍はなぜ進まない? 組織の成長を阻む性別ガチャ克服法』(日経BP)の著者で、「日経xwoman」総編集長を務めてきました。そんな羽生さんに、ダイバーシティの風土を根づかせるうえでの現場の「よくあるお悩み」と、その解決策をお聞きします。
(※この記事は、本の要約サービス「flier(フライヤー)」からの転載です)

男女で「性別ガチャ」への反応が全く違った

──本書『ダイバーシティ・女性活躍はなぜ進まない?』で羽生さんが特に伝えたかったメッセージは何でしたか。

伝えたかったメッセージは大きく2つあります。1つめは、組織の成長を阻む「性別ガチャ」の正体について。これは、生まれたときの性別だけで、「男性は仕事をして稼ぐ人、女性は家族の面倒を見る人」などと一方的な役割を期待される状況を意味します。

『ダイバーシティ・女性活躍はなぜ進まない?』
 著者:羽生祥子
 出版社:日経BP
 要約を読む

講演で「性別ガチャ」について話すと、男性と女性とで反応が全然違いました。男性の多くは「親ガチャ、配属ガチャはわかるけれど、性別ガチャなんてあるんですか?」という反応。一方、女性は「わかります!」と共感する声が続出したのです。この事実がすでに性別ガチャの存在を物語っています。

本書では、この性別ガチャがどのように生まれたのかを、「歴史的な労働背景と男女の役割変遷」とともに解き明かしています。男女共同参画に向けた歴史を知ると、女性活躍推進は逆差別ではないと気づけるようになるのです。

メッセージの2つめは、「現場あるある10の質問」への回答です。100社以上の企業・地方自治体の研修や講演をしてきましたが、質疑応答でよく挙がるお悩みに、本音を隠さず答えました。彼らはダイバーシティ推進の必要性は感じているけれども、「施策がうまく進まずどうしたらいいのか?」と真剣に悩んでいます。そこに寄り添うかたちで、質問の裏にある「モヤモヤ・反発」が解消する具体的なノウハウも本書に盛り込みました。

著作家・メディアプロデューサーの羽生祥子氏(本人提供)

日本のD&I事情を大きく変えた「女性版骨太の方針」

──2022年に前著『多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』を執筆されたときから、日本企業の女性活躍や、DEI事情(※)にどんな変化がありましたか。※DEIとは、あらゆる人が公平に扱われ、尊重され、組織・社会において包括される状態を目指すこと。「ダイバーシティ(多様性)」「エクイティ(公平性)」「インクルージョン(包括性)」の頭文字をとったもの。

大きな変化は、2023年6月に政府目標として、「女性活躍・男女共同参画の重点方針」(女性版骨太の方針)が発信されたことです。私も有識者会議の委員として方針の策定に関わりました。具体的には、企業における女性登用の加速化という観点で、プライム市場上場企業に対し「2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める」「2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す」と明示したのです。

これまで政府が掲げていた目標は、「2030年までにプライム市場上場企業の平均で女性役員比率を30%以上」というもの。そこから大きく前進したのは、まず「2025年」の目標を加えたことで、経営層が自分たちの在任中にアクションせざるを得ない状況になったこと。そして、プライム上場企業の平均ではなく、個々の会社に「30%以上」の目標を課し、達成に向けたプロセスまで有価証券報告書に書くよう求めたことです。

これにより、企業のトップは数値目標の達成が先送りできない課題と捉え、ようやく本腰を入れ始めました。人事やダイバーシティ推進担当にとって、これは追い風だと思います。

「人の家庭の育児分担に、会社は首をつっこめない」は過去の遺物

──ダイバーシティ推進に良い流れができているなかで、継続的な課題は何でしょうか。

役員比率などの差を生む根本の原因は、家庭における「性別ガチャ」です。衝撃的なのは、「家事育児時間」の国際比較のデータです。「母親の方が父親より家事をやっている」という実態は、多くの人が感じていることでしょう。ただし、女性が男性の5.5倍も家事育児をしているという突出した偏りがあるのは世界的に見て日本だけ。OECD全体だと約2倍にとどまっているのです。しかも、日本女性の有償労働の時間は世界でトップクラス。つまり、無償も有償も合わせた労働時間が非常に多く、睡眠がほとんどとれていないのです。

こうした状況下では、女性社員は仕事をセーブするようになり、責任の重い仕事にはブレーキを踏んでしまう。これは身体的にも心理的にも当然といえるのではないでしょうか。

政府はこの課題に気づいていて、女性活躍を進めるうえで「共働き・共育て」を促すようになりました。23年の統計では、共働き世代は全体の71%にまで増えたものの、共育ての視点は欠けていた。その結果、多くの女性が「ワンオペ育児」に追い込まれているのです。

──企業側は、この状況を変えるためにどんな働きかけをするとよいのでしょうか。

企業は「役割分担は家庭の問題だから踏み込めない」と考えるかもしれません。今後は企業が夫の共育てを後押しすることが重要です。もしもワンオペで家事育児を担う女性社員がいたら、上司から「夫やパートナーに、分担をお願いしましたか?」と、一言声をかけるのです。ポイントは、ふんわりと尋ねて、気づきを与えてあげること。

また、男性側も共育てを歓迎しています。特に今の20代男性は、40代女性よりもジェンダー平等の意識が高いというデータもある。彼らは「女性が家事育児を一手に担う」ことは、「男性が残業も当たり前のように働く」ことの裏返しだと理解しています。そうした価値観はお断り、という男性が増えているのです。

だから、共育てを促す企業は、ジェンダー平等ネイティブ世代からも選ばれやすい企業だといえます。もし管理職層が「女性社員は育児があるから早く帰らせないと」と考えているなら、そうした考え方をアンインストールする必要がありますね。

人的資本開示で上位の企業、そうでない企業の決定的な違いとは?

──最近では企業の人材の情報を社内外に公開する人的資本開示が進んでいます。ダイバーシティや女性活躍において、人的資本開示で上位にくる企業と、そうでない企業との違いは何ですか。

上位にくる企業は、社員の性別で接する態度を変えることなく、人材育成を進めています。自社の将来を担う人材として、期待を伝え、挑戦の機会を与えている。

また、トップが若い世代の労働観や幸福に対する考え方が大きく変わってきていることを認識しています。ダイバーシティ推進に取り組まないことは経営上のリスク。逆に、取り組めば今後の人材獲得や業績向上といった経営上のチャンスになる。こんなふうに、人的資本に直結する課題だと理解している企業は、取り組みが実を結んでいますね。

約8年前に取材した、お手本にしたい企業の事例を紹介しましょう。SMBCグループでは当時、人的資本開示が義務化される前から、画期的な職場復帰セミナーを開催していました。女性社員が復帰するタイミングに、自社・他社勤務を問わず夫やパートナーも一緒に受講してもらうのです。そして人事のトップがパートナーに向かって、こう語ります。「あなたの隣にいる女性は、家ではよい奥さん、よいお母さんだと思います。ただ、わが社にとってはこの会社をリードしていく大切な人材なんです」。

女性社員は自分たちへの期待に感激しますし、旦那さんも誇らしく思うんですよね。このように、復帰の入り口でカップル両方に語りかけて自然と共育てを促す施策は、企業規模を問わず取り入れやすいように思います。

──ダイバーシティ推進担当者から、「経営層にDEIや女性活躍推進への強いコミットメントが見られない」という悩みを聞くことがあります。こうしたケースで、経営層にどんな働きかけができるでしょうか。

具体的な対策になりますが、年に一度の経営方針発表会やダイバーシティ会議のような場でトップに必ず話をしてもらい、その様子を企業ホームページの目立つところに掲載するんです。採用のイベントでダイバーシティの方針を語ってもらうのもいいですね。

それが「わが社のダイバーシティ宣言」という対外発信として広がり、顧客や採用の候補者からポジティブな反応がきます。「取引先から御社の取り組みは素晴らしいといわれました」「新卒採用で学生から好評でしたよ」といった良い反響を、担当者からトップに伝える。するとトップは嬉しいし、「好評なら来年もやるよ」と動き始めていく。こんなふうにトップをその気にさせると、トップの意識が変わり、現場の管理職層の意識・行動も変化していきます。

多様性のあるチームは、葛藤を経て成長する

──多様性のあるチームは経営戦略上も重要だといわれていますが、そうしたチームづくりを進めるうえでリーダーへのアドバイスはありますか。

大事なのは、多様性のあるチームづくりが大変だと知ることです。ダイバーシティ&インクルージョンを大事にしたチームづくりに役立つ本に、『多様性の科学』という本があります。

その本によると、ある実験で、「属性が似ている人のチーム」と「属性が多様な人のチーム」に課題を出して競わせたところ、より高いパフォーマンスを出せたのは「属性が多様なチーム」だったそう。ところが、1つ面白い発見があります。それは、それぞれのメンバーに感想を尋ねたら、「属性が似ている人のチーム」は「面白かった」などの反応をするのですが、「属性が多様な人のチーム」では「議論が激しくなり、大変だった」などと葛藤の様子がうかがえるんです。

ここからわかるのは、多様性があるチームで協働するのが大変なのは当然ということ。これは私自身が日経xwomanの編集長をしていたときの実体験とも符合しています。

チーム内で多様な意見が出て議論が紛糾し対立が生まれると、リーダーは「みんなの意見がまとまらないのは私の力量不足では」などと自分を責めるかもしれません。ですが、そうではなく、多様性あるメンバーがチームとして力を発揮していくために必要なプロセスと捉えると、気がラクになるのではないでしょうか。

また、異なる意見を率直に伝え合えるチームでは、葛藤や対立もあるけれど、マイノリティの意見も尊重される。それがチームの停滞の突破口にもなるし、イノベーションの種にもなります。リーダーの方々には、ぜひこうした点を伝えたいですね。

『ダイバーシティ・女性活躍はなぜ進まない?』
 著者:羽生祥子
 出版社:日経BP
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『多様性って何ですか? D&I、ジェンダー平等入門』
 著者:羽生祥子
 出版社:日経BP
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羽生祥子(はぶ さちこ)

著作家・メディアプロデューサー

京都大学農学部入学、総合人間学部卒業(文芸論主専攻、認知科学論副専攻)。2000年に卒業するも就職氷河期の波を受け渡仏。帰国後に無職、フリーランス、ベンチャー、契約社員、業務委託など多様な働き方を経験しながらサバイバル。2002年編集工学研究所に入社し松岡正剛に師事。「千夜千冊」「情報の歴史」に関わる。05年日経ホーム出版社(当時)入社。12年「日経マネー」副編集長。13年「日経DUAL(当時)」を創刊し編集長。18年「日経xwoman」を創刊し総編集長。20年「日経ウーマンエンパワーメントプロジェクト」始動。22年株式会社羽生プロ設立、代表取締役社長。24年マネックスグループ社外取締役就任。内閣府少子化対策大綱検討会、厚生労働省イクメンプロジェクト、東京都子供子育て会議の委員などを歴任し、働く女性や共働き家族の声を発信している。大学講師、企業セミナー、TV等出演多数。プライベートでは2児の母。趣味はピアノ、料理、水泳、筋トレ。目下、グローバルの中で薄れつつある「日本の個性」に着目。大阪・関西万博Women's Pavilion WAプロデューサーとして女性活躍について国内外に発信中。

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flier編集部

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